02. 謎のレベルアップ
ユリアンたちが通っている基礎学校では、勉強科目のほかに、体力づくりや剣技などを学ぶ実技科目も存在する。
<レベルアップ>や<スキル獲得>とは別に、無理なく全員の基礎の底上げをする教育だ。
魔物を倒して経験値を稼ぐなど、レベルアップを目的とした教育は、騎士学校など基礎学校卒業後の上位の学校で行う。
故に、基礎学校在学中はレベルがほぼ上がらない。卒業生の平均レベルは5~6程度だ。
ちなみに、王国騎士団員はレベル20を超え、騎士団長クラスになるとレベル30を超える猛者もいるとか。
これらは未だユリアンが知る情報ではないのだが。
「僕、今レベル8なんだ・・・なんで去年からレベルが5も増えてるんだろう?」
「あれ?鑑定結果に職業とスキルが表示されてないよ。やっぱり<鑑定Ⅰ>だからかな?」
去年のレベル測定で、ユリアンは鑑定士に言われたのだ。
「レベルは3、HPは31、MPは8、職業は鍛冶士じゃな」
「え・・か、鍛冶士?なのでしゅか?」
「うむ。スキルに<鍛冶Ⅰ>を覚えておる。使ってみるとよい」
思いもよらぬ結果に、ユリアンは噛みながら放心した。
この世界では、レベル3で天から与えられ、一生変わることのないその人の特徴を<職業>と呼んでいる。
<鍛冶士>は鍛冶に向いた<スキル>を獲得できる。
武器や防具の作成や修理に向いているはずだ。
もちろん実際は別の仕事に就いてもよい。
仕事の選択は自由だが、ある程度の人は与えられた<職業>に沿った生き方を決める。
仕事に有用なスキルを所持しているほうが何かと有利だからだ。
「僕が<鍛冶士>って・・・」
ユリアンの実家はマイスナーの街中で細々と営む日用品店だ。
父親の職業は<商人>、兄のラルフも<商人>。
「<商人>ではなかったのはしょうがない。でも、腕も細くて非力な僕が・・・」
そう、ユリアンは見た目どおり、とても非力な少女、ではなく少年だった。
勉強科目はそれなりに優秀だったが、実技科目の成績はクラス内で下から数えても片手の指で足りる。
力は弱く、走るのも遅い。スタミナはほぼゼロといっても過言ではない。
苦手な持久走では、運動がやや苦手なリリーにすら周回遅れをとる始末だ。
「そんな僕が鍛冶士・・・。熱い鉄をハンマーでずっととんてんかん・・・絶対無理だよ」
そんなことがあった去年のレベル測定後は、ユリアンはしばらく絶望に打ちひしがれた。
「たぶん別の仕事を目指すから、今となってはどうでもいいけどね」などと開き直るまでにはかなり時間がかかったのだ。
そしてもう一つ、去年の鑑定結果で言われたことがあった。
「ほほう!ちょい待ちなされ!ユリアンちゃんじゃったかな」
「お、男ですよっ」
放心しながらも聞き捨てならないセリフを吐いた鑑定士に、ユリアンは向き直る。
「おっとすまんの。ユリアンくん」
「とても珍しいと思うのじゃが、君には<クピドの加護>がついておる!」
「加護・・・ですか?クピド?」
「うむ。知っておろう?12の神のひとり。愛の神クピド様じゃ。加護など初めて見たわい」
「そ、それは・・・ど、どうなのでしょうか?」
「ええとな・・・<詳細>と。ああ、うむ。君は・・・敏感かね?」
「・・・はいぃ??」
「どうやら、敏感になるようじゃ」
「な、何がですか?」
「うーんとな。正確には、<感度が上昇する>、と書いてある」
「あはは・・・ごめんなさいノーコメントで・・・」
少年に思い当たる節はあり過ぎた。
(リリーに毎日くすぐられるのも)
(毎朝の武器屋のコンラートさんもわざとっぽいし)
(今日は廊下で先生に肩を叩かれたときに膝が崩れそうになったし)
(そして机の角とか・・・)
物心ついてからずっと悩んできた。やっとその原因がわかったのだ。
「クピド様・・・貴方のせいなのですか?・・・なぜ僕なのですか・・・」
「そしてその才能?を生かす仕事を考えると・・・男娼・・・とか?なの?」
「あ、そういえば、最近夜な夜なしている秘密の趣味、気持ちいいのにいつも10秒で終わっちゃうのも、そのせいなのかな?」
「たぶんだけど、10秒はダメな気がするんだけど・・・」
◆
「よし、今日は20秒我慢する!いやいや慢心は敵だ。まずは15秒からにしよう!」
そして開始からやっぱり10秒後、いつもの恍惚と倦怠感が襲ってくる。
「ほへぇ」
「僕はなんで時間を延ばそうとかしてるんだっけ」
「クピド様がお決めになったんだから従えばいいんだよね」
「はぁ。明日の予定ってなんだっけ。寝なきゃね」
お手本のような賢者の時を過ごし、ベッドに潜り込もうとしたとき。
『スキル<剛力Ⅰ>を獲得しました』
「ん?」
そしてその5日後、寝る直前。趣味。「ほへぇ」。
『スキル<持久力Ⅰ>を獲得しました』
「んん?」
◆
「よし!では懸垂はじめ!」
体育実技の先生が厳しい顔で命令する。
今日の実技科目は懸垂と持久走。
「僕が一番苦手な科目のダブルヘッダーだよ・・・剣を受け流すのは結構得意なんだけどな」
「ユリアンー無茶しないようにねー」
「僕だってぶらさがるくらいはできるんだからね!」
リリーの煽りにむっとしながら答えて、ちょっとだけ手が届かない低い鉄棒に向けてジャンプする。
(鉄棒を両手で掴んで・・・あれ?辛くない?)
(あれ?なんか身体を持ち上げられる気がするよ?)
少年は成し遂げた。生まれて初めて懸垂をした。だが・・・
「はぅ。はぅ」
明らかに変な声と共に、顔を歪ませながら続ける。まもなく連続30回を超える。
「ユリアン!なんでできるんだ!それはユリアンじゃない!誰だお前!偽物か!」
(カイ、わけがわからないよ)
「ユリアンー辛いなら無理しちゃダメよー」
(違うんだ。リリー)
(苦しいから声が出てるんじゃないんだ)
(擦れるんだ。どこかは言えないけど、懸垂するたびに擦れちゃうんだ・・・)
「休憩終わり!次は持久走だ。お前ら並べ!よーいドン!」
体育実技の先生は、ずっと変わらない厳しい顔で次の命令を下す。
「おらおらおらおらぁ!!」
いつも通りトップを独走するカイ。
2周目にして早くもユリアンを半周遅れに置き去る。
「今日もぶっちぎりだぜ!」
カイがそろそろ残り1周に達しようとするころ、よく見知った姿が彼の前を走っていた。
「リリー!お先っ!」
「はぁ。今日も周回遅れにされたかぁ。ほんとアンタ体力だけは尊敬するわ」
しかしカイは異変に気付く。
「あれ?まだユリアン抜いてねぇぞ?どこだ?」
不審に思う彼が後ろを振り返ると、半周遅れたところに、同じスピードで必死に走るユリアンの姿があった。
「ユリアン!だから誰だお前!顔がユリアンで足が違うのか!顔を奪ったのか!」
カイの理解不能な叫びを前方に聞きながら、目を真ん丸に見開いたリリーを周回遅れに抜きながら、
「あふっ。よくわかんないけどっ、レベルアップと<持久力Ⅰ>のおかげかなぁ」
「持久走も、擦れなければもっと早く走れそうなんだ、、、けど、、あっ」
と聞こえない声で呟きながら、
「懸垂も持久走もできるようになったけど、やっぱり苦手だ・・・」