09. クラス対抗戦
「5番陣形!右翼展開!中央前列微速前進!」
クラス対抗戦の1回戦、1年Aクラスと2年Dクラスとの試合が始まっている。
対抗戦は2つのトーナメント形式で行われる。
「下級トーナメント」と呼ばれる試合には、1年生5クラスと、2年生からC、D、Eの3クラスが参加する。
「上級トーナメント」と呼ばれる試合には、2年生からA、Bと、3年生5クラス、そしてゲストとして教師チーム1つが参加する。
トーナメントの組み合わせはくじ引きで決められる。
緒戦に最強である3年Aクラスと教師チーム、なんてこともあり得るのだ。
ちなみに使用する武器は、対抗戦用に特別に仕立てられた刃のない木剣や木槍などであり、致命的な怪我には繋がらない。
鎧や盾などの防具には、万が一のために、血に反応して回復魔法が自動発動する仕掛けも備わっている。
何を選んで装備するかはクラスの自由、或いは個人の自由だ。
魔法に対しても会場全体に結界が張られ、威力を大幅に落とした発動にとどまる。
つまり対抗戦とは、純粋な個の戦闘力の発表の場ではなく、戦術や戦略、チームワークなど総合力の発表の場なのだ。
勝敗は、リーダーの戦闘続行不能、リーダーによる降参、審判役の教師による勝敗判断、或いは一定時間経過後に審判の判定によって決まる。
「中央後列魔力展開!ベルタ班結界準備!」
1年Aクラスのリーダーであるローゼマリーは、僅か30人の自らの小隊に対して、迷いなく素早く的確な指示を出す。
<僧侶>ローゼマリーの傍には<魔術士>リリーが控え、2名で全体把握と指揮命令、および魔法による遠距離攻撃と治癒を担当する。
平地の小隊規模の戦いにおいて、魔法が有力な攻撃手段である以上、通常は散兵での陣形が最も好ましいとされている。
だがローゼマリーの指揮は、戦力の集中と拡散を織り交ぜ、不要な密集を作らず、常に流動的で敵に的を絞らせない。
実に素晴らしい用兵であり、見ていた教師陣も驚きを隠せなかった。
「右翼よりユリアン隊遊撃開始!」
だがローゼマリーのこの命令により、彼女が用意していた全ての戦略と計画は水泡に帰す。
ユリアンは対抗戦用の木剣を構えると、前方に見える敵部隊に向かって、
「裂空閃っ」
自重するよう言いつけられたためか、(ユリアンにしては)初級の<剣技Ⅱ>で覚える技を放つ。
通常は剣の斬撃と共に、剣の周囲に弱いかまいたちを起こして敵を攻撃する技だ。
剣を防いでも空気の刃が身体を襲うため、完全な防御はなかなか難しい。
だが、ユリアンの剣閃は前方に見える範囲、全てを切り裂いた。
対抗戦の会場は地獄絵図と化した。
2年Dクラスの半数以上は血まみれで倒れ伏し、中には足や腕、あるいは胴体が切断されている者もいる。
「救護班!!!」
教師が叫び、即座に僧侶の教師が回復魔法を発動させるが、効果は薄い。会場の魔法結界が強すぎるためだ。
「先生!!魔法を使いますっ」
校長から直々に魔法の使用を禁止されているユリアンは、自陣後方に控えていた担任のリタ先生に言い放つと、
<回復魔法Ⅴ>「天馬の慟哭!」
瞬く間に、眩しくも穏やかな光が会場全体を包みこむ。
すぐに光が退き、現れたのは完全に回復した2年Dクラスのメンバーだった。
切断されたはずの腕や足、胴体までもが完全にくっついている。
その場にいた全ての者は、ただ茫然と、水色の前髪を僅かに靡かせた美少女、ではなく、少年を眺めていた。
「ご、ごめんなさいっ!!!ごめんなさいっ!!!」
その場全ての人に向かって深々と頭を下げるユリアン。
「おい小僧!いろいろ言いたいことがあるんだがな」
リタ先生の人格は既に豹変していた。
「あの剣技は何だ?あの回復魔法は何だ?なんで切れた胴体が元に戻る?」
「えっと、剣技は裂空閃です。前使ったときはかまいたちが前に飛んでいくくらいだったので・・・」
「木剣だし、もっと弱くなると思ってました本当にごめんなさいっ!!!」
「あ”ぁ?あの回復魔法は??」
「ひゃいっ!」
「えと、<回復魔法Ⅴ>で使える、天馬の慟哭、という魔法でしゅっ!」
「以前にっ、草を刈り取られた草原がっ、全部元に戻ったのでっ、いけるのではないかと・・・」
「でも、草刈りしてたおじさんに、めちゃくちゃ怒られたんですけど・・・」
「・・・おい、2年ども、身体に問題はないか?」
2年生はきょろきょろと自分の腕や周りのメンバーを見渡し、
「・・・問題、ないみたいです・・・」
「クラス対抗戦は一旦中断とする!全生徒は教室に移動し待機!教師は職員室へ集合!ユリアンくんも職員室!」
校長の大きな声が響き、不思議な静寂の中、一同はそれぞれ目的の場所へ移動を始めた。
◆
1年Aクラスの教室は皆一様に、机に突っ伏したり、天井を見上げたり、窓の外を眺めたりと、心ここにあらず。
喋っているのはわずかに3名のみ。
「さっすがユリアンだぜ!見たかよあの裂空閃!ありゃもう違う技だぜ!」
「それどころじゃないってば。アンタあれだけユリアンと打ち合って、ユリアンに教えてなかったの?」
「『お前の技はヤバすぎるから、俺が相手の時以外は訓練で使用禁止!』って言っておいたぞ?」
「じゃなんでユリアンは打ったのよ」
「知るかよ」
「あ、『訓練で禁止』ってとこかもしれない・・・対抗戦は訓練じゃない、とか?」
「は?あいつバカじゃねえの?」
リリーの推察は見事に的中している。
そしてバカに「バカ」と言われた本人は、未だ職員室から戻って来ていなかった。
一方ローゼマリーは何もない宙に向かって、
「なんて素晴らしい回復魔法なのでしょうか」
「あの魔法こそ、あの神々しい光こそ、僧侶たるわたくしの理想ですわ」
「わたくしはユリアン様のようになれるのでしょうか」
「いえ、なんとしてもお傍に立てるよう努力しなくてはなりませんわ」
初対面でユリアンを男だと見抜き、そして無意識のうちにユリアンの姿を追いかけるようになっていた子爵令嬢は、ようやく自らの想いを悟る。
「ユリアン様、早くお戻りになってくださいませ」
◆
「ゆけ。人間どもに思い知らせて来い」
「は。必ずや恐怖と絶望を」
「グザファンに手を出したこと、つまりは魔王たる余に手を出したこと、後悔させてやるぞ」
闇の奥底で、魔王と名乗る禍々しい存在は静かに自らの復活の時を待つ。
「間もなくだ。余の復活を血で出迎えよ」
魔王を取り囲む封印の結界は、また僅かに亀裂を増やすのだった。