第12話 (追放者Side)皇太子、スライム討伐に失敗し、返り討ちに遭う
~オイディッツSide~
ドクスがベクベホ近郊の山でクソ強モンスターを瞬殺していた頃、ブムレクス帝国皇太子オイディッツは、新たなる冒険の旅に出発していた。いつものように大勢の家臣や民衆に見送られ、パーティーメンバーや付き添いを率いて帝都ミノソキアの大通りを行進する。いつもと違っているのは、付き従う者達の中にドクスがいないことだけであった。
ブムレクス帝国の皇室に代々伝わる黄金色の甲冑を身にまとい、これまた皇室に代々伝わる聖剣を腰に佩くオイディッツ。騎乗して堂々と出陣するその雄姿は、まさしく帝国最強の戦士と呼ばれるにふさわしいものであった。
「素敵よ! オイディッツ様!」
「凛々しいお姿、まさに帝国の誇りです!」
「ああ! 今度はどんなご活躍をなさるのかしら!」
日頃から称賛を受け続け、いい気分になっていたオイディッツであるが、沿道の人々から黄色い声援を投げかけられ、ますます有頂天になる。
「ふん、物の分からない愚民どもでも、この僕が帝国最強の戦士であることだけは理解できるようだな! もっとほめたたえてもいいのだぞ!」
☆
数日の行程の後、オイディッツ一行は目的地であるダンジョンに到着した。オイディッツが先頭を切ってダンジョンに進入しようとすると、パーティーメンバーの1人が声をかける。
「皇太子殿下、いきなり入って大丈夫でしょうか? 我ら、このダンジョンに入るのは初めてでございます。この前誘導士を追放しましたので、中で案内する者が誰もおりませんが……」
「するとお前は、僕が誘導士を追放したのは間違いだったと言いたいのか?」
「ひえっ! そんな……滅相もございません。帝国最強の戦士であらせられる皇太子殿下お1人さえおられれば無論、誘導士など不要でございます……」
「ふん、そうだろう? ブムレクス帝国最強の戦士であるこの僕なら、正しい道を見つけることなど造作もない。お前達はただ、僕に黙ってついてくればいいのだ」
「「「ははーっ!」」」
パーティーメンバー達はオイディッツに向かって、うやうやしく礼をする。そしてオイディッツは意気揚々とダンジョンに入り、パーティーメンバー達がそれに続いた。
パーティーメンバーの何人かが持つランプの灯りを頼りに、ダンジョンを下っていくオイディッツ一行。そんな彼らの前に、2つの扉が姿を現した。先に進むためには、どちらかの扉を開けて入らなくてはならない格好だ。
「皇太子殿下……」
1人が不安そうにたずねる。オイディッツは自信満々に右の扉を指差した。
「こっちだ。帝国最強の戦士としての勘が告げている。我々が進むべき、正しい扉はこっちだとな!」
「おお! さすがは皇太子殿下、頼もしゅうございます!」
メンバーの1人が追従すると、オイディッツは命令を下した。
「開けろ!」
「ははーっ!」
オイディッツの示した扉を開けるメンバー。だが、それは正しい扉ではなかった。以前はドクスが、オイディッツが辛うじて勝てるモンスターのいる部屋を正確に把握し、そこに一行を誘導していたのだが、オイディッツには扉の先に何があるかなど分からない。そして運悪く、間違った方の扉を選んでしまった。
「PUUU……」
扉の先にいたのは、前回のダンジョン探索のときと同じく、一体のスライム。しかしそれは、通常のスライムではなかった。通常のスライムよりワンランク上の力を持つ、ちょい強スライムだったのである。
しかしながら、オイディッツにはスライムの種類など見分けられない。勇ましく聖剣を抜くと、ちょい強スライムにつきつけた。
「お前がこのダンジョンのボスだな! 帝国最強の戦士であるオイディッツ様が、直々に退治しに来てやったぞ! 今、我が手にある帝国の秘宝、聖剣の錆となることを誇りに、あの世へ旅立つがいい!」
そしてオイディッツは空中へジャンプし、ちょい強スライムに斬りかかった。
「キエエーッ! 滅神震天撃!」
ところが、ちょい強スライムは前回のスライムほど動きが鈍くなかった。スルスルと横に体1つ分移動し、オイディッツの剣撃をかわしたのである。目標を外したオイディッツの剣は床に激しく当たり、オイディッツの手には衝撃が伝わった。
ガアァン!
「ぐわっ!?」
衝撃は手から全身に伝わり、しびれたオイディッツは一瞬身動きが取れなくなった。ちょい強スライムはその隙を見逃さず、床の上をすべってオイディッツの足下にまとわりつく。
「やっ! こやつ、何をするのだ!? 離れんか!」
オイディッツは叫んだが、ちょい強スライムのぬめりに足を取られて転んでしまった。石造りの部屋の中に、甲冑と床のぶつかる音が響き渡る。
ガシャアアン!!
「うわあっ!」
「PUUU……」
ちょい強スライムは追撃に出た。オイディッツの体の上をはうと、甲冑の中に入り込んで動き回ったのである。ぬめるスライムに体中をくすぐられ、オイディッツは悶絶した。
「な、何を……あああああ! よ、よせ、こやつ……あひいいいいいいいいい! やめっ……あひゃひゃひゃひゃひゃあああああああ!!」
耐えかねて床の上を転げ回るオイディッツ。黄金色の甲冑は石の床にこすれ、あっという間に傷だらけになった。だが、オイディッツはそんなことには構っていられない。ますます激しく床の上を転がったかと思うと、突然立ち上がってジャンプしたり、四つんばいになって這い回ったりした。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! おっほおおおおおおお!! ひぎいいいいいいいい!! うっひょひょおおおおおおい!!」
さらにオイディッツは、壁を駆け上って天井に向かうという、不思議なふるまいを見せた。もちろん天井まで上がれるはずもなく、途中で墜落して床に激突する。そして再び、床の上で七転八倒するのであった。
「「「…………」」」
鎧を脱いでスライムを引きはがせばいいのに。パーティーメンバーの中にはそう思った者もいたが、口には出して言うことはできなかった。オイディッツは常々、帝国最強の戦士を自認している。下手にアドバイスでもしようものなら上から目線の態度と取られ、機嫌を損ねる恐れがあった。そうなれば将来、自分の出世に響くのは明らかだ。オイディッツが自力でこの状況を脱するのを、彼らはただ黙って待つしかなかった。
「あひいいいいいい!! た、たしゅ……ひいいやああああああ!! た……すけ……あひゃあああああああ!! おほおおおおおおおおん!!」
まだ終わらないのか。パーティーメンバー達が退屈を覚え、あくびをする者もちらほら出て来た頃、ついにオイディッツの体力が限界を迎えた。それまで激しく動き回っていたのが嘘のように、床に横たわったまま動かなくなったのである。
「…………」
オイディッツの手足が、力なく伸びる。彼は完全に失神していた。その体は汗と涙と鼻水とその他さまざまな液体にまみれ、とても正視にたえないほどであった。
「PUUU……」
ちょい強スライムは満足したのか、オイディッツの甲冑からはい出してくる。そしてスルスルと床の上をすべり、奥へと去っていった。それを見て、パーティーメンバー達は口々に賞賛する。
「おおっ! ダンジョンボスが逃げていきますぞ!」
「さすがは皇太子殿下! ダンジョンボスの攻撃など物ともなさらず、耐え抜かれましたな!」
「あのダンジョンボスのあわてぶり! 皇太子殿下の忍耐力に、よほど面食らったに違いございません!」
だが、彼らの賛辞はオイディッツには聞こえていなかった。オイディッツはただ床の上に横たわり、時折手足をピクピクとけいれんさせるだけであった。




