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第12話 男子禁制クラブと学園祭

-1-


「かんぱ~い!」

「アラシ君、おめでと~う!」


表彰式を終えて大会期間中宿舎として借りていた邸宅に戻ると、ボクたちチームアラシは優勝トロフィーを前に夕食を兼ねたガーデンパーティーで盛り上がっていた。合宿中ボクを含めチーム全員交代で自炊してきたけれど、今日ばかりは地元のレストランからケータリングを取った豪華版なのだ。


「思えば去年の3月の春高ゴルフの優勝を皮切りに、アラシ君は高校3年シーズンに男子ツアーのハツダ自動車オープンでベストアマ、2試合出場した女子ツアーでもベストアマ。そして大学1年のこの夏、アメリカ遠征のハツダレディースでベストアマ。つづく猛者もさぞろいの世界大学オープンでは準優勝。帰国してリクゼンTV杯女子オープンでプロトーナメント初優勝!そして今回オセアニア・アマチュアゴルフ選手権では海外の男子選手を相手に優勝を成し遂げたんだ!」


いつも冷静で抑制された話し方をする菅井さんも今夜ばかりは興奮気味だ。大手広告代理店からチームアラシの仕切り役として派遣されているやり手チームディレクターだからこそ、チームの苦労が今回の成果で報われたことが嬉しくて仕方ない様子なのだ。


「考えてもみたまえ!アラシ君はデビューからたった2年で女子と男子両方の試合に勝ったんだぞ?これって史上初の快挙なんだよ!」

「おお!」

「すげえよ!アラシ」


そ、そうだったんだ・・・全員からいっせいに熱い視線を浴びてボクはドギマギしてしまう。


「ボクだけじゃないです。チームアラシの優勝です。チームのみんなのサポートのおかげです」


うつむき加減でそう言うのが精いっぱいだった。上気して赤くなっているのが自分でも分かる。風を当てようとパタパタ手であおぐと白いシュシュで結わえていた長い髪まで揺れた。


「ふふ。頬っぺがほんのり桜色に染まっているぞ、アラシ!」

「アラシ君、アルコールがまわってきたんじゃないの?」


酔ってるって揶揄からかわれたけど、手にしているグラスの中身はアイスハーブティーだ。なにしろまだ未成年だからね。


≪ピロロ~ン♪≫


あ、メールだ。誰からだろう?ボクはスウェットパンツのポケットから携帯を取り出してメールを開く。


“キリュウくん、優勝おめでとう。海外の男子大会でなんて、すごいよ。いまLPGAツアー参戦中だからシーズンが終わって帰国したら東京でお祝いしようね!A.A”


新垣亜衣あらがきあいプロからだ。今アメリカのはずだけど、スポーツ専門チャンネルあたりで取り上げられたのかもしれない。


「アラシ君、お祝いメール?」


傍にいた彩さんが興味深そうに画面をのぞき込む。島野彩さんはコンピタンスポーツ社員でボクのヘアメイクと衣装係をやってくれている。


「ええ、新垣プロからでした」


≪ピロロ~ン♪≫


「おっ、またメールが来たね?」


ボクは着信メールを開いてみる。


“やったね、キリュウくん!亜衣から連絡メールがきたぞ。やっぱキミは国内女子で戦うタマじゃないよ。シーズンオフに亜衣とまた三人で祝杯あげような!あっキミ、未成年だから禁酒だったっけ。ともかくおめでとう!明日香”


横溝明日香よこみぞあすかプロからだ。ありがたいけど酔ってくるとまた「明日香おネエ様って呼べ」って絡まれるんだろうな・・・。


「今度は横溝プロからでした」

「日本のトッププロふたりとメル友なんだ、アラシ君は」

「ええ、でも成り行きでそうなっただけで・・・」

「そうかリクゼンTV杯に優勝した後、帰りがけに仙台でご飯ご馳走になったのよね」


≪ピロロ~ン♪≫


たて続けに着信だ。


“おめでとう。いまさっきスポーツ専用チャンネルのニュースで見たよ。ランちゃんのことは逐一チェックしているからね。それにしてもアマチュアなのにすっかり注目のおひとだね、ランちゃんは。私が見込んだだけのことはあるよ。だけどね、ひとつだけ言わせてもらうと、優勝パットを決めたときのなりかな。ありゃあ玉にキズ、せっかくの美人さんなんだ、ビシッと決めて欲しかったよ。帰ったら二人っきりでお祝いしながら女装男子にしかできない可憐かれんめポーズを稽古しようね。見得みえの達人あなたの蒼様”


八代目 山村やまむら蒼十郎そうじゅうろうじょうからだった。沖縄のプロアマで一緒にラウンドしたときにメアドを教えて以来すっかりメール仲間にされてしまったかも。


「見得の達人あなたの蒼様か・・・八代目と来たら」

「アラシ君、人間国宝ともメル友なの?」

「ええ、こちらも成り行きで・・・」

「そうか!World University Open Golfが終わってからの立寄り先が平成山村座ニューヨーク公演だったっけ。すごいよアラシ君」


画面をのぞき込んでいた彩さんがあきれたように言った。





「ところでアラシ君、きみにオファーが来ているんだが」


帰国する準備があるのでそろそろお開きにしようかという頃、菅井さんが言い出した。


「ボクにオファー?いったいなんのでしょうか?」

「さるゴルフクラブから君に名誉会員になって欲しいっていう依頼なんだよ。なにしろニュージーランドのだろ?どんなクラブなのかよく分からなかったので日本ゴルフ連盟に照会してみたんだよ。そうしたら相当に由緒あるところらしくってね、日本のゴルフ界にとっても大変名誉なことなので是非受諾してほしいと逆に要請されてしまったよ。もちろん津嶋オーナーにも了解をとってあるからね。そうそう、オーナーですら入りたくても決して入会できない名門クラブだって言われたよ」


津嶋宗徳つしまむねのり。あきつしまホールディングスCEOでチームアラシのオーナーだ。親の後を継ぎ若くしてグループの総帥となったが、テニスもゴルフもスキーもこなすアスリートで乗馬のオリンピック代表にも選ばれた人物。ボクが地球に帰還したばかりのときから支援してくれている、いわばボクにとってはパトロンのような存在だ。了解を取ったということは、受けなさいという津嶋さんからの指示になる。


「はあ、そういうことでしたら・・・」

「よし。じゃあ、先方に連絡しておくよ。ところで、そうなるとアラシ君はチームと別行動になる。夏にもニューヨーク立ち寄りで単独行動だったし英語もそこそこいけてるし今回も大丈夫だろ?社に確認した感じでは、まだ日本で今回の優勝はニュースになっていない様だからマスコミに取り囲まれることはないだろう。すべて先方で手配するそうだからひとりで行っておいで」






-2-


というわけで翌日オークランド空港でチームメンバーと別れたボクは、国内線ターミナルからクライストチャーチ行きの便に乗ってニュージーランドの南島へと向かった。ニュージーランドは日本の70%ほどの大きさで南北に二つの大きな島があるのだ。


クライストチャーチ空港の到着ゲートを出ると、名前の書かかれた紙を広げている迎えの人たちが待ち構えていた。えっと、ボクの名前は・・・あった!ん?


“Miss Arashi Kiryu”


“ミス”・・・だって。翻訳すれば“キリュウアラシ嬢”ってことか・・・。ま、惑星ハテロマでは“姫”とか“Your Highness”って呼ばれていたから慣れてはいるんだけど“嬢”と来てしまったか・・・。


きっとチームではこうなることを想定したのでボクのこの衣装を用意したんだ・・・ふわふわで透け感のある涼し気なシフォンのワンピースで、凝ったフレアの裾が広がるフェアリーな感じの外出着よそゆきだもの。スカートも膝丈ひざたけでシックな感じだから、ボクとしてはミニを強制されない分だけ助かるけれど、これって見るからに令嬢っぽい外見かも。もちろんデザインしたのは井上沙智江さん。ファッションブランド“アイウエサチエ”を展開する世界的デザイナーで、地球に帰還したばかりの頃からボクの身に着けるものはすべて面倒をみてくれている“年の離れたお友達”だ。このドレスも初夏らしいツバ広の帽子もレースの手袋もボクのイメージで作ったという“prinsess ran”シリーズだ。


「I'm Kiryu」


ボクは少し顔を傾けて笑みを浮かべると名前の書かれた紙をひろげている男性の前に近づき名乗り出た。


『お待ちしておりました。では倶楽部までご案内しますのでこちらへお運びを』


背広の上下と共布で作られたひさし付きの帽子をかぶり、見るからにお抱えの専用運転手ショーファー然とした初老の男性について行くと車寄せに白のベントレーが停まっていた。日差しを受けて翼のついた“B”のエンブレムがキラキラ金色に輝いている。


『お嬢様、お手をどうぞ』


慇懃いんぎんな所作でリムジンの後部座席へと押し込まれる。いつもより細くて長いスティレットヒールを履いているので、踵を引っ掛けて傷つけないよう気を付けながらボクは両脚をそろえてドアの中に引き上げた。音もなく滑らかに発進した運転手付高級自家用車ショーファードリブンカーは空港の取り付け道路を出ると市の中心部を抜けて20分ほどで目的地に到着した。


「Welcome to the Christchurch Ladies Golf Club!」


外側からドアが開き差し出された手に支えられながら立ち上がると、落ち着いたトーンの女性の声に呼びかけられた。目の前にはお揃いの白いブレザーを着た女性たちが、興味津々と言った様子でボクの立ち居振る舞いを見つめていた。ん?レディース?いまレディースゴルフクラブって言わなかった?・・・もしかして、これって女性専用ゴルフ倶楽部?・・・だから「オーナーですら入りたくても決して入会できない」って言っていたんだ・・・。


『き、キリュウです。ほ、本日はお招きありがとうございます』


戸籍上の性別が男性の立場としてはこの状況に戸惑ってしまう。


『うふふ。テレビで拝見したとおりと~ってもチャーミングなお嬢さんだこと』

『ほ~んと。ラブリーなお嬢さんだこと』


ちゃ、チャーミング・・・ラブリー・・・おっと、ここでひるんではいけない。微笑みを絶やさず最初に声を掛けられた年配の女性に近づくと頬を寄せて軽くハグする。こちらでは女性同士で握手なんかしないからだ。さりげなく白いブレザーの胸ポケットに留められたネームプレートを確認する。


『お目にかかれて光栄です、理事長チェアマン

『こちらこそ、ミス・キリュウ。ささ、どうぞお入りくださいな』


ボクの身長は170cm。今日は10cmのヒールを履いているから180くらいあるはずだが、見かわす目の位置は水平。彼女は相当に背が高い。だから広げ伸ばした腕で肩を抱かれるようにして館内に招き入れられてしまった。


入った玄関ホールは見上げるような吹き抜けになっていて、明かり取りの天井ガラスから光が降り注いでいた。壁紙や装飾品など淡いパステルカラーで統一された空間は、いかにも女性専用の倶楽部らしい柔らかな印象だ。


『素敵なクラブハウスですね』

『気に入って?』

『はい』

『これからここは貴女あなたホームになるのですから、それを聞いて安心しましたわ』


と言いながら満足そうに微笑んでいる。それだけにボクはいまさらながらこの状況が心配になって来た。


『あのぉ・・・』

『はい、なにかしら?』


ボクはどう尋ねたものか言葉に詰まり、視線をそらしてうつむいてしまう。


『おっしゃりにくいこと?』

『そう・・・です。あの、皆さんは・・・ボクの・・身体の・・・・事情はご存じなのですか?』


一瞬、怪訝そうに理事長は目を細める。でも合点がいったようにすぐに微笑んだ。


『ミス・キリュウ。貴女のことはサー・チャールズからよく伺っていましてよ』


サー・チャールズと言ったらチャールズ・ロバーツきょう、あのお爺ちゃんだ。


『・・・ボクが男性だということも、ですか?』

『パスポートの性別Мをしっかり見せられたっておっしゃっていましたよ』


知っていたんだ。


『お申し出いただいた件ですが・・・ボクのような者がその・・・男子禁制のクラブに入ってもよろしいのでしょうか?』

『こんな上品で愛らしい貴女が、オセアニアの殿方との真剣勝負で見事な勝利をおさめたのですよ?何を躊躇ためらうことがありましょう。わたくしたち女性ゴルファーにとって胸のすく出来事だったのですから!』


そ、そうだったの?ボクって女性ゴルファーの代表・・・なの?


『それに、貴女が当クラブの名誉会員に相応ふさわしい方だということは、サー・チャールズからご推薦いただいたことで明白なのですよ』


そうか、お爺ちゃんがボクを推薦してくれたんだ。だけど、お爺ちゃん・・・いや、サー・チャールズっていったい何者なのだろう?そういえば誰にも尋ねたことがなかったっけ。いい機会だから理事長さんに訊いてみよう。


「Um...what kind of person is Sir Charles?」

「What's? Don't you know?」


理事長は驚いた様子でボクを見つめた。


『チャールズ・ロバーツきょうは名ゴルファーでしたのね。おや、ご存じなかった?貴女、まだお若いから。きっと世代が違うのね。それで、サー・チャールズは全英オープンはじめ数々の世界大会で勝利し栄冠を持ち帰った、わがニュージーランドの伝説的英雄なのです。その功績で女王陛下からナイトの爵位を授与された偉い方なのですよ』


あんなタメ口きいてしまったけど、お爺ちゃんって凄い人物だったんだ。


『そのサー・チャールズから貴女はご推薦いただいているのですよ。だから安心してわがレディースゴルフクラブの名誉会員をお受けになって頂戴』

『は、はい』

『そうでした、ミス・キリュウ。ただ一つ条件がありますの』


理事長はいたずらっぽい目をしてボクを見つめた。


『ここにお越しの際には、必ずスカートとハイヒールを履くこと。よろしいわね?ミス・キリュウ』

『は、はい』


その後、会員のあかしである白いブレザーを授与され名誉会員として就任スピーチをしたボクは、晴れて男子禁制、女性専用クラブのメンバーとなった。






-3-


ニュージーランドから帰国した翌朝、久しぶりに登校してみると麗慶大学のキャンパスは学園祭真っ盛りだった。正門には麗々しく「欅並木祭」の看板が掲げられ、本館前広場にはテントがギッシリ設営されていた。クラブや同好会の部員たちが皆模擬店の準備で忙しく立ち働いている。まあその方が注目を浴びずに構内を歩けるので助かるかも、と思ったら声をかけられた。


「ランちゃ~ん!」

「こっちこっち!」

「こっちだよぅ!」


微妙に音域のずれたこの三声はあれだ。声のした方を見るとやっぱりアイツらブーフーウー、龍ヶ崎サヤカに早乙女ユカリそして羽矢瀬クルミ、高校時代同級の3人娘だった。


「なんだ三人そろってエプロンと三角頭巾なんかして。模擬店の手伝いか?」

「そうなのよ。クルミに頼まれて料理同好会の手伝いなんだよ」

「私たちもテニス同好会の模擬店があるんだけど、こっちが手が足りないっていうから」


とサヤカとユカリが口々に説明しだす。よく見るとふたりともエプロンの下はテニスウェアだ。


「それにしてもやっぱりと言うか、クルミはメシ系の部活かい」

「ランちゃん、悪い?おいしい料理の作り方いっぱい覚えて自分の子供たちに食べさせるのがクルミの夢なんだもん」

「そうか、そうだったな。よしよし、しっかりはげめクルミ」


ボクは、母親になったクルミの姿を想像しながら言った。


「そんなことより、おめでとう!」

「ランちゃん、また優勝したんだって?」


あれ、日本ではニュースにはなっていなかったはずでは・・・。


「知ってたの?アマチュア大会なのによく知ってるね」

「そりゃあ、ジャの道はヘビ。学生課のエージェントから聞いた情報なのだよ、プリンセス」


なるほど・・・ボクのパトロン津嶋さんは麗慶学園の理事でもあったっけ。そのルートで情報が伝わったのかも。


「そうそう、まずは学生課に無事帰国したことを報告しないといけないんだった。じゃあ、急ぐから」

「あ、待って。ランちゃんは学園祭なにやるの?」

「ボクは試合があったので部活は免除なのさ」

「じゃあ、用がすんだらいっしょに見て歩こうよ」

「うん。それじゃあまたあとで」






学生課への帰国挨拶を終えて、桜庭ゼミの研究室に顔を出すことにしたボクが、模擬店で賑わう人混みの間を理工学部棟へと向かっていると、後ろから声をかけられた。


「お~いキリュウ、いいところに来た。オマエ、これ着て客寄せしろ」


体育会ゴルフ部の部長をやっている3年の先輩が、ボクに手提げの紙袋を突き出す。袋からレースとラメでキラキラした派手な衣装がのぞいている。


「へ?そんなの女子部員に頼めばいいじゃないですか?」


先輩も麗慶高校出身で、高校のゴルフ部に入部したときのキャプテンだ。ボクが神隠しに遭う前までの短い間だったけど指導してもらっている。だから知らない仲でもないのだ。


「キリュウ、簡単に言ってくれるなよ。女子部員全員、四大学女子対抗戦に行っちまってすっかり出払っているんだ。今日のゴルフ部は男しかいないんだよ。いくら俺の作る焼きそばが旨いからっていっても、こうむさ苦しい面子めんつの接客じゃ客が寄って来やしない。な、そうだよな?」


と言いながら振り向くと、揃いのねじり鉢巻き、汗が染み出しているむさいTシャツ姿の1、2年の男子部員たちが「そうだそうだ」と一斉に呼応する。他の1年部員とは違いボクは海外戦に出るので学園祭の部活を免除されていただけに強く拒否するわけにもいかない。仕方なく紙袋から衣装を引っ張り出してみるとペラペラテラテラの安い布で縫製された魔女のコスプレだった。それも超ミニと来ている。


「いくらハロウィンの季節だからって・・・これはないですよ」


ボクはこの衣装を選ぶセンスの悪さに呆れたように呟く。


「目立ちゃいいんだって。ロヂャースで売っていた中じゃ一番安かったんだぜ」

「それってシーズンが終わるギリギリまで売れ残ってしまい、どんどん値を下げたってことですよ。こんな派手なもん誰だって敬遠するでしょ。あ!そうだ。椿原先輩がいるじゃないですか!マネージャーは試合関係ないから今日もいますよね?」


ボクがそう言うと、先輩はグッと詰まってしまった。


「お、おまえ・・・椿原にそれを着ろって、オレが頼めると思うか?」


揃いのねじり鉢巻きが全員で「ムリムリ」と首を横に振る。


「だったら、ボクに着ろって言うのだって変じゃないですか!」

「あのな。椿原に『へ~え、部長っていいご趣味だこと。模擬店で役に立たなかったら自腹ですからねっ』って言われているんだ。金庫番のオニ女め!オレが立て替えてしまった以上は何とかするしかないだろ!1度でも使えば部費で落ちるんだ。いいからゴチャゴチャ言ってないで着替えてこい!」






「ふ~ん。犠牲者はキリュウ君になったんだ。アハハ」


ボクが不機嫌な顔で部室に入って行くと、手にした紙袋を見てマネージャーの椿原先輩が言った。


「笑いごとじゃありませんよ。椿原先輩」

「そうよね。帰国早々、キミにとってはとんだとばっちりだよね。アイツ、女子部員が誰もいない日だってこと忘れて買ってくるんだもん」

「女子がいたとしても、さすがにこれは着ないんじゃないですか?完全にセクハラでしょ」

「アハハ、それもそうか!」

「ボクだって嫌ですよ・・・」

「ま、見かけはともかく中身は男の子なんでしょ、キミ?」

「それはそうですけど・・・」

「だったら、学園祭を盛り上げるための仮装だって割り切れば大胆な恰好もOKなんじゃない?でしょ、1年部員くん?」


そう言われては仕方ない。男子部員として覚悟を決めるしかなかった。とはいえ少しでも正体がばれないよう派手な蛍光色のウィグとバッチリ厚化粧メイクを椿原先輩にお願いした。

女装させられるようになって理解できるようになったことだけど、女の子にとって化粧はアーマーまとうのと同じイメージなのだ。アイシャドーだって古代エジプトでは感染予防や魔除けとしてしたのが起源だというしね。


そして30分後。


「むううっ」


出来栄できばえをチェックしながら椿原先輩がうなった。


「か、かわいい~い!お人形さんみたい!キリュウ君はなに着ても似合うんだね!ほら、鏡見てごらんよ!」

「何なんですか・・・あ」


とんがり帽子を斜にかぶりバストを強調したボディコンのビスチェドレスから覗く見事に膨らんだ白い肌とキュッとくびれたウェストが女らしさを際立たせている。確かに可愛いかも。これが自分の姿でなければぐっと来てしまっただろう。


「う~ん、こりゃあひと騒ぎになるかも」


思案するように腰に手をあてながら言った。


「キミも罪作りな女ねぇ」

「つ、罪作りな女!」

「だってそうでしょ?見た目だけでひとを誘惑するんだから!」

「そ、そんな・・・」

「ここまで色っぽいと一人で行かせるわけには行かないか。しかたないわねぇ。じゃあ、このスモックを羽織はおって外から見えないように衣装を隠すのよ」

「・・・は、はい」


なんだかこのシチュエーション、以前にもあったような・・・。


「注目度抜群のその派手な帽子はわたしが持つから。それじゃあ行こうか、可愛い魔女くん」






「お待たせえ!部長のご依頼の品を届けに来たわよ。ほら、キリュウ君脱いで!」


≪おおおおおおおっ!»

≪うわあああああっ!≫

≪きゃあああああ〜♪≫


ゴルフ部の模擬店ブースに着いて羽織っていたスモックを脱いだら、まわりから歓声が沸き起こった。来場者よりむしろ部長はじめうちの男子部員の反応の方が凄いかも。


≪足なげえ!≫

≪顔ちいせえ!≫

≪肩ほせえ!≫

≪胸でけえ!≫


視線が痛い。でもボクも男だ、こうなったら意地だ、ヤケクソだ。ボクは椿原先輩からとんがり帽子を受け取ると、格好よく斜にかぶりヘアピンで固定した。そして満面に笑顔を作ると大きな声で叫んだ。


「はいはい、押さない圧さない!ご注文は順番にお願いしますよ!学園祭名物体育会ゴルフ部やきそば!1パック500円!この可愛い魔女がお渡ししますよ!はいはい、並んで並んで!」


会場中から集まり始めたのか、うちの模擬店の前に何重にも人垣ができてしまった。


「ほら部長、ボーっとしていないで!ジャンジャンつくらないと品切れになりますよ。先輩たちもどんどんキャベツとニンジンを刻んで。1年部員はお客さんの整理整理!」


ハッと我に返ったゴルフ部員たちがいっせいに働きだした。押すな圧すなでブースに殺到して来ているお客さんを捌くため部員が手渡そうとしたら、


「お前じゃねえよ!あの魔女のコスプレの子から買うんだからよ」

「そうだそうだ!」


とブーイングが起きてしまった。


「あ、大丈夫。ボクが売り子やるから。お客さんの整理頼みます」


覚悟を決めてひとつ息を吐くと、ボクは猛然とパック詰めされた焼きそばの山に立ち向かっていった。


「あ~あ、行きがかりだから仕方ないか。お金の管理してあげるよ、キリュウ君。受け取ったお金は私へ頂戴。なんてったって椿原マネージャーっていうくらいだからね」


孤軍奮闘一人で売り子をすることになってしまったのを見かねて、椿原先輩がサポートに入ってくれた。






「やっぱりそうだ。ランちゃんでしょ?」


ようやく行列も短くなって落ち着いてきたころ、焼きそばのパックを手に取って振り向くと顔の前に6つの目があった。


「ばれたか・・・」

「そりゃあ、ウィッグつけてどんなに厚化粧しても私たちの目はごまかせないよ、観念しなプリンセス」


と三人娘が小声で言った。


「オマエの正体は内緒にしてあげるから、おとなしく言うことを聞くんだ」

「?」

「もうすぐ在庫もなくなりそうだな。よし、売り切れになったらその恰好で我々といっしょに学園祭を見て歩くんだ、いいな?」


どうやら、部員以外でボクだとばれているのはこの三人だけのようだ。そういえばお客さんたちだって誰一人ボクだと気づいていなかったみたいだ。椿原先輩に念入りに化粧してもらって正解だったのかも。


これまで学園祭はボクにとっての鬼門だった。惑星ハテロマの王立女学院祭でも、麗慶高校学園祭でもいつもひと騒動があってちゃんと楽しめたことなどなかったのだ。


この後、ボクは魔女の恰好のまま他人の目を気にすることなく、高校時代の旧友たちと心置きなく模擬店やイベントを満喫した。違った意味で魔女コスプレは注目を浴びたんだけど、なんと言っても学園祭はお祭りなのだ。変なコスプレしたのがわんさか会場内を徘徊しているから逆に目立たなかったのだ。部長のパワハラ(セクハラ?)にはさらされたけど、ボクにとってこのコスプレは結果ラッキーだったのかも。

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[一言] 久々のランちゃんすごくいいね!さっそく読ませていただきました~一番最後の「学園祭」やっとトラブルが若干?ありましたが楽しめたようで良かったですね~ プロ(アマも)ゴルフ界もやっと再起動のよ…
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