28話
津波のように押し寄せてくるゴブリンに対して、俺は踏むと爆発する水たまりや糸のように細くして、そこを通ると切断されるというのを仕掛けて来た。
それでもゴブリンたちの進行は収まることなく、その数も一向に減る兆しを見せないでいた。
進行を遅らせるというのは、一応出来ているが今のやり方では正直そこまで変わっているのかどうかわからなかった。
そう言うことで、もっと派手に押し戻す必要があると思ったのだ。
そこで思い付いたのは目には目を津波には津波をということだった。
こちらに向かって押し寄せて来るのだから、それを押し戻してしまえばその分だけ街へ行くのが遅くなるということだ。
それに大量の水を使って押し戻せば、最初に水に激突するゴブリンはもちろんのことその後の巻き込まれたゴブリンも無事では済まなくなるだろう。
しかしこのことで注意することは、ここ一帯にある木々のことだろうか。森なので当たり前ではあるけど。
流石にゴブリンを倒すと言っても何も気にせずに、強い威力で攻撃していたら森が無くなってしまうからな。
ゴブリンがいなくなる前に先に森が無くなってしまう。それでもいいのであれば、やってしまってもいいのだが流石にだめだろう。
そのことは気を付けてやろうか。
理想としては出来るだけ多くのゴブリンたちが飲み込まれて後ろへと押し戻せる強さで、森の木々はそのまま残っているという感じか。
まぁとにかくやってみますか。
イメージするのは津波、範囲はゴブリンの最前列を追い越して勢いが止まるまで、押し戻そうと思うので、後ろまでは気にしない。
横幅は街から繋がっている道が、南と東の方角から伸びているので、その道のことを考えてゴブリンたちが吹っ飛んで行ったり、逃げて行かないようにする必要がある。
その道に戦えない人たちがいたら大変だからな。
ゴブリンの進行している幅を超えるように横一杯に津波が届くように調整していく。
後は俺がイメージ通りに制御出来るかということや、それだけの水を生み出すことができるのかどうかということが心配事だが、やるしかないな。
まずは目の前に両手で抱えるほどの水の塊を生み出す。そしてそれをだんだんと大きくしていきながらも、勢いを付けるために凝縮させていく。最後に津波の範囲をもう一度確認してから一気に解き放つ。
するとすごい勢いで水がゴブリンの大群目掛けて、放出されていった。
水が速く広がっているが、その間も水を生み出し続けているので、集中してそのコントロールをする。
放出されて行った大量の水はすぐにゴブリンへと辿り着き、ものすごい勢いでゴブリンたちに激突して撥ねながらも、その勢いはあまり弱くなることはなかった。
そのままゴブリンを押し戻していき、やっと止まったのはゴブリンの全体の三分の一ほどを飲み込んで行った後だった。
しかも森は少し折れている木もあるようだったが、基本的には健在でその姿を保っていた。
「ふー、上手くいったようだな」
これで街へと辿り着くのが遅くなって、リカルドが呼んでくれている冒険者たちも間に合うことだろう。
しかしまぁ、問題があるとしたら、俺の目の前から森全体が水浸しになってしまったことだろうか。
これくらいはきっと許してくれるだろう。そう願いながらも俺は街の方へと歩いて行った。ここの土地の水はけはどのくらいなのかということを頭の隅に考えながら。
思っていた通り、身体的な疲れはないが、集中していたからか精神的に疲れてしまった。これだけのことをしたのだから、のんびりと歩いていても誰も文句は言わないことだろう。てか、そう願う。
それにしてもゴブリンたちは周りで仲間が死んでいっているというのに、気にした様子もなくただひたすらに真っすぐ街の方へと進んでくるという光景は怖いな。
俺が倒してきたゴブリンの中でも四体くらいの集団であれば、ゴブリンが一体でも倒されると他のゴブリンは動揺して慌てていたのに、この大群にはそんな様子のゴブリンは全くいない。
その様子がなんというか、鬼気迫るように見えてなんとも言えなくなる。
今も俺の津波を受けて多くのゴブリンが押し戻されて多くが死んでいったが、それでも被害のなかったその後ろから進んでくるゴブリンたちはそんなの関係ないとばかりに走って来ている。
まぁこちらとしてもゴブリンたちの事情なんて知ったことじゃないので、気にすることなく倒させてもらうけどね。
「ん? あれ?」
おかしい。なんで進む速さが上がってるんだ?
あれだけの被害が出ていて、しかも地面も水で濡れていて歩きにくくなったと思っていたのに。
なぜかゴブリンたちの進行速度がさっきよりも速くなっている。
なぜだ?
ゴブリンの数が減って密集していたのが少し隙間ができて、走りやすくなったとか。
いやでも、みた感じそれは変わってないように思えるな。
となると別の理由で速くなったのか。なぜだろうか。
確かに、普通多くの人と一緒に歩くよりも少ない人と歩いていた方が歩く速さは速くなる。
これは歩く速さなどをお互い気にすることで、自然と遅くなる。
その気にする人の数が少なければ、もしくは気にする人がいなければ、その分自分のペースで歩くことができるようになるので、おのずと速くなるということだ。
もちろん普段から歩く速さが遅い人とか、周りのことを気にせずにどんどん歩いて行ってしまう人は例外に入ってしまうが。
それと一緒でゴブリンたちも足並みを揃えるために、進行速度を遅くしていたと考えるとわかるような気もする。
だが例え隣のやつが死んでしまっても気にする様子も見せないゴブリンがそんなことを考えるのだろうか。
それにゴブリンの知性はとても低いらしく、どうもしっくりこない。
そうなると、もしかして遅いゴブリンたちがいなくなったから、その分進行速度が上がったのか?
俺が知っている異世界物の物語のこういう魔物の大群が押し寄せるときは、最初は弱い魔物で後から強い魔物が出て来るというのが多かった。
それと同じであれば、全部ゴブリンではあるが、前にいた弱いゴブリンたちがいなくなったので、強いゴブリンたちが前になって速くなったと考えるのが可能性として高いだろう。
強いゴブリンの方が力も体力もあると思うので、その分速くなったのだろう。
つまり後ろに押し戻したのはいいが、進行速度自体は上がっているので、結局のところあまり変わっていないということになるわけか。
なんだそれは。
いや、うん、まぁポジティブに考えれば、ゴブリンの数自体は減っているので、良いのだが。
なんというか、ものすごく面倒くさい。
もうこの森一掃してもいいだろうか。そうすればさっきよりもさらに威力の強いものを出せるし、多くのゴブリンを倒せることができるからな。
俺が投げやりにそんなことを考えていた時、街の方から二人ほどこちらへと向かっているのがわかった。
しかもその二人は俺の知っている人物だ。
こちらから二人の姿を見ることが出来たので、手を上げると二人もそれに気が付いた様子でこちらへと向かって来た。
「レヴィ、怪我はありませんか?」
現れたのはクリムとギルだった。ちなみにクリムは人族の優しい青年で、魔法を主に使っている。
そしてギルは獣族の狼人で言葉遣いはそんなに良くはないが、子どもたちの面倒にも良くいいお兄ちゃんをしているようだった。ギルはその高い身体能力を生かせるように、剣を使っている。リカルドと同じスタイルだな。
「大丈夫だよ。ゴブリンの姿も見ていないからね」
「そうですか、まだでしたか。それは良かったです」
「ここに来たのは二人だけみたいだけど。他の人は?」
「私たちは街でギルドへ向かっているリカルドと会って話を聞き、急いでここにやってきたのですよ。他の冒険者たちはまだ来ません」
「なるほどね。だからこんなに早かったんだ」
「ええ、しかしこの距離でまだ来ていないということは、聞いていたよりも来るのが遅いみたいですね」
「ああ、それはね」
リカルドと別れてから俺がしていたことや今の状況を二人に話した。
「それはすごいですね」
「ああ、本当にそんなことができんなら、すげぇな」
俺みたいに離れたところの様子がわかるのであろうか。話すのをクリムに任せてずっと森の奥の様子を探っていたギルも、俺の話を聞いて驚いていた。
「しかしそうなると、ゴブリンたちがここに来るまであまり時間がないってことになりますね」
「だな。一先ず街の方に進みながらどうするか考えようぜ」
他の冒険者もどのくらいで来るのかわからないので、なるべく街の方で相手した方が今はいいと判断し、ゴブリンの位置を確かめながら俺たちは街の方へと走っていった。




