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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺、レベル1.人差し指、レベル999

俺、レベル1。人差し指、レベル999 【後篇】

作者: 白兎

前篇はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n0691fm/

中篇はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n1500fm/

 月が輝く夜。

 この世界の夜は静寂に包まれていた。


「来るでしょうか……」


「リア、どうだった?」


「さぁな。来るか来うへんかはアイツの自由や。これはウチ等の問題やからな」


「それもそうよね……」


 思い出の場所に集まる三人。

 幼少の頃を過ごした孤児院で、シーラ、アイリス、リアは刻々と迫る時を待っていた。


 三人の心は何故か落ち着いていた。

 これから殺されるかもしれないのに。

 それでも彼女たちは…………


「不思議よね。私達これから戦うんでしょ」


「そうやな。痣もギンギン来てるわ。もうすぐ来るで。けど……」


「自然と恐怖はない……ですね」


 人々が寝静まった夜。

 離れにある元孤児院の廃墟は、月明かりに照らされている。

 夜風が頬を撫で、鼓膜をくすぐる。


 彼女達の感覚は自然に溶け込んで、鋭さを増していった。

 だから、その空間に現れた邪気を捉えられないということは無かった。


「やぁ。お久しぶりですね、みなさん」


 聞き覚えのある声は、愉悦の感情が込められていた。

 仮面を被ったタキシード姿の男。


 三人はその男を睨みつけて、シーラは剣を抜き、リアは弓を構える。そしてアイリスは少し下がって杖を構えた。


 待っていたとはいえ、その迅速な対応と、彼女達の眼に男は笑った。


「フハハハハハ、いいですね。その眼、その眼ですよ。装備は見るからに三年前と同じときますか。ま、予想はしてましたがね。あの時ワタシは言いました。貴女達の戦い方ではどんな手を使っても勝てないと」


 男は興奮したのか、徐々に声を荒立てる。


「いいでしょう! 是非証明してください。その対人特化のスタイルが、どんな手を使ってどこまで魔族を苦しめるかを!」


 男は両手を広げて構えた。

 武器らしい武器はもっていない。そんなもの必要ないからだ。

 モンスターの頑丈さ、機動力、身体能力。身体すべてが男の武器なのだから。


「やっぱ来うへんかったな……」


「仕方ないわ。誰も他人の事情に命なんて懸けてくれないもの」


「むしろ、来てほしくなかったぐらいです。無関係の人を巻き込みたくはなかったので」


 三人の会話に男は首を傾げた。


「おや、誰かを待っていましたか? 寂しいですね、ワタシ以外を待っているとは。何なら待ってあげましょうか? 夜はまだ長いですよ、そのくらいの時間は――――」

「――その必要はないわ」


 その声は背後から聞こえた。

 男はその仮面を後ろに向けた。

 月明かりに輝く銀の刀身。その剣先が今まさに迫っていた。


「――――ッッ!」


 男は仮面を射抜く細剣を身を倒して躱した。

 すぐさま距離をとるが、背後には壁――


「ん、これはッ」


 壁ではない。

 マナで創ったシールド。

 背中がそれに触れた時、男を囲うようにシールドが展開されて生き、完成目前の隙間から入り込む一本の矢。

 その矢は赤黒く光り輝いて――


「素晴らしいぃ……」


 ――――――――ッッ!!


 シールドが完全に塞がった時、中は爆炎で包まれた。

 衝撃がシールドを壊そうとするが、アイリスが踏ん張りを利かしてシールドを持続させる。

 月光以外の光源に視界をくらませながらも、彼女達の眼は話すことが出来なかった。


 やがて光は収束していく。

 シールドを解くと、閉じこもっていた黒煙が天に上る。


「素晴らしい、素晴らしいですよッ!」


 興奮した男の声が黒煙から響く。

 人間なら強力な防御系スキルを使わないと焼死必須な攻撃。

 彼女達が人間を相手にしてきたのは、ただ相手出来るのが人だけだったからではない。男の基本形態が人間と同じだからだ。


 それに低レベルモンスターとの戦いで得た経験を組み合わせ、三年間この男を倒すことだけに鍛錬を積み重ねた。

 そう簡単に負ける気は無いが、相手もそう簡単に倒れる気はないようで。


「ピンピンしとるな」


「ふん、こんなの想定の範囲内よ。むしろこれで倒れたらラッキーなくらいじゃない」


 黒煙から姿を現した仮面の男は汚れてはいるが肉体どころか服すらもダメージは無い。

 男は汚れを払い、三人を仮面の奥に隠れた目で見た。


「油断していたとはいえ一瞬眼を離されたその速さ、シールドという本来守るためのスキルを牢獄のように使い、完成と爆破のタイミングがズレないように僅かな隙間を射抜くその弓の技量……貴女方はワタシの予想以上の成長を見せてくださいました。あぁワタシの眼に狂いはなかった」


「いっちょ前に評論家気取りかいな……」


 まるで自分が育てたかのように男は高笑いを上げる。

 だが、その笑いは突然消え、男は顎に手を当てるように仮面を触る。


「ですが、どうやら三年前に言ったことを理解していないようですね~。三年前、貴女方にワタシはこう言ったんです。彼女らの戦い方では如何なる手段を持ち得ようともワタシは倒せないと。これがどう意味かお分かりで?」


「意味? そんなもの重々承知しているわ。私達にはモンスターの防御力を突破できるほどの攻撃力が無い。けどね、それは速さで補って見せるッ!!」


 シーラの姿が消えた。

 だが、男の眼はシーラを追い続けた。

 仮面越しで視線はよく見えない。だが、今自分が見られていることは本能が伝えるゾッとした恐怖心が伝えていた。

 それでも、シーラの細剣は止まらない。


「<スターショット>ッ!」


 銀剣が光り輝き、男の仮面目掛けて突き抜いた。

 白銀の軌跡が空を貫く姿は、夜空を駆け抜ける流星のようで、


「分かっていませんねぇ~」

「なっ!?」


 それを溜息と共に指二本で受け止められるとは思っていなくて。

 人差し指と中指で挟まれた細剣の先端は、まるで大樹にでも突き刺さったかのように動かない。


「速さが通用するのは所詮は雑魚のモンスターと人間だけ。ワタシ位になれば受け止めずともその剣で貫かれることは無いでしょう。それに、こうやって捕まえられれば貴女は何もできない。動から生まれる力は称賛に値しますが、静から生まれる力が皆無となると、やはりこの三年間、ワタシの言葉の意味を理解していないと判断しますよ」


「くっ……」


 速さは彼女の唯一にして最大の武器だ。

 しかし、彼女の力は加速を必要とする以上、掴まってしまえばなんてことは無い攻撃。

 それは分かっている。勿論対策はしている。


「<シャイニングショット>ッ」


 彼女の細剣が輝き、先端から光が飛んだ。

 光の弾丸は仮面の男に風穴を空けんと飛来する。

 仮面の男はその光を顔を傾けるという最小限の動きで躱した。しかし、仮面の男の眼には光の飛ぶ先にマナの壁が現れて、


「<リバースシールド>!」


 その壁は光の弾丸を反射して、仮面の男の顔に迫った。

 男の顔は、光の弾丸を食らって勢いよく後方に弾かれた。

 シーラの細剣を離し、後方に剃る顔に引っ張られるように身体も動く。地面に引きずられるような足跡を残して、仮面の男は吹き飛んだ。


「相手のスキルを反射する<リバースシールド>……敵の攻撃を跳ね返すだけでなく、味方の攻撃方向を変えるために使うとは……やはり連携においては三年前のあのパーティーを凌いでいる」


 シーラのスキルを受けても、仮面には傷一つついていない。


「結構本気でいったんだけど……」


「あの仮面は結構硬そうや。胴体狙うで」


 リアが弓を引き、狙いを定める。

 そして、シーラが特攻を仕掛けようと身を屈めると、大地がひずみバランスを崩した。


「きゃぁっ!?」

「なんやこれはっ!?」

「足場が……」


「フハハハハハ、ワタシが先に仕掛けないとでも。貴女方は素晴らしい成長を見せてくださいました。ならばワタシも応えるのが礼儀というものでしょう」


 仮面の男が足を踏み込むと、シーラ達三人の足場が跳ね上がり、三人は天に舞い上げられた。

 空中ではシーラの速さは生かせない。だが、勿論その対応もしている。


「<シールド>ッ」


 アイリスが空中にシールドを展開し、シーラはそれを足場に仮面の男に近づいた。

 天を仰ぐ仮面の男に降り注ぐは時雨の剣戟。


「速い……ですが――」


 男の指先が幾多の細剣の一つを止める。


「あくまで残像、増えているわけではない。見極めれば止める事は容易い」


 男は細剣を引っ張り、シーラの首を掴んで地面に叩きつけた。


「かぁ――ッッ」


 肺から空気が押し出され、月輝く夜空が激しく揺れる。

 吐き出した空気を取り戻そうとするも、首に掛かる圧力がそうさせない。

 仮面の男の手を離そうともがくが、少女の力では微動だにしない。


「貴女の攻撃は加速するための動作を必要とする。つまり、最小限の加速である身体を捻るという動作すら出来ない今、貴女の腕の力だけでは警戒するに値しないという事。さぁ、主戦力は潰しましたよ。貴女方はどうしますか?」


 仮面の男はシーラを地面に押し付けたまま、上に飛ばした二人を見た。

 リアは狙撃体制に入り、その鋭い鏃が仮面の男を睨む。


「シーラ、ちょっと痛いやろうけど我慢しいやッ!! <レーザーアロー>!」

「<アーマーシールド>」

「えっちょ待っ――――!?」


 シーラの身体がマナに包まれて、夜闇を照らす金色の光が仮面の男に降り注ぐ。

 光の柱が地面に突き刺さり、衝撃が周囲を破壊し、溢れる熱が空気を焼いた。

 夜風で冷えた空気が温もり中、リアとアイリスは着地後にシーラの方へ駆け寄った。


「シーラ無事か~」


「ぁ、危ないじゃないッ!! 何、あなた私ごと殺す気!?」


「大丈夫やって。アイリスにアーマーシールドかけてもらったやろ」


「そういう問題じゃないわよ! 言っとくけどあなたのスキル、自分が思ってる以上に強力なのよ!」


「いや~そんなん言われたら照れるやんか」


「褒めてないわよッ!」


「あのぉ……わたしの<アーマーシールド>じゃ不安でしたか……」


「ぁ、ぃや、そ、そうじゃないのよアイリス、あなたのスキルは十分信頼しているわ。だから泣かないで……」


「あ~あ、泣かしてもうた」


「あなたねぇ……」


 そんなやり取りがありながらも、三人はまだ感じる気配に気を引き締める。

 

「フハハ、ワタシを前に随分と余裕そうですね。嬉しいですな。そうですよ、必死に足掻いても死ぬときは死ぬ。なら戦いは楽しまないといけませんよねぇ」


 仮面の男はタキシードについた汚れを払い高らかと笑う。

 

「どないする? ウチの弾はあと三本……今の食らって無傷ってなると、あの服と仮面、物理耐性とマナ耐性結構強いで」


「リアさんのスキルが一番強力ですから、残弾は考えて使わないといけませんよ」


「分かってる。けど、突破口が見つからない。考えてた作戦は今までの攻撃で効果が現れて初めて使える。私達でも戦える敵の弱点を見つけないと……」


「と言ってもなぁ……」


 物理、スキルともに仮面の男は三人の上を行く。

 正直、ここまで実力に差があるとは思っていなかった。

 三年前より三人は遥かに強くなっている。相性は悪くとも、多少は通用すると思っていた。

 だが、仮面の男は三人の予想を上回る強さを持っていた。


「ふむ、もうこれ以上は期待できないようですね。仕方ない……三年前の宣言通り貴女方を今から殺します。せめて最後まで抗うといいでしょう」


 仮面の男が構えると、シーラ達も警戒態勢に入る。

 いつでも撃てるようにリアは次の矢先を男に向けた。

 しかし、男はそこにいなかった。


「なっ、どこ行ったんやッ――がぁっ!?」


 リアの理解が追い付く前に、横腹を抉るような感覚が襲った。

 視界がぐるぐると大地と空を入れ替えて、肩、背中と衝撃を受けながら地面に転がった。

 リアの声に反応したシーラは咄嗟に、リアのいた場所に視線を移すが、男は既にシーラに距離を詰めていた。


「遅いですよッ」


「きゃぁっ!?」


 振り返りの勢いを利用した高速の突き。

 男の左肩を射抜こうとした細剣を、男はいとも簡単に避けると、シーラの腹部に膝を食いこませ、そのまま彼女の手を掴んで、ハンマー投げのようにぶん投げた。


 一撃が重く、気絶まではいかないものの、二人は立ち上がることが出来ず、内部からこみ上げる何かを吐き出さないように口を押え男を睥睨した。

 二人の視界には、瞬殺された二人を見て腰を抜かしてしまったアイリスと、そんな彼女ににじり寄る仮面の男だ。


「ぁ……ぁぇ、ぃ……」


「おやおや、神官様は守護者がいないと何も出来ないのですか。少し力の片鱗を見せただけでこの怯えよう。貴女自身はとても臆病でか脆弱なようだ」


「アイ……リ、ス……」


 立って、立ち上がって彼女を助けなければ。

 だが、立ち上がろうとしても足が言うことをきかない。

 リアも、矢を射ろうとするが、手足に力が入らず弦を引くことすらままならない。


「はぁ……残念です。期待はしていたのですが。せめて楽に殺してあげましょう」


 男の手が禍々しい光を放つ。

 周囲のマナが震え、死を直感したアイリスの呼吸は、普段何気なく行っている動作すらまともに出来なくなっていて。


「た、たす……」


 助けて――――――――。


「死ぬがよい……んっ?」


 今にも弾けそうな光の粒子は、仮面の男の声と共に消え失せた。

 男が気配のする方にその仮面を向けると、そこには脆弱な存在がいた。


「やめろ……」


 そう、臆病で脆弱なこの俺が。



 ◆◆◆◆◆



「ふむ、おかしい。人払いの結界は張っておいたはず……村人ごときが崩せるものではないはずだ。貴方は何者だ?」


「す、ステータス見れば分かるだろ。ただの村人だ」


 震えた声で答えた俺に、仮面の男は首を傾げている。

 確かに、ここに来るまで何か反発するような感覚があった。だが、俺の指がそれに触れた瞬間、特に何も感じなくなった。

 

 多分、俺の人差し指が人払いの結界を一時的に崩したのだろう。

 なんの変哲もない普通の村人が、魔族の結界を崩した。その事実にあの仮面の男は疑問を感じずにはいられないのだ。


「ふむ。で、タツミ殿。何をしにここへ?」


「何だっていいだろ。大丈夫か?」


 俺は腰を抜かして震える金髪の少女に駆け寄って声をかけた。

 俺のステータスを確認したのか、彼女は恐怖心が拭えていない震え声で、


「ぁ……なたが、タツミ、さん……」


 ぇ……何この子、可愛い。なんかこう……守ってあげたい感じだ。多分俺より強いけど……


 #############

 NAME  【アイリス・ソフィア】

 JOB   【神官】

 LEVEL 【58】

 #############


 幼さが残る顔と、純粋で綺麗な瞳。

 全体的に小柄で、まるで子リスのような感じだ。


「どうしたものですかね。ワタシも無用な殺生はしたくないのですが、正体を見られましたしね。仕方ない。怨むのなら貴方の運の無さを怨みなさい」


 男が人知を超えた動きで、俺の背後に迫り、その鋼のような手刀を俺に向けた。

 俺はその間、仮面の男の姿さえ追えずにいたが、俺の一部はしっかりと反応したようで、


 ――スキル・<自動防御(オートディフェンス)>発動


「なにっ!?」


 俺の人差し指と、仮面の男の手が接触すると、激しい衝撃が生み出された。

 魔族の攻撃を指一本で止めた俺に、さすがの仮面の男も驚嘆の声を上げずにはいられないようだ。

 そして、一体何が起こっているのか分からない仮面の男と、何が起こっているのかは分かるが反応できていない俺を置いて、俺の指は敵を倒すことに最善を尽くすようだ。


 ――スキル・<自動反撃(オートカウンター)>発動


 仮面の男の手を横に払い、俺の意志に関係なく自ら身を丸めた人差し指は、仮面の男の額部分に狙いを定めると、デコピンするかのように仮面の男の頭部を弾いた。


「ぐぁは!?」


 仮面の男が大型トラックにでも撥ねられたかのように飛んでいく。

 その様子に、シーラも、リアも目を見開いて、俺の後ろにいるアイリスも顔は見ていないが、漏れる声が畏怖ではなく驚嘆のものになっていることは分かった。


「こりゃ……思った以上やな……」


「流石……やっぱり私は間違ってなかった」


「凄い……」


 三人の讃美の声。これが俺の力だったら素直に喜べたんだけどなぁ~。実際俺さっきから全然動き見えないし。

 本来俺に向けられないはずの讃美を浴びて、気持ち良くもバツが悪い感覚を味わいながら、今にも逃げ出したくて震えている足をどうにか抑える。


「くっ、なんだ……何なのだ。たかが村人のデコピンが、これほどの威力……幻覚系のスキルでも受けているのか……」


 立ち上がった仮面の男。仮面には俺の指の跡がしっかりと残っており、そこを起点にひびが広がっていく。

 そして、その仮面がバラバラに砕け散り、男の素顔をようやく確認できた。


 それは人間と言われれば信じてしまうくらいに人の顔をしており、唯一違うのは白目が一切ない漆黒の眼と額に存在する三つ目の眼だ。


 仮面にはステータスを隠す力もあったようで、男の素顔を見た途端俺の視界にステータスが浮かび上がった。


 #############

 NAME  【クロウ】

 JOB   【魔人<烏>】

 LEVEL 【250】

 #############


「レベル……250。まじかよ」


「どうやら私達……とんでもない化け物を相手にしてたみたいね」


 ようやく動けるようになったのか、シーラとリアも俺の方に駆け寄って、仮面の男――クロウのステータスを確認した。


「魔族の中でも人の形をした魔人……もともとは烏のモンスターやったんやろか」


 クロウは全てを飲み込みそうな漆黒の眼を俺達に向ける。


「なるほど。貴方が彼女達の待ち人ですか。このワタシの仮面を砕くとは……貴方はここで殺しておかなければッ!」


 クロウの手が千手のように俺に伸びる。

 その全てを俺の指は止める、止める。


「あの速さの乱打を片手ってバケモンかいな」

「こんなの序の口よ!」

「凄いです!」


「あのッ! ちょっと見てないで助けてもらえます!?」


 はっきり言おう。俺の指はクロウの攻撃を全てを受け止めているが、俺の眼に何も見えず、ただ衝撃と風だけが俺に届いている状態だ。


「このッ、このワタシの攻撃を捌きながら雑談だと……」


 すいません……あなたの相手は俺の指がしてますので。

 機関銃のように飛んでくるクロウの手刀が止み、一旦距離を取ったクロウの眼は今までの余裕そうな表情ではない。明らかな警戒心を抱いていた。

 

 俺はクロウに近づく気はない。大体俺の脚はさっきから全然動かない。どうやってここまで来たんだと俺でも思う。それくらいに俺の脚は恐怖で竦んでいた。

 ここまで来たらやるしかない。でも、その覚悟を持つにはもう少し時間がかかりそうで。


 しかし、俺の指はご主人様の意志を汲んでくれるようで、攻撃しようと俺が思った瞬間、


 ――スキル・<自動攻撃(オートオフェンス)>発動


「ぬぉあっ!?」


 指に引っ張られるように俺の身体は移動する。

 ジェットコースターにでもなったかのような風圧を一瞬だけ受け、俺の身体はクロウの目の前まで来ていた。

 クロウの殺意を間近に受けて、俺の心臓は恐怖で張り裂けそうになり、俺の指は射る前の矢のように後ろに引くと、弾丸のようなスピードでクロウの肉体を打ち抜いた。


「がぁはッッ!」


 衝撃が背中から突き抜けて、クロウは腹を抑えて蹲る。

 胃液を吐き出し、村人に手も足も出ないという状況が出来ていない様子。

 そんな彼に、俺の指は無慈悲なデコピン。

 流石にここまでくると俺も申し訳なくなるが、俺の指が勝手に行動している以上俺は何もできない。


「ぐっ、ぁぁあっ」


 クロウは額を抑えて悲痛の声を上げている。

 仮面ではなく、今回は生身でデコピンを受けたわけだが、それにしてもこの感じ……


「シーラ、もしかして……」


「可能性はあるわね。リア、アイリス。クロウの額にある目を狙うわよ」

「了解」

「分かりました」


 俺達の狙いに気付いたのか、クロウの眼は険しくなる。

 それはつまり、その額の眼が弱点であることを伝えていて、それはもはやクロウも隠す気はないようだ。


「いかなる手段を持ち得ようともとは言ったが……まさかここまでのジョーカーを用意していたとはな。何百年ぶりだろうか……いいでしょう。本気で行きましょうッ!」


 クロウの身体からマナが溢れ、背中から漆黒の翼が現れた。

 身体つきも二回りほど大きくなり、爪は長く伸び、邪悪な雰囲気が溢れ出る。


「烏……ついに正体現したわね」


 それはまさしく烏だった。

 烏と人の狭間、それが今のクロウだ。

 クロウはその漆黒の翼を羽ばたかせ、月輝く夜空に舞う。

 

「串刺しにしてあげましょう。<羽時雨>ッ」


 クロウの翼から降り注ぐ黒い羽根。

 それは鋼の刃となっていて、アイリスのシールドに硬質的な音を響かせる。


「くっ……」

「アイリス、大丈夫そうか?」

「分かりませんっ、この攻撃かなりの威力です。どこまでもつか」

「なら早く何とかしないと」


 アイリスのシールドにひびが入る。

 駄目だ。もうすぐこのシールドは破壊される。


「なぁ、このシールドってこっちからは攻撃でないのか?」

「無理です。このスキルはスキルもマナも防いでいますから」


 こっちからリアが射抜けば行けると思ったが、どうやら無理みたいだな。

 だが、さっきから俺の指は疼いており、何かやろうとしていることは分かっている。

 

 ――スキル・<自動攻撃(オートオフェンス):エアキャノン>発動


 俺の指はデコピンするように丸くなり、クロウに狙いを定めた。

 そして、亀裂が広がり、


「もうダメです!」


 シールドが破壊され、無数の羽が俺達に降り注ぎ、シーラはその全てを払い落とそうと細剣を構えたと同時、俺の指は空気を弾いた。


「なぁにっ、ぁぐあぁ!?」


 空気を弾き、衝撃波となった空弾が羽の刃を弾きながらクロウを打ち抜いて、クロウは全身に衝撃を受けて地面へと落下した。


「はぁはぁ……何とかなったな」


「アンタ……マジでなにもんやねん」


 ほんと、俺の指は何者なんだろうな。

 俺のスキルにやられ、だいぶ疲弊したクロウは、ボロボロになった身体を起き上がらせる。

 このままいけばクロウは倒せるかもしれない。だが、何故かそれは嫌だった。

 何もしていない分際で生意気だが、このまま俺の指が倒してもダメだ。

 あくまでシーラ達が倒さないと意味がない。


「シーラ、リア、アイリス。相手はもう弱ってる。俺(の人差し指)が隙を作るから一気に畳みかけろ」


「……分かったわ。今更だけど、ごめんね。こんなことに巻き込んじゃって」


「その話は後。証明するんだろ。お前らの憧れた人の戦法は間違ってないことを」


「ええ。やってやるわよ。リア、アイリス」

「っしゃ、いっちょやったるでー」

「が、頑張ります!」


 ――スキル・<自動攻撃(オートオフェンス):フィンガーガトリング>発動


 またしても、俺が攻撃しようと思っただけで人差し指が身体を引っ張り、クロウの前に行くと、クロウの身体中を無数の示指が貫いた。


「ぐぁがぁがはぐっぁッッ!?」


 最後に天に舞い上げると、そこに彗星のような光が三条クロウの身体、俺がダメージを与えたところをを打ち抜いて、クロウの弱点である眼が天を向くように調節した。


「ぐぅ、がぁ、ごふぁっ!」


 そして、アイリスのシールドを足場に天を翔ける赤髪の少女。

 

「くそっ、このワタシが、こんな所で、こんな小娘共に……」


「はぁああああああッッ!!」


 細剣がマナをかき集め、白銀の光を放つ。

 剣に憧れた人の思いも、三年間培った強い意志も、すべて込めて、


「<メテオショット>ッッ!!!!」


 天から降り注ぐ破壊の光。

 月下に舞う少女の光は、クロウの眼には美しく見えて。



「認めましょう。貴女方は……貴女方のスタイルは最強だと」



 何故か満足げな笑みを浮かべて、クロウの肉体は光に溶けて消えていった。



 ◆◆◆◆◆



「終わったのか」


「そう、みたいやな……」


「痣が消えてるわ」


「本当ですね」


 それぞれ状況を確認する一言を零す。

 終わった。そう実感した途端、テンションだけで乗り切っていた身体が悲鳴上げて、尻餅をついてしまった。


「ちょ、大丈夫?」


「あぁごめん。ちょっと安心したら力が抜けて」


「なんや。強さのわりに肝の小さい男やな」


「そ、そんなことないですよ。タツミさんは勇敢なお人です」


 アイリスが俺に寄り添って声をかけてくれる。とてもいい子だ。

 俺がアイリスに癒されていると、シーラは俺に手を指し伸ばした。

 俺はその手を借りて立ち上がる。


「ありがとう」


「礼を言うのはこちらだわ。てっきり来ないと思っていたけど……どうして?」


 俺が覚悟を決めたのは日が沈んでからだ。

 おっさんの言う通りだった。クロウは俺の予想以上の殺気を放っていた。もし、一度でもクロウと出会っていればここには来なかっただろう。

 だが、ここにきてクロウに恐怖を覚えても、ここまで来たら後には引けなかった。17年間の人生で一番激しい深夜テンションを発揮した気がする。

 

 俺は頬を掻きながら、


「まぁ、女の子が危険な目に合うって分かってるのに何もしないのも嫌だなぁって」


「フフフ、私達を女の子として見てくれるのはあなた位よ」


「そやな。人間狩りの異名のせいで周りの男連中は怖がってもうてるし」


「シーラさんと、リアさんは男勝りなとこありますから」


「ちょっとアイリス」


 ほんとにこの三人は仲が良くて一緒にいて楽しいな。

 俺に度胸があれば、彼女達と一緒に冒険するのも良かったかもしれない。

 さて、明日も仕事あるしそろそろ帰るか。


「それじゃ、俺は帰るわ。またどっかで会おうぜ」


「ええ。また明日」


 ん……明日?



 ◆◆◆◆◆



 翌日、まだ眠気が残る時間帯にオルクが俺の部屋に駆け込んできた。


「おいタツミ、ギルドから手紙が届いてんぞ!」


「ギルドから?」


 それにしてもおっさん慌てすぎだろ。

 ギルドが俺になんのようだ。


「なになに……この度、貴殿をBランク冒険者として登録致しましたことを証明し、冒険者カードを送付いたします……なにこれ?」


 俺が寝ぼけ眼を擦りながら読んだ内容に、オルクは目を見開いて俺の両肩を掴んで激しく揺らす。


「な、お前冒険者になるのか!? それにいきなりBランクって……一体何があったんだよ」

  

「あぁ俺が冒険者に…………冒険者ッ!?」


 俺はようやく意識がはっきりして、驚きのあまり声を上げた。

 

「なんで!? 俺別に登録なんて……」


 そこで、昨晩のシーラの言葉を思い出した。

 俺はすぐに着替えた。


「オイどこ行くんだ?」

「ちょっとギルドに」


 俺は走ってギルドに向かうと、そこにはシーラ、リア、アイリスの三人が待っていたよと言わんばかりに立っていた。


「おはようタツミ。もう依頼は選んでおいたわ」


「てめっ、シーラ。こりゃどういうことだ。俺が冒険者って……」


「それがね、昨晩の一件をギルドに報告して、タツミを冒険者として登録できない?って冗談半分で言ったらBランクだって。良かったね」


「良かねぇよッ! 俺冒険者なんて無理だからな!」


「そんな事言うて、ホンマはウチ等と冒険したかったんやろ? 昨日のアンタそんな顔しとったで」


 くっ……リアの野郎俺の心読みやがって。

 こうなったらアイリスに言おう。彼女なら俺が言ったら登録取り消してくれるかも。


「なぁアイリス――」


 言おうとした瞬間、俺の手をアイリスはぎゅっと握る。

 そしてその愛らしい顔で俺を見上げた。


「嬉しいです。タツミさんとこれから一緒に冒険できるのですね」


「ああ俺も楽しみだよ(冒険しねぇよ。俺は死にたくないんだよ)」


 くそっ、なんで断らないかな俺の口!


「なぁシーラ……あんたのおかんのやり方、タツミには通用するみたいやで」


「流石母様。殿方の事を熟知してるわ」

 

 なんの話してるか知らんけど、この状況はまずい。

 俺が焦っていると、リアが俺の肩に手を置いて、


「ま、安心しいな。冒険者言うてもずっと戦ってるわけやないで。普段は別の仕事してる人もおるわ」


「冒険者はたまに強制招集でダンジョンに駆り出されんだろうがッ! 俺一般常識は乏しいがそれは知ってんだかんな」


「チッ……」


 うわ舌打ちしたよこの人。それにこいつらの事だ。強制招集の時だけじゃなくとも俺を連れ出すだろうし。

 俺がごねていると、今度はシーラが俺の手を握って、その綺麗な顔を俺に寄せてきた。


「あなたの力は世界を救うことが出来るわ。そんな力を持っていて使わないのは勿体ないじゃない。あなたは世界を救う義務があるのよ!」


 そんな無茶な……


「大丈夫。あなたなら出来るわ。なんせ私達がついているもの」


「そや。ウチも微力ながら協力するで」


「わ、わたしも頑張ります!」


 騒いでいるうちに野次馬も集まり、三人ともやる気のようで、だんだん断りづらくなっていた。

 因みに俺はノーと言えない日本人だ。

 だから、ここまで注目を浴びて、美少女三人に詰め寄られると、


「ぁあ、分かったよ。やってやるよチクショウ!」


「あなたならそう言ってくれると思ったわ」


「流石ウチが惚れ込んだ男や。そうこなくちゃやで」


「これから楽しくなりそうですね」


 半分ヤケクソで俺は冒険者になった。

 そんな今の精神状態だからだろうか、


「これからよろしく」

「これからよろしくな」

「よ、よろしくお願いします」


 嫌々冒険者になったはずなのに、彼女達の歓迎に嫌な気分にはならなかった。




「あぁこれからよろしく。シーラ、リア、アイリス」






 これはレベル999の人差し指を宿した少年が、世界を救う冒険譚。


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