6話
街に入り、建物の前に止まってから、少し時間を置いて馬車がまた動き出し、今度はその建物の裏にやってきたみたいだった。
そこで馬車の布が取られ、さっきぶりの外の景色を見ることが出来た。
周りは建物に囲まれていて、簡単には他のところからこの場所を見ることが出来ないようになっていた。
そして何人か見たことがない男たちも増えていた。
周りの確認をしていたところに、突然大量の水が上から降ってきた。その量はバケツをひっくり返したような感じで、普通であれば一瞬呼吸ができないほどだった。
何事かと思ったがどうやら馬車の周りにいた奴が水の塊を上から落としたようだ。手をこちらに向けているのでそういうことなのだろう。
俺にはご褒美にもなるのだが、まぁそんな意図はないと思うからこの汚いのが嫌だったみたいだ。
いや、汚いのはわかるけどもっとやり方ってもんがあるでしょうが。
確かに汚いのは少しはましになったとは思うし、水を被ったことで子どもたちの目も覚めたようだから向こうからしたらいいことしかないのかもしれないけどさ。俺も久しぶりの多くの水を浴びたから良かったけどさ。
「さっさと降りろ!」
それから檻の鍵が開けられて、男どもが俺たちに出るように促してくる。促すなんて優しい感じではないけれど。
剣で檻の鉄格子を叩いたり、怖い顔を見せて降りろと言って来たり、それを受けて子どもたちが脅えびくびくしながら言葉に従っている。
逃げるのであればこの瞬間が一番いいのかもしれないけど子どもたちにはそんな体力も気力も残されていないようで、無理そうだな。
そうなると俺もここは大人しく従うしかなさそうだな。
ちょうど俺が出るとき、男たちが少し騒がしくなった。まぁもともとうるさかったんだが、違った感じで騒がしくなった。
「おい、何だこのガキは、周りのやつとは違うようだが」
「高く売れそうなガキでしょう? 途中の道で拾ったんですよ」
「何だと? てめぇ誰にも見られてないだろうな?」
「それはもちろんですとも、周りには誰もいなかったですし、護衛の話からも隠れているものもいないようでしたので連れて来たんです」
「そうか、まぁただのガキのようだし、今回はいいがこれからは勝手なことすんじゃねぇぞ」
んー、会話を聞くと御者にいた奴よりも偉い立場な感じなのだな。歳も上のようで厳ついおっさんって感じだった。
そのまま俺たちは男たちに付いて行き、地下にある一つの牢屋にまとめて入れられた。
当然鍵を掛けられ、簡単には出ることが出来ないようになっているようだ。
他にも地下にはこの牢屋に並ぶようにいくつか別の牢屋があるようで、そこにも何人かが入っているようだった。
こちらに話しかけるようなこともせずに男たちは去っていき、牢屋の外には二人の見張りがいるだけになった。
会話もせずに行動しているということは、それだけ何回も同じようなことをしていて慣れているということだろうな。
さて、肝心なのはここからどのように脱出するかということだな。
俺一人であればこの牢屋も普通に通り抜けることが出来るし、この建物から出ることも出来るだろう。
しかしそうして、どこか交番のようなところに行き、それを伝えてここから子どもたちを助けてもらうというのは無理だろう。
そもそも土地勘どころかこの世界のことすらわからないのに、どこに行って伝えればいいのかわからないし、この見た目だ、子どもの冗談と思われて動いてくれないだろう。
言葉が伝わることはわかったのは良かったが、それだけでは上手くいかない。
ということはだ、この子どもたちと一緒に出ることが最低条件だろう。そうすれば、この子どもたちの状態を見れば説得力が出て来るであろうし、時間を置いて話せるようになってから本人に言わせればいいのだから。
そうなると脱出する時間帯は夜がいいだろうか。俺たちがここに入れたのがちょうど太陽が真上にあったので後半日くらい待つ必要がある。
今は脱出するような体力もないし、ここで休憩する必要があるだろう。まぁ何日もこんなところに居たくはないので、今日の夜に行動したいところだ。
問題は時間を置いたとしても子どもたちが自分の力で歩いて行けるかどうかだな。今見た感じではあのひどい環境で馬車に乗っていたのだから体力もなく、今もしゃがむこともせず地面に横になっている状態だ。
こんな様子では今日の夜まで待っても、動けるかどうか微妙だな。
方法はあるにはあるが、無理だった場合は最悪この建物ごと吹っ飛ばしてしまうのも手かもしれない。
出来るかどうかはわからないけど、何か出来そうな感じがするのでやろうと思えばできるのだろう。思い込みも大事だよな。
まぁそれは最後の手段に取っておくとして、まずはこの建物がどういった感じなのかを確認することは必須だろう。
脱出するにしてもどこを通って行けばいいのかわからないようじゃ、時間が掛かってしまうからな。
俺たちは建物の裏口から入って、少し歩いてから地下へと繋がる階段を下がったのだが、もっと早く外に出ることが出来るところがあれば助かるんだけど。
そして相手の人がどのくらい多くいるのかも確認しておいた方がいいだろうな。
そのためにも知覚範囲や精度をもっと高めないといけない。
今はじっとして出来ることをする、そしてタイミングをみて素早く行動に移す、これしかないな。
時間が経ち、見張りの人間も交代してから少し経った頃、俺は行動に移ることに決めた。
子どもたちも何か食べたりは出来ていなかったが、俺が水を出して見つからないように飲ませてたり、ずっと静かな場所で休めることが出来たからか、牢屋に入れられた時よりはましな顔をしている、と思う。
そして建物内を調べた結果、地上への出入り口は二つあり、一つは裏口に繋がっている俺たちが入ってきた場所だ。
もう一つが表の方へと繋がっている出入り口があった。
後この建物にいる人間は十人くらいいるというのがわかった。何人かが出入りしているみたいなので、正確な人数はわからないが大体そんなものだろう。
その人たちの強さなどはわからないので、なるべく早く外に出ることが重要になってくる。一人でも人質に取られでもしたら、終わりだからな。
一緒の牢屋に入っている子どもたちのことだが、他の二つほどの牢屋にも何人か入っていることがわかったので、その人たちの力も借りることが出来たら良いと考えている。その人たちに背負って貰うとかして貰えば後は俺が道を作ればいいことになる。
よし、そうと決まればまずは見張りからだな。見張りは交代の時に二人だったのが一人になったので対処が簡単になった、しかもこっちのことは気にせずに、半分居眠りしているような感じだ。
ここにいる奴はクズの人間だというのはわかっているので、俺は覚悟を決める。
まず、水を出し、それを細く糸のようにして見張りの人の方へと伸ばしていく、そして首の近くまでゆっくりと近づかせて、その首を囲うようにしてから思いっきり水を輪を小さくした。
ごとり、という頭が落ちた後に身体も椅子から崩れ落ち、またその場は静かになった。
「ふー」
俺は知らずに止めていた息を吐き出しながら、檻の鉄格子まで行き、そのまま通り抜けた。
こういう時にこの身体は役に立つんだな。鉄格子を切ったりしなくて済むのだから便利だ。切るにしても大きな音が鳴りそうだし。
そして壁に掛けてある鍵を手に取り、俺がいた牢屋とは別の牢屋の前に歩いて行った。
さて、牢屋の中にいたのは五人だった。
共通しているのはみんな、男で鉄の首輪をしていることだろうか。
違う点は二人は普通の人のようだったが、明らかに三人ほど普通の人間とは違う特徴を持っていた。
それは二人が動物の耳が頭に付いていて、小説などで出て来る獣人にそっくりで、もう一人は角みたいなのが付いている、男たちだった。
うーん、やっぱり男がケモ耳でも可愛くはないな。
「あれはお前がやったのか?」
見張りの姿が見えていたのであろう、そんなことを考えていたら、角が付いている男が話しかけてきた。
「あー、うん。そうだよ、ここから出ようと思ってね」
「そうか、今日入って来たやつだったか」
「そうそう、あの子どもたちも一緒に出してあげようと思うんだけど、手伝ってくんない?」
その言葉に驚いたのか、角の人以外が目を大きく開けていた。
「俺らはこの首輪のせいで敵対行動が出来ないから無理だ」
ふむ、それならば。
「じゃあ、子どもを運びながら逃げることはできるということかな?」
「ああ、それだけなら出来るが必ずあいつらは武器を持って襲ってくるぞ。嬢ちゃんにそれを対処できるとは思えないんだが」
「んー、まぁ全員相手するのは無理そうでも一気に駆け抜けるくらいならできそうじゃない? まぁ協力がなければ無理だと思うけどさ」
「そういうことか」
そう言うと考えているのか下を向いて黙ってしまった。
他の四人は角の人に従うのか、大人しく黙っているようだ。リーダーみたいな感じなのだろうか、確かに一番強そうな見た目をしているのは確かなのだけど。
考えがまとまったのか、顔を上げてこちらを見てきた。
「わかった。協力しよう、だがそれならこの地下にいる全員を連れていきたい。人数が多くなって大変になることはわかるが、その時は俺たちが盾になって攻撃から守るつもりだ」
「ああ、もちろん他の人も連れていくつもりだったよ。ここを最初に聞いたのは協力してもらえればこの後もスムーズに事が運べると思っていたからだしね」
「そうか」
「じゃ、そうと決まれば開けておくね」
俺は牢屋の鍵を開けて、もう一つの牢屋の前に行った。
その中は六人の女性がいた。全員がさっきまでの話を聞いていたのか、縋るような目でこちらを見てくる。
「聞くまでもない感じだね。それじゃ、鍵開けるから待ってね」
その後こちらの鍵も開けて、他には人が入っている牢屋を確かめてないことを確認した後、俺が入っていた牢屋のところ前で戻ってきた。
牢屋から出た女性たちは六人みんなが固まっていて、男たちとは少しだが距離を置いている様に見えた。
「あー、なるほど」
それで察した俺はとりあえず牢屋の鍵を開けることにした。
牢屋の中を見ると助かることがわかったのか、一人だけであったが立ち上がってこちらの方へと歩いて来ていた。
「大丈夫、みんな助けるからさ」
「、、、は、、、い」
近くまで来たその子の頭を撫でながら言ってやると、小さな声だったが涙を流しながら返事を返してきた。
他の子たちはみんな起き上がる体力もないのか横になったままだった。
「よし、子どもたちは女性方に任せることにするね。みんな背負うくらいは出来そうだし、長くてもそれほどかからないだろうから、大丈夫でしょう」
その言葉を聞いて、女性たちはみんな力強く頷いて、牢屋の中へと入って子どもたちのもとへと向かって行った。
「でもって、最後尾に付いてもらい。いざというときはその身体でみんなを守ってもらうよ」
男たちの方を向いてそう言うと、角の人が一歩前に出て話してきた。
「ああ、わかった。でも俺一人は前に行かせてもらうぜ。嬢ちゃんがそれなりに実力があるのはわかるが、それでももしもというのがあるかもしれないからな。嬢ちゃんがだめになったら全員がだめになるんだ。少しでも盾に出来るもんがある方がいい」
「なるほど、でも後ろは四人だけで大丈夫?」
「はい!」
「任せてください!」
力強い返事が返ってきた。というか他の男たちも話していいんだな、いや、当たり前なんだけどさ。角の人がずっと話していたからさ。
それにしても大の大人が少女に対して敬語って言うのは、違和感しかないな。
さてと、女性のみなさんも準備が出来たみたいだ。
「男が後ろにいるのは怖いかもしれないけど、我慢してね」
少しの申し訳なさを感じながら言うと、女性たちは揃って首を振り、目の前にいる一人の女性が言ってきた。
「こうして助けていただけるのに怖いも何もありません。邪魔にならないように付いて行きますのでこちらのことは気にせずに進んでください」
「わかったよ」
んーもっと気軽に話しかけていいんだけどな。まぁそれは終わってからでいいか。
俺と角の人を先頭に、すぐ後ろに一人で歩けた子どもと女性が一人ずつ、そして子どもを抱えた女性たち、最後尾には男四人という形だ。
「それじゃ、ちゃんと離れないように付いて来てね」
俺は振り返りそう言うと、進む方へと顔を向けた。
角の人とも話した結果、表の方から出た方が住民に見つかりやすく、逃げやすくなるとも考えたので裏口ではなく表から出ることに決めたのであった。
階段を上がりきるまでは誰もいないことは確認しているのでそこまでは静かに上がっていく。
階段の先には扉があり、そこから先は人が何人かいるのでここからは一気に行く必要がある。
俺は扉の方へと手を突き出して、その手に魔力を集中させる。
「行くぞ」
そして次の瞬間、水の塊が出て来ると扉に向かって飛んでいき、当たる瞬間ものすごい音を立てながら破裂し、建物の一階へと出る扉を吹き飛ばしていった。