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第6話 アラシのサプライズ

-1-


≪コンキンケンカ~ン♪ カンケンキンコ~ン♪≫


水曜日5限目の終業チャイムが鳴った。窓の外を見ると、校舎も街路樹も皆オレンジ色に染まっている。教室からは見えないけど、傾いた太陽が多摩の山並に掛かって茜色に輝いているにちがいない。これでようやく長かった怒涛の集中講義が終わった。


今回のリクゼンTV杯女子オープンの時のように、ボクの1週間はどうしても週の後半に試合が入るケースが多い。だから週前半の講義は取れる限り履修登録している。普通は理工学部生だってそこそこ時間割に余裕があるものだけど、そんなわけなのでボクの月火水は朝から夕方までびっしりガリ勉君なのだ。こんなに勉強する学生っていったら・・・あ、もう一人いた。


「それじゃあ、お先に」

「お疲れ様、委員長」

「もう!ランちゃんってば。やめてちょうだい、そのあだ名で呼ぶの」

「あ、ごめん。ついクセで出ちゃうんだよ」


ボクは口をとがらせている赤ぶち眼鏡の女子学生を見上げて済まなそうに言った。そう、高校のときC組でいっしょだったあの“委員長”だ。名前は三宅律子みやけりつこ。成績は優秀だし何せ優等生のかがみの委員長だったから、てっきり国公立か早慶あたりに行くものだと思っていたのだが、なぜか推薦でボクと同じ麗慶大学の理工学部に入学してきた。ボクは自分がこんな身体になったきっかけである星間ゲートの原理を解明したくて量子力学を専攻しに理工学部に入ったのだが、三宅がいったいどういうつもりで理工学部を選んだのかは謎だ。


それはともかく、ほとんど講義がいっしょだったから、ボクの休んだコマのノートを貸してもらえるので助かってはいる。理系女りけじょはそもそも稀少種なので一応理系女の一人として扱われているボクとしては、男子学生には言いづらい頼みごとでも高校時代からの知り合いに頼めるので心強い。


「大学に入って心機一転新しい一歩を踏み出したんだから、昔のイメージで広められたら困るの!」


反らせた両手の甲を腰にあてて仁王立ちになっている姿から“プンプン!”という文字が漫画フォントで飛び出して来るようだ。


「三宅、ごめん。これからは気をつけるよ」

「分かってくれたのならいいの。ところでランちゃん・・・昨日病院に行ったんだって?どこか具合が悪いの?」


三宅が心配そうにボクの顔を覗きこむ。


「いや、お腹が痛くて検査したんだけど、お医者さんはどこも悪くないって。心配してくれてありがとう」


まさか「赤ちゃんを産む準備がすっかりできている身体になったんだ」なんて言えるわけがない。ボクは軽く受け流しながら話題を変える。


「それよりも心配なのは講義の方だよ。急に休んじゃったけど相当進んじゃったのかな?」

「まあね。仕方ないわね、明日の演習のときにノート渡すよ」

「ありがとう!いつも助かるよ」

「ふふ、理工学部でランちゃんを守ってあげられるのは私だけだから」


そういえば、三宅が「ランちゃん」って呼びはじめたのは、確か高校2年の修学旅行のときからだ。クラスの女子全員で風呂に入って裸の付き合いをしてからだったが、なんか理工学部に入ってからの方が回数が増えている気がする。


「さてと、行かなきゃ。それじゃあランちゃん、また明日」


三宅が出ていった後、教科書と筆記具を鞄に詰め込んで腹痛で行けなかったヨドバシに行ってみようと教室を出たら、廊下で待ち受けている人がいた。ゴルフ部のマネージャー椿原つばきはら瑠美るみ先輩だ。


「キリュウ君。どうしても君に手伝って欲しいことがあるんだ。ちょっと付き合ってくれない?」


1年生部員に否やはない。ボクに拒否権はなかった。

キャンパスを体育会の部室棟に向かうのかと思ったら、瑠美先輩は正門横にある学園記念館の古い洋館を目指して歩き出した。


「あれ?部室じゃないんですか?」

「うん。茶事作法指導室」

「チャジシャ・・・フォシドシ・・・ツ?」

「エスペラント語じゃねえよ!茶事作法指導室。和室教室のことだよ」


茶事作法指導室に入ると確かに和室で畳敷きだった。衣桁いこうに振袖が掛かっている。あれ?この手鞠・・・見覚えのある柄と色だ。


「・・・もしかして、これってボクの振袖じゃ?」

「そうなのよ。キリュウ君はフルで講義が入っていたから、相談する時間がなかったの。だから勝手だったけれどお家に連絡して借りてきたのよ」

「?」


事情がのみ込めないから目を白黒させてしまった。


「そりゃあ説明しないと分からないよね。実は今夜、東京西地区大学対抗ゴルフ大会のレセプションがあって、うちが幹事校なの。それで表彰式の介添え役に女子部員を頼まれているの。ほら、プレゼンターの隣りで賞状とかメダルをのせた四角いお盆を持っている綺麗どころって見たことあるでしょ?だもんで成人式で振袖作った子たちを選んで手配していたんだけど、家の都合で急に一人だめになったのよ。それでキリュウ君が振袖持っていたのを思い出したってわけ。分かった?」


一息にまくし立てられてしまったが、状況だけは分かったかも。


「は、はあ・・・頼みごとって代役でしたか」

「悪いけど頼むわ。じゃあ、時間がないから直ぐに着替えて」

「ボク、ひとりじゃ着られないんですが・・・」

「大丈夫。男女両ゴルフ部を仕切る敏腕マネージャー様にぬかりはないって。ちゃんと着付けのできる美容師さんに待っててもらっているから。和装だもの髪もアップにしないとね。呼んでくるからその間に肌着に着替えておいてね」





「そろそろ出ないといけない時間なんだけど、もう着替え終わっ・・・」


茶事作法指導室のふすまを開けながら入ってきた瑠美先輩が、着付けを終えたボクと姿見越しに目があった途端、大きく目を見開いて凝視したまま固まった。


「き、綺麗きれい・・・凄いよ・・・キリュウ君」


たっぷり30秒たってから言った。


「素っぴんでも凄い美人とは思っていたけど・・・お化粧したら格段にパワーアップしてる。君、本当に男の子だったの?」

「だった、じゃありません。現役です。戸籍は男です。そんなことより化粧は勘弁してほしい、絶対に嫌だって言ったんですけど」

「女の子が晴れ着を着てお化粧していないなんて、あり得ないでしょう?」


ニコニコしながら美容師さんが言った。


「とにかく凄いわ。ゴルフ部のマネージャーやめて君のマネージャーになろうかな。こりゃあ、ひと儲けもふた儲けもできるかも!」

「アンタは女衒ぜげんか!やり手婆か!お断りします!」

「おっ、急がないと。その格好で君を路線バスに乗せるのもなんだから、車を手配しておいた。じゃあ出かけようか」






-2-


「あら?誰もいない。中の様子を見てくるからキリュウ君はここで待っててね」


吉祥寺通りにあるホテルに到着して宴会場のあるフロアに上がると、既に始まっているのかロビーには誰もいなかった。瑠美先輩はボクを関係者控室に連れていくと一人で宴会場の方へ歩いていった。

控室と言ってもテーブルクロスの掛かった丸テーブルと椅子が置かれているだけの普通の小部屋だ。立っていても仕方ないので文庫に結んだ帯を潰さないよう浅く腰かける。


≪トゥルルルルル♪ トゥルルルルル♪≫


と、その時テーブルの上の電話が鳴り出した。まわりを見渡しても誰も駆けつける様子はないので受話器を取った。


「はい、関係者控室ですが・・・」

「"あ、キリュウ君?"」

「なんだ、瑠美先輩でしたか。誰宛の電話なのか分からなかったからどうしたものかと躊躇しちゃいましたよ」

「"そんなことはいいから直ぐにこっちに来てちょうだい。あ、会場へは真ん中の扉から入ってね"」


受話器を戻して立ち上がるとボクは、衿と帯締めの具合を確かめて控室を出た。振袖は若い女性の第一正装なのだ、衿元がはだけたり帯が下がったりだらしなく見えては台無しだ。たとえ女装であっても見掛けの信頼を裏切ってはならない、と思う。


≪ギギ~ッ≫


両開きの重い扉を開ける。あれ?中は真っ暗だ。足音も話し声も聞こえずシーンとしている。


「え?レセプションをやってるんじゃないんですか?」

≪パッ≫

「ま、まぶしい!」


暗がりで行きなりスポットライトを照射されたものだから目がくらんだ。


「“いっせえの!”」

≪おめでとう!≫≪おめでとう!≫≪おめでとう!≫

≪パンッ≫≪パンッ≫≪パンッ≫≪パンッ≫≪パンッ≫

≪パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ≫


照明が点くとシャンデリアやブラケットライトを浴びて派手に飛び散ったクラッカーがキラキラ紙吹雪として舞っていた。その中で見知った顔が笑顔で拍手している。これって・・・


「“キリュウ君!びっくりしたでしょ?”」


スピーカーから聞こえてきた声は瑠美先輩だ。


「“さ~あ!君の女子プロトーナメント初優勝を祝ってパーティーよ!レッツハヴァパ~リィ~!ミュージックゥスタ~ト!”」


天井の高い宴会場にビートの効いたサウンドが響きはじめる。


「ほらほらアラシ。皆さんがお待ちかねよ」

「あ、母さん、お姉ちゃんも?」

「そうよ。アラシちゃんの晴れ姿は見ておかないとね」


ボクはふたりに振袖の両手を引かれ会場のステージへと連れて行かれた。この振袖もそうだしボクに内緒で瑠美先輩たちと綿密な打ち合わせが出来ていたんだ。驚いた。ほんとサプライズパーティーだ。




「“それでは皆さんご唱和ください。キリュウアラシ君のリクゼンTV杯女子オープン優勝を祝して、乾杯!”」

≪乾杯!≫≪乾杯!≫≪乾杯!≫


会場のあちこちでグラスの合わされる音が響く。乾杯の発声をした学園理事長が、隣で答礼をしていたボクとグラスを合わせる。


「キリュウ君おめでとう。実に見事な勝利だったね」

「ありがとうございます」

「君は高校2年の春高ゴルフでも優勝した期待の星だからいずれ近いうちにやってくれるだろうと楽しみにしていたんだよ」


間近で顔を合わせるのは初めてだったけれど、理事長はボクのことをよく知っている様子だ。


≪パチパチパチパチパチパチ≫

「“松平理事長ありがとうございました。それでは皆様、キリュウ君に会場内のお席をひとつづつ廻ってもらって、親しくお祝いの言葉を掛けて頂こうと思います。順に廻りますのでお待ちの間しばしご歓談ください”」


司会の瑠美先輩に促されてステージを降りるとき、理事長が優しく手を差し伸べてくれた。どうしても振袖に草履履きだと段差がそこそこの障害物なのだ。


「あの時の鳰海におのうみゴルフ倶楽部最終日最終ホールの君のプレーは今でもしっかり覚えているよ。実に素晴らしいラストショットだった。実際にキリュウ君のショットを見てみたいから一度一緒にラウンドしようじゃないか」


と理事長がボクに語りかけながらステージ前のテーブルに近づいて行くと、


「確か、松平さんのメンバーコースには年齢制限がありましたな。女性は20歳未満男性は35歳未満はプレー出来ない、でしたか。キリュウ君はまだ18ですぞ」


声を掛けたのはボクのパトロンだった。


「おお、そうだった」

「それから理事長、ゴルフ界をこれから背負って立つわが学園の有望株を銀座のクラブの女性たちと一緒に思わないよう、くれぐれもお願いしますよ」

「相変わらず手厳しいね、津嶋理事は。それじゃあキリュウ君、成人したら一緒に行こうね」

「は、はい」


ボクの場合、見掛けは女の子だけど二十歳でいいのだろうか・・・などと思っていたら、ボクの支援者であきつしまホールディングスCEO、国内外関連企業数百社のオーナーが温かい笑顔と握手で包み込むようにボクの手をとった。


「キリュウ君、おめでとう。期待に応えてよく頑張ったな」

「ありがとうございます。これも津嶋さんにご支援いただいたお陰です」

「いやいや、キリュウ君は誰もが応援したくなる人柄のようだね。ここにつどった皆さんを見ていてもよく分かる。この祝賀会も誰が言うともなく声を掛け合っていくうちにトントン拍子で進んだそうだよ」

「そうなのですか?」


周りを見渡すと学園長の桜庭教授はじめ大学の教職員の方々、ゼミの先輩たち、ゴルフ部の面々、チームアラシのメンバー、高校時代の同級生たちも揃っている。この人たちが、ボクのために企画してくれたのか・・・。


キャンパスからロケーション的に近いのとOBがこの老舗ホテルチェーンの偉いさんなので、よくここで麗慶学園の会合が行われるのだが、急な日程にもかかわらず今日のサプライズパーティーが実現したのは、きっとその伝手つてもあったからに違いない。


ボクは集まってくれた一人一人に、ちゃんと挨拶するためテーブルを渡り歩いた。






-3-


「よう、アラシ!」

「いえぃ!美咲」


ボクは大切な相棒とハイタッチする。


「アラシ君。振袖でハイタッチなんかしちゃダメ!二の腕まで出ちゃったよ。もっとおしとやかに」


試合のときにヘアメイクと衣装係をやってくれている、コンピタンスポーツ社員の島野彩さんに注意されてしまった。


「ははは、いいんじゃないか?アラシ君と美咲君コンビはパワフルじゃないと感じが出ないからね」


日本最大手の広告代理店で長年スポーツマーケティングを担当してきた、チームアラシのディレクター菅井さんがワイングラスを片手に機嫌よさそうに言った。


「そうそう、いま美咲君はちょっとした話題のひとになっているんだよ」

「え?そうなんすか?」


桜田美咲がびっくりして声を上げた。


「試合中片時もアラシ君の傍を離れないキャディの子は誰なんだ、よく見るとキリッとして格好いいじゃないか、って」


見るみる美咲が赤くなっていく。


「おお~!よかったじゃん、美咲。ていうか菅井さん、美咲がキリッとして格好いい・・・それって、どんな人たちの評価なんですか?」

「ふむ、さすがアラシ君、いい質問だ。アラシ君は誰もが注目し憧れる本物のプリンセスキャラだろ?もし隣に男のキャディがいたらどうなる?」

「それは当然・・・嫉妬の対象になるでしょうね」


人差し指をおとがいにあてて、島野彩さんが考えるように答えた。


「そう。彩ちゃんの言うとおり。で、アラシ君を颯爽さっそうとエスコートするのがボーイッシュな女の子だったら?」

「・・・アラシ君を盗られる心配はないから、男性ファンは心穏やか」

「その他にもあるんじゃないかい?」


菅井さんが、さらに彩さんに回答を促す。


「・・・お姫様を守る華麗な女ナイト・・・カッコいい・・・そっか!」

「そう。美咲君にはヅカファンのような女性ファンがついて来ているようなんだ。話をまとめると、君たちはコンビでも広告価値があるっていうことさ。よろしく頼むよ」

「じゃあ、美咲ちゃんの衣装コーディネートもこれからは私の管轄ね。しっかり本社とウェア考えるから着てちょうだいよ」

「彩さん、可愛いのやヒラヒラふわふわしたのは絶対に勘弁ですからね」

「どうかなぁ、決めるのはアラシ君とのバランスでだからねぇ」




そしてボクは家族が待っている最後のテーブルに行った。


「お待たせしました。父さんの小遣いで買ってもらったものだから、父さんにサービスポ~ジング♪」


ボクは両手で袖口を持ち広げて見せた。振袖の定番ポーズだが膝を少し曲げ小首を傾げると可愛くなるのだ。


「どう?」

「ああ、綺麗だ」


満足そうに父さんが頷いた。そんな様子を隣りで見ていた母さんと姉さんは、なぜか冷めた目だ。


「でもこの振袖って、作ったの高校2年のときよね?佐久間君との初詣のために仕立てたからもう2年か。ちょっと見飽きたかな、そう思わない?フブキ」

「そうね」

「お、おい・・・振袖って、そうしょっちゅう着るもんじゃないし、何べん見ても綺麗なんじゃないか?」


冷や水を浴びせかけられたように、慌てて父さんが反論する。


「そうはいかないの。女の目はごまかせないものなのよ。アラシの成人式は再来年か。それまでいろいろ準備しないとね。父さん、よろしく頼みますよ」

「えええっ」


この夫婦のやり取りははいつ見ても面白い。


「ところでハヤテは?」


弟の姿が見えなかったので尋ねた。


「家で留守番してる。外には出たくないんだって」

「そうなの?」


フブキ姉ちゃんがそう答えるのを聞いて、いかにもばつが悪そうに父さんと母さんが目を伏せた。


「そうだアラシちゃん。一度ハヤテと話してくれない?お父さんやお母さん、私にも言いたがらないんだけど、男の兄弟になら悩んでることを話してくれるんじゃないかと思って」


ボクのことをフブキ姉ちゃんが、わざわざ「男の兄弟」って言うとはびっくりだ。


「そういう状況なの?ひょっとして、ハヤテ・・・引きこもってる?」

「そこまでじゃないけど・・・学校に行きたがらないのよ」


この春ボクは高校を卒業して大学に入った。ハヤテも高校に上がったが中高一貫の同じ校舎だったので友だちもそのままだし何も問題ないだろうと思っていたのだが・・・。


「まあ、綺麗なお振袖姿だこと!遅くなってごめんなさいね」


急に後ろから声を掛けられたので振り返ると、井上沙智江さんだった。ファッションブランド“アイウエサチエ”を展開する世界的デザイナーで、地球に帰還したばかりの頃からボクの身に着けるものはすべて面倒をみてくれている“年の離れたお友達”だ。


「アラシ君の祝勝会を開くって言うじゃないの!パリコレ直前なんだけど万障くりあわせて駆け付けたわよ!」


相変わらず大きな身振り手振りでカン高い声だ。


「ありがとうございます」

「でね、さっき完成したばかりの出品ドレスを持ってきたの!アラシ君のイメージ、princess ranでデザインしたイブニングドレスなのよ!もちろん着てくれるわよね?ね?」






-4-


というわけで、ボクは急遽“お色直し”させられることになった。関係者控室で和装から洋装に下着も着替える。ブラジャー、ウェストニッパーにフレアパンツの3点セット、いわゆるブライダルインナーだ。


「息を吐いてぇ、それっ!」


ウエストに巻きついたコルセットを一気に絞りあげられる。


「うぐっ・・・さ、沙智江先生、こ、こんなに締め付けなきゃ、き、着れないんですか?」

「プリンセスラインは、キュッとウエストが絞まってないとね」

「絶対これって、ボクのサイズで作られていないでしょ?」

「そんなことないわよぉ。もちろん身長170の君がハイヒールを履いたのに合わせているわ。ん?あれ?合ってないじゃないの、これ」


と言いながら、井上沙智江さんは両腕をグッと伸ばすといきなりボクの胸を掴んだ。


「あうぅ、な、何するんですか!」

「オッパイが大きくなっているじゃない!それならそうと言ってくれなきゃダメでしょ」

「そんな恥ずかしいこと言うわけないです!ボクは男なんですよ?」


そう言いながら胸に置かれていた手をやんわりと払い除けた。


「あら、どうして?おばさんとはお友だちなんだし、アラシ君の着る服みんな用意してるじゃないの」

「それは・・・ありがたいと思っています。だけど」

「まあいいわ。それよりこのドレスよ。どうしよう・・・胸元が大きく開いているけどアラシ君ならとても清楚な感じになるはずだったのよ・・・仕方ないか、よし着せちゃおう!」




「“大変ながらくお待たせしました。新婦、じゃなかった、えっと、キリュウアラシ君のお色直しが調ととのいましたのでご披露させていただきます。皆さま中央の扉にご注目の上、拍手でお迎えください”」


≪ギギ~ッ≫


扉が開いてボクはスポットライトを一身に浴びた。首も肩も丸見えで胸元が大きく開いたドレスに身を包んでいる恥ずかしさに一瞬たじろぐ。


≪おお~!≫

≪美し~い!≫

≪なんて綺麗なの!≫


「“井上沙智江先生デザインのゴージャスなイブニングドレス。銀河の彼方のプリンセスだったキリュウ君をイメージしてデザインされたそうです。オーソドックスなローブデコルテを基調に宇宙的な要素を盛り込んだ、未来的で華麗なデザインです!”」


≪パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ≫


拍手に後押しされて、ボクはドレスと同じ桜色のオペラグローブを着けた手を振りながら、久し振りにプリンセススマイルを振りまいた。皆ボクのために祝勝会を開いてくれているのだ。少しでもサービスしくては、と思ったから。だけど皆の視線が痛い。だって全員ボクの開いた胸元を見つめているんだもん。キツッキツのパツッパツ衣装なので、必然的にまん中に寄せられてぐいっと持ち上げたバストになっているのだ。


≪谷間がある!≫

≪意外!セクシーだ≫

≪DいやEカップはある!≫

≪ウェストの細さ!胸のでかさ!≫


この後、会場にいた人たちと何枚も何枚も記念撮影をする羽目になったことは言うまでもない。


「“宴もたけなわですが、そろそろお開きの時間が近づいて参りました。それでは最後に、素敵なドレス姿になったキリュウアラシ君からご挨拶をしていただきましょう。マイクの前へどうぞ!”」


司会の瑠美先輩に指名されたので、ドレスの長い裾を両手で持ち上げながらボクはステージに上がった。


「“椿原先輩ご案内ありがとうございます。今こうして皆さまの前に立っていても、まだ夢を見ているようです。夕方、今日最後の講義を終えて教室を出たら、ゴルフ部のマネージャー椿原先輩が待ち受けていました」


そう言いながら司会台に立つ瑠美先輩をチラッと睨む。


「東京西地区大学対抗ゴルフ大会のレセプションがあってうちが幹事校なんだけど、困ったことに表彰式の介添え役を頼んだ女子部員が急に都合がつかなくなっっちゃった、だから代役を頼みたいの、と言って連れ出されたんです。ゴルフ部も体育会ですから後輩の1年坊主に拒否権はありません。振袖に着替えさせられ髪をアップにされてドアを開けたら、このパーティーでした。ホントびっくりです」


ボクは形のよい両肩をすくめて見せると、大きく目を見開きながらクリクリッと回した。


「その上、こんな格好までさせられるなんて思ってもみませんでした。あ、けっして気に入っていないっていうことじゃありませんよ、井上沙智江先生。試合の時の服を除いて、ボクの女装衣装はすべて先生のデザインなんです。とっても感謝しているんです。でも、これはちょっとキツッキツですけど」


と言いながら、ボクは二の腕を寄せ挟み込むようにして、胸の膨らみを強調して見せる。


≪おお~!≫

≪パチパチパチパチ≫


「うふふ、会場の皆さまが喜んでいらっしゃるようだから、良しとしましょう」


両手を大きく広げると満面に笑みを浮かべながら品をつくってみせた。


≪パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ≫


「さて、今日は皆さまからお祝いのお言葉をいっぱいいただきました。まだまだ未熟なボクですが、応援してくださる皆さまのご期待を裏切らず、幼い時にいだいた夢に向かってしっかり精進しつづづけようと思います。あ、そうでした。ひとつお願いがあります。このイブニングドレスは週末から始まるパリコレで出品されるものなので、発表まではくれぐれもご内密に。本日はハッピーサプライズをありがとうございました!”」


ボクは斜め後ろに左足を引きながら右足を曲げると、会場に向かって深々とお辞儀した。こんなイブニングドレスを着ていたので自然に出てしまったけど、これって惑星ハテロマのアビリタ王室における正しい女性貴族のカーテシーなのだ。久し振りにプリンセスランに戻った気分になった。

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