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第4話 激闘!リクゼンTV杯女子オープン最終日

-1-


穏やかに寄せては返す波に日が当たって金箔を巻き散らしたようにキラキラ輝いていた。午後になって太陽が傾いてきたせいか、松島湾から吹いてくる海風にも秋の気配が濃くなっている。しかし、コース上ではギャラリーの熱気であまり寒さを感じさせなかった。


「“さあて、いよいよリクゼンTV杯女子オープン最終日も終盤、サンデーバックナインに入ってまいりました!”」


テレビではアナウンサーが日曜日のゴルフ中継お定まりフレーズを喋っている。


「“手に汗にぎるデッドヒートが繰り広げられるなか果たして優勝の行方は~~~っ!といつもなら申し上げるところですが、凄いことが起きています!現在10番ホールのグリーンで最終組がプレー中ですが・・・”」


≪コロ~ン♪≫

≪うおおお~っ!≫

≪ナイスバーディー!≫

≪パチパチパチパチパチパチ≫


「“ご覧いただけましたでしょうか?タップインしてこれで4連続バーディー!アマチュアのキリュウアラシ選手が単独トップの12アンダー!いよいよ独走体制に入ってきたと申し上げてもよろしいでしょう!2位は同じ最終組のふたり、新垣亜衣プロ、横溝明日香プロが8アンダーで追っています。キリュウアラシ選手は、ここまでまったくと言ってもいいほどミスがありませんね、戸堀さん”」

「“ティーショットでフェアウェーを外さず、グリーンにはパーオン。ラフに入らずバンカーにも落とさず。そして今はベタピンで難なくバーディー。まだ18歳のアマチュアですけどキリュウ君のプレースタイルはトッププレーヤーですよ”」


昨年の大会から1年以上かけてコースセッティングをしてきたトーナメントプロデューサーの戸堀翔さんだけに、意図して狭くした落下地点のフェアウェイや、巧みに配置したバンカーや、回廊のように続く木立から延びる枝をものともせず、正確にピンフラッグに絡めてくるアマチュア選手のことを驚きをもって見ていた。


「“戸堀さん、もしも、もしもですよ、このままキリュウアラシ選手が行ってしまうとプロのツアーでアマチュア選手が優勝することになってしまいますが”」

「“4年前、高校生アマチュアだった新垣亜衣プロがJ-LPGAツアーで優勝して以来の快挙ですよ、これって”」


そう、あきつしまグループの総帥、津嶋宗徳オーナーに見いだされた新垣亜衣プロは高校3年のときに出場した女子トーナメントで優勝している。


「“となると、気になってくるのはどうしても賞金なんですが、キリュウアラシ選手はアマチュアなので、日本ゴルフ協会のアマチュア規則に則ると、優勝賞金1080万円および副賞のスポーティーセダン、大会ベストスコア賞、ニアピン賞ほかキリュウアラシ選手が獲得した賞はすべて2位以下のプロ選手に分配されることになります。プロとしては2位以下でも配分が増えるので嬉しいでしょうね”」


下衆げすの勘ぐり、俗なことを気にするアナウンサーだ。


「“それはないと思います。あれをご覧ください。プロのトーナメントでアマチュア選手に勝たせてはならないとばかりプロは皆必死でプレーしているんですから。賞金や副賞のことなんか今はまったく眼中にないと思います。それと、今のをひとつだけ訂正すると、賞のすべて、ではありません。アマチュアでもホールインワン賞だけは貰えるんです。それはともかくこのパット、きっと入れ返しますよ”」


斜めから射しこむ太陽の光を両手で庇を作って防ぎ、少し小首を傾げながらカップ周りの傾斜と芝目を確認する横溝プロ。


「・・・最後はスライスだよね?」

「そう思う。でもほんの少しだね」


囁くようにキャディが答えた。グリーンの端から端までの長いパット。普通なら寄せれば上出来、とても難しいロングパットだ。


「よし」


そう言うと、横溝プロはマークの前にボールをセットして慎重に打ち出しの方向を定めた。そして感じを確かめるように何度もパットスイングを繰り返す。構えに入る。一瞬の間。


≪コツーン≫


勢いよく転がりだしたボールは、滑るようにカップ左サイドを目指す。


「“おっと、強めに打った!”」

「“いや、登り傾斜なので丁度いいでしょう”」


ボールはカップ手前2mで急に減速すると、勢いがなくなった分横傾斜の影響を受けてゆっくり右に曲がる。


≪ククッ・・・・・・・コロン♪≫

≪うおおおお!≫

≪パチパチパチ≫


「“ナイスバーディー! 15mの長いパットを見事に沈め横溝プロは9アンダーとしました!”」

「“となると新垣亜衣プロも黙ってるわけにはいきませんよ”」

「“こちらは8mありますが下り傾斜が入っているのでその分難しいかもしれません”」

「“パットの上手い新垣プロなので、ここは曲がりラインを消す強めの打ち方をしてくるでしょう”」


≪コツッ≫


「“おっと!これは少し強いか?”」


≪コンッ コロン♪≫

≪うおおおお~っ!≫

≪パチパチパチパチ≫


新垣プロのボールは勢いよくカップの向こう側の壁に当たって跳ね上がると、そのままカップの中に吸い込まれた。


「“ナイスバーディー!これで9アンダー!新垣亜衣プロも2位をキープしました!これで最終組の3人全員がバーディー!トップを走るキリュウ選手とは変わらず3打差のままです!それにしても今の新垣プロのパット、カップを外したら3mは先に転がっていたかもしれません!”」

「“絶対に入れてやる絶対外さないっていう、プロの意地でしょう。これで二人ともギアが入りましたね”」


こうして最終組のボクたちは、サンデーバックナイン、日曜日最終ラウンド後半のインコースを一歩も引かずに戦うこととなった。






-2-


「アラシ、ここはグリーンに乗せるだけでもいいぞ」


No.17海越えのショートホールで前の組のプレーを眺めていたボクに、キャディーの美咲が言った。確かに海峡のようになった崖下からは不規則な風が飛沫とともに吹き上げてくるのが見える。寄せては返す荒波の上下動によって空気が渦巻いているのだろう。


「前の組も二人が海に打ち込んでしまったらしい。何せこの気まぐれ風と、あのピンポジションだろ」


と言うと、美咲は顎をしゃくってピンを示した。ティーグラウンドからだと、奥行きのない横長のグリーン左サイド手前のグリーンエッジぎりぎりに立っているように見える。直接ピンを狙えば、その時の風次第では海に落ちてしまう。


「ここと最終18番、残り2ホールで3打差だから、リスクを冒さず真ん中に乗せて2パットでOKさ」


美咲はボクの気持ちを少しでも楽にしようとしてくれている。だけど・・・


「うん・・・でも、ボクのいまの気分は・・・勝負かも」

「え?」


美咲が驚いたようにこちらを見た。


「菅井さんが言っていたじゃない。ボクにはアマチュアだからこそのチャンスがあるんだって」


そう、大手広告代理店からチームアラシの仕切り役として派遣されている菅井さんが、先月の米国遠征のときに言っていたのだ。ボクの夢、マスターズ・・・主催者であるマスターズ委員会にとってアマチュアで秀でたゴルファーは特別な存在であり、特別招待枠で選ばれた過去の選手の中にはその時代注目のアマチュアがいたと。だから、注目されることはとっても重要なんだと。


「だから、プロでも難しいホールであればあるほど挑戦すべきだと思うんだ」

「そっか・・・わかった。行け!アラシ。オマエの凄さを見せつけてやれ!」


≪・・・パチパチパチ≫


海の向こう側からギャラリーの拍手が聞こえてきた。どうやらグリーンが空いたようだ。


「オナーさんどうぞ」


新垣プロに促される。前のホールでスコアの良かった順に打つのがゴルフのルールだ。No.7でバーディーをとってから3人の中ではボクが一番よいか同じスコアだったので、ずっとボクがオナーだ。


「それじゃあ、お先です」


軽く会釈するとボクは、ボールとピンを結ぶ直線の後方に立った。そしてひとつ深呼吸をすると目を閉じて空気を震わす波の唸りに身を委ねた。気を集中する・・・海峡を回るように渦巻く風・・・崖下から一直線に吹き上がる風・・・上空でピン方向に流れる風・・・見えた!

ここの風には意外と規則性がある。ボクはスタンスに入ると今見えたイメージになるタイミングが来るのを待つ。波が岩に砕ける音がして、1、2、3、今だ!


≪スパーーン≫


7番アイアンから低めに打ち出されたボールはピン方向だが手前の断崖に向かう。


≪低い!≫

≪ミスった!≫


と、海峡の真ん中で急にホップした。


≪おおおお!≫

≪風に吹き上げられたぞ!≫


そして、海を渡りきり崖の縁を越えたところで揚力を失い落下した。


≪トン≫


グリーンエッジに着地する。


≪ツツー≫


バックスピンで減速したボールはピンに向かって転がりはじめる。


≪まっ直ぐだ!≫

≪これは入るぞ!≫


と、カップの手前で左に曲がった。


≪クルッ≫


カップの縁を伝うように時計回りに半周し、右横に流れ出て停止した。


≪おおお!≫

≪惜しい!≫

≪ナイスオン!≫

≪ナイスバーディー!≫

≪パチパチパチパチパチパチ≫


「やったな、アラシ」

「ああ。風を読みきった」

「見てみろよ。プロたちの表情が変わっている」


振り返ると、ギャラリーの前では絶やしたことのないプロ選手の笑顔が消えていた。


「“凄い!凄すぎます!カップまで30cm。あわやホールインワン!もう少しで賞金100万円という見事なショットでした!それでも今日このホール唯一のバーディーは間違いありません!”」


アナウンサーが叫んだ。


「“いや、まだプロが二人残っています”」

「“危険を冒してピンをデッドに狙ってきますか?”」

「“トッププロとして面子がありますからね”」


ティーグラウンドでは、次に打つ新垣亜衣プロがセットしたボールを前に腕組みをしてピンを見つめていた。


「よし」


小さく頷くといつも通りのルーティンでスタンスに入った。


≪パシーーン≫


ゆったりとしたフォームから打ちはなたれたボールは、定まらない風を浴びて左右に揺れながらもピンを目指す。


≪これはギリギリだぞ!≫

≪距離が足りないか?≫


ギャラリーが固唾を呑む。


≪トン≫

≪おおお!≫


ボールは崖を越えて直ぐのグリーンまわりのエプロンに着地すると、2度バウンドしてグリーンにオンした。カップ手前5mだ。


≪ナイスオン!≫

≪パチパチパチパチ≫


片手を挙げて歓声に応える新垣プロの笑顔の中に、張り詰めていた緊張から解放された表情が窺えた。


「“凄いことになってきました!これまで誰ひとりバーディーが出なかったショートホールでいきなり最終組が連続でチャンスにつけました!こうなるともう横溝プロとしても引くに引けませんよね、戸堀さん”」

「“アマチュアのキリュウ選手もですが、同い齢でジュニア時代から切磋琢磨してきているライバルがショットを決めてきたんですから、これはもう狙うしかないでしょう”」


グリーンのピン傍に並ぶ二つの白球を見つめる横溝プロの表情は硬い。


「やるっきゃない、か」


パンパンと両頬を叩きながら呟くのが聞こえた。1つ息を吐いてスタンスに入ると大きなアークで回転軸ギリギリまでクラブを引き上げる。静止。そしてトップの位置から一気に振り下ろした。


≪カシーーン≫


ダイナミックで個性的なスイングから放たれたボールは高々と舞い上がり、乱気流に煽られながらもピンを目指していく。


≪トン≫

≪おおお!≫


狙い通りピンの根元に着地し歓声が上がった。しかし勢いを殺せず大きくバウンドして後方のグリーンエッジまで行って止まった。


「“グリーンから少しこぼれましたが横溝プロもバーディーチャンス!”」

「“ふたりともプロの意地を見せましたね。それにしもキリュウ選手のショットはお見事。彼女、いや彼は、風を読み切っているかもしれません”」


テレビ中継では、ボクのショットをアドレスに入る前のに方向を確かめているところからスローモーションで何度も再生して見せる。


「“ほら!目を閉じて気流を感じようとしているんですよ、この表情は!”」

「“気流を感じる?そんなことが可能なんですか?”」

「“ゴルファーに限らず秀でたアスリートには、なにがしか普通ではない人並みはずれた特別な能力が備わっているものです。キリュウ君の場合、それが風を読む力なのかもしれません。そうだとしたら・・・”」

「“そうだとしたら?どうなるのでしょうか?”」

「“もし、そうだとしたら、風を味方にできる世界でも稀なゴルフプレーヤーになります。なんと言ってもゴルフは自然と戦うスポーツですからね”」


そして、ボクはこのホールを難なくバーディー。新垣プロ、横溝プロは惜しくもカップを外してパーだった。






-3-


「“さあ、お待ちかねの最終組が上がって参りました。それではプレーヤーをご紹介します!アメリカツアーに参戦しナッシュビルクラシックで初勝利を挙げ凱旋帰国、昨シーズンの賞金女王!新垣亜衣プロです!”」

≪パチパチパチパチ≫

≪亜衣ちゃ~ん!≫


18番グリーンで場内アナウンスが紹介をすると、満席状態のギャラリースタンドから大きな拍手と歓声が上がった。


「“今シーズンすでに3勝。現在賞金ランキング第1位!横溝明日香プロです!”」

≪パチパチパチパチ≫

≪明日香ちゃ~ん!≫


「“そして最後は、アマチュアながらトップを走るキリュウアラシ選手です!”」

≪パチパチパチパチパチパチ≫

≪頑張れえ!≫


サンバイザーの庇に軽く手を添えながら、ボクは笑顔でギャラリースタンドの声援に応えた。


≪わあ!≫

≪かわいい!≫


ライトスマイルだったが、ヴェーラ博士に表情筋一つ一つをコントロールできるように叩き込まれた、女性化プロジェクト仕込みの完璧な営業用スマイルだけに、軽い微笑でも相当インパクトがあったみたいだ。


「ふうん、すごい歓声ね。笑顔は女の最強兵器、か。私も練習しようかな」

「キリュウ君はもとの素材がいいからさ。きっと私らがやってもあんな風には騒がないよ。試してみようか?キリュウ君、先にお手本見せてくれない?」


最後にグリーンに上がってきたボクに、プロ二人で絡んできた。


「たはは、勘弁してください。試合中なんですから」

「じゃあ、表彰式終わってクラブハウスの主催者パーティが済んでからでいいから」

「はあ。帰りの新幹線に間に合うまでの時間でしたら」

「OK、約束よ。それじゃあサクサクッとパット沈めてしまおう」


それを聞いたので、ボクはカップ手前50cmにつけているボールをタップインしようとした。


「待って!その距離ならタップインできるけど、ギャラリーがせっかく楽しみにしているんだし優勝パットは最後まで取っておくものよ」

「そうだよ。キリュウ君が先にラストパット決めて、また瞬殺スマイルなんかされたらギャラリーがざわざわして敵わないからな」

「たはは」


考えてみれば春高ゴルフとジュニア時代に優勝しただけで、大勢のギャラリーがいるこういうシチュエーションでの優勝経験はなかった。すっかり同伴競技者のプレーを気遣うことを忘れていたので、ボクは照れ笑いするしかなかった。


「“キリュウアラシ選手にウィニングパットを残すよう、新垣亜衣プロが指示しましたね。アマチュアがプロトーナメントで勝つという慣れないシチュエーションは、プロなら当たり前のルーティンにまごついてしまうようです”」

「“微笑ましいし、なにか新鮮じゃありませんか”」


横溝プロと新垣プロがパットを終えてホールアウトするのを待ってる間、美咲が傍で呟く。


「本当にやっちまったな、プロツアーで優勝しちまったぜ、アラシ。おまえ、スゲーよ」

「ありがとう、美咲。美咲がキャディしてくれたお陰だよ」

「それは、ある」

「あはは」

「それより、準備できているのか?」

「?」

「ウィニングパットを決めた後のことだよ」

「なにかしなきゃいけないの?」

「おまえなあ・・・あれだけギャラリーが見ているんだぞ?ガッツポーズするなり絵になる表現が必要に決まっているだろ!」

「そ、そっか」

「それと、同伴競技者とキャディーさんたちにも忘れず挨拶な。あ、女子プロの場合はハグだからな。おまえ、自分が女の子だということを忘れんなよ」

「そ、そうなんだ」


≪コロン♪≫

≪ナイスパー!≫

≪パチパチパチパチ≫


新垣プロがパーパットを入れて、いよいよボクの番になった。ボクはカップの縁の状態を確認し、ボールをセットするとマークを外す。


「“さあ、いよいよウィニングパットの瞬間がやって参りました!慎重にカップまわりをチェックしてスタンスに入るキリュウ選手”」


テレビ中継では、アナウンサーが声を張ってボクの最後のパットの瞬間を待ちうける。


≪コロン♪≫

≪うおおおおおお!≫

≪パチパチパチパチパチパチ≫


「“優勝です!断トツの17アンダー!2位に4打差をつけ堂々アマチュアの勝利です!戸堀さん、ボールがカップに吸い込まれた瞬間、キリュウアラシ選手が空を見上げて何か呟きましたね?”」

「“目に光るものが見えますからきっとゴルフの神様への感謝の言葉だったのではないでしょうか。それにしても、なんていい笑顔なんだ。美しい光景ですよ、これは”」


戸堀さんは、ボクの表情に何か感じるものがあったのかもしれない。


「キリュウ君、おめでとう!」


大きく腕を広げながら新垣プロがハグしてきた。新垣プロとボクの胸の膨らみが重なって小気味よく弾む。


「キリュウ君ならアメリカのプロトーナメントでも絶対通用するよ。向こうで楽しみに待ってるわ」


胸に感じたインパクトでドキドキしているのに、新垣プロは平気な様子で頬を寄せながら言った。


「キリュウ君、おめでとう。だけど、もうJーLPGAツアーは勘弁な」


続いてハグしてきた横溝プロが言った。ボクは笑顔で頷いた。


「美咲!」


ボクはデビュー戦からずっと専属キャディをしてくれている桜田美咲に歩み寄ると、大きく腕を広げてハグしようとした。


「おっと」


美咲が一歩退いた。


「?」

「オレたちはハグしなくていいの。男同士なんだぞ。だろ?アラシ」


と言うと、グーを突き出しててきた。ボクもグーを作って笑いながらタッチした。






-4-


「“それでは優勝したキリュウアラシ選手に、優勝トロフィーとチャンピオンブレザー、ならびにベストアマチュアの盾を授与していただきます。プレゼンターは本大会会長、山野圭介リクゼンTV代表取締役社長。皆様大きな拍手をお願いします!”」


場内アナウンスを受けて、ボクは18番グリーン上に敷かれたレッドカーペットを中央まで進んだ。


「おめでとう」


お揃いの大会ブレザーを着たロマンスグレーの紳士から、お祝いの言葉とともにアイボリーのブレザーを着せかけられた。袖を通し前ボタンを閉めながら、ボクは本当に自分が優勝したことを実感した。優勝トロフィーを手に記念撮影をされた後、マイクを差し出された。


「“見事優勝に輝いたキリュウアラシ選手に、お話を伺いたいと思います!キリュウ選手、おめでとうございます!”」

「“ありがとうございます”」

「“いやあ、見事な勝利でしたね。難関17番ショートで唯一のバーディー、あれで優勝が決まったと思いますがいかがですか?”」

「“ずっと3打差のまま新垣プロ横溝プロに追いかけられていましたので、バーディーパーでどうにか引き離すことができましたから”」

「“優勝パットを沈めた瞬間、空を見上げて呟いていました。目に光るものもあったようですが、あれは何を言っていたんですか?”」

「“あ、見られていたんだ・・・あれは、待ってろよって言ったんです”」

「“待ってろよ・・・待っててね、じゃなくて待ってろよ、ですか?誰に対して待ってろよ、だったのですか?”」

「“・・・この空と繋がっているところです。それ以上は秘密です。恥ずかしいので勘弁してください”」


と言うと、ボクは表情筋を総動員して羞じらいのプリンセススマイルを浮かべた。


「“ぐっ・・・”」

「“詰まりましたね。インタビュアーが至近距離からの直撃を受けて、キリュウ選手の微笑みに瞬殺されてしまったようです。さて、放送時間も残りわずかとなりました。戸堀さん、今年のリクゼンTV杯を総括していただけますか?”」

「“はい。日本を代表するトッププロのふたりとアマチュアの新星が一歩も退かずに対決、トーナメントプロデューサーとして私が描いていた展開を遥かに超える名勝負でした。この優勝でキリュウアラシ選手は、ゴルフファンの期待を一身に背負う夢の担い手となったと言えるでしょう。彼のこれからに注目です”」

「“戸堀さん、ありがとうございました。これを持ちましてリクセンTV杯女子オープン最終日のゴルフ中継を終了します。最後までご視聴ありがとうございました”」




「キリュウ君、それじゃあ行こうか」


クラブハウスで行われた主催者パーティーがお開きになるとすぐに、新垣プロが言った。横溝プロも隣で頷いている。


「約束、でしたね」

「そう。仙台市内のレストランを予約してあるから、着替えたらそこで集合ね」

「レストラン?」

「うん。私も明日香もアマチュアの君に優勝賞金や副賞を奢られっぱなしじゃ気持ちが収まらないのよ。だから、君の優勝を祝っていっしょに食事しましょ?」


ということで、ボクはチームアラシの専用車の中で着替えて、指定された仙台市内の店まで送ってもらった。帰りの新幹線の時間をずらしたから、プロふたりとゆっくり夕食をともにすることができる。




「キリュウ君はさあ、男と女どっちがいいの?」


青葉通りにある高級レストランでボクたち3人だけで食事をしていると、横溝プロが言いだした。奥まった個室だったので他のお客さんに注目されたりする心配はなかったが際どい質問だ。


「え?」

「明日香、あんたワインの飲み過ぎよ。キリュウ君が面食らってるじゃないの。その質問じゃ恋愛対象となる性別、キリュウ君の性的嗜好を訊いているみたいでしょ?」


新垣プロがたしなめる。トーナメントが終わって緊張が解けた安心感もあって、プロふたりはよく食べよく飲んでいた。ボクはまだ未成年なので、乾杯のときに注がれた淡いピンクのヴーヴクリコもちょっと口を湿らせただけで、まんま残っている。


「そっか、じゃあ訊き方を変えるよ。キリュウ君、君の身の上に降りかかったいろいろな事情があったことは知っているけれど、その身体は女になってしまっているんだよね?なのにあんなに飛距離が出るんだから、ったく嫌になっちゃうよ。それはともかく、君の気持ちとしてはさ、実のところは、ゴルフの試合は男と女どっちが本命なのさ?」

「それはもちろん男子です」


ボクはきっぱり本当の気持ちで回答した。


「・・・そっか。やっぱり諦めきれないよな。もとは男の子なんだもの」

「はい。見た目はこんなですけど、小さい頃からマスターズに出ることが夢ですから」

「亜衣、こうなったら一緒にキリュウ君を応援するぞ!」

「明日香、わたしは沖縄のプロアマで一緒に戦ったときからずっとキリュウ君を応援しているの。キリュウ君とはメアドも交換しているんだからね」

「あ、いいなあ。おい、キリュウ君。君のメールアドレスを明日香お姉様にも教えなさい!」


という訳で、ボクは日本を代表する女子プロゴルファーふたりとメル友になったのだった。

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