第1話 皇太子パーティーの誘導士
ここは、ブムレクス帝国北方の辺境の地。そこにあるダンジョンの奥深くに俺達は入っていた。
「皇太子殿下。この扉の先にいるのが、このダンジョンのボスでございます」
「ふん。ダンジョンボスだろうが何だろうが、帝国最強の戦士であるこの僕の力をもってすれば、吹けば飛ぶようなものだ。さっさと開けろ。このノロマの誘導士めが」
俺の名前はドクス。ブムレクス帝国の皇太子が率いる冒険者パーティーに所属する誘導士だ。ダンジョンの中でパーティーが迷わないよう、道を示して誘導するのが俺の仕事だ。
そして今、俺はパーティーリーダーである皇太子オイディッツをダンジョンボスのところに誘導していた。鉄製の扉に手をかけ、ゆっくりと押す。
ギギギ……
扉がきしみ、開いていく。俺は手に持ったランプを扉の向こうに向けた。中の様子が見えるようになり、一匹のスライムが床に鎮座しているのが分かる。人の頭ぐらいの大きさで無色半透明の、これ以上ないくらい平凡な普通のスライムだ。
「おい、こいつがダンジョンボスか?」
「その通りでございます」
「よし。神に選ばれし最強の戦士にして帝国の正統継承者であるこのオイディッツ様が退治してやろう。皆、僕の雄姿をとくと見るがいい」
「「「ははっ!」」」
俺とオイディッツを先頭に、十数名いるパーティーメンバーはぞろぞろと部屋の中に入った。そして俺はオイディッツとスライムの中間ぐらいに立ち、ランプで照らしてみんなから見えやすくする。
オイディッツは剣を構え、高らかに叫んだ。
「聞け、ダンジョンボス! 最強の戦士オイディッツに出会ったのがお前の運の尽きだ! 我が帝国に代々伝わるこの聖剣で、跡形もなくこの世から消し去ってくれる!」
そしてオイディッツは裂帛の気合と共にジャンプし、剣を振りかぶった。
「キエエーッ! 喰らうがいい!! 滅神震天撃!!!」
振り下ろされた剣がスライムを直撃する。いきなり斬り付けられてスライムはびっくりしたのか、ぶるっと体を震わせ、のそのそとダンジョンの奥へ逃げていった。
「PUUU……」
もちろん、この世から消え去りはしない。一瞬、気まずい空気が部屋に流れる。だが少し間をおいて、オイディッツの後ろに控えていたパーティーメンバー達が口々に叫び出した。
「おお! さすがは皇太子殿下、ダンジョンボスを一撃で追い払うとは、相変わらず見事なお手並み!」
「やはりダンジョンのボスごとき、皇太子殿下の敵ではありませんな!」
「もうこの世に、皇太子殿下にかなう者はおりません!」
「ふん。そうだろうそうだろう」
オイディッツは剣を2、3回、風車のようにぶん回してから鞘に納めた。
「見たか! ダンジョンボスは帝国最強の戦士オイディッツが仕留めた! ボスを退治した以上、もうこんな辛気臭いダンジョンに長居は無用だ。さっさと引き上げるぞ!」
「「「ははっ!」」」
そこから俺達は引き返し、元来た道をたどってダンジョンを上がる。地上に出たところで俺は言った。
「あっ! 申し訳ございません、皇太子殿下」
「なんだ? 最弱職の誘導士」
「どうやら、ダンジョン内に忘れ物をしたようでございます。取りに戻りたいのですが……」
「またか! いつもながらどうしようもないやつめ! お前がグズグズしている分、僕が帝都で称賛を受けるのが遅れるのだぞ!」
オイディッツが俺を叱りつけると、パーティーメンバー達も同調する。
「全くだ。無能な誘導士を連れているせいで我々まで苦労する」
「こんな仕事ぶりで少ないとはいえ給金をもらえるのだから、いい身分ですな」
「誠にお許しを……では」
そうして俺は、オイディッツ達と別れてもう一度ダンジョンの奥を目指す。このダンジョンの、本当のボスを倒すために。
☆
数日後、ブムレクス帝国の帝都ミノソキアは大変なにぎわいを見せていた。帝国最強の戦士にして皇太子であるオイディッツが、北の辺境でダンジョン攻略の功績を上げて凱旋してきたのである。
帝都の真ん中を貫く大通りを、天井のない馬車に立ってパレードするオイディッツ。その後ろにはパーティーメンバーの立つ馬車が続き、さらにきらびやかな衣装に身を包んだ騎士や歩兵達が前後を固めている。俺は戦闘職ではないせいで正式なパーティーメンバーとみなされておらず、パレードには参加させてもらっていない。大通りに詰めかけた観衆の後ろの方から、満面の笑みで周囲に手を振るオイディッツ達を、ただ眺めていた。
俺の回りの観衆は、口々にオイディッツをほめたたえる。
「あれが皇太子のオイディッツ様ね! いつもながらなんて凛々しいのかしら!」
「今回は北の辺境のダンジョンで、超強力な極悪ボスモンスターを一撃で葬ったらしいぞ! またしても輝かしい功績をお上げだ!」
「当代の皇太子も帝国最強の戦士だな! これでブムレクス帝国も安泰! 初代皇帝のドロピカリン一世陛下もお喜びに違いない!」
これでいい。さらに続けられるオイディッツ賛美の言葉を耳にしながら、俺は人知れず大通りを後にしたのだった。