08. 高圧的なヒーラーはリーダーになりたい
「うおりゃあああ!」
カイの斬撃をユリアンは真正面から受け止める。
鍔迫り合いに移行すると見せかけ、ユリアンは重心を右に移動させつつ僅かに刀身をずらす。
「お見通しぃ!」
カイは自分の剣が流されるまま、手首を返して下から無防備なユリアンを斬り上げた。
もうそこにはユリアンはいなかった。
「くっそ!うまくいったと思ったんだけどなあ」
カイは悔しそうに天を見上げると、ユリアンは困ったような表情を浮かべる。
「なんであそこから俺の後ろに回り込めるんだよ?」
「実はちょっとスキル使っただけ。ごめんね」
今日もAクラスでは模擬戦形式の実技訓練が行われている。
「あー!早く魔物と戦いてー!」
「まったくもう。魔物討伐訓練は2年生からって先生言ってたでしょ?」
リリーは風魔法の出力制御の訓練を行いながら、戦いに飢えるカイを呆れた目で見る。
騎士学校では、危険な訓練は2年生からと決まっている。
以前、基礎学校を出たばかりの才能ある子供が魔物討伐訓練中に命を落とす、という悲惨な事故が発生したからである。
1年生の間は、戦うため、また自らを守るための本格的な技術や知識を習得することに専念させるのだ。
従って力を持て余すカイは、クラスで最強であるユリアンに暇さえあれば突っかかっていく。
「ユリアン!もう一丁!」
「さすが主席の方ですわね。少し甘く見ていたようですわ」
「それとあの野蛮人、品位は最低ですが、なんという動きでしょう。少々見どころはありますわね」
ローゼマリーは彼らの評価を少しだけ見直すことを考え始めるのだった。
◆
「なあユリアン、俺のステータス見てくんねえ?」
「え?なんで?」
カイからの言葉にユリアンは首を傾げる。
「『俺は卒業まで自分のレベルは見ねえ!甘えだ!』とか意味不明なこと言ってたじゃん」
「うーん。そうなんだけどさ、さっき訓練中に変な声が聞こえたんだよ。スキルもらうときの声でさ。ジョウゲンがどうこうとか。特別なスキルか?」
「ジョウゲン?まさか上限?」
「ん?なんかわかんの?」
「もしかしたら。でもいいの?カイの<悩み>とか見えちゃうよ?」
「おう!んなこたどうでもいいぞ!」
<鑑定Ⅴ>では、人物の内面を覗き見ることさえ可能だ。
ユリアンは<鑑定Ⅴ>を覚えた6年生のとき、自分に試してひどく落ち込んだのだ。
それを聞いたリリーには「絶対私に使わないで!カイとかほかの人にもたぶん使っちゃだめ!」と言われ、以降人物に使うことを封印しているのだ。
「じゃあいくよ」
<鑑定Ⅴ>!
名前: カイ
種族: 人族
年齢: 13
レベル:50(max)
転職しますか?<YES>or<NO>
HP: 1840
MP: 120
状態: 正常
性向: 不屈
嗜好: 強いもの
苦手: 弱いもの
趣味: 強くなること
悩み: 自分が弱いこと
職業: 剣士
スキル:剣技Ⅲ、俊足Ⅱ、剛力Ⅱ
「あ・・・うん。カイっぽい」
「なんだよ!見えねえよ!見せろ!」
「そっか。ステータスオープン」
「おお?レベル50!マジか!そのあとの記号はなんだ!転職?なんだそれ!そのあとの文字読めねえ!」
「悩みとかはスルーなんだ・・・」
そしてカイは、ユリアンが開いたステータスボードを操作し、<拳闘士>に転職した。
「やっぱ男はコブシだよな!」
カイのレベルが急上昇した理由は簡単だ。
魔物を倒しても経験値が入るが、対人の模擬戦でもわずかではあるが経験値は入るのだ。
そしてカイは、常識を超越した生物、ユリアンとの模擬戦を繰り返した。
この現象は、Aクラス全体へ徐々に影響を及ぼしていく。
◆
「はいはーい?みなさん?来月はクラス対抗戦がありますよ?」
「今日から対抗戦に向けて訓練しますのでよろしくね?」
入学して3ヵ月が過ぎたころ、リタ先生からクラス対抗戦とやらについて説明があった。
リタ先生の別の一面を知っているみんなは、当然大人しく黙って聞いている。
騎士学校は3年制、1学年につきそれぞれAからEまでの5クラスで構成されている。
1クラスあたりおよそ30名。3年生になっても退学などでの人数の減少はほぼ無い。
騎士学校を退学した、などの不名誉は、その後の進路に大きく影響するからだ。
また進級の際に成績に応じてクラス分けが行われるため、一度Aクラスになったからといって気は抜けない。
Bクラス以下、虎視眈々とエリートコースであるAクラス入りを狙っている。
半年に一度行われるクラス対抗戦は、その絶好のアピールの場でもあった。
「クラス対抗戦は30対30の集団戦よ?このクラスを騎士団の一個小隊と見立てて、それぞれ役割をこなしてもらうわ?」
「それでね?その作戦に先生は関わりませんよ?アドバイスはできるからよろしくね?」
「じゃあ今から、みんなで役割をきめてね?」
非常に雑な投げっぱなしである。
組織編制も騎士としての訓練の一環なのだろう。
「それではまずリーダーを決めなければいけませんわね」
ローゼマリーが当然のように場を仕切りだす。
「当然わたくしが相応しいと思いますが、みなさんいかがでしょう?」
困惑が広がり静まり返る教室にて、
「え?リリーじゃねえの?お前より頭いいしよ」
カイは今日もブレない。
「私?そんなのやったことないわよ」
リリーは消極的だが、戦術論の成績では他の生徒の追随を許さないのも事実。
「たしかにリリーさんは平民としては珍しくとても優秀なお方ですわ。でもリーダーとしての資質はわたくしのほうが上でしてよ?」
「はいはい、私はそれでいいわよ」
「いいのかよ?別にいいけどよー早く訓練しようぜ!」
「はいはい!ここはくじ引きで決めるのはどうだろう!?」
リタ先生の従順な僕となった盾青年、カールが口を挟むが、ローゼマリーから一言。
「あなた?少しお黙りなさい」
カールはゆっくり席に座り、今度は座って硬直した。
「ユリアンはどう思うのよ?私は客観的にもローゼマリーがいいと思うんだけど」
一般的に貴族は、男女問わず幼少期から帝王学を叩き込まれているため、人心掌握や命令指揮に向いている。
そしてローゼマリーはAクラスの一員だ。当然学力も文句なく、<僧侶>としての実力は極めて高い。
(高圧的なヒーラーって新しいな)
などとクラス全員が思ったのは言うまでもない。
「うん、僕もローゼマリーがリーダーでいいと思う。後衛職で全体が見れるし、戦術詳しいし、冷静だし、指揮にも向いてる」
「・・・っ!・・・さすが主席様ね!当然ですわ!」
僅かに赤面したことを悟られないように、ローゼマリーはくるんっと踵を返す。
秀才リリーと主席ユリアンの意見は異論を挟む余地はなく、その後はリーダーのローゼマリーを中心にてきぱきと役割が決められていった。
◆
「これがAクラスバージョンの鶴翼の陣。中央の敵をカイ部隊とクラウス部隊で挟むの。敵の陣形が中央突破型のときに有利をとれるわ」
「ふむふむ。弱点はなんですの?」
「リーダーが直接狙われやすいわね。だから中央にはユリアンを置く」
「これも採用ですわね。7番陣形と呼びましょう」
ローゼマリーは参謀に起用したリリーと2人で、陣形と戦術を研究していた。
そして出来上がった陣形は硬軟合わせて13種類。それぞれの陣形での命令行動も多数組みあがっていく。
「クラスのみなさん。勉強のお時間ですわ」
ローゼマリーとリリーから配られた分厚い戦術資料を目の前に、Aクラスの面々は揃って項垂れるのだった。
◆
「グザファンが消滅しただと?」
「は。恐れながら。深淵の結界諸共にグザファン様の魔力が消えてございます」
「誰の仕業だ?人間か?」
「は。恐らくは。禁術に用いた魔力の残滓を捉えました」
「禁術だと?今は無能なクピドの保護期間のはずだ。そんなことがあるのか?」
「申し訳ございません。私めには・・・」
「チッ。忌々しい封印め・・・だがあと僅かだ」