露西亜帝国海軍秘密作戦「サマゴン作戦」「ムーンシャイン作戦」
おい、おい、お嬢さん。
ここは、あんたみたいな若い娘さんの来るような洒落たバーじゃない。
飲んだくれのむさ苦しい野郎どもが集まる場末の酒場だ。
とっとと帰った方が身のためだ。
ワシのような年寄りからの忠告は素直に聞いとくもんだ。
ん?太平洋戦争中に露西亜帝国海軍が行った「サマゴン作戦」「ムーンシャイン作戦」について聞きたい?
お嬢さん、あんた露西亜語上手いが、英語なまりがあるな?
アメリカ人のジャーナリストか?
それともFBIかCIAか?
言っておくが、あの作戦については関係書類はすべて破棄されている。ワシが関わっていたという証拠は……。
えっ?あんたはアメリカ人だけどジャーナリストでもFBIでもCIAでもない?
ただの大学生で、大学では露西亜文学を専攻している?
だから露西亜語がうまいのか。
ただの大学生のお嬢さんが露西亜帝国の酒場に何の用だ?
ん?あんたのお爺さんが太平洋戦争中アメリカ海軍の士官で、もう一度あの酒を飲みたいと言っている?
あんたのお爺さんの名前は?
……ああっ!あいつか!
そう言えば、あいつと二人で酒を飲んだ時、うっかり口を滑らせてワシの実家のこの酒場のことを話したことがあったな!
それをあいつが覚えていて、孫娘のあんたがここに来たわけだ。
言われてみると、お嬢さん、あんたの顔あいつにどことなく似ているな。
懐かしいなあ。戦争が終わった後は、作戦に関わったことがバレないように、お互いに一切連絡はしないことにしていたからな。
あいつは、あんたのお爺さんは今どうしているんだ?
えっ?交通事故にあって、入院した?
大丈夫なのか!?
幸い軽いケガで、短期間の入院ですみそうで、もうすぐ退院する予定?
それは良かった。
ところで、お嬢さん、「サマゴン作戦」「ムーンシャイン作戦」について、どれだけ知っている?
えっ?作戦名しか知らない?
あんたのお爺さんが話してくれたんじゃないのか?
入院中に、あいつに「何か欲しい物は?」と尋ねたら、戦争中の「サマゴン作戦」「ムーンシャイン作戦」で手に入れた酒をもう一度飲みたいって言ったって?
それが何かを尋ねたら口が重くなったって?
そうか、そういうことか。
お嬢さん、失礼してワシは酒を一杯飲ませてもらうぞ。
本当は営業時間中には、ワシは店では飲まないんだが、酒を飲まなきゃ話すことはできない。
お嬢さんも一杯どうかね?
えっ!?酒は苦手で飲めない?
酒好きのあいつの孫娘とは思えないな。
じゃあ、ロシアンティーを出そう。
この店でアルコール抜きの物を出すのは初めてだな。
それじゃあ、あんたのお爺さんの健康を祈って乾杯!
それと挨拶が遅れたが、露西亜帝国領アラスカにようこそ!
まあ、歴史の歯車がちょと狂えば、ここアラスカはアメリカの領土だったかもしれないんだよな。
国の財政が悪化した時に赤字の穴埋めにアメリカに売ろうとしたが、石油が出ることが分かって中止になった。
それで、我が露西亜海軍が日本海軍にツシマで歴史に残る大敗北をしての和平交渉では、領土も賠償金も日本には渡さずに、石油の安定供給を日本側に約束したら講和が成立した。
当時の船は石炭燃やして動いていたが、石油が将来燃料として重要になると見込んだヤツが日本にいたらしい。
歴史の歯車が狂うと言えば、第一次世界大戦の時に共産主義者どもがフランス革命みたいに皇帝ご一家を処刑して自ら権力を握ろうとしたことがあったな。
失敗したけどな。
殺される寸前だった皇帝ご一家を助け出したのは、意外にも日本の特殊部隊だった。
テンノーという皇帝がいる日本としては、皇帝や王侯貴族を否定する共産主義国家が露西亜の大地に出現することを怖れて、露西亜帝国が存続するようにした国家戦略的な打算だったようだが、救出された皇帝陛下は日本にえらく感謝されてな。
皇帝陛下が崩御された時「将来日本が困る時があれば我が子孫は助けるように」と正式な遺言を遺されたのだ。
それが、太平洋戦争の開戦前、日本とアメリカの関係が悪化して、アメリカが日本への石油の輸出を禁止して、アメリカ政府は我が露西亜にも日本への石油輸出禁止に同調するように求めたが、我が国が拒否した理由の一つだ。
もちろん、主な理由は国家戦略的な打算だったんだけどな。
日本がアメリカの勢力圏になると、このアラスカがユーラシア大陸から分断されてしまうおそれがあったからだ。
だが、日本とアメリカとの間に太平洋戦争が開戦すると、我が露西亜は日本側で参戦するようなことはせず日本寄りの中立国となった。
露西亜軍の主力は欧州に常に張り付けていなければならない状況で、極東・アラスカにいる我が軍は貧弱で、とても太平洋戦争に実力で介入はできなかった。
しかし、裏でアメリカ海軍を妨害するための秘密作戦、「サマゴン作戦」「ムーンシャイン作戦」が行われたんだ。
ん?お嬢さん、ワシが酒を飲まなきゃ話せないと言った理由が分かったか?
そうだ。あんたのお爺さんはアメリカ海軍軍人であったが、太平洋戦争中に我が露西亜海軍に協力していた。
「スパイ」だったんだ。
だが、ワシが酒を飲みながら話していれば、年寄りが酒に酔っての与太話ということになる。
お嬢さん、話はここでやめるかね?
ん?最後まで聞かないと気になる?
じゃあ、続けるぞ。
ん?「サマゴン」はロシア語で「密造酒」という意味、「ムーンシャイン」は英語で同じ意味だけど作戦と酒は関係あるのかって?
関係大ありだ。
同じ秘密作戦をロシア側からは「サマゴン作戦」と呼んで、アメリカ側からは「ムーンシャイン作戦」と呼んだんだ。
作戦は安い密造酒をアメリカ海軍に蔓延させて、飲んだくれの将兵を量産し、アメリカ海軍の戦力を少しでも低下させることだった。
ん?お嬢さん、あきれかえっているようだな?
酒ぐらいで戦力が低下するのかだって?
お嬢さん、酒が飲めないあんたには分からないだろうが、大酒飲みにとっては酒無しではいられないもんなんだ。
アルコール依存症はずっと昔から問題になっているだろう?
特にアメリカ海軍は艦内では飲酒が禁止だから、上陸した水兵たちは酒場ではハメをはずして飲むんだ。
ワシらは戦争が始まるずっとまえからアメリカの軍港の酒場に格安で密造酒を持ち込んだんだ。
ん?何で密造酒かだって?
正規に製造された酒では駄目なのかって?
正規に製造された酒では税金がかかるから、その分高くなるんだ。
だから、ワシらはアラスカにある秘密酒造所で密造酒を造った。
海軍以外には秘密だったからな、露西亜の税務署の目も逃れなければならなかったから大変だった。
密造酒と言っても品質は保証されている。
やろうと思えば健康に害がある物を入れて、アメリカ海軍の水兵に死者や病人を出すこともできたが、それはしなかった。
アメリカ海軍上層部に禁酒令なんて出されるかもしれなかったからな。
お嬢さん、あんたのお爺さんはアメリカ海軍の補給担当士官だった。
ワシらから受け取った密造酒を酒場に卸すのが役目だった。
「サマゴン作戦」だが結果的に上手く行った。
「サマゴン作戦」は我が露西亜海軍内部だけでやっていた作戦で、外部には知らせていない。
もちろん、日本海軍も知らなかった。
そこに、1941年12月8日の……、現地のハワイ時間では7日の日曜日に起こった日本海軍によるハワイ奇襲だ。
開戦ぎりぎりまで我が国から石油を輸入できた日本は燃料事情に余裕があった。
南方資源地帯を占領して長期戦に備えるよりもハワイを奇襲・占領しての短期戦を決断したのだった。
日曜日は軍隊も平時は休日だから、前日の土曜日は多くの将兵が酒場に繰り出していた。
当時、週末には、ワシらは軍港にある酒場では「格安飲み放題」をやるようにしていて、奇襲当日には二日酔いで使い物にならない将兵が多かった。
そこに、日本海軍正規空母六隻による空襲、戦艦十隻による艦砲射撃、日本陸軍第五師団を先鋒とした上陸作戦により、ハワイはたちまちの内に陥落した。
アメリカ大統領は「日本軍による卑劣な騙し討ち」「リメンバー・ハワイ」と国内の戦意を高揚しようと演説したが、現地の将兵の多くが二日酔いだったことが中立国の我が国のマスコミによって報道され、まったく振るわなかった。
そして、我が国も日本もまったく関わっていなかったんだが、アメリカ海軍作戦本部長兼合衆国艦隊司令長官が、奇襲前日の夜から奇襲当日の朝まで、ホテルの部屋で愛人と二人きりで酒を飲み過ごしていたことがバレて、大スキャンダルとなった。
アメリカ議会も国民もアメリカ海軍に不信感を持つようになり、アメリカ大統領は議会に日本への宣戦布告を求めたが否決された。
議会の反対が強く、アメリカ大統領は軍事力の行使に大きな制約をかされることになり、結局、条件付き講和で太平洋戦争は短期戦で終戦した。
長々と話してしまったな。
お嬢さん、これが、あんたのお爺さんが飲みたがっている酒だ。
だが、これは密造酒だぞ。
アラスカから出国する時もアメリカに入国する時も税関に見つかれば没収されて、あんたは逮捕されてしまうぞ。
どうやって、持って行くつもりだ?
何とかしますだと?
何か密輸する方法にアテがあるのか?
無いけど、お爺さんが飲みたがっているから何とかしますだと?
ふーん、あんたは本当にお爺さんを大切に思っているんだな。
悪い。ちょっと、あんたを試してみた。
これは「合法的な密造酒」だ。
「合法的な密造酒」と言うと言葉として変だが、昔の密造酒と同じ製法で、政府から許可されてして、きちんと酒税も払っている。
アメリカに堂々と持ち込めるよ。
それじゃあ、お嬢さん、あいつによろしくな!
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