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第2話 アラシ、東北へ

-1-


「仙台へようこそ、アラシ君」


午前8時過ぎ、仙台駅に到着した「はやぶさ1号」から降りてきたボクを菅井さんがホームで出迎えてくれた。広告代理店からチームアラシの仕切り役、チームディレクターとして派遣されているやり手だ。今日のボクはひとり旅だったので、変装というほどではないけれど目立たないよう目深にキャスケットをかぶり黒縁のメガネをしていたのだが、直ぐに分かったみたいだ。


「よくボクだと分かりましたね」

「そりゃあ顔を隠したって背格好を見れば一目瞭然だよ。そうそうモデル体型の子はいないからね。アラシ君は人混みや集団の中になればなるほど目立ってしまうんだよ」

「たははっ・・・」


新幹線改札を抜けてコンコースを進んでいく間も傍を通っていく人たちが


≪細~ぉ!≫

≪顔ちっちゃ~ぁ!≫

≪足長~ぁ!≫

≪モデルさん?≫

≪芸能人?≫

≪誰だっけ?≫


などとジロジロ見ていく。


「東北新幹線に乗るのは初めてでしたけど仙台まで1時間半。意外と近いんですね」

「われわれは東北自動車道で4時間半のドライブだったよ」


菅井さんたちチームアラシのメンバーは、一昨日から現地に入って準備をしてくれていた。


「すみません。ボクだけ特別待遇で」

「いやいやアラシ君は選手と学生の兼業だからね。移動時間くらい贅沢して当然だよ。チームアラシが先乗りしてしっかりサポートしているんだから、どんと構えていていいんだ。万が一にも君が留年するようなことになったら、ご両親や津嶋オーナーから大目玉を喰っちゃうよ。しっかり勉強して単位を取ってくれよ」

「はい。ゴルフも勉強も両方頑張ります」

「よし!その意気だ」


仙台駅前でチームアラシの専用車に乗り込む。大型バンをベースに、ゴルフクラブや衣装類のクロゼットのほか、小さいながらボク専用のフィッティングルームも設けられている。ボクが男女両ツアーに出ることを前提に、ゴルフ場のロッカーを他の選手に混じって使わずに済むよう、支援企業であるハツダ自動車が気配りしてくれたのだ。

体型はすっかり女だし、移植手術で女性の内性器を備えているとは言っても、まだ男性のシンボルが股の間に付いている。男性用ロッカーにしろ女性用ロッカーにせよ、ボクが着替えるととがめ立てする人がいるかもしれないしね。


「今朝は4時起きだったね?」

「はい。家を出たのは5時前でした」

「じゃあ、朝食はまだだね?せわしなくて悪いんだけど、この足でコースに行ってもらうよ。公式練習最終日で、アラシ君がコースを下見できる機会は今日しかないから。朝飯は弁当を用意するから着替えて車内でとって」

「了解です」

「そうそう、今回のゴルフウェアはシーサイドコースの女子トーナメントでプレーするアラシ君をイメージした新作だそうだよ」

「新作?」

「楽しみだね」

「は、はい・・・」


女子トーナメント用それもシーサイドコースのイメージでデザインしたボクのための新作・・・それを聞いてちょっと不安になる。ターゲットは自分でも着たいと思う女性?それともそれを着た姿を愛でる男性?どっちなんだろう?

そんな思いでいるボクとは関係なく、車は駅前ロータリーを出ると、一路国道45号線を開催コースのある松島へと向かった。






-2-


仙台の名物駅弁牛タン弁当を食べ終えたボクは、ペットボトルのお茶を飲みながら車窓から見える松島湾の島々を眺めていた。松島は日本三景のひとつで平安時代から歌や絵に描かれてきた名勝だ。ちなみに他の二つは、天橋立と安芸の宮島。そう言えば、三つとも海に浮かぶ景色・・・やはり日本人は海洋性民族なのかもしれない・・・そんなことに想いを馳せていると、


「さあコースに到着だ」


運転していた菅井さんがハンドルを右に切りながら言った。松島湾を巡る国道からゴルフ場の取りつけ道路に入ったのだ。沿道に「リクゼンTV杯女子オープン」の鮮やかなイベントロゴをプリントした規制線テープが道の奥へ奥へと続いていく。木立を抜けて大きくカーブを曲がるとクラブハウスが現れた。


「パーキングロットに車を置いてくるから、アラシ君は先に行って受付で選手登録をしちゃってよ」

「はい。時間がないと思ったのでゴルフシューズに履き替えておきました」

「じゃあ、直ぐにスタートできるね。受付を済ましたらその足で練習場に向かっていいよ。多分美咲君もアラシ君が来る頃だろうと準備しているはずだ」

「はい。それにしても・・・このワンピースの丈って短すぎじゃありませんか?」

「アラシ君のためにデザインしたそうだからサイズはぴったりのはずだが」

「肩幅やバストにウェスト、それにアームホールもぴったりですけど、いかんせん足の露出が・・・」

「それは、君のチャームポイントだからじゃないか?」

「うううむ」

「そうそう、そうだった。『ふっ切れたそうだからアラシ君はもうワガママを言わないはずだ』と津嶋さんから言われたんだけど、違うのかい?」


津嶋さんの名前を出されては何も言えなくなってしまう。ボクは「これも、お仕事、お仕事」と頭の中で繰り返すしかなかった。



緩やかなスロープを登って玄関に横付けされた車から降り立つと、待ち構えていたのかボクはカメラとマイクに取り囲まれた。地元テレビ局の主催大会だから中継クルーがいるのは分かるけれど、なんで在京局や公共放送の女子アナやワイドショーのリポーターたちまでいるんだろう?


「キリュウ君、全米学生選手権準優勝おめでとう!」

「ハツダモータースLPGAクラシックのベストアマ、素晴らしかったね!」

「シックなウェアが評判になっているけれどコンピタンスポーツのじゃないよね?あれはキリュウ君のアイデア?」

「まるでマイフェアレディの1シーンのようだったってね」


男として試合に臨みたいからと、モノトーンの婦人物ゴルフウェアを見繕ってわざわざメーカーロゴを外して着たことまで知れわたっていたとは。


「あの後、ニューヨークの舞台にサプライズ出演したんだって?」

「日本でも評判になってるよ!舞台に出た感想を聞かせて!」

「帰ってきてからお芝居や映画から出演しないか声が掛かっているそうね!」


これだけニュースになっているところを見ると、絶対八代目が言いふらしているに違いない。


「それ素敵なミニワンピね!なんだか海っぽい色合わせ。コンピタンスポーツの新作?」

「いつも綺麗な足しているどケアの秘訣は?」

「お尻がちっちゃいのはやっぱり、男の子だったからかな?」


ゴルフの取材だったのが段々芸能ネタになってきた。こういう興味本意の質問に付き合う必要はないって菅井さんが言っていたっけ。ならば、


「すみません公式練習でいま時間がないんです。ごめんなさい」


と言うと、ボクは小首を傾げながらとても済まなそうに、とっておきの“ごめんね”の表情を作った。


≪おおっ≫

≪ああっ≫


嘆声とともに周りがフリーズする。その隙に囲みをすり抜けたボクは、さっさとクラブハウスに入ってしまった。惑星ハテロマで鍛えられた表情筋を自在にコントロールする技はまだまだ健在のようだ。






-3-


公式練習日は昨日と今日の2日間だったけれど、学校の講義の関係でボクが会場に入ったのは今朝だった。でも、ボクには信頼できるパートナー、桜田美咲がいた。デビュー戦以来ずっと専属キャディーをやってくれている。チームアラシの一員として先乗りして細かく歩測し、コースをチェックしてくれていた。なにしろクラブの番手ごとの飛距離や、攻め方のバリエーションなど、ボクのスペックは皆熟知しているから、ボクの知りたいコースデータは全て確認してくれていた。


「ここが最大の難所だ」


練習ラウンド終盤、No.17のティーグラウンドに上がると美咲が言った。


彼女が言うとおり、ティーグラウンドから見えたのは海を越えた先にある小さなグリーンだ。17番ショート。残り2ホールでここを迎えると、相当なプレッシャーになりそうだ。ボクは詳細に傾斜や距離の書き込まれたサイモンメモを手に、ホールのレイアウトを確認する。


「確かに難所かも・・・」

「ああ。崖下から吹き上げてくる風が不規則で読めないんだ」

「波しぶきが混じってるね」

「単なる風より重くて空気抵抗がある」

「短いけどクラブ選択が難しいね」

「ああ。でも、アラシならやれるさ」


ボクは7番アイアンをキャディーバッグから抜くとボールをセットした。






「お疲れさん。なかなかタフなレイアウトだったろ?」

「うん」


ボクたちはクラブハウスへ向かいながら今日の練習ラウンドを振り返った。競技は明後日、金曜からなので今日のデータを分析して対策を練る時間はある。でもそのまえに・・・


「アラシはこれから前夜祭だっけ?」


そうなのだ。明日のプロアマには出場しないのだが、今夜行われる前夜祭パーティーには必ず顔を出さなければならない決まりになっている。


「気が重いんだけど、これもチームアラシでボクの役目だから・・・」

「そうだ。アラシの大切な仕事の内だ。しっかり女の子やって来い!」

「うん」

「そうそう彩さんが、アイウエサチエから納品されたパーティードレスを見て『さすが井上沙知絵ね』って言ってたぞ。アラシに着付けるのと~っても楽しみだってさ」

「むむむ。どんなのだった?」

「よく見なかったけど、薄くてフワフワした感じだったかな」


島野彩さんはチームアラシでボクのヘアメイクと衣装係をやってくれているコンピタンスポーツ社員だ。ゴルフウェアが本職なのだけど、プレーしないときに着る服も面倒みてくれている。ボクの着る服は普段着からパーティードレスまで全て、アイウエサチエのセカンドブランド“princess ran”それも新作なので本職以上にボクのコーディネートに力が入っているみたいなのだ。


「ところで明日はプロアマだろ?」

「うん。ボクは出ないけどね」

「じゃあ、コースには出られないのか?」

「いや、プロアマの組が出てしまった後ならいいんだって。だから夕方付き合ってもらえる?」

「オッケー。んじゃそれまでクラブのメンテをしっかりやっておくよ」

「頼むね、美咲」






-4-


「キリュウく~ん!」


前夜祭の会場に足を踏み入れた途端に名前を呼ばれた。声のした方を向くといきなりいい匂いのする柔らかいものが抱きついてきた。顔をのぞき込むと、


「新垣プロ!」


新垣亜衣あらがきあいプロだった。沖縄のプロアマ以来一応メル友になっているとはいえ、ボクが男であることを知っているので本物の女の子よりは距離があるはず。ひと前でハグされるほど親しくはないと思うのだが。


≪誰?≫

≪なに?≫

≪あの子は?≫


まわりがザワついている。昨年の賞金女王で海外ツアー活躍中のスタープロが駆け寄って親しくハグしたものだから会場中が注目している。そんなことを全く気にしていない様子で腕を巻きつけたまま新垣プロは満面に笑みを浮かべている。


「前に会ったときはセーラー服だったけど、こうしてドレスアップすると君、格段に綺麗だね!その胸元の大きなリボンがとっても可愛いよ!」

「あは・・・」


今度は褒めてきた!プロアマの時には“にわか女子高生”とかいっぱい嫌みを言われたんだけれど・・・。


亜衣あい。この子は?」


問いかけてきた人を見ると、現在賞金ランキングトップの横溝明日香よこみぞあすかプロだった。


「知ってるでしょ?神隠し少年のキリュウ君よ、大の仲良しなの。明日香あすか!」


だ、大の仲良し、だったの?びっくりだ。ま、ボクのことを少年と言ってくれて男だと認めてくれたのだ。ということは、嬉しいけれど今のボクは女装した男ってわけだ。女子大会の会場でだとちょっと微妙な空気になったかも。恐る恐る横溝プロの表情を窺うと、


「そっか!君、確か前にも女子ツアーに出ていたよね?会ったことなかったっけ?」


平気だったみたいだ。


「いいえ。女子ツアーには・・・2度ほど出ました。1度目はプロアマで、新垣プロの組でした。その時は修学旅行中で表彰式出ずに帰らせていただいたのでお会いしていません。2度目は全英女子オープンの週の試合でしたから横溝プロは海外でした」

「じゃあ、会うのは初めてだ。よろしく。それにしてもゲストで女優さんが会場に入ってきたのかと思ったよ」

「あは・・・」


確かにいまボクが着せられている衣装は、会場から浮いているのかもしれない。女子プロだって女の子だからパーティー用にそれなりに着飾っているのだが、ボクに着用を強いるデザイナーは日本を代表する井上沙知絵なのだ。リボンをコアデザインに背中を大きく露出させつつプリンセスラインで上品にまとめあげたパーティードレスなのだ。まあ、ボクも公爵家のお姫様をやっていたから、下品にならず着こなせてしまえるのだけれど。


入口からそんな具合だったので、ボクはスタープロふたりに連れられてパーティー会場をまわることになってしまった。立食パーティーなのでそこここで談笑する選手や招待客に呼び止められ、挨拶したり写真を撮られたりしながら丸テーブルの間を渡り歩くことになる。


「新垣さん、横溝さん」


会場を巡って段々奥に進んでいくと一番奥のテーブルから声がかかった。呼んだのは日本女子プロゴルフ連盟の井口緋紗子いぐちひさこ会長だった。隣にいるのはトーナメントプロデューサーにしてゴルフ中継の解説で有名な戸堀翔とぼりしょうさんだ。


「スター美女軍団のご登場だ。亜依ちゃんはアメリカの水に洗われて前にも増して磨きがかかったね。明日香ちゃんはその無表情がなんとも言えず男ごころに響くんだよ。いやあスターふたりが揃うと目移りして目まいしちゃいそうだ。おっと、女子プロゴルフ界で見かけない凄い美形がいると思ったらキリュウアラシじゃないか」


去年出たトーナメントは、戸堀さんの所属するスポーツイベント会社の運営ではなかったので面識はないはず。なのにボクのことを知っていたものでびっくりした。


「戸堀さん、相変わらずお口の調子がいいんですね。キリュウ君のお目目が真ん丸くなってますよ」


そんなボクの様子を可笑しそうに見ながら新垣プロが言った。


「キリュウ君もふたりとご一緒だったの?」

「はい、井口会長。おふたりに面倒みていただいていました」

「会長。キリュウ君ってちっちゃい妹みたいですっごく面倒みたくなっちゃうんですよ」


ち、ちっちゃい妹・・・身長はボクの方が高いのに。


「そうね、キリュウ君は見るからに放っておけないわね」

「ですよねえ!」

「へえ、井口会長もそう思うんだ」

「そうですよ。あ、戸堀さんには分からないか。男の方ですものね。それはね、見た目はこうして綺麗な女の子なんだけど、それを恥ずかしがってモジモジしていることが分かっちゃうからなの。きっと中身が男の子だからなのね。あんまり幼気いたいけなものだから、放っておけなくて思わず構いたくなっちゃう」

「それって、女の子たちが男友達を女装させて面白がるってヤツ?」

「そうじゃなくってもっと母性愛に近い気持ちよ。キリュウ君は自分では男の子なんだ、こういう格好しているのが恥ずかしい、って思っているんでしょ?」

「え?あ・・・はい」


そうなのだ。アイウエサチエのセカンドブランド“princess ran”やコンピタンスポーツの最新ファッションにいつも身を包んでいるので、周りの人たちはボクが自ら喜んでそういう格好をしていると思っているようだが、ボクの心の中はいつだって強制的に女装させられている気分なのだ。惑星ハテロマのときはどうしても女の子、それもお姫様をやらなければならず男だとは絶対にばれてはならなかったが、全ては地球に帰るためという強い目的があった。養父となったサンブランジュ公爵に甘えたり愛嬌を振りまいたりできたのは、マリアナ姫の魂がボクを助けるために入れ替わってくれたからだと思う。ところが地球に帰還してからは、誰もがボクが本当は男であることを知っているのに、女の子の格好でいることに何も疑問を感じていないみたいなのだ。地球に帰りさえすれば元の男に戻れる、そう信じて頑張ってきたのに・・・。


「“それでは主催者を代表してご挨拶をさせていただきます。株式会社リクゼンTV代表取締役山野社長お願いします”」


主催者挨拶がはじまったのでボクはひとり、井口会長たちのテーブルを離れて後ろの方に移動することにした。プロアマにも出場しないしアマチュアだからね。


来賓の挨拶、井口会長挨拶、乾杯と前夜祭は進行し、大会ホステスプロが登壇するところからトーナメントプロデューサーの戸堀さんがマイクを握った。


「“古賀プロは女子プロ界随一の酒豪なんだよね?”」

「“そんな人聞きの悪いことを。まだ嫁入り前なんですよ”」

「“旦那さんになる男性が下戸げこならきっと心強い奥さんになるよ”」

「“どういう褒めかたするんですか”」

「“さてここで飲んべえの古賀プロに質問です”」

「“いきなり何ですか?”」

「“ウィスキーをストレートで飲むときの単位はショット。では、ゴルファーがボールを打つ単位は何という?”」

「“ショット。ですよね?”」

「“正解!さて、本当の問題はここから。ゴルフの1ラウンドが18ホールになったのはなぜ?”」

「“ええ~っズルい”」


さすがテレビ解説で手慣れているだけあって戸堀さんと女子プロとの掛け合いは面白かった。


「“はいはい、分かった。分かりました。明日のプロアマ出場選手じゃないのに会場中から呼べ呼べうるさいので、仕方がない。もう1名ステージに呼びますか”」


明日のプロアマに出場するプロ自身による組合せ抽選会が終わったところで、何か会場がガヤガヤしていると思ったら、司会をやっていた戸堀さんが言った。


「“女子プロの皆さんに加え今年の大会には素晴らしいアマチュアが出場します。アメリカ女子ツアーでベストアマに輝き、世界大学オープンゴルフ選手権で準優勝した気鋭の新星!キリュウアラシ選手こちらへ!”」


おとなしく目立たないようにしていたのに呼ばれてしまった。ステージの上で井口会長が手招きしている・・・


「“ほら、こっちにいらっしゃい!”」


会長に呼ばれたら出ない訳にはいかない。これもチームアラシとしてのお務めだと割りきった。


≪おお!≫


ボクがステージに上がると歓声が上がった。


「“アマチュアなのにすごい歓声だ。キリュウアラシ選手は今のままでも女子プロでやっていけるんじゃないの?”」

「“いえ、そんな・・・それに女子プロは・・・ダメなんです”」

「“え?アマチュアがいいのかい?”」

「“あら?もしかして、男子プロがいいの?”」

「“というより・・・夢があるんです・・・小さい頃から・・・ボクはマスターズに出るのが夢なんです”」


≪ほお!≫


一瞬の静寂の後、会場がどよめいた。


「“大きく出たねえ、キリュウアラシ選手”」

「“あ・・・言うつもりは無かったのに!はずかしい”」


ボクは真っ赤になってしまった。


「“色白の頬っぺと耳たぶが見る見るピンクに染まるのを見ちゃうと、君はやっぱり可愛い女の子にしか見えないよ。それでも、目標はオーガスタなんだ”」

「“戸堀さん、いいんじゃありません?こんな愛らしいキリュウ君が、これまで女性ゴルファーが決して描かなかった夢を目指しているんですよ?”」

「“確かに。日本プロゴルファー機関特別顧問の青地伊佐夫プロが言ってましたっけ。欧米のゴルフ社会は伝統伝統で旧態依然としたまま。キリュウアラシ選手がこの姿で女人禁制の名門コースの大会に出場して風穴明けてくれたらこんな痛快なことはないって”」

「“そうですよ。青地さんも、たまに良いこと仰るわね”」


と言い合いながら期待するようにボクのことを見た。






-5-


そして金曜日、トーナメントの初日を迎えた。スタート前にボクが練習グリーンでパッティングをしていると声をかけられた。


「それコンピタンスポーツの?」

「はい?」

「君のウェアよ。見たことないシリーズね。どこで扱っていた?」

「指定されたものを着用してるだけなので・・・知らないんです」

「ふ~ん。君はアマチュアなのにもうサポートされているのか」


予選ラウンドで同組となった春日部プロが少し意外そうな様子で言った。


「亜依ちゃんの時と同じよ。キリュウ君のパトロンは津嶋宗徳だからね」


同じく同組の武田プロだ。どうやら事情通らしかった。


「そっか、それでコンピタンスポーツ!」

「そういうこと。あきつしまホールディングス系列なのよ」

「で、君はプロを目指しているわけ?」


ストレートに春日部プロが尋ねてきた。真っ直ぐな人のようだ。


「自分がどこまで通用するのか試している段階なので、まだそこまでは・・・」

「そんなこと言ってるけど、アメリカでは結果出したんだよね?」

「無我夢中でしたから自分では実感がないんです。でも、小さい頃からの夢はプロゴルファーなので、なれたらなっとは思っています」

「完璧な優等生的回答。普通なら鼻持ちならないけど、なぜか嫌味な感じがしない」

「君、とっても素直な子なんだね」


よくわからないが、お姉さんたちに褒められてしまった。






≪パシーーーーン≫


「OK、グッドショットだ、アラシ」


打った瞬間、美咲がつぶやく。ボクの打球は軽く左に旋回しながらフェアウェイに落下し、勢いよく転がってグリーンまで残り80ヤード地点のセンターで止まった。


「ひゅ~っ、こいつはまた飛ばしたもんね。打ち下ろしとはいえ300出てるかも」

「おいおい、ついにひとつもフェアウェイを外さなかったのかい。スゴいよ」


最終ホール第1打を打ち終わったボクを、春日部プロと武田プロが呆れたように見つめた。






そして第2打。ロフト53度のウェッジを構えて軽くワッグルしたボクは、しっかりとトップポジションまで引き上げると、


≪スパーーーーン≫


鋭く打ち抜いた。球は高々と舞い上がると真っ直ぐピン方向へ向かう。


≪トン!ククーッ≫


ピンのすぐ横に着地するとバックスピンがかかりカップ手前30cmで止まった。


≪おおっ!≫


グリーン横の観覧席から歓声が上がる。


≪打球の高さが違う≫

≪男子なみのバックスピンじゃないか≫


グリーンに上がっていくとギャラリーの会話が聞こえてきた。ボクは拍手に応えながら軽く帽子のひさしに手を添えて会釈する。


「そんな可愛い格好しているけど、こうなるともうカテゴリーが違うよ」

「そうね、女子ゴルフをはみ出ているかも」


お先にタップインした球を拾い上げ、グリーンフォークで自分がつけたボールの落下痕を直していると、春日部プロと武田プロがため息を吐きながら言った。


「す、すみません」

「謝ることはないよ。今回はゲストだけど、もし君がJ-LPGAのツアーメンバーになるとすれば脅威だね」


実のところ、自前の子宮と卵巣があるのでどんどん女性化が進み容赦なく筋力が落ちていくものと覚悟していたのだが、高校卒業前後から落ち着いていた。胸はまだ成長過程にあるようなのだが、効果的なトレーニングに励んだせいか、アメリカに行ったあたりから以前より飛ぶようになっていた。女子プロの目から見てもそうなのだ。ボクは自分の可能性が広がってくるのを感じた。


結局この日は、ボギーもあったので少し出入りはあったけど18ホールを-3で回り、ボクは5位タイで予選をクリアした。

ゴルフの1ラウンドが18ホールになったのには諸説あるのですが、スコッチを1ホール終わるたびに1ショット飲むと丁度18ホールで瓶が空になったから、というのが好みかも。

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