第14話 アラシ、写真集の撮影ロケへ
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2007年師走。平成20年まであと半月となった週末に、冬休みを利用して写真集のロケが組まれることになった。もちろん被写体はボク、撮影するのはあの有名写真家、園山嘉伸だ。地球に帰還して以来なにかと因縁のあるプロカメラマンだけど、ボクをなんとしても撮りたいからと学園長や理事会まで動かして実現させた撮影話なのだ。
「さあ到着だよ。今回私が同行できるのはここまでだけど、向こうの到着ゲートで園山フォトスタジオの撮影スタッフさんが出迎えてくれるからアラシ君は何も心配することはないからね」
羽田空港第2ターミナル南ウィングの車寄せにレクサスGS460を停車させながら菅井さんが言った。
「すみません。いろいろ手配していただいた上に、こうして家から空港まで送っていただいて・・・」
後部座席のドアから、スキニーデニムの白パンツに真っ白なハイカットスニーカーの脚をそろえて降ろしながらボクはお礼を言う。いつもなら助手席なのだけど、なぜか今日はリアシートに乗せられているのだ。
菅井さんはチームディレクターとしてボクをサポートする立場。だけどそれはあくまでチームアラシの所属選手、ゴルフアスリートとしてのキリュウアラシなのだ。今回の写真集の撮影はチームアラシの仕事ではないんじゃないか、と思う。
だからこうして朝早くマイカーで送ってもらえたのですごく助かったのだけれど、ボクとしてはどうしても恐縮してしまう。もし電車だったら吉祥寺から中央線快速に乗って神田、山手線に乗換え浜松町、さらにモノレールに乗り換えて羽田空港第2ターミナル駅へ。荷物を持っての1時間半は結構大変だったはず。
ん?それにしてもマイカーがレクサス?やっぱり日本一の広告代理店の社員さんだからかな・・・。
「そんなこと全く気にしなくていいんだよ。アラシ君が身ひとつで来てくれさえすればいいからってチケットも宿も先方手配だったし、電話でやり取りしただけで何も手間にはなっていないから。それに、私も一度くらい芸能マネージャー気分っていうヤツを味わってみたかったしね」
と、ウィンクされてしまった。
「たはは・・・それでボクを助手席じゃなくって後部座席に座らせたんですね」
「そう言うこと。吉祥寺のアラシ君の家から羽田空港まで、バックミラー越しに会話しながらグラビアモデルさんの送迎ドライブ楽しかったよ」
菅井さんはトランクからアルミ製のキャリーバッグを降ろすと、引き手を伸ばしながらボクに差し出した。
「それじゃあ、ここからは本当にアラシ君ひとりになるから気をつけて。園山先生によろしく言っておいてね」
菅井さんはV8直噴DOHCの快い排気音を響かせながら走り去っていった。見送りながらボクが右手を軽く挙げてヒラヒラさせていると、突き当りのコーナーを曲がる手前でテールランプがパッパッパッパッパッと5回点滅した。え・・・これって、例のあれじゃないか?
ア・イ・シ・テ・ル
・・・まさかね。たぶん、ガ・ン・バ・ッ・テだよね。
まあ、沖縄には麗慶高校の修学旅行で一度行ったことあるし、土地勘もそれなりにあるからひとりだって大丈夫なんだけど。ボクはキャスケットを目深に被りなおすとキャリーバッグをコロコロ言わせながら出発ロビーへと向かった。
搭乗カウンターで重い荷物を預けてポシェットだけの身軽な恰好になったボクは、セキュリティーチェックを通過して搭乗ゲートへと歩いていく。
「あれ?ひょっとして、キリュウ君じゃない?」
通路の反対側を歩いていた人から声をかけられた。振り返ると、見るからにサンローランとわかる大きなレンズのサングラスをした女性がこちらを向いて怪訝そうに立っていた。真っ黒なレンズに遮られて瞳が見えないけれど・・・あ、このひと・・・。
「こんな年の瀬にゴルフの試合じゃないよね?キミ、どこに行くところなの?」
日本ゴルフ連盟女子強化委員長の河原さんだった。なにせ初めて女の子の恰好で男子大会に出たときからボクをマークして来た人物だ。まさかこういうシチュエーションで知り合いに遭遇するとは思わなかったので面食らってしまう。
「いえ、あの、お久しぶりです。今回は、試合じゃないんです」
「試合じゃない。なのに九州沖縄方面の搭乗ゲートに向かうところ・・・それもひとりで」
「いや、あ、アルバイトなんです。朝イチの便でちょいと那覇まで」
「アルバイトねえ・・・ちょいと那覇までねえ。あら?キリュウ君、キミ、胸が大きくなってる?前に見たときより育ってるんじゃない?」
「ぼ、ボクのことはどうでもいいじゃないですか」
さり気なく上体を反らし、胸の膨らみをお腹のライン上に引っ込め、両手で隠れるようにクロスさせた。
「あら、可愛い仕草だこと。そっか、気になるんだね、自分の身体が大人の女性になってくるのって」
くそ!バッチリ観察されていた。
「そ、そんなことより河原さんはどちらへ行かれるんですか?」
「お仕事で北海道よ。日本女子オープンに日本女子アマ、うち主催の女子大会の会場打ち合わせで日本中を飛び回っているところ」
「会場打ち合わせですか・・・」
「そう。君たちは開催されるコースにやって来てプレイするだけだけど、私たち裏方はトーナメントが開催される何年も前から準備があるものなの。選手にはプレーに専念できる環境を用意して気持ちよくラウンドしてもらいたいからね」
そうか。ボクたち選手は試合の行われるゴルフコースに行って、難しいホールをどうやって攻略するかばかり考えているけれど、ホスト側は開催日程に合わせて芝生を育成したり、バンカーの深さ樹木の高さやフェアウェイの幅、それに観客に安全に楽しんでもらう為の観戦ラインやスタンドの位置の確保など、何年も前から開催するコースと調整しているんだ・・・。
「ま、今やキリュウ君は男子トーナメントばかりだから、私の準備している女子の大会とは縁がないのかもね」
「たはは・・・『君、カテゴリーが違うよ』って女子プロから言われちゃってますから」
「男勝りだもんね、君」
「男勝り、じゃなくてオトコですから」
「男ねえ。齢は18だっけ?見た目はキミ、どう見たって女の子。ウラ若き乙女だよ。白系でコーデしている今のその恰好だって女性たちが皆んな振り返ってチェックしているじゃないの」
飛行機での移動を考えて動きやすいパンツルック、それも派手にならないようにとクロゼットの中からモノトーンを選んだらホワイト系になってしまったのだ。とはいえ、どれも世界的デザイナー井上沙知絵がボクをイメージしてデザインした“princess ran”ブランドの製品だから、ファッショナブルでどうしても人目を惹いてしまうみたいなのだ。確かに行き合うとき女の人たちの視線が上下に動いていたっけ。
「見た目は女も羨むような美少女なのよ、君。那覇でアルバイト?まさかとは思うけど、夜遅くに松山や桜坂あたりのお店で接客するアルバイトじゃないでしょうね?キリュウ君は綺麗だしスタイルも抜群だから。男は誰だってお酒が入れば狼になるものよ?目をつけられたりしたらどうする気?十分気をつけなさいよ。キミ、自分では男の子と思ってるから全然自覚ないんだもの、とっても心配だわ」
「はあ、まあ、アルバイトって言ってもそういうんじゃないですし、ボクは大丈夫ですから」
「そうだ。沖縄にいる知り合いのゴルファーを教えといてあげるわ」
えっ、ゴルファー?とっても心配だからってゴルファー?沖縄でゴルフしたくなったら連絡しなさいよってこと?・・・ま、日本ゴルフ連盟の偉い人の知り合いって言えば当然ゴルフ関係の人だから皆ゴルファーなんだよね、きっと。
「気にかけていただいてありがとうございます、河原さん」
「可愛いキリュウ君のためだもの」
「はあ」
「何かのときは私からの紹介だと言って、この人に連絡するといいわ」
と言いながら、バッグから取り出した名刺に金色に光るクロスのボールペンで何かを書きつけてボクの手に握らせた。細かい英文字が書いてある。
「じゃあね。くれぐれも気をつけるのよ、キリュウ君」
ボクは肩から斜めに掛けたポーチ型ポシェットのファスナーを開けると内ポケットに名刺をしまった。
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「“当機は間もなく那覇空港に到着いたします。いま一度シートベルトのご確認をお願いします”」
羽田から空路2時間半、昼前に那覇空港に着いた。
修学旅行では来てるけど、単独旅行では初めてだ。旅客機の乗降扉が開いてボーディング・ブリッジと繋がると一気に空気が流れ込んできた。おお、沖縄の師走は暖かい。
「キリュウさ〜ん!」
手荷物受取のターンテーブルから預けたキャリーバッグを拾って到着ロビーに出るとすぐに声を掛けられた。全身で目いっぱい背伸びしながら大きく手を振っている女の人が見えたので歩み寄る。
「お迎えお手数かけます」
「お待ちしてました。園山先生からキリュウさんをお迎えするよう申しつかっております撮影助手のアキラです」
白い歯がこぼれるショートカットの笑顔が人懐っこそうに目をくりくりさせた。
「アキラさん・・・って下のお名前ですよね、苗字は・・・なんとお呼びすれば?」
「アキラでいいです。園山先生はもちろん皆んなアキラって呼んでいるので、キリュウさんもアキラって呼んでください」
ボクの手からキャリーバッグの引き手をもぎ取りながら言った。
「そうですか。じゃあ、アキラさん」
「アハ、“さん”は余計。アキラで構いませんから」
「はあ。ところで、あの・・・アキラさん・・・アキラは、ひょっとして男性?」
「そうですよ」
肩まで腕まくりしたサーモンピンクのTシャツ、タイトなジーンズと白いスニーカー。まあ、普通の格好なのだけど細身で身のこなしが柔らかく、喋り方も平坦ではなくはっきりとしたイントネーション、笑顔からこぼれる白い歯が印象的なのでショートカットの女性に見えてしまったのかも知れない。
「もしかして女の子に見えました?僕ってちょくちょく間違われるんですよ、アハハ」
結構あっけらかんと笑いとばしている。
「だったらおんなじかも、ボクと」
「え?」
「ボクもですよ。いつもいつもいつもいつも、女の子に間違われるんですよ、ボク」
一瞬、何を言っているんだこの人はと怪訝な目で見つめらる。
「アハハ、キリュウさんって面白~い!同じなわけないじゃないですか。キリュウさんは全然別ですよ!」
そう言うとアキラは眩しそうにボクを見つめ直した。
「ここからは車での移動になります」
アキラに案内されて空港パーキングを進んだ先にワンボックスのワゴンが停まっていた。大きなスライドドアを開けてアキラが後部座席を指し示す。
「いや、助手席でお願いします」
「え・・・いや、大切なモデルさんですし、それは困ります」
「助手席がいいんです。眺めを楽しみたいし、それに隣の方がアキラとも話しやすいでしょ?」
ということで今回は思い通り助手席に座ることができた。男の子ならやっぱり前の席がいいよね。そうだ、ボクも18になっているのだしもう運転免許がとれるんだ。沖縄から帰ったら父さんたちに相談してみよう。でもきっと反対されるんだろうな・・・。
那覇空港から高速道路を30分ほどの沖縄本島中部のインターチェンジで降りる。そこから東にまっすぐ向かって海岸まで出ると島伝いに伸びる海の上の一本道に入った。
「すごい。両側が海なんだ!」
「素晴らしい景色ですよね!海中道路って呼ばれているくらいですから」
両側に広がるエメラルドグリーンの南シナ海、まるでキラキラ光る波の上を走っているみたいだ。
乗車してから1時間半、海上に延びる国道を行った先の島で脇道にそれて行き止まりで停車した。
「さあキリュウさん、到着ですよ。ここが今回のロケ現場になります」
車寄せロータリーの中央に大きなガジュマルの樹が枝を広げる瀟洒な洋館だった。オレンジ色の瓦屋根に漆喰の白い壁、趣のある装飾金具のついた大きなアーチ型の窓に映る青空と雲、まるで南欧にいるみたいにエキゾチックだ、行ったことはないけど。それにしても、まわりを囲む明るい照葉樹林の隙間から気持ちよい海風とともに聞こえてくる潮騒、これぞ沖縄、気分爽快だ。
「ふ~気持ちいい!」
ボクはめいっぱい腕を広げて深呼吸をした。
「せんせ〜!キリュウさんをお連れしました!」
アキラが声をかけると建物の陰の方から“せんせ〜”が出てきた。
「おう。主人公のお出ましだ」
と言いながら園山嘉伸が両手の人差し指と親指で長方形をつくってこちらを覗き込んでいる。写真界の芥川賞と言われる木村伊兵衛賞に毎年のようにノミネートされる高名な写真家だそうだが、プロカメラマンの値踏みするように見つめる容赦ない視線を浴びて思わず鳥肌がたってしまう。
「ふ~ん、お前さんあれからまた成長したようだな。なかなか見事な胸だ」
おっと、思わずボクは胸をおさえる。
「いい写真が撮れそうだ。期待しているよ」
期待って・・・写真のモデルってカメラマンに言われたポーズをするだけじゃないの?
「アキラ、“姫”に中を案内してやってくれ」
“姫”だって・・・。
「はい、先生。それじゃあキリュウさん、館内をひと通りご案内しますね。まず最初にここがエントランスでして、なんと三階まで吹抜けになっているんですよ」
足を踏み入れた瞬間、ボクは目眩に襲われた。
これって・・・何か以前にも経験したような感覚・・・デジャヴ?・・・見たことのある光景だ・・・仰ぎ見るような高さに広がる大きな玄関ホール・・・遥か上空に見える明かり取りのある天井・・・あ、そうか!サンブランジュ公爵邸に初めて入ったときと同じ感じなんだ・・・ことのはじめは部活終わりの帰り道だった・・・ボクはいきなり起動した星間ゲートに巻き込まれ気を失った・・・そして、着いたところは惑星ハテロマ・・・ボクは異世界に迷いこんでしまったのだ・・・地球に帰還する為に許された唯一の選択肢・・・ボクはどうしても女になるしかなかったのだ・・・女装だけでは済まされない女子競技選手への道・・・ボクは手術で女体化された・・・そしてあの巨大な屋敷・・・サンブランジュ公爵邸・・・王家の養女・・・アラシからランへ・・・ラン・ド・サンブランジュ・・・プリンセス・ラン・・・。
「キリュウさん?大丈夫ですか?」
はっと我に返ると、ボクの両肩を支えながらアキラが心配そうに顔をのぞきこんでいた。
「大丈夫ですか?ご気分が悪いようでしたら奥で横に」
「だ、大丈夫。見上げているうちにちょっとクラっとしただけですから」
ふるふるっと頭を振ってボクはプリンセス時代のイメージを追い払った。両掌に脂汗がにじんでいる。地球には戻れたけれど、ついに元の姿に戻ることはかなわなかったっけ・・・。
気を取り直して先へと進むと玄関ホールを抜けた先に廻廊に囲まれた空間が現れた。白い漆喰の壁に囲まれた頭上にポッカリ切り取られた青空が見える。
「・・・いいな、この場所」
「気にいりました? ボクもここ大好きなんですよ。このヴィラのオーナーの趣味でアンダルシア地方の城館をモデルにしたのだそうです。だからこの中庭、スペイン風にパテオって呼んでいます」
窓辺で色とりどりに咲き乱れる花、片隅に置かれたテラコッタの大鉢、中庭中央の小さな噴水池、確かに異国で誰かの邸宅に迷い込んだような感覚だ。
「先生もここがお気に入りみたいで、中世ヨーロッパのイメージでキリュウさんを撮りたいって仰っているんですよ」
「え?」
中世ヨーロッパ・・・アンダルシア地方の城館・・・っていうとドン・キホーテ?この雰囲気はそのまんまスペインだしね。ボクに鉄仮面の騎士の恰好でもさせるつもりなのかな。いや、騎士は男だ。セルバンテスが物語の中で描いた女性っていうと思い姫ドルシネア・・・ドン・キホーテの空想の中では貴族のお姫様だけど実態は田舎宿屋のアバズレ娘・・・胸元を思いっきり開けた扇情的な服とか?・・・そんな扮装をしたボクが、園山嘉伸の撮りたい素材なのかい・・・うーむ。
アキラに連れられて仕事場となる洋館の中を見て歩く。中庭を抜けて再び洋館の中に入ると、梱包を解いて機材を出したり衣装をハンガーに掛けたり忙しそうに立ち働いている人たちがいた。どうやら撮影ロケのバックヤード、スタッフルームや機材置き場のようだ。
「お疲れ様で〜す。皆さ〜ん、キリュウさんのご到着で〜す」
いっせいにボクに視線が集まる。
「よろしくお願いします!」
これからお世話になる撮影チームの人たちだったのでボクは明るく挨拶する。
「あら~可愛いこと~ぉ!!」
ひときわ大きい声が響いた。眩しく照明の点いている大鏡の前で化粧道具を並べていた人からだった。ボクは目を瞠ったまま視線を離せなくなってしまった。
「ナオさん、声がでかい!キリュウさんビックリしてるじゃないですかぁ。顔合わせの際にご紹介しますから話はのちほどでお願いしますよ。じゃあ次ご案内しますから、キリュウさん奥へどうぞ」
アキラに促されて、ボクは会釈しながら次の部屋へと移った。
「あの男のひとは・・・?」
「ビックリしたでしょ!ナオさんって芸術家肌だからいつも個性的なスタイルしてるんですよ。まるで極楽鳥みたいだったでしょ?」
そうなのだ。師走とはいえここは沖縄。なのに派手なスパンコールの襟巻を首に巻きつけている。アキラなんかTシャツそれも腕まくりだというのに。それと、何と言ってもヘアスタイルだ。襟足スッキリの刈り上げは普通なのだが、てっぺんが虹のように七色に染め分けられ発情期の雄鳥みたいに立っている。確かにレインボーカラー・・・あの感じはまさに極楽鳥だ。
「じゃあ、少しポーズしてもらおうか」
ひと通り撮影場所の案内が済み、遅めのランチの時間が過ぎたところで写真家から声がかかった。
「え・・・これ普段着だし、髪もボサボサだし、化粧だってしていないですよ」
「ああ。そのままで構わない。カメラテストのつもりでポーズしてみて」
ポーズって言われても・・・。
「なに戸惑っているんだ。お前さん、写真くらい撮られた事あるんだろ?」
「そりゃあ・・・園山さんに高校のときから幾度となく撮られてますけど・・・」
「なら感じ分かってるんだろ?さあ、やってみて」
ボクは、ひとつ息を吐くとレンズに向かって笑顔を作ってみせる。
「・・・なんだ、そのガチガチした作り笑いは!」
「わざとですよ。なら、これでどうです?」
ボクは、惑星ハテロマの女性化プロジェクトでビシビシ鍛えられたおかげで自由自在にコントロールできるようになった表情筋を総動員してパーフェクトスマイルを作ってみせた。
「ほう・・・見事だ・・・素晴らしい、が、しかし・・・そのボーっと突っ立っているのはどうにかならんのか?」
「え・・・なら、こうですか?」
「う~ん違う。固い。ぎこちない。ポーズの取り方ってあるの知ってるだろ?え、知らない?ううむ。そうだアキラ、お前やってみせてみろ」
「はい」
と言うなり、アキラはボクの立ち位置に走ってきて小首を傾げると、次々形を変えてポーズをしはじめた。仕草が柔らかい!
「そう、こういう感じだ。できるだろ?」
「・・・こう、でしょうか?」
ボクはアキラのやっていたのを思い出しながら、小首を傾げながら頬に手を当てたりあごを摘まんでみたり続けていくつかポーズしてみせる。
「・・・ちがうな」
「じゃあ、こんな感じ?」
腕を組んでみたり、その場でぴょんぴょんジャンプしたり、駆け足してみせる。
「わざとらしい・・・あざとい・・・不自然・・・だめだ、こりゃ」
その後、園山嘉伸の要求に従っていろいろポーズさせられたけれど、どうやら彼のイメージ通りにはいかなかったみたいだ。唇をへの字にしたまましきりに首をひねっていた。
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ボクにとってはいきなりだったし、撮影本番前の身体ならしということで早めに切り上げることになった。夕方、太陽が陰る頃ボクは撮影期間中宿泊するホテルに案内された。ロケ現場の洋館から車で30分ほどの沖縄市中央、いわゆるコザの街中だ。
「少し外が賑やかなんですが、このホテルは繁華街に近くて買出しとか何かと便利なんですよ」
確かに通りの方から車やバイクのエンジン音に混じって人混みの喧噪が聞こえてくる。駐留米軍の嘉手納基地が近い場所だけあって英語が混じっている。
「夕食は好みもあるので皆さん各自済ませてもらうことにしているんですけれど、今夜は顔合わせとキリュウさんの歓迎会も兼ねて先生が撮影隊全員にご馳走するって言っています。準備が整いましたらご案内しますので、それまでお部屋でおくつろぎ下さい」
部屋はツインルームだったが、ひとりで使っていいそうだ。とりあえずボクは時間まで荷解きすることにした。
アキラに連れられて行った店はアメリカンなステーキハウスだった。すでにロケチームは席についていてボクの到着を待ちかねていた様子だ。焙られる牛肉、A1ソースの香ばしい匂い、熱々ポテトとサワークリームの匂いが鼻腔をくすぐる。
「お前さん、肉でよかったか?」
案内されたテーブルの真中あたりの席につくなり、向かい側から園山嘉伸が尋ねた。
「はい。ボク、アスリートなので良質の高タンパクは大歓迎です」
「そうかアスリートだったな、お前さん。モデルによっちゃあ脂質制限してたりいろいろあるもんだから」
「ボクはなんでもOKです。ところで、お前さんはやめてもらえませんか。被写体とカメラマンの間ですから」
「そうか。ん、じゃあ姫」
「姫、もやめてください。その呼び方されるの好きじゃないんです。あんまりいい思い出ないので」
さっきだっていきなりフラッシュバックしたのだ。何かのはずみで突然起動した星間ゲートの所為で女の姿、それも公爵家令嬢にさせられた苦い体験を思い浮かべながら言った。
「ならば、アラシでどうだ?」
「結構です、先生」
「なら先生もやめろよ。俺はお前さん、もといアラシの教育係じゃないぞ。今回の撮影ではお前さんとは上下関係なし、個性と個性、互いに自我をむき出しにして向き合いたいんだ」
「えっと、じゃあ、オッサン」
「・・・」
固まってしまった。
「冗談ですよ。園山さんもボクと同じ麗慶学園のご出身ですし“センパイ”でどうでしょう?」
「センパイ、か。いいだろう」
ふたりでそんな話をしていると周囲のガヤガヤが不平っぽい音になっていた。
「せんせ〜!お腹ペコペコです!皆んな待ちわびていますよぉ!」
「お、悪い。じゃあ、皆そろっているな?」
≪イエ~イ!≫
「今回の主役、キリュウアラシが現場に入りいよいよ明日からが本番だ。それぞれその道のプロフェッショナルだ。しっかり頼むぞ。んじゃ乾杯!」
≪かんぱ~い!≫
喉が潤うといっせいに前菜やサラダに手をのばし始める。肉が焼けてくるまでの間、ひとりひとり今回のメンバーを紹介してもらうことにした。ぐるっとテーブルを周っていくと例の極楽鳥の人がいた。
「アナタったらほ〜んと、可愛いいんだから!」
いきなりハグされた。
「あは・・・」
「ナオはちったあ名の知れているメイクアップアーティストだ。アラシは自分では上手く化粧ができないんだろ?だから今回アラシの為に特別にナオに頼んだんだぞ」
「化粧できなくて悪かったですね」
一瞬、園山が意外そうな表情をした。自分で化粧せず他人まかせで済むから喜ぶと思っていたのに予想外の反応だったみたいだ。
「ゴルフアスリートに化粧は無用のもの。ですから覚える必要はないんです!これまで自分からメイクしようとしたことは一度もありませんから!」
「なるほどな。アラシは化粧に興味がなく、これまで一度も化粧する必要性を感じなかったわけだ」
「そうですよ。いけませんか?」
わが意を得たり、そんな表情で園山がにんまり笑った。
「ふん。そのスッピンの素顔もいいが、俺としてはこの機会にキリュウアラシの魅力のすべて、18歳のおまえにしかない魅力を引き出したい」
「ボクはボクです。ここにいるボクの外には何もないですよ」
「本当にそうか?自分でそう思っているだけじゃないのか?アラシの内側には別のアラシが潜んでいるんじゃないか?」
「・・・」
「この機会にアラシの本性を剝きだしにしてみせろ」
「ボクの本性?」
「そうだ。その手段としてメイクするんだ」
「そうよ、女の子ってお化粧するとビックリするくらい綺麗になるの。アタシの手に掛かれば『これがわたし?自分じゃないみた〜い』っておどろいちゃうんだから。女の子は変身できるのよ。アナタのことはアタシが、しっかりキレイキレイしてあげるからね!」
と言いながらナオさんはボクの髪をつまむと、毛先の具合を確かめるように擦りあわせた。
「とってもいい御髪だこと。アナタってほんと素晴らしい素材よ!楽しいお仕事になりそう!」
こうしてボクの写真集の撮影ロケはスタートした。