第三十五話 梟の止まり木亭
質問が終わったところで俺たちはカレンに宿屋を紹介してもらった。
「はい、ここが『梟の止まり木亭』だよ」
「へー、いい感じだな」
「素敵なところですね」
一階のロビーにはオシャレな家具とソファー、壁にはフクロウのお面がかけられていた。
むう、俺の家具よりも細部が凝っている感じがする。
これは本職の『家具師』がいるな。
「どうしたのさ。じーっと仮面を見て」
「アレン様は職人気質なので気になっちゃうんです」
「ふーん、真面目だね」
たしかに昔の俺ならチラッと見て、それで終わりだっただろう。
今はこのクオリティに負けない家具を造りたいと、思っている自分がいる。
これは後で練習だな。
「父さん、お客を連れてきたよ」
「お前が仕事をするなんて明日は雪が振りそうだな。いらっしゃい。梟の止まり木亭へようこそ」
ロビーの奥からスキヘッドの親父さんが出てくる。
「ここってカレンの家だったのか。どうりで他の宿屋をスルーしてるわけだ」
「そうだよ。あ、助けてもらったからお代は銀貨二枚でいいからね」
「金は取るのな」
ローラン兄様が念のために持たせてくれた硬貨に出番がくるとは。
世の中何が役に立つかわからないな。
もし宿代が足りない場合はマンドレイクを売るという手段もあるのだが、これは周りの視線が一気に変わるのでやりたくない。
寝込みを襲われて死にたくないからな。
「部屋は一〇一号室ね。鍵渡しとくから」
「いろいろ助かったよカレン。ありがとな」
「ま、お互いさまってことで。下で仕事してるから用があったら呼んでよ。それじゃごゆっくり」
部屋に入って休憩する。
気を使ってくれたのかベッドはダブルベッドだった
これはこれで少し恥ずかしい。
「ふー、疲れた。こんなに話したの久しぶりだぞ」
「わたしもちょっと疲れました。よいしょっと」
フィーナが《ドッペルゲンガー》を解除して狐耳と尻尾を撫でる。
長時間スキルを使うのはキツいよな。
「さて、これからどうするかな」
「アレン様のお母さまと妹さんを探すのは難しそうですね」
「そうなんだよなー。まさかここが帝国の支配地域だとは思わなかったし」
帝国を支配するサンダーボルト四世は秩序を乱す存在を絶対に許さない。
ローテンベルクが見つかったら絶対に討伐軍が組まれるな。
まあ実際超級のスキルを付与できる建物なんて、危険物以外の何物でもないんだが。
「アイジエン山脈を越えるにも準備がいるし、しばらくここに滞在するか」
「そうですね。情報も集めておきたいです」
窓の外を見るともう日が沈み始めていた。
今日はここまでにして晩御飯にしよう。
「うっっま! なんだこれ超うまい!」
「美味しいでふ……舌がとろけちゃいまふ……」
「普通のベーコンのシチューなんだけど。泣くほど美味いなら良かったよ」
カレンの用意してくれた夕食は文字通り天国に逝く美味さだった。
普通のジャガイモに普通のニンジン、普通のタマネギに普通のベーコン、普通の料理が滅茶苦茶ありがたい。
見た目が不気味だったり、食べるまで何が起こるかわからない魔物肉とは大違いだ。
普通万歳! 普通最高!
「柔らかいパン……カレン、あなたが神様だったのですね」
「お腹にするする入っていきますよアレン様!」
「もうなんか怖いんだけど。ていうか手を合わせないで。拝まないで」
カレンにドン引きされつつも、俺たちはたっぷりと夕食を楽しんだ。
こうしてナブの村での生活が始まったのだった。




