86話
リカルドと話すというか、一方的に言われてからずっと考えていた。
このクランのこと、ユアのこと、そして自分自身のこと。正直に言えばこの街を出て色んな所に行き、色んなものを見たいと思う。せっかくの異世界なのだ、旅をしないというのはもったいないことだと思っている。
でもこのクランのことを考えると簡単には言えないことであった。
結局その次の日も俺は屋敷の中でただぼーっとすることとなった。もちろん冒険者組はいつまでも休んではいられないので、出かけていったが俺はそれを見送るだけとなった。何と言うか、何をするにもやる気が出て来ない感じで動き出すことが出来なかった。
そうして今度はマリーに部屋へと呼ばれた。
「リカルドさんに話は聞きましたが、レヴィ様、やりたいことをやっていただいてよいのですよ。正直なところを言えば、現状レヴィ様が居なくともこのクランはやっていけます。実際最近はレヴィ様は何もしていませんでしたからね」
最近の俺はギルドに通ったりしていたが、お金は稼ぐということはしていなかった。それでも何も言うことはなく、特に問題もなかったということなので確かに俺がいなくでも大丈夫なのであろう。
「まぁユアのことは心配になりますが、ですが彼女も一人で手伝いをしたり勉強をしたりと、色んなことに積極的になって来ています。今の彼女であればレヴィ様がいなくとも大丈夫だと思います」
確かにそうだが……。
「それにずっとこのまま戻ってくるなとは言っていないのですよ? というかこちらとしてもたまには帰って来ていただかないと寂しいですからね。どうか自分の気持ちに正直になってください、私たちはそれに全力で協力いたします」
そんなに真剣に言われてしまったら、ここに残るとは言いづらくなってしまうではないか。捉えようによっては邪魔だから出て行けとも言われているような感じではあるが、決してそんなことはなく俺のことを思っての言葉だということが痛いほど伝わって来ている。
どうして俺が他の街にも行ってみたいと思っていることがリカルドやマリーにわかったのかわからないけど、良い仲間を持ったのだということはわかった。
「ありがとう。私この街を出るよ」
「そうですか。わかりました。それでは盛大に送別会をしなくてはいけませんね」
そんなことを微笑みながら、でも少し寂しそうな表情で言って来たのであった。
その日の夜、ベッドの中に入った後、俺はユアへと話しかけた。決めたことを話さなければならないと思ったのだ。
「ユア、私この街を出ることにしたの」
「えっ?」
「もちろんこの街にも戻ってくるつもりだし、近くまで来ることがあれば寄っていくけど、基本的には色んな所に行って見たいと思ってる」
「……どこか行っちゃうの?」
「うん。一人で行きたいと思っている」
「そっか……。そう、なんだ」
ユアはそう言うと、顔を見せないように俺に強く抱き着いて胸に顔を埋めた。そして時々鼻をすする音や小さな声だけが部屋の中に響いていたのであった。
何も言い返すことなく、ただ受け止める。そんなふうな反応をしてくるとは思っていなかったが、ユアが何も言い返してこないのだ、俺がこれ以上色々と言うのは違う。なので俺はユアが寝る前でその頭を撫で続けるのであった。
朝、俺がこの街を出て行くという話はクラン内全体に広がっていた。
俺に話をして来たリカルドやマリーだけではなく、他のみんなもそのことには賛成のようで何も心配することはないとみんなが俺に言って来た。
子どもたちもそこまで交流をしてこなかったせいか、俺に対してはそこまでの反応ではなかったのだが、子どもたちの目はユアの方を見て心配そうな顔をしていたのであった。いつの間にかこんなに仲良しになっていて、俺は嬉しく思った。
それにこの様子であれば俺がいなくなってもユアは一人にならないこともわかったので安心だ。
ユアとは昨日の夜から話をしてないが、今日明日に出発するというわけではないのでまだ大丈夫だろう。ユアには笑っていてもらいたいからな。
街を出るには色々と準備をしなくてはいけない。まぁでも俺は他の人よりもはるかに荷物を少なく出来るので、そこまでの心配はしていない。
かさばって重い飲食物は持つ必要は無いし、寝ることはないし暗闇でも問題なく移動できるため野宿に必要なものもいらないだろう。そう出なくても俺には異空間収納の効果がある指輪を持っているので、見た目的には手ぶらな状態で行くことが出来る。
これは大きな利点である。というか正直俺はいくらかのお金さえ持っていれば、どこに行こうとしても大丈夫なのでは? なんだかそんな気がしてきた。服などもいらないし、怪我をすることもないのでそれ関係のものもいらない。
暑さや寒さも特に問題は無いし、あれ? 持って行くものは少ないと思ってはいたが、考えてみたら逆に持って行くものがないということになってしまっているのだが。お金も冒険者カードさえ持っていれば、適当に魔物を倒して売れば手に入るので大丈夫だ。
街へと入るのも冒険者カードがあれば簡単に入ることが出来るので、冒険者カード一つ持っていれば大丈夫なのではないだろうか。特に思い付かないし本当にいらないんだろうな。
こうやって考えると改めて人間辞めているんだなってことがわかる。本来であれば必要なものも俺には全く必要がない。何も持っていなくとも困ることも死んでしまうこともない。まぁわかってはいることなんだけどね、人間を辞めていることなんて。
街を出る前に必要なことを考えてみたが、他の街の情報や魔物のことなんかはギルドですでに確認済みなので改めて確認することはない。それにすべてを知っていても旅の楽しみが無くなってしまうので、こんなもんでいいだろう。
んー、色々とあれこれ考えてみたが、何と言うかこのまま今すぐにでも出発しても問題ないということがわかっただけであった。
こういうのは準備することを含めての楽しみだと思っていたので、少しだけ残念である。もちろん何もしなくてもいいということがわかって楽なのでそれについては文句を言うことはないのだけれどね。
そうして俺のことなのに、俺以外の人が俺のために準備をするために数日を使い、それを終えて俺は旅立つこととなった。
ユアとはその間一緒に出掛けたり、遊んだりして過ごしていた。そのかいがあってか、普通に笑顔で会話をしてくれるようになったので良かった。流石にあのまま行くというのは避けたいところだったからな。
その他のみんなも俺のために色々してくれていたようで、新しいナイフをくれたり財布などをプレゼントしてもらった。とてもありがたく、そして実用的なものをもらったので使わせてももらうことにしたのであった。中には櫛などの女性にとって必須のようなものももらい、俺では思い付きもしないななどと思いながらも受け取った。
ギルドマスターにも報告しに行った時には、ギルドマスター本人は少し残念にしたくらいであったが、アーシャがとても残念そうにしていたのが印象的であった。俺もそこまで悲しんでくれたことに少しありがたく思い、申し訳なさを感じてしまった。それでも俺は行くことは変わることはないけれど、こうして少し思ってしまうのはしょうがないことであると思っている。
この世界に来て、初めて仲良くなった人たちと離れることはやっぱり寂しく感じるが、でもこの世界をもっと見て回りたいと思うのだ。せっかく来たファンタジー世界なのだからもっと楽しいことはいっぱいあると思うし、今まで見たことのない景色もたくさん見られるであろう。
そういったことは昔から密かに憧れていたし、前の世界では叶うことのないことだとも思っていた。しかし理由はわからないけどこの世界に来て、憧れていたことが現実となった。だったらその世界を最大限に楽しんで生きないともったいないと思うのだ。
そうしてこの街を出るということを決めてから十数日後、俺は野良の住処のみんなに見送られて旅をしにこの街を発ったのであった。その日はとても良く晴れていて雲一つない快晴であった。




