第三話 先生の本
少し変わってる教授。教授のお世話をする事になった大学生の実々さん。
これはそんな二人のとりとめの無いお話。
◎登場キャラ
・本多実々(みみ)
大学生。フィリピン人とのハーフで、薄い褐色の肌をしている。控えめで責任感が強い人。
・「先生」大学教授。
実々がホームキーパーをすることになった先生で、少し変。
・実々の腕時計の「僕」。本作の語り部。
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茶髪の矢沢さんからヘルプの電話があったのは、夏休みに入って一週間後のことでした。
もしくは、実々さんが三百回位へこんでいる頃でした。
だからマクドナルドは無理だって言ったのに。
口がないので言えませんでしたけど。
「もしもしー?
本多ちゃーん?
そうそう、矢沢ー。
先生がね、
探してる本を一緒に探してるんだけコホっコホ。
何これホコリすごっ。
あ、ごめんね。
で、本多ちゃんにも探すの手伝ってほしくて。
ほらあたし、も少ししたらライブ行くじゃん?」
知りませんよ、そんなこと。
どうやら矢沢さんは、頼みグセがついたみたいです。
ひょっとしたら実々さんを扱い易い人だと認識したのかもしれません。
それが当たっているのがまた悔しいです。
今日は7月の最終木曜日です。
バイトのない日でした。
ちょうどというか、運悪くというか。
薄い褐色の頬を大粒の汗が流れ落ちます。
実々さんはグイッと汗を拭います。
秋坂邸の廊下は相変わらず暗いです。
捜し物は見つかりません。
今から二時間半前。
実々さんが先生の家のドアを開けるなり、
「あーキタキタ。
遅いって、本多ちゃん」
言いながら矢沢さんがエプロンを突き出してきます。
さっさと着ろということらしいです。
でも今日は待ちに待った休みの日です。
そして実々さんも人間です。
いつも心穏やかな訳ではありません。
そして現在。
僕のピカピカの針は午後三時を指しています。
探し始めてから二時間半が経とうとしています。
実々さんはピンクのエプロンを着けています。
髪は邪魔なので軽くお団子にまとめました。
「ない……
ないよ」
目的の書物は、
『イタリアの笑えないジョーク』
だそうです。
実々さんもずっと笑っていません。
ここは一階の北側の廊下です。
窓は空いていました。
ぬるい風は、忘れた頃に少しだけカーテンを揺らす程度です。
午後五時。
流石にそろそろ帰ろうと考える実々さん。
無償で四時間半もよく頑張ったものです。
と、階段を降りてくる音がしました。
スリッパの音ともに、先生の姿が現れました。
右手の中には1冊の新書がのあります。
タイトルは
『インドの笑えないジョーク』
先生はほがらかに笑いかけてきました。
「申し訳ない。
探していた物は、上ですぐに見つかりまして
しかしついついシリーズを読み出してしまいまして。
申し訳ない」
別に申し訳ないと付ければ、許される訳じゃないですからね。
と、
先生の足が止まります。
目の前の相手が矢沢さんでないことに気付いたようです。
実々さんのお団子頭を凝視しています。
「……お団子? おだ」
「本多です」
実々さんが人の話を遮るのはレアです。
微笑んでいます。
声には圧が籠もっています。
「申し、訳、 ない……
えー、と、
矢沢さんはどこを調べてるのかな」
先生が適当な方向に視線をずらします。
「矢沢先輩は、私と入れ替わりに帰られました」
もうほんとすぐにね。
自分と先生が探した場所だけ伝えるとすぐにね。
先生が小さく頭を下げます。
「その、申し訳ない」
三十分後の五時半。
実々さんは、先生と向かい合わせで紅茶を飲んでいます。
埃で暗くなっている蛍光灯で、
肌がいつもより褐色に見えます。
怒っても笑ってもいない表情です。
場所は応接室に変わっていました。
とはいえ、中はいつも先生がいる書斎と変わりません。
違いといえば、カーテンが閉まっていることぐらいです。
ここだけでなく、一階、二階、屋根裏を合わせた八つの部屋全てでカーテンが閉まっていました。
「資料が日光で痛むのが怖いんです」
カーテンが閉じてて本探しが難航した理由を、先生はそう説明しました。
「そうなんですか」
実々さんが応えます。
「まあ、今日みたいな事があると難儀しますが。
……
何せ本が多いもので」
子供が言い訳するような声音です。
実々さんがまた微笑んだからかもしれません。
「私にも何がどこにあったか思い出せない時があるのです。
何せ本が多いもので」
また子供のように頭をかく先生。
実々さんが、この先生は思ってたより若いのかもしれないと思いました。
実々さんがティーカップを丸いテーブルに置きます。
静かに置きます。
「先生、ご提案があります」
声も静かです。
「はい何でしょうか」
「先生の家、少し整理しませんか」
「えーと、それは本を片付けるということでしょうか」
「はい」
先生がまた頭をかきます。
「うーん、私はですね。
人から見れば乱雑な物の配置をしているように映るかも知れませんが、
あ……そうです、配置です。
私は私には分かるように本を配置しているのです」
さっきと言っていることが違います。
先生の顔がぱっと明るくなります。
実々さんも笑顔です。
「ではその配置を少しだけ変えられてはどうでしょう。
それでどこに何があるのか、矢沢先輩とメモを取っていかれるのはどうでしょうか。
私もお手伝いさせて頂きますから」
「うーん、
いやあ、うーん」
実々さんがより笑顔になります。
「私も。 手伝い。 ます。 から」
今日の実々さんはちょっとイライラしています。
拙作を最後まで読んで下さりありがとうございました
次のお話でまたお逢い出来ることを心待ちにしております