06. 入学試験
「おい!そこの平民の女!」
「お前だよ!水色の頭!」
騎士学校入学試験の開始を待つ広場で、貴族風の男はユリアンを呼びつける。
「ひゃ、ひゃい!・・はじめまして!・・僕なにか、しました・・・でしょうか・・?」
ユリアンは生まれて初めて貴族様と喋ったのである。
貴族様は雲の上の存在であり、これまで街中で馬車に乗り降りする様を遠目で眺めたことしかない。
「おい小娘!俺様はティモ=ナウマン。ナウマン男爵家の四男だ。覚えておけ!」
「さっきはどうせ変なスキル持ってて目立ってたんだろうけどよ、お前ウザイんだよ」
「ふぁい・・・ごめんなさい・・・」
「ん?顔見せろ!・・・まあまあじゃねえか。俺様の命令聞くってなら囲ってやってもいいぜ」
周りの受験生たちは二人を中心に円を描くように距離をとり、ティモは貴族にあるまじき下卑た笑みを浮かべる。
冷たい静寂が場を支配しそうになったとき、ユリアンの横にいたカイが突然笑い出した。
「うひゃひゃひゃ!!おいユリアン!今の聞いたかよ!」
「おい、ティモだっけ?こいつ男だぜ?」
カイは本当に空気を読まない。読めない。貴族相手にもまっすぐだ。不敬なんてものは彼の辞書には存在しない。
「もしかして貴族様、そっちの方?」
「・・・!!!」
ティモの顔が怒りに震える。
「やめなよカイ、貴族様って世間知らずなのよ。特にコイツは四男なのに威張り腐ってるんだもの。当然だけど」
当初一瞬だけ後ろに控えたリリーは空気を読む。深く読める。読んだうえで、まっすぐに貴族を挑発する。
ティモのユリアンへの態度は、リリーにとって到底許せるものではないからだ。
ティモの槍を持つ右手がわなわなと揺れ始めたとき。
「そ、そうなんだね・・・だから性能が悪くても見た目だけ派手な装備をつけてるんだね。びっくりしたよ」
知らず、ユリアンがとどめを刺す。
「・・・!!!水色!!!武器をとれ!身分と実力の違いを教えてやる!」
「食らえ!裂空槍!!!」
受験生たちが一様に不安な表情で見守る中、ティモはユリアンに向かって必殺の一撃を繰り出す。
「ぶ、武器、まだ・・・う、うわあああ!!!」
ユリアンは咄嗟に<俊足Ⅴ>で身に着けた技、縮地を使って槍を避け、横から叩き折り、ティモの後ろへ回り込み、首を一瞬のみ強く締め上げて、気絶させた。
「あ・・・あれ・・・?」
ユリアンの一連の動きはこの場にいる誰もが全く見えていない。
ティモがユリアンに斬りかかってから、何が起こったか全く理解が追いついていないのだ。
しかし唯一カイだけが、額から冷や汗を垂らしながら、無意識に震え、己を鼓舞する。
(見えない・・・また差が広がってる・・・でも絶対に追いつく!待ってろよユリアン!)
「そこの君たち!何をやってるんだ!」
騒ぎを聞きつけた騎士学校の教師たちが駆け寄ってきた。
「ふーむ。そのティモという小僧が先ほどの水色の化けも・・・ユリアンくんに一方的に襲い掛かったと」
「はい、校長。その場にいた受験生たちの証言も一致しております」
「そして誰も見えない技で返り討ちか」
「はい」
「なるほど相分かった。ちなみにティモとやらの<性向>は?」
「<傲慢>です」
「うむ。邪悪な性向であれば拘束したところだが。ただ何れにせよ質実剛健をよしとする我が校には相応しくない。ティモは失格とする」
「は。ではナウマン男爵にはその旨」
「よい。後ほど私が男爵の元へ出向こう。ところで水色・・・ユリアンくんってのは一体何者なんだ?」
「ユリアン君!怪我はないかね?」
気絶したティモが連れ出されたのち、教師がユリアンのもとへやってくる。
「ひゃい!すみません!僕がやりすぎたみたいです!」
「いや、それは大丈夫なんだが・・・」
「僕はほんとはすごく弱くて、今はちょっとレベル高いだけで、武器とれって言ったのに急に来たし、えっと、ほんとごめんなさい!」
「ちょっとじゃねーだろ・・・」
「ユリアンまだわかってないのかしら?ちゃんと説明したほうがいいわね・・・」
カイとリリーのため息交じりの会話をよそに、教師とユリアンのよくわからない意味のない会話は続くのだった。
◆
「次の受験生!前へ!」
「ひゃい!」
まだ全く緊張の抜けないユリアンは、騎士学校の隣にある魔法訓練施設、とは名ばかりの、遠くに頂く未開の山脈に囲まれただだっ広い草原、魔法実技試験会場にいた。
「水色のユリアン君か、噂は聞いている。」
「ひゃい・・・すみません」
魔法実技の試験官は右目のモノクルを指で少し上げ、真剣な表情でユリアンに問いかける。
「いや、そうじゃなくてな、実は君の職業とスキルは100年ほど前の魔族大戦時代に記録され、今は書物のみにより伝承されているものだ」
「ひゃい?」
「さらに君のスキルの中には、書物に記載のないものも存在しているのだ」
「ひゃい・・・」
「そこでだ。君の最大の火力が出る魔法をあの的の方向に向かって撃ってくれないか。ある程度遠くにな」
他の受験生も、何故か試験と関係がない教師陣も、ある者は興味津々で、ある者は固唾を飲み、ユリアンの一挙手一投足に注目している。
「あ、あの、先生、申し上げにくいのですが」
「なんだ?」
「僕、自分の魔法の中でどれが最大火力かわかりません・・・」
「は?」
「使ったことがない魔法ばかりで・・・夜な夜な、じゃなくて、ずっとレベルを上げてただけなので・・・」
「そ、そうか。では、高レベルで覚えた魔法、そうだな、火魔法でどうだ?」
「ひゃい!それなら!がんばります!」
えっと、<火魔法Ⅴ>だよね。どの魔法も文字数が多いんだけどなあ。
そうだ。一番文字数が多い魔法にしよう。それなら威力高そうだよね。たぶん。
<爆炎滅殺陣>だっけ?5文字かー。<地獄龍の吐息>お。6文字だ。
あ!そうだ。<火魔法Ⅴ>を<鑑定Ⅴ>で見たとき、<魔法合成>について書いてあったんだ。
ええとたしか凄く長い名前の魔法があったよね・・・これこれ。
右手に<火魔法Ⅴ>、左手に<土魔法Ⅴ>と。
ユリアンの全身から一斉に放出され、また両手に一気に収束していく魔力の流れに触れ、周囲の景色が歪んでゆく。
「マズい!!!みんな下がれ!!!」
試験官の教師が叫び終わるのと同時にユリアンの両手が前に突き出される。
「天地創造第4章。太陽神ソールの目覚め。月の女神ルーナの瞬き。ここに顕現せよ」
◆
魔法実技試験会場は消滅しました。
正確に言えば。
(1) 草原の奥にあった山脈をも飲み込む巨大なクレーターというか大穴の出現
(2) クレーターの中心からマグマの噴出
(3) あわてたユリアンが<水魔法Ⅴ><土魔法Ⅴ>でマグマの噴出口をせき止める
(4) 強烈なマグマの噴出と慣れない魔法を使うユリアンのせめぎ合いは3時間におよぶ
(5) マグマの噴出が収まり、最後にユリアンの<土魔法Ⅴ>での造形によって、地平線まで何もないまっ平な火成岩の土地が完成
「ユリアンくん、君は学校では魔法の使用は禁止とします」
「えっ・・・ごめんなさい・・・」
「いや、いいものを見たよ。国王陛下に報告せねばな」
「えっ・・・ごめんなさい・・・」
がっはっはと笑う校長としょんぼり首を垂れるユリアンを見ても、リリーとカイはしばらく感情が戻らず、開けていた口がようやく閉じたのは夕食のときであった。
そして騎士学校から魔法実技試験会場を抜けてずっと奥。
さらに山脈を超えて冥府の森と呼ばれていた深淵も、今回のマグマに飲まれたのだった。
そこでは、永く闇に潜み反撃の機を今かと待っていた魔王の直属の配下、堕天使グザファンが人知れず滅んだのであった。
ここに人族と魔族との「仮初の」和平は崩壊した。
◆
ユリアンの魔法により入学試験が一時中断となったが、残りの日程は翌日に滞りなく実施された。
もっとも、「騎士学校の入試受けたったぞー」という記念受験を狙いに来ていた本気ではない連中は、身の危険を感じ初日に逃げ帰ってしまったが。
そして剣技実技でも指導教官、といっても現職の騎士だが、を圧倒したユリアンは、満場一致で主席として合格した。
「期待しているぞユリアンくん!」
誇らしげに校長から肩にぽんと手を置かれたユリアンは・・・
「へあう!!ぅぅぅぅ・・・」
当然のように膝から崩れ落ちる。
「なっ!!大丈夫か!!」
「しゅ、しゅみません・・・」
「校長先生、ユリアンに触っちゃダメですよ。こうなりますから」
リリーが後ろに纏めたピンクの髪を揺らしながら悪戯っぽい瞳をユリアンに向ける。
「だ、だいじょうぶなのか・・・」
校長はさっきと同じセリフを違う意味で呟くのだった。