第2話〜それはまるで漫画のような…
その日は取り立てて何か特別な何かのある日ではなかった。
いつも通りの朝をいつも通り目覚ましで起きて、妹や母親と軽く話してから家を出て。
来年から受験だな、とか。
今日提出する宿題はあったかな、とか。
本当にとりとめのないことを考えながら、自転車でほんの10分程度の距離にある学校へと向かっていた。
別段悪天候だったわけでも、かといって澄み渡るような青空だったわけでもない。
普通な天気。
部活動は一年で辞めてからは新しく始めていないので朝練などはなく、かといって朝のホームルームギリギリの時間を攻めていたわけでもない。
いつも通りの時間帯、いつも通りの通学路を通って、学校の目の前の交差点で信号待ちをしていた。
歩行者用の信号機が点滅して、すぐに青と赤が入れ替わる。
早くも遅くもない時間帯だけあってユウキの他にも登校している生徒はそこそこいた。
長年愛用してきたママチャリのペダルを信号が切り替わると同時に前へこぎ出す。
信号待ちの間に携帯を操作していたので、左右の確認はしていなかった。
いつも通りの朝、いつも通りの通学路で、いつも通りの日常だった。
その時までは。
信号が変わったのと同時に歩道から横断歩道へと進み、そして視界の端に大型トラックが映り込んだのを見届け………。
そこでユウキの記憶は途絶えていた。
「………そうか、俺はトラックに轢かれて死んだのか」
セピア色に染まる部屋の中心で、ユウキは呆然とただずんでいた。
ガイドフェアリーのシルフィーからあっさりと告げられた『死』。
穴の抜けた直前までの記憶を掘り返してみれば、当然のごとく最期の記憶が浮かび上がってきた。
まだ十代も半ばを過ぎたばかりだったというのに、ユウキの人生は呆気なくその生涯を終えていた。
「そりゃ大型トラックに轢かれりゃ頭の一つや二つ潰れるだろうけど………」
実際にその瞬間を見た記憶はない。
当然である。
他の生徒ならばともかく、自分の死ぬ瞬間と死体の様子など、死んだ本人が見ることなどできるはずもない。
想像することしかできないが、頭部を破損していたということは相当な威力で衝突されたか、車体に押し潰されたかしたのだろう。
固形物の多いミンチとなった自分の姿を想像したユウキは軽い吐き気を覚えた。
今は吐き気を感じるこの体や頭も、遺伝子情報に至るまで再現したというからには十数年ともに成長してきた身体とは別物だということだ。
別物の身体だというのに違和感も覚えないことそのものに違和感を感じた。
なんてセンチメンタルに浸っていると…
『あ、違います違います!あなたの死因はトラックに轢かれたわけでも、ミンチにされたことでもありませんよ!死因はトラックが通り過ぎた後にあります』
「へ?」
さっきまでのシリアスはどうした。
ユウキは梯子を外されたようにガクッとつんのめった。
トラックに轢かれたのでなければ、死因はいったいなんなのだろうか?
頭部を破損していたということは、それ相応の衝撃があったということだ。
しかし彼の記憶にはトラックが向かってきた所までしか覚えかない………。
『えっとですね、確かに信号無視をした大型トラックは猛スピードで通り過ぎていったのですが、幸いなことに直前で気付いたあなたは、自転車で横転しつつも前輪をかすらせるだけで済んでます。横転の際に軽く一時停止の標識に頭をぶつけていますが、それも大したダメージではありませんでした』
「じゃあどうして俺は死んだんだ?」
『どうやってあなたが死んだかを一言で説明することは難しいですね………。トラックのせいで軽く頭をぶつけたことも無関係とは言えませんし』
「えっと、どういうこと?」
『横転したことであなたは頭にコブができる程度のダメージを負ったわけですが、同時に自転車も前輪とフレームが曲がってしまいガタガタになってしまいました。それだけであればただの不運で済んだのですが、歪んだフレームに曲がった前輪が噛み合ってしまい、あなたは駐輪場ですぐ横にいた女子生徒を巻き込んでまた横転してしまったんです』
「まさか、それで頭を打って死んだの?」
『いえ、その時は右足を軽く捻るだけで済みました。ただ一緒に倒れこんでしまった相手が女子生徒だったことが問題でして』
「え、どういうこと?」
『あなたは倒れた拍子に偶然その女子生徒の胸元に顔を埋めてしまい、さらには起き上がる際に手を両胸に押し付けてしまったんです』
「なんだその漫画みたいな展開!」
『その女子生徒は胸が大きいことがコンプレックスだったようで、いきなりの事態に動転して悲鳴を上げながら手持ちの鞄であなたの頭部を強打。倒れた自転車に挟まれて動けなかったあなたはまともにそれを受けてしまいました』
「………一応聞くけど、それで死んだ訳じゃないよね?」
すがるような思いでそう尋ねた。
その死因はあんまり過ぎる。
『はい。女子生徒の誤解もすぐに解けました。ただ強打された位置が標識にぶつかった場所だったこともあり、そこそこなダメージを負ったようです』
「それで、どうなったの?」
『痛みが引くまで女子生徒がつきっきりで様子を看ていたのですが、予鈴が鳴ったことでその場で別れました。そして痛む頭と足を庇いつつあなたは教室に向かいます』
「うん、それで?」
『昇降口で靴を履き替えるあなたは、遅刻しそうになって慌てて走ってくる、先程とは別の女子生徒と衝突しました』
「もはやラブコメでしょそれ!」
『その後階段で足の痛みによろめいて別の女子生徒と一緒に転げ落ちたり、見学していた体育の授業で別の女子生徒が打ったソフトボールが頭に当たったり、バナナの皮で滑った別の女子生徒にヘッドバッドされたりしました』
「それ本当にあったことだよね?捏造じゃないよね?さすがに信じられなくなってきたよ」
『そしてとどめに午後最後の授業で頬杖をついて居眠りをしていた際に、頬杖が滑って机に頭部を強打しました』
「………。」
『………。』
「………。」
『えっと、………ようこそ、【アナザーワールド】へ!私は【ガイドフェアリー】のシルフィーと言います!これからのあなたの活動のサポートをさせていただく役目を与えられています! 限られた抽選の中、【テスター】に選ばれたことを心より祝福させていただきます!。早速ですが、【アナザーワールド】の説明に入らせて………』
何もなかったことにしてくれようとするシルフィーに、ユウキは心から居たたまれない気持ちになった。
世の中には知らなくてもよいことはいくらでもあった。