第10話 誘導士、薬草取りの依頼を受ける(前編)
冒険者としてギルドに登録した翌日、俺とパウファは靴屋を訪れ、注文していた靴を受け取った。これで、足場の悪いところにも出向くことができる。冒険者としての活動が、可能になったというわけだ。
一旦宿に戻る。それから冒険者ギルドに行こうとすると、パウファが質問してきた。
「ドクス様。どのような依頼をお受けになるのですか?」
「そうだな……モンスターと戦わなくてすむような、採集系の依頼にしようと思う。下手に高ランクのモンスターを倒して、目だったら嫌だからな」
「でしたら、わたくしもお供をさせていただけないでしょうか?」
思いがけない申し出に、俺は慌てて首を横に振った。
「そ、それはちょっと……冒険者でない人はさすがに連れていけないよ」
「ということは、わたくしが冒険者になれば良いのですね?」
「えっ……?」
「わたくしも冒険者ギルドで登録者試験を受けます。それに合格したら、わたくしを連れていってください」
「いや、しかしなあ……いくらモンスターに遭わないといっても、山とか谷とかに行ったりするから、危険がないわけじゃないぞ。できたらここで待っていてくれないか?」
「ここに留まっていても、また良からぬ者達に襲われないとも限りません。ドクス様の近くにいるのが一番安全です」
「…………」
パウファは、あまり一人になりたくない様子だった。もしかしたら、森で一人でいるときにチンピラと山賊と豚の魔物と小鬼の魔物に襲われたトラウマがあるのかも知れない。
まだ短い付き合いだが、パウファが言い出したら聞かない性格なのは分かっていた。この場で説得するのはあきらめ、とりあえず冒険者ギルドまで連れていくことにする。
「分かった……でも、合格かどうか決めるのはあのギルドマスターだからな。不合格にされたり、変な言いがかり付けられたりしたらあきらめろよ」
「はいっ!」
☆
「駄目です! 冒険者は厳しい修行を積んだ者だけができる過酷な職業! 何の実績もないド素人に試験は受けさせられません! お引き取りください!」
「登録試験は誰でも受けられると言っていたではありませんか!」
登録試験を受けさせろとパウファが言うと、受付嬢のメランダは猛烈な勢いで反対してきた。パウファも負けじと怒鳴り返す。結局、メランダには登録希望者を断る権限がないこともあって、パウファは試験を受けられることになった。
そして試験の結果だが、魔力計測の水晶玉を少し光らせただけでパウファは合格になった。あのギルドマスターが若い女性なら簡単に合格させるというのは、本当だったのだ。
「ドクス様! 見てください! 合格しましたよ!」
大体の町で、冒険者のランクはFから始まる。そのFランクの冒険者登録証を掲げて、パウファは俺に抱きついてきた。
「あ、ああ、やったな……」
複雑な気持ちで、俺はパウファの体を受けとめた。こうなってしまったら、連れていくしかないか――
「…………」
ふと視線を感じ、パウファの肩越しにカウンターを見る。メランダが不満そうな顔つきでこちらをにらみつけていた。何だか怖い。俺と目が合うと、メランダは慌てた様子ですまし顔に戻った。
「……それじゃさっそく、依頼を受けるか」
「はい、ドクス様……」
俺はパウファから離れると、冒険者に向けた依頼書が貼り出してある壁のボードに向かって歩いていった。そして、貼り出された依頼の中から薬草採取の依頼書をはがし、カウンターに持っていく。
「この依頼なんだが……」
「ええっ? Sランクのドクスさんが、こんな低ランク冒険者向けの依頼を……?」
「ああ……」
「もっとドクスさんにふさわしい依頼がありますよ? 例えばこっちの、超凶悪クソ強モンスターの退治とかどうですか?」
「いや、クソ強モンスターはちょっと……ほかの人に譲るよ。それよりこの薬草取りの現場って、モンスターが出たことはあるかな?」
「そうですね……いえ、今のところ、モンスターが出たという報告は上がっていません」
「そうか……じゃあ、この依頼を受けさせてくれ」
「はあ……」
メランダはまだ納得がいっていない様子だったが、俺は半ば強引に薬草採取の依頼を受けたのだった。
☆
冒険者ギルドを出てから、俺達は薬草取りに備えて食料や、ナイフなどの必要な装備を買い込んだ。所持金に余裕がないのであまり質のいいものは買えないが、これは仕方がない。
そして、翌日の朝早く。
「……薬草が生えているのは、山を登ってかなり奥まで入ったところだ。誰でも簡単に取りに行けるところにあるなら、そもそも冒険者に依頼なんか出す必要ないからな。歩いていくのはかなりしんどいと思うけど、大丈夫か?」
「ご心配にはおよびません。これでも幼いときから武芸をたしなんでおりますので、足には自信があります。ドクス様の足手まといにはなりません」
「そうか……分かった」
宿を出て薬草の生えている山に向かう前に、俺はもう一度パウファに念を押した。強気な返事が戻ってきて、やはり一緒に出発することになる。
もしもパウファが途中で弱音を吐いたら、俺は途中で引き返すつもりでいた。幸い、依頼は今日中に達成しなければいけないというわけではない。明日また出直したとしても、十分間に合う。
ところが俺の予想に反し、パウファはかなりの健脚だった。やや早めのペースで歩いているにもかかわらず、彼女は難なく俺についてくる。そうしてベクベホの町を出発してから数時間後、俺達は薬草の生えている山のふもとにたどりついた。




