9話
空が明るくなったのを部屋にある窓から確認できるようになり、鳥の声が外から聞こえるようになった頃、隣のベッドから動く音が聞こえてきた。
どうやら反対のベッドで寝ていたリカルドが起きたようだ。
俺はそっちの方を見ると、ベッドに座って眠そうな様子で頭を掻いていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
俺が声を掛けると俺が起きていることに気付いていなかったようで、少し驚きながら返してきた。
俺も隣で眠っている女の子が服などを掴んでいないことを確認してから、身体を起こし、リカルドの方を向いた。
それを見て、リカルドの方も同じように身体をこちらに向けてきた。
「えーっと、とりあえず、無事に脱出することが出来て良かったよ」
「そうだな、全て嬢ちゃんのおかげだ。ありがとう」
そう言って、リカルドは頭を下げた。
「いやいや、一人じゃこんなに上手く出来なかったよ。冒険者のこととか対応できなかっただろうし。そう言えば、なんで多くの冒険者があの場所に居たのかわかる?」
「ああ、それはな、、、」
その後の説明をまとめるとこういうことであった。どうやらあの奴隷商は前々から違法取引を疑われていたらしく、そして今回やっと、子どもを攫って来て売っていることの確証を得ることが出来た、そしてそれを摘発するために奴隷商へと冒険者を派遣したらしい。
しかし、中の様子がどのようになっているのかがわかっていなかったので、多くの冒険者が表を囲んで注意を引いているうちに、裏から少人数で突入するという手筈になっていた。
アルターナはその裏口から入るメンバーだったそうだ。
そんな中、突入前に建物の中から大きな音がして、何が起こっているのかわからずに戸惑っていたところに、捕らわれていたはずの俺たちが表の出入り口から出てきたというわけだ。
ちょうど俺たちの脱出と冒険者たちの救出が重なったというわけだったのか。
その後のことは捕まっていた人がいなくなったこともあり、何も気にする必要が無くなって、冒険者たちは無事にあの建物の中にいる人たち全員を逃がすことなく捕らえることが出来たらしい。
そして詳しい事情を聞くことが出来そうなリカルドがギルドに来て、どうやって脱出して来たのかなどなど、このギルドで一番偉いギルドマスターのところに行って説明してきたというのが昨日の出来事らしい。
他の男たちにも聞いても良かったのだが、一緒にいた方が女性たちも安心できると判断されて聞けずにいたのでその役目がリカルドになったそうだ。
また、牢屋に入る前子どもたちがどうのように捕まって来たのかを知りたいということで、今日俺に話を聞きたいということだった。
なるほどね、つまりは本当に偶然ギルドの摘発と俺たちの脱出が重なったということだったんだな。そして子どもたちまでも今捕まっていることは知らなかったので、脱出してきて驚いたということなのだろ。
ということは、あのまま地下で待っていて、地下に来た奴隷商の仲間を倒していれば助けが来たということだったのか。
まぁ知らなかったし、知りようがなかったのだから今言っても意味がないのだけど、もう少し楽してあそこから出ることが出来たと思うと、少しばかり複雑だ。
過ぎたことだし、これからのことを考えないとな。
差し当たってはそのギルドマスターとやらとの会話だろうか。まだこの世界のことを知らな過ぎて、何をどうすればいいのかわかっていないが、良い結果に持っていきたいところである。
子どもたちにとってもいいようにしてやりたいからな。帰る場所があればそこに送ってやりたいし、ないのであれば、良い生活が出来るようにしたい。
「うし! 腹減ったし、何か食いもんでも持ってくるな」
「ありがとう、よろしくね」
そう言うと、リカルドは部屋を出て行った。
それから少し経って、外から声が聞こえてきた。
「悪い、嬢ちゃん開けてくれ」
声はリカルドのものだった。俺は急いで扉を開けると、リカルドは両手でお盆を持って、その上には多くの食べ物が乗っかっていた。
部屋へと入り、この部屋に一つだけある椅子の上へと置いた。
「どのくらい食べるかどうかわからなかったからな、適当に用意してもらったんだ」
それにしても多いような気がするのだが、まぁ本人が多く食べるのだろうな。そういうことであれば納得だ。
それを見て、気が付いたのだが俺は食べ物を食べることが出来るのであろうか。
昨日街を歩いた時に飲み物は飲んだのだが、食べ物を食べてはいない。口に入れて飲み込むのは出来るだろうけど、その後がどうなるのかがわからないな。
そんなことを考えていると、ベッドで寝ていた女の子が少し動き、目を開いた。
食べ物の匂いに釣られたのか、起き上がると食べ物の方へと顔を向けた。
「おはよう」
俺はまずは状況を把握させることが先だと思い、ベッドへと近づき声を掛けた。見た感じまだぼーっとしていて、ここがどこなのかもわかっていない様子だった。
俺の声を聞いて、こちらの方へと顔を向けた。すると、女の子はゆっくりと確認するようにこっちの方へと近づいてきた。
そして、手を伸ばして、俺に掴まると安心したような顔を浮かべた。
「昨日何があったのか覚えているかな?」
俺は頭を撫でながら聞くと、小さく頷いて見せた。
「そっか、んー、そう言えば、声はまだ出ない?」
俺がそう言うと、頭を上げて顔を向き合い、その口を開けた。
「、、、あー、あ! 出るよ! 声出た!」
女の子は嬉しそうな顔を浮かべて、笑顔になって喜んだ。
「良かった、声が出て。色々と話すのは後にすることにして、まずは自己紹介からかな、私の名前はレヴィって言うんだ、あなたの名前を聞いてもいいかな?」
レヴィという名前は昨日から今日にかけて横になりながら考えていたことの一つだ。
安直だが、変なものよりかはいいと思うので、後はわかりやすいし、いいだろう。
後は一人称も俺ではだめだと思ったので、私にしてみた。流石に自分の名前を呼んだり、我とかわしとかはないと思ったので。てか、俺には無理です。
しかしまだ違和感しかないので慣れるまでは気を付けなければ。心まで女になるつもりはないので心の中ではこのままである。
「うん! 私はね、ユアって言うの!」
「そっかユアか。そしてあっちにいるのが、っとそう言えば、ちゃんとした自己紹介してなかったね」
ユアは俺以外の人が居たことを気づいていなかったようで、リカルドの姿を確認すると俺を掴む手を強くした。
俺はその様子を見て、苦笑しながら頭を撫でた。
「なんだかんだで、言ってなかったからね。私はレヴィ、改めてよろしくね」
「ああ、俺も言ってなかったか、俺はリカルドだ。ユアもよろしくな」
リカルドはユアが起きてから、こちらを気遣うように静かにしていてくれて居たのでユアも気づくことが出来なかったのであろう。
ユアはリカルドとはまだ話せないようで話しかけられると、俺の後ろへと隠れてしまった。
「まぁ今はリカルドが食べるものを持ってきてくれたのだし、食事にしようか。ほら、ユアもこっちに座ろ」
ベッドに座り、椅子を挟むようにリカルドの正面に座ると、空腹には負けたのか恐る恐るユアも俺の隣へと座った。
「ユアは遠慮しないで食べていいからね」
「うん」
「それじゃあ、いただきます」
そう言ったのだが、まだユアは手に取ろうとしないので、俺はパンを手に取って渡すことにする。
「ほらほら、食べないとリカルドが全部食べちゃうよ」
「いや、そんなことしないからな?」
「えー? ほんとに?」
「するわけないだろ」
「あはは、そかそか、まぁゆっくりでいいから気にせずに食べな、ね」
そうして促してやると、少しずつだがパンを口に入れた。
そのことを確認した俺とリカルドも食べることにした。
リカルドが持ってきたのはパンにスープ、サラダに何かの肉を焼いたものだった。
この世界で初めて食べるものだなぁ、なんてことを思いながらもパンを一口食べた。
この身体は味も分かるようで、安心し食べていった。味は不味くはないが微妙な感じだ。
ユアはだんだんと食べるペースを上げていき、気が付いたら自分の分を完食していた。
そして、まだ食べたりないのか俺の方を見て、物欲しそうな顔している。
そのことに気付いた俺は自分の分をユアに上げて、好きなだけ食べるように言った。
「大丈夫、そんなにお腹減ってないから。食べれるなら好きなだけ食べていいよ」
「ありがと」
そう言うと、俺の分の食事に手を付けた。
正面のリカルドは何か言いたそうにしていたが、俺は首を左右に振った。
リカルドは俺が食べていないことを気にしているのだろうが、そもそも俺は食べなくてもいい身体なので大丈夫なのだ。
まぁそのことを知らないので心配する気持ちはわからなくないけど。
「そうだ、食べ終わったらギルドマスターのところに行くつもりだから、そのつもりでな」
「うん、わかったよ」
リカルドにそう言われ、俺も準備を、主にこころのだが、しようとユアの良い食べっぷりを見ながら思うのであった。