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魔法の鏡と王妃  作者: 民間人。
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毒リンゴを食べなさい

 翌日、王妃様は再び小人の外出を確認して、半分毒を塗ったリンゴをたくさん携えて森の奥深くへとやってきました。小屋は相変わらず人気のない所にあり、先日と比べると獣道がいくつか増えているようでありました。


「美しいお嬢様!今日はいい商材を持ってきましたよ!」


 白雪姫は先日よりずっと素早く現れました。王妃様はにバスケットを片手にこにこと笑みを浮かべています。白雪姫は、真っ先にバスケットを一瞥し、そして王妃様に視線を移しました。


「美味しいリンゴで御座います。ほら、食べて見なければ、商品の価値はわかりますまい」


 完璧な作戦でした。白雪姫は商業者であり、商材を取り扱う以上は確かめるよりほかにありません。腰帯や櫛では足がつく危険がある、王妃様はそう考えて、完全にリンゴに乗り換えたのです。王の狩場にはリンゴの群生地があり、それは七つの山の中にもいくつかあるのです。つまり、リンゴを商材とすることはごく自然でありますし、また果物は貴族に高く売れるのです。そして、白雪姫ならばリンゴを好んで食べてもおかしくはありません。半分しか毒を塗らなかったのは、用心深い白雪姫を騙すためです。王妃様は白雪姫に林檎を突きつけます。


 ところが、帰ってきたのは意外な言葉でした。


「……御免なさい、私、リンゴは嫌いなの。もしもリンゴを食べる位ならば、いっそ死んでしまった方がましだわ」


「何を殺生な!さぁ、御冗談はよしてお食べなさい!お嬢さん!これ程瑞々しいのですよ!」


 王妃様は毒の塗られていない部分を齧ります。しゃり、景気のいい音がして、瑞々しい果汁が零れます。露わになった黄色い果肉はしっとりとしていて、芯もしっかりし、へたもしっかりとついています。赤い皮を被った林檎は森の微かな木漏れ日にでも輝き、実に美味しそうでした。


「お婆さん。少し、私の話を聞いてちょうだい」


 白雪は躊躇いがちに言った。


「私の昔住んでいた場所には、たくさん林檎の木があってね、食卓にもお父様が出してくれたの。とても、とてもたくさん出たわ」


 故郷の味とくればしめたもの。未だ警戒心を解かない白雪姫に、王妃様は同調して詰め寄ります。


「それはきっとおいしかったでしょう?私の林檎もとても……」


「怖いのよ。林檎が」


 二人の間を切り裂くように、強い風が吹き抜けました。


「……は?」


 王妃様が聞き返すと、白雪姫は少しだけ周りを気にしながら、王妃様の目を見て語りだしました。


「私のお母様がね、林檎のとても赤いのを見て、私に言ったことがあるの。『貴方の頬と唇は血の様に赤く、美しいわ』と。そして私は、『ありがとう』と答えたわ。でもね。お母様は、私に林檎を投げたのよ。何故かは、分からないのだけれど。それからね、林檎に血の味がするようになって、怖くなったの。『どうして私は美しく生まれてしまったのだろう』ってね」


 呆然とする老婆に、白雪姫は眉を上げ、困ったように笑って見せた。


「林檎、持って帰ってくださいな。きっと、貴方は優しいお婆様。目も鋭くて美しい、若い頃は大層モテたのでしょうね。だから、分かって下さるわ。私は『どんな子』であったのか」


 白雪姫はそっと扉を閉めました。王妃様は固まってしまい、暫く身動きが出来なかったのです。それは、その言葉に、自身に身に覚えがなかったからでした。それに、食卓に林檎を出したのは父ではなく、従者であるはずです。王は確かに白雪姫がリンゴが好きなことを知っていましたが、それは彼が好んで食卓に林檎を出しからではありません。

 私は、黙って王妃様の言葉を待ちます。王妃様は静かに踵を返すと、城の方へと消えて行きました。

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