34話
人生で一番緊張したお風呂から上がり、安心したのもつかの間、部屋をノックしてきたのは枕を持ったマリーだった。
「あの、申し訳ありませんがご一緒してもよろしいですか?」
俺の身長の方が低かったからだろう。きっと高かったら上目遣いで聞いて来たに違いない。
その場合の破壊力はすごいものだったのだろうな。
しかし上目遣いであろうとなかろうと、そんな可愛い顔をして頼まれてしまったら断ることなんて出来るだろうか。いいや出来るわけがない。
「ベッド一つしかないけど」
「大丈夫です。お二人は小柄ですし、私一人くらいであれば十分一緒に寝ることができますよ」
確かに俺のベッドは一人で寝るにはとても広いものになっているので、俺とユアが寝たところでまだ寝る場所は余っているが。
そういうことを言っているのではないのだけど、マリーの中では一緒に寝ることはもう決まっていることなのだろうな。
枕も持っていることだし。
胸の前で抱え込むように持っているのでその仕草といい、なんで今日はこんな可愛いのだろうか。
いつもはしっかりしているお姉さんという感じなのだが、急にこんな可愛い仕草などをされると、ギャップがあってやばいな。
「わかったよ。一緒に寝ようか」
「はい!」
だからそんないい笑顔で頷かないでよ。
ユアももう眠そうだったこともあって、すぐに寝ることになった。というかなってしまった。まだ心の準備というか全くないんですけど。
またしてもユア、俺、マリーと俺を挟むようにして寝る形となった。お風呂でもこの並びだったな。
別に俺はユアが真ん中でもいいんじゃないかと言ったんだけどな。これじゃないとダメなんだとか。
さっきから思っているのだが、いつマリールートに入っていたのだろうか。
てっきりリカルドといい感じだと思っていたのに。まだ傷が大きいということなのかね。
マリーたち女性が奴隷の時にどんなふうに生きてきたのかということは聞いていない。
子どもにする話でもないし、その話をするだけでも嫌なことはわかっていたからな。
だが何となく想像だがどんなことをされてきたかというのはわかっている。
俺も見た目通りの子どもではないし、異世界物の物語でもそういった描写はあったりするから。
でも今こうやって自由に生きることが出来るようになったのだから、彼女たちには幸せになって欲しいと思うのだ。
それは好きな人が出来て、家庭を作って、子どもを育てるということも幸せの中に入ると考えている。
しかし今の彼女たちは男性に触れるどころか、近くに寄られるだけで嫌悪感を感じてしまう。
それが大丈夫にならなければその先は絶対にありえないだろう。
その点、野良の住処内の男たちには心を開いているようで、そっちの方でアプローチをかけてみれば行けるような気もするのだ。
やっぱり一緒に脱出したことが大きいことなのだろうな。
こんなことを考えている理由としては、もうわかっているとは思うが現在の環境のせいである。
俺が考えてもどうしようもないことをだらだらと考えてしまう。しかしそうでもしないと今の状況を乗り越えることは出来ないであろう。
ユアが俺に抱き着きながら寝るのはいつものこととして、流石に抱き着くようなことはしないが、マリーの肩がくっ付いていて緊張してしまうのだ。
しかもマリー身体が呼吸によって上下していることや、鼓動の音が聞こえて来そうでなんというかやばいのだ。
さっきから語彙力が無くなっている気もするが、俺も心臓があったらドキドキし過ぎていたに違いないな。
こんな時間が何時間も続くと考えると俺の心臓が持つかどうか、あ、心臓ないんだった。
ほんとにやばいな。しょうもないことばかり考えてしまう。
抜け出すことも出来ないし、ああ、早く朝にならないかなー。
「まだ起きていらっしゃいますか?」
寝ていると思っていたのだが、まだ寝ていなかったようだ。
「なに?」
「今日はすみませんでした。こうやってお部屋までお邪魔してしまって」
「別にいいよ。何か意外だったけどさ」
「そうですね。実はですね、不安だったのですよ。多くの魔物がこの街に向かってきたということも不安でしたが、何よりもレヴィ様がその魔物の足止めをしているということを聞いてしまって」
ああ、これはリカルドがやらかしたのかな。こういうことは伝わらないようにしないといけないだろ。
「もちろん冒険者というのは危険が付きものということは承知しているのですが、今回も理由があってレヴィ様お一人がその場に残ったということも分かっているのです。それに一人で残っても大丈夫だと判断したからこそ残ったのだと思いますし」
「うん、、、」
「しかしそれを心配しないということは別のことなのです。なぜレヴィ様が残らないといけないのか、逃げてくださいと思わずにはいられないのですよ。そんなことは他の冒険者に任せて、いち早く逃げてくださいと思ってしまうのです。私にとって他の人がどうなってしまってもレヴィ様が無事であればいいとそんなことさえ思ってしまうのですよ」
マリーが思っていることを知って、なぜいつもと違っていたのかということの理由がわかった。
俺のことを心配してくれていたのだ。
しかしそのことを今の今まであからさまには出さずに、居てくれていたのだ。
他の人の目が合ったからか、ユアがいたからか、わからないが今はこうして俺に教えてくれている。
そのことに申し訳なく思ったが、嬉しいという気持ちもあった。
俺だけに打ち明けてくれる思い、そういうのはとても嬉しかった。
マリーは話している時は俺の方を向くことはなく、逆に顔を見られたくないと思ったのか、俺に対して後ろを向いてしまっていた。
俺はその頭を優しく撫でながら、
「ごめんね、でもありがとう。こういうことはしないとは言えないけど、何があっても絶対に無事に帰ってくるから。私にとっても帰ってくる場所はここしかないしね」
「はい」
それからしばらくして安心したのか、疲れていたからか。マリーの方から規則正しい寝息が聞こえてきたので、俺も撫でていた手を離した。
そんなふうに考えてくれていることは知らなかったので、俺ももっと気を付けないといけないなと思った。
それでもやめるという選択肢はないし、これからもそういった危険は大なり小なりあるということになってしまう。
毎回心配させるというのは申し訳ないが、そうなってしまうのは仕方がないだろうな。
こればかりは仕方がないことだ。
なんというか、考えさせられる夜に今日はなりそうだな。
後は微妙に一緒のベッドで寝るという状況に緊張してしまうということか。
こういう時寝て意識がなくなるということの大切さというか、そういうのを感じてしまった。なぜこの身体は寝ることが出来ないのだろうか。
それとも本当は寝ることが出来るのか? いや、前も試したがずっと目を瞑っていても寝れるような感じが全くしないのだ。
時折マリーが寝返りを打つたびに、いけないところに触れないようにしないととか、顔が近いとか、気にしながら過ごすことになってしまっていた。
気持ち良さそうに寝ている両隣の二人が羨ましい。寝なくていいのであればそれはそれでいいと思ってしまった何日か前の俺に教えてやりたい。
いや、確かにこんな経験が出来て嬉しいとは思うのだけどね。
何とか理性を働かせて、耐えるのだった。
そんな時間を何時間も過ごし、やっと空が白んでくる様子が確認できた時には、今までにない安堵を感じたのだった。
「、、、ん」
どうやらマリーが起きたようだが、そんな色っぽい声を出さないで下さいな。
「おはよう」
「おはようございます」
まだ眠そうな様子で、少しぼーっとしているようだった。
そのまま少しぼーっとしていたら、昨日のことを思い出したのか、急に顔を赤くなった。
そしてすぐに、
「では私は色々と準備がございますので、レヴィ様はゆっくり起きてきてくださいね」
と言って、立ち上がり、自分の枕を手に取ると、足早に部屋を出て行ったのだった。
そんな逃げるように出て行かなくてもいいのに、そんなことを思いながらまだ隣で寝ているユアの頭を撫でた。
今日は何もすることがないので、ゆっくりすることが出来る。
もちろん俺に出来ることがあれば手伝うが、昨日みたいな忙しさにはならないであろう。
マリーに言われたからではないが、俺はユアが起きるまで、もう少し横になっていることにしたのだった。




