第8話 アラシ、変化球を投げる
-1-
≪ウワーーーーーーーーーーーッ≫
≪ウォーーーーーーーーーーーッ≫
≪ドドドーーーーーーーーーーッ≫
スタンドから押し寄せてくる大歓声に包まれて、マウンド上のボクはこれまで経験したことがないくらい緊張していた。
1週間前のことだ。夕飯を終えて自分の部屋で翌日の講義に備えて勉強していると、階段を上がって来る足音に続いてドアがノックされた。
「アラシ、津嶋さんからお電話よ」
母さんだった。
「津嶋さん?」
「そう。アラシに頼みたいことがあるんだって。ご用件を伺ったんだけど、直接お話したいそうなの」
と言うことなので、ボクは階段を下りてリビングの家電を取った。
「“アラシ君に引き受けて欲しいことがあるんだが”」
「ボクに出来ることでしょうか?」
地球に帰還したときから陰になり日向になりいつもボクを支援してくれている大恩人。津嶋さんの依頼を断る訳にはいかない。
「“キャッチボールはやったことあるかい?”」
「はい、もちろんです」
「“じゃあ、問題ない。引き受けてもらえるかな?”」
「はい。それくらいのことでしたらお引き受けします」
「そうか。それじゃあ1週間後、迎えの車を出すから。楽しみにしているよ」
「は、はい」
楽しみにしているよ・・・っていうことは、キャッチボールを津嶋さんと?まさかね・・・。その時はそんな感じでいたのだが、連れてこられた場所は東京近郊のスタジアムだった。待ち受けていた人たちに有無を言わさず控え室に連れ込まれ、フランチャイズ球団のユニフォームに着替えさせられた。と言っても、野球キャップと上着の方だけ。下はユニフォームではなくミニスカート、それも超ミニだった。
「ほんと、キリュウさんって足が綺麗ですね。とっても形のいい膝、羨ましいくらい細い太股、嫉妬してしまいそうですわ」
などと言われてしまった。もちろんアンスコを履いているから直に下着を見られる訳じゃないのだけど、こう短いとどうしてもスカートの裾まわりが気になってしまう。
「それではキリュウさん、グラウンドへお願いします」
「あの、津嶋さんは?」
「津嶋様はオーナーと貴賓席にいらっしゃいます。セレモニーが終わったら、キリュウさんもそちらのお席にご案内させていただきます。オーナーがキリュウさんの大ファンでして、ごいっしょに観戦するのをとても楽しみにしておられるんですよ」
「はあ・・・」
そりゃあ、ボクだって男の子だからキャッチボールくらいはやったことがあるよ。でも大観衆が注目する中でやるのとでは全然勝手が違う。
「ふう」
大きく1つ息を吐いて、ボールに指先をかけると胸元に構える。18.4m先に狙いを定め、こうしてピッチャープレートに立ってみると、やけにキャッチャーのミットが小さく見えるものだ。ええい、ままよ!ボクは、大きく振りかぶると足を高々と上げた。女の子だったらきっとまわりからどう見えているのか気にするのだろうけれど、ボクは構わず一気に踏み込むと胸を思いっきり反らし大きく腕を振ってボールをリリースした。一直線にホームベースに向かうボールにバッターが儀礼的に空振りしてくれる。そして、
≪スパンッ≫
≪おおーーーっ≫
≪パチパチパチパチ≫
よし!山なりにならずノーバウンドでミットに届いた。よかった。男として恥かかずに済んだ。ホッとしながらスタンドに手を振りマウンドから降りようとしたら、
「なかなかいい球投げるね」
マウンド横で待っていた今日の先発ピッチャーに声を掛けられた。
「そ、そうですか?」
「そう。今の球。スピードは100キロくらいだけど、ほとんど回転してなかったね。どこで覚えたの?」
「え?なんのことでしょうか?」
「・・・そうか。君はナチュラルにナックルボーラーなのか、これは面白い。ど真ん中なのに、うちの正捕手が危うく取り落としかけたよ」
無我夢中だったから自分では気づかなかったけれど、ボクは自然にナックルを投げていたらしい。チームマスコットの着ぐるみに案内されながらホームベースに近づくと、
「はいこれ、いま君が投げた記念のボール。それにしても危なかったよ。手元であんなにブレるとは思っていなかったからね。いい変化球だった」
と言いながらキャッチャーが笑顔でボールを手渡してくれた。
「ありがとうございます。でも、偶然なんです」
「偶然?」
「手が小さいし指が細くて支えが利かないのでちゃんとした握り方が出来なかったんです。それで5本の指全部使って握って投げたら、ああいう風になったんです」
説明を聞いて、改めてボクの白くて細い手を見詰める。そして頷きながら、
「へえ、でも硬球をちゃんとグリップして投げられたんだ。だったらゴルフだけじゃもったいないよ。女子野球もやってみたら?」
女子野球ね・・・。マスコットに導かれてベンチにもどりながら営業用の笑顔でスタンドの観客に手を振りつつ、ボクは複雑な気持ちだった。
「ご苦労さん。こちらは球団オーナーの二木谷さん。今日の依頼主だよ」
「キリュウ君、実に見事なピッチングだった。お陰でお客さんも選手も大喜びしてくれた」
案内されて貴賓席に入ると、津嶋さんから球団オーナーを紹介された。今をときめくIT企業集団を率いるガッシリした体格のナイスミドルだった。テレビや雑誌でよく見掛ける顔だからボクでも知っている有名人だ。
「ありがとうございます。ゴルフトーナメントの最終日より緊張してしまいました」
「あはは。グラウンドでうちのバッテリーが何か言っていたようだけど、なんだったのかい?ひょっとして口説かれた?」
ギョロッとした大きな目で少し恐い感じのする顔が、茶目っ気を湛えて愉快そうな表情に変わった。
「いいえそんな・・・投げた球が変化したんだそうです。今のはナックルだと言われました」
「ほう!君はナックルを投げられるの?」
「いえ、全然意識していなかったんです。ナチュラル・ナックルボーラーなのだそうで・・・女子野球もやればって」
「ほほう、いま関西で女子プロ野球を創設する動きがあるのだが、キリュウ君が引き受けてくれるなら、うちのグループで球団を持つ手もあるか」
「え・・・」
「二木谷さん、キリュウ君はびっくりして言葉も出ない様子ですよ。彼はうちの宝、これからのゴルフ界を背負う大切な逸材です。始球式ならいいですがプレーヤーとしての野球はご勘弁願います」
「はは、それもそうですな。キリュウ君、今日はゆっくり試合を楽しんでよ」
ボクは津嶋さんの執りなしで、ようやく安心して座ることが出来た。とは言っても着替える暇もなく案内されたもので、ユニフォームの上着と超ミニのままだ。VIP用の席は深々としたソファーなので、裾を気にしながら浅くチョコンと腰かけ形よく膝を揃えながら座った。女の子の形の時は周囲の期待を裏切らないようにって、母さんからもチームアラシの面々からも釘をさされているから仕方がない。
「うん、やはり映像や写真を通して見るのとリアルに会ったのでは印象が違うね」
そんなボクを眺めながら球団オーナーが言う。
「そうですか?」
「思っていたよりも華奢だ。そして、同世代の女性よりずっと優雅だ」
「あは・・・」
「キリュウ君は、あっちの世界では本物のプリンセスだったそうですから」
どう応えたものかと迷っていたら、津嶋さんが助け船を出してくれた。
「あちらでは、厳しい家庭教師をつけられてしっかり貴族女性としての行儀作法を躾けられましたもので・・・」
惑星ハテロマで王室主催の舞踏会デビューを目指して特訓されたときのことを思い出しながら応えた。厳めしい顔のタチアナ先生にジロッとにらまれて身震いしたっけ・・・。
「なるほどね。それで座っているだけでも優雅な存在感が滲み出ているんだ」
「こんな短いスカートを穿いていて優雅もないですよ」
「いやいや身のこなしが他の娘たちとは全然違う。君は別物だ」
ボクは別物・・・だけど娘として・・・う~む、素直には喜べなかった。
-2-
秋の陽光が欅の梢から降り注いでいる。サワサワと流れていく風を見上げながら高くなった空を見上げていると、パタパタ軽い靴音とトテトテ少し重めの靴音が近づいて来た。
「ランちゃ~ん!」
「ラ~ンちゃん!」
この黄色い声の主たちは、サヤカとクルミだ。キャンパスに続く槻並木のトンネルに甲高い声が響き渡る。
「見たわよぉ!昨日の始球式!」
「ノーバンでキャッチャーに届いたじゃない!スゴいよ!」
「凄くないよ。男なら普通のことさ」
「なに言ってんの。超ミニをはいた男の子なんかいないっていうの」
「高々と上げた足の細くて綺麗だったこと!」
「チラっと見えたまっ白いショーツの色っぽかったこと!」
やっぱり足の付け根まで露出していたんだ・・・まあ、あの短いスカートであれだけ足を上げれば、ね。ズバッとキャッチャーミットに投げ込まなければという男の矜持と、慎みのない姿をさらけ出すことになる女の恥じらいと、そのトレードオフだったから仕方がない。そりゃあ男としての矜持でしょ。
「そんな大きな声で。まわりでみんな振り向いているよ」
「そりゃあランちゃんは有名人だもん、注目されて当たり前でしょ!」
「そうよそうよ!」
二人とも全く悪びれる風もない。ともかく、キャンパスの中だけでも誤解は解いておくべきだろう。
「あれはショーツじゃない!アンダースコートだったの!下着は全然見せていないから」
「そんなの関係ないよ。ランちゃんがスカートの中を見せたっていうことに替わりはないんだから!」
「スポーツ紙もテレビのワイドショーも朝から大騒ぎしているよ!」
また芸能ネタにされてしまったか・・・。
「そうそう!コメンテーターで出ていた振り付け師が、あれだけキレイに足が上がるのだから是非ダンスをさせたいって言っていたっけ!」
「だ、ダンス・・・」
「素手で振りかぶって100キロ出せるなら、ラケット持たせたら180キロは出るってテニス出身のスポーツキャスターが言っていたよ!」
「て、テニス・・・」
「グラビア写真で有名なプロカメラマンが、ランちゃんを脱がせたいって言っていたわ!」
「きゃ~あ!」
「ぬ、脱ぎません!」
津嶋さんのお呼びでマウンドに引っ張り出されただけで、決して自分から目立とうとしたわけではない。テレビも新聞もどうしてボクのことを話題にするんだろうか。そんなに銀河の彼方で男性から女性に性転換させられた人間が面白いのだろうか。
「そして流体を押し退けて移動する物体の背後にできるのが剥離渦なのです」
大教室に物理学教授の声が響く。今日の講義は流体力学だ。
「物体が移動すれば流体との間に当然摩擦が生じますね?そうすると、どうなるでしょうか?じゃあ、キリュウさん」
理工学部物理学科1年全員が受けている講義なのだが、なぜか毎回ボクが名指しされる。
「はい。物体に押し退けられた流体は・・・物体の背後に向かうにつれて、物体表面との間で起きる摩擦により、流れる速度が遅くなります」
「そう。その通り!そうすると物体の前と後ろとでは圧力差が生じるわけです。圧力に逆らえなくなった流体は物体の表面から剥がれ落ちてしまうことになる。それが剥離渦というわけです。では、物体の摩擦を最大化するにはどうしたらいいでしょうか?」
サッと委員長=三宅が手を挙げた。
「じゃあ、そこの君」
う~む。やっぱり教授は名前を覚えていないみたいだ。三宅は数少ない女子学生なんだけど。
「はい。流体に逆らわずに物体を回転させれば圧力は最小になるはず・・・だったら回転させなければいいのではないでしょうか?」
三宅は起立すると 少し顔を紅潮させながら言った。
「正解です。今年の女子学生は理解が早いですね」
ホッとした様子で着席すると、ボクの方を見て「褒められたね、私たち」って笑いかけた。え?やっぱり三宅の中でボクは女子学生カテゴリーなんだ・・・そんなことをモヤモヤ思っていると教授が言った。
「つまり、サッカーの無回転シュートや野球のナックルボールはこの原理を利用しているというわけです。せっかくなのでキリュウさんに投げてもらいましょう」
「ええっ?」
さっきので今日の出番は済んだと思っていたのに・・・。
「無回転の物体が空気中で引き起こす予想できない動き、それを実際に見聞することで皆さんの理解がより深まると思います。じゃあキリュウさん、これを使って投げてみて」
ヒョイと投げて寄越されたのは、プラスチックの球だった。軽い・・・あれ?中が詰まっていないんだ・・・表面には穴が開いている。
「そのボールはウィッフルボールと言って、狭い庭でも遊べるようにと開発されたゲームのものなんですよ。ウィッフルボールではキャッチャーはいませんから、そうですね黒板を目掛けて投げてみてください」
教授は黒板にストライクゾーンくらいの四角を描いた。それとボクとを見比べながら教室中が注目している。こうなれば仕方がないか。
「じゃあ、上手くいくか分からないですけど、投げてみますね」
ボクは教室の一番後ろに行くと、黒板の四角に向かって構えた。昨日と同じ投げ方は・・・ボールを5本指を使ってグリップし、大きく振りかぶると足を高く上げて一気に踏み込みリリースした。
≪シュルルルルッ カツン!≫
≪おおおっ!≫
「素晴らしい!皆さん、今の上下左右にぶれたのを見ましたね?これが無回転の物体が引き起こす特殊な剥離渦なのです。パチパチパチ」
教授は拍手しながら、ボクに向かって満足そうに頷いた。
「先生!」
「はい?なんでしょう」
ボクから目を移し呼びかけた男子学生の方を見る。なぜか、その学生はニヤニヤしている。
「えっと、すみませんがもう一度キリュウさんに投げてもらってもいいですか?」
「ん?どうしてですか?」
教授は不思議そうに言う。
「球を見ていなかったもので・・・」
「球を見ていない?いったい君は何を見ていたと言うのですか?」
さらなる疑問に、教授の声が大きくなる。
「はあ。キリュウさんの上げた足から、目が離せなかったもので・・・」
ウンウンと教室の男子が全員頷いている。
足から目が離せなかった?あ!すっかり忘れていた。今日のボクは、普通にスカートを穿いてきているから、ショーツが丸見えになっていたのだ・・・。視線に気づいてそっちを見ると、三宅が両手で頬を押さえながら「いや~んもお」の口元をしていた。
「仕方ありませんね。では、もう一度投げてもらいましょう。キリュウさん、いいですね?」
「はあ、まあ・・・」
ボクは再び教室の一番後ろに行くと構えに入った。男子の視線がスカートの裾に集まっているのが分かる。生唾を飲み込んだのか喉仏が上下している野郎もいる。
見られてしまったものは仕方がないけど、二度同じしくじりしたらおバカさんだぞっと。ボクは大きく振りかぶると、前に滑らすように足を踏み出して球を投げ込んだ。
≪シュルルルルッ カツン!≫
≪ああ~っ≫
ふふ、落胆のため息が教室中に溢れてしまった。ボクは小さくガッツポーズをしながら席へと戻った。
-3-
「次の試合が決まったよ」
部活を終えて帰宅すると、チームアラシのディレクター菅井さんが来ていた。
「来月ニュージーランドで開催されるオセアニア・アマチュアゴルフ選手権だ」
「ニュージーランド・・・カンガルーやコアラのいる?」
ニュージーランドって言ったら、オーストラリア大陸の脇に浮かぶ島だったっけ。まったくイメージが浮かばない。
「いいや。オーストラリアの近くではあるけど、ニュージーランドには固有の哺乳類はいないんだ」
し、知らなかった・・・。
「それはそうとして、まずは試合のことだ。当初の予定では日本女子プロゴルフ連盟のトーナメントだったけれど、アラシ君がいきなり優勝しちゃったものだから状況が変わってしまってね」
仙台で勝っちゃったからな・・・。
「だいたい、アラシ君自身が女子トーナメントには遠慮気味だし。本当なら今週の日本女子オープンだって先週の優勝で参加資格があったのに、君が辞退したいって言い出すもんだから」
菅井さんは、惜しいことをした残念で仕方がないという表情で言った。
「後期が始まったばかりなのに、大学1年生が2週連続で講義を休むわけには行かないですよ」
申し訳ないとは思ったけど、ボクとしてはいっしょにラウンドした女子プロたちに言われたことを無視できなかったのだ。
「それだけではないだろう?アラシ君は仙台で女子プロたちと戦ってみて、女子ゴルフの世界では自分が浮いた存在なんだと感じたんだろ?」
菅井さんは気がついていたんだ・・・。さすがにチームアラシを率いるリーダーだけのことはある。
「ま、まあ・・・そうなんですが・・・菅井さんだから、自分の正直な気持ちを話せますけれど・・・」
「うむ。それで急遽、男子ツアーを検討したんだよ」
「男子ツアー・・・」
「ところがシーズン終盤の佳境に入っていて、ビッグトーナメントが続くタイミングだったんだ」
ボクの反応を確認するように、そこで言葉を切った。
「アラシ君は、見た目が完璧な女性、それも飛びっきりの美少女だろう?」
「いや、そんなことは」
「そんなことは、ある。アラシ君が自分でどう思っていようと、まわりの評価はそうなんだよ」
菅井さんは、手でボクを制しながらそう言い切った。
「年間を通して日本全国を転戦しシーズンを戦ってきた男子プロたちが、賞金王とシード権を懸けて戦う終盤戦では、アラシ君はある種の“色物”としての扱いになってしまうんだ」
すごく落胆した様子で言った。きっと菅井さんは、日本プロゴルファー機関との交渉で相当憤慨する状況だったのかもしれない。
「い、色物・・・」
「ごめんね。不愉快な話だけれど、本当のことなんだ。もちろん、アラシ君が通年で戦ってきたのであれば男子プロたちもツアーメンバーの仲間として認めてくれるのだろうけれど」
そこで言葉を切るとボクの様子を窺った。
「アラシ君の夢は意外と近くまで来ている。それを実現するため、限られた選択肢の中で最善の試合がオセアニア・アマチュアゴルフ選手権なんだ」
ボクの夢・・・菅井さんは、それを実現させようと懸命に考えてくれていることが伝わってくる。
「作られたばかりで歴史の浅い大会だけど、南太平洋諸国のゴルファーが参加する国際大会なんだ。優勝者にマスターズの出場資格が与えられるアジアパシフィックアマチュアゴルフ選手権が本筋だろうけれど、今のアラシ君には出場権がないからね」
そう。ボクは日本アマも日本女子アマも獲っていないのだから仕方がない。
「オセアニア・アマチュアゴルフ選手権は新しい大会なので、日本ゴルフ連盟も特に代表選手を送る予定がなかったんだ。それで、どんなものかと相談したら、アラシ君の能力はよく知っているからと二つ返事で連盟推薦を承知してくれたんだよ」
二つ返事?アマチュアゴルフを統括する日本ゴルフ連盟で、ボクのことを知っている幹部というと・・・あ!女子強化委員長の河原理事だ。
「河原さんですね?・・・彼女、何か条件を付けませんでしたか?」
「いいや。ん、そう言えば、ユニフォームがどうのとか言っていたっけ・・・アラシ君にはコンピタンスポーツが全面バックアップして付いていますので、と説明したら至極納得していたよ」
ははあ、そう言うことか。男子の大会に推薦するけれど服装は女子でしょうねって念を押されたんだ!まあ、ボクもチームアラシの一員だから、用意されたユニフォームの袖に手をを通すだけなんだけど。
「分かりました。ニュージーランドで戦います」
ボクの夢を叶えるために考えてくれた選択を信じ、全力投球する決心がついた。
「よし。決まりだ。ニュージーランドの時差は4時間だから、そんなにジェットラグはキツくないし、季節は春だから気温もそれほど違わない」
「春?そうか!南半球だから季節が逆転するんだ・・・」
知識としては知っているけれど、同じ地球の上にあるのに南半球は北半球とは違う世界なのだ。
「そう。日本は実りの秋だが、ニュージーランドは草花が芽吹く春というわけ。これが冬と夏だったら季節が真逆になるところだった。この時季でよかったよ」
「じゃあ、着るものは日本のままでいいということですね?」
「そうは行かないよ。アラシ君は話題の人でファッションも注目されているんだ。季節はずれの格好なんかさせたらファンから大目玉くらうことになるよ」
「じゃあ、今年の春に着たウェアを持っていくんですね」
「まさか!彩ちゃんが、一足早く来春のモデルを製作中だ。相当可愛いのができてくるらしいよ」
ボクの衣装担当でコンピタンスポーツ社員の島野彩さんが、トーナメントでボクが着たウェアが凄く売れるって言っていたっけ。まあ、これもチームアラシのお仕事の内。ボクは、どんな格好をさせられても、試合に集中していれば気にしないで済むのだと思うことにした。
-4-
1ヶ月後、ボクはニュージーランドに向かっていた。
「そういやアラシ、講義さぼっていいのか?」
オークランド国際空港行きの機内で、隣に座っている桜田美咲が言いだした。
「それは美咲もいっしょでしょ」
「まあな。こっちは2年だし文系だから単位の方なら余裕さ。アラシは理系だからキツいんじゃないの?」
「まあね。でもゼミの教授が学園長だし、学生課も熱烈支援してくれているし、何とかなるんじゃないかな」
「津嶋オーナーも学園の理事だったっけ?アラシは麗慶大学の期待の星ってわけだ」
「あはっ」
「アラシは日本ゴルフ連盟の推薦で代表選手に選ばれたんだから、日本の名誉の為にも頑張らなきゃな」
「うん。その為にもバックアップよろしく」
「ああ。いつも以上に張り切ってコースチェックするぜ」
夏休みに続いての海外旅行で、気持ちが高揚していたこともあるけれど、美咲とは気兼ねなく話ができるからついつい長話になる。きっと見た目は若い娘たちがガールズトークしているようにしか見えないだろうけど、話題はゴルフ理論やコース攻略から始まって、自動車や鉄道、陸海空軍の戦闘力、マーシャルアーツや格闘技、サバイバル術、懐かしのテレビ番組、あ、もちろんヒーローものね、それから・・・女の子として生活する男としての悩み相談だった。
「アラシ。オマエが女の子だったらな」
「え?」
そんな話をしていると、急に美咲が言い出した。
「な~んてな。だけど正直言って、アラシはオレのツボ、好みのタイプなんだぜ?」
「そっか。じゃあ、ボクのことを押し倒して自分のものにする?」
「いいのか?ウソウソ。アラシの見た目はツボでタイプだけど、中身が丈夫だって知ってっからな。男を押し倒す趣味はねえってえの。うう気持ち悪ぅ」
などとふざけたことを言う。だったらこっちだって 、
「美咲も女の子として見れば、ボクのタイプかな」
「い?」
「でも無理。中身が完全に男だもん」
「だな」
「そうさ、ボクたちがくっつくと、はた目にはレズに見えるだろうけれど、実はゲイになっちゃうってわけだ」
「オレたち、複雑だな」
「あははは」
「えへへへ」
ボクたちは、成田からオークランド到着までの11時間余、ひたすらお喋りして過ごした。美咲は親身になってボクの心に寄り添ってくれる。試合で戦うとき、プレーヤーにとって唯一の味方はキャディだ。美咲はかけがえのないボクのパートナーだった。