第十二話 新しい暮らし
フィーナと暮らし始めてから俺の生活は劇的に変化した。
家の中は綺麗に掃除され、テーブルや椅子もピカピカに磨かれた。
特に変化が大きかったのは食事に関してだ。
なにせ俺の料理といえば素材をそのまま「焼く」「茹でる」の二種類で味付けも塩ばかりだからな。
フィーナの荷物には小麦粉や乾燥パスタなどの主食になる食材があり、その他にも砂糖や胡椒、香辛料などの調味料がいくつもあった。
「お待たせしました。パンサーラビットと山菜のパスタに木苺ソースのクレープです」
「おおっ、めっちゃ美味そうじゃないか! いただきます!」
パスタに肉の歯ごたえと山菜のシャキシャキした食感が加わって、ほっぺが落ちそうなほど美味い。
麺に絡む肉汁に唐辛子のピリリと辛いアクセントもたまらない。
クレープは小麦粉を水で溶かしただけのものだが、モチモチした生地と甘酸っぱい木苺ソースのハーモニーは、パーティーで食べたケーキよりも俺に感動を与えてくれた。
自分が野生動物から人間に戻っていくようだ。
「美味い……美味すぎて昇天しそうだ。いや、むしろここが天国なのでは?」
「ふふ、そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいです」
食べ終わった食器を片付けながらフィーナが微笑む。
まさか食事でここまの喜びを得られるとは思わなかった。
もう肉と野草をかじるだけの生活には戻れる気がしないな。
「それにしてもこの料理の腕はハンパじゃないぞ。どこかの屋敷にいたのか?」
「あ、わかりますか? ここに来る前はメイドとして働いていたんですよ」
「だから敬語みたいなしゃべり方だったんだな」
「はい、この口調がクセになっているんです。お嫌でしたらやめますが……」
「いや、それは気にしなくていい。疑問が解けたよ」
元メイドなら家事が上手いのも納得だ。
この手際の良さなら屋敷だけではなく、王宮でも働けるだろう。
「だから俺のことを様付けで呼ぶようにしてるんだな」
「それも理由の一つですが、アレン様からは高貴な香りがするんですよね。王族の方のような」
「ハハハハ。俺はこんな森に一人で住んでる変わり者だぞ。高貴どころかどうみたって堅気の人間じゃないだろ」
「そうでしょうか? ……いえ、わたしの勘違いかもしれませんね。忘れてください」
ヤバいヤバい、匂いでそんなことまでわかるのか。
プログレス王国は獣人に差別的だし、そこの出身、ましてや王子だなんて気づかれたくない。
「ま、まあフィーナだって言いたくないこともあるだろ? ここにいる間はお互いのことを詮索しないようにしないか?」
「わかりましたアレン様。わたしもその方がいいと思います」
いちおう納得してもらえたか。
無理に相手を知ろうとしなくても今が穏やかならいいじゃないか。
「そうだ、食料調達に川へ行かないか? あそこには魚がいるんだ」
「いいですね。お供させて頂きます!」
準備ができると俺たちは川へ向かった。
必要な道具は体に収納しておいて、着いてから《建築》すればいいだろう。
「わあ、綺麗な水ですね。底までしっかり見えますよ」
「いいところだろ。んじゃ《建築》っと」
いつも飲み水を汲んでいる川に到着した。
釣り竿と魚を入れておくバケツを《建築》する。
竿は木の枝、糸は蔦草を編んだもの、ウキは木の実、針は魔物の骨、エサは木の中にいた芋虫にしておいた。
毎回木を《解体》する時に大量の虫が収納できず外に弾きだされるので、有効利用できないか考えていたのだ。
針に芋虫をつけていると、フィーナが驚いた顔でこっちを見てきた。
「どうした? あ、虫を触るのが嫌なら俺がつけるぞ」
「そ、そうじゃありません! 今のどうやったんですか!? アレン様の体から釣り道具が出てきたように見えたんですけど!」
あ。
そういえば『職業』とスキルの説明をするのを忘れていたんだった……。