王妃様とお姫様
「えぇい、鏡、鏡!もう一度言ってみよ!」
「ですから、今この世で一番美しいのは、王妃様では御座いません。白雪姫で御座います」
白雪姫の継母であらせされます王妃様は癇癪もちで御座いました。自分より美しいものがどうしても許せない、一途に美を求め、一途に美に努力した自分よりも、美しい白雪姫が許せないのです。私、つまり魔法の鏡は、彼女の質問には真摯に答えるように念じられておりましたので、素直に答えるよりほかに御座いません。
王妃様は私をたたき割るのではないかと思う程に私を激しく揺すりました。その顔は真っ赤で、先刻整えたばかりの白い髪は乱れてしまいました。
「鏡、では白雪は何故それほど美しいのか!王は私よりも憎き白雪に執心しておられる、私はあれ程尽くしたというに!」
王妃様は聡明なお方、怒りの中でも、自らの美しさの為に白雪姫の美しさを問うので御座います。酷く揺すられた私は慌てふためき、壁にぶつかる衝撃に怯えて声を上ずらせました。
「王妃様、白雪姫の美しさは、やはりあの透き通った白い肌、若く聡明な印象を与える赤くふくよかな唇、そして、黒檀の髪に御座います。王妃様の肌も絹のような美しさでは御座います。王妃様の唇も妖艶な赤に御座います、王妃様の髪は美しい金髪では御座います。しかし、どれもあの白雪の美しさには今一つ足りないのです」
王妃様の部屋は城でも一番に光の入る部屋です。それは朝に軽く日光浴をされるためです。王妃様の化粧台は毎日の如く新たな化粧品と美容の薬が並べられ、まるで薬屋のようです。王妃様は毎日城の庭をお散歩されます。美しい体系を維持するために他なりません。お胸の形を整えるために侍医を何度も帰られたこともございます。それでも、それほどまでしてもなお、王妃様は白雪姫の美しさには敵いませんでした。
王妃様は私から手を離すと、いつもの様に私を手鏡に映し、移します。やがて、鼻息を荒く立てながら、部屋を後にするのです。私にはその姿が、悲し気に映ったのです。
「王妃様!王妃様はおりませんか!私達をお助け下さい!」
王妃様がいつもの様に怒りを抑えて散歩をなさっておりますと、侍女の一人が慌てふためいたさまでやってきたのです。
王妃は薔薇の庭園の方を一瞥します。そこでは王は白雪姫を抱き上げて大層可愛がっておりました。養育地などを整えた所なのですが、余りの白雪の愛らしさに喜んだ王は常に傍に置かれるのです。礼儀作法もすぐに覚えてしまった白雪姫は、無邪気に、しかし優雅に王に甘いものをねだるのでした。王もそれを喜んで従者に注文をします。緑の若い葉と赤と白の薔薇の入り混じる中、彼女と彼は太陽にも似て眩い笑顔をしておりました。
一方の王妃様は日陰になる渡り廊下から歯をむき出してその様子を眺めております。太陽を遮る屋根は彼女の顔の濠を一層深くさせるのでした。当然、機嫌も悪くなるものです。
「なんだい!今日は酷く煩いね!狼でも出たのかい?」
従者は驚きつつもうなずきました。王妃様はあてずっぽうの言葉が的を射ていたことに驚き、再度光に満たされた庭の方に目をやります。赤の薔薇、城の薔薇には太い棘があり、無邪気に王と戯れる白雪姫はそれを上手にかわしながらスキップをします。王は薔薇の花の一つをとり、白雪姫に手渡します。王妃の胸元にネックレスに紛れて吊るされた私は、その様に王妃様が大層気を悪くされるのではないかと王妃様の顔を映しました。
しかし、王妃様は落ち着きを取り戻し、憑き物でも落ちたかのように穏やかな表情でございました。そして、王妃様は侍女に対して訊ねるのです。
「……それは、どこなのですか?」
日陰でも輝くように明るい絹の頬を向けられた侍女は突然冷静な声に戻る王妃様に驚き、戸惑いつつも答えました。
「森です。王の狩場に紛れ込んだようでございます」
王妃様はそっとドレスの裾を持ち上げます。高いヒールを履いた足美しい形の足が露わになり、狩場の方からことりの囀りが聞こえます。王妃の美しさを歌う楽団は城から飛び立つと、白雪姫の下へと富んでいくのでありました。
「わかりました。王には伝えましょう……。あぁ、あと腕のいい狩人を私の下にお呼びなさい。教えてくれてありがとうね」
王妃様は侍女を労わり、優雅にその場を立ち去ります。侍女は困惑気味に返事をし、王妃様の後姿をしばらく眺めた後、そそくさとその場を離れていきました。
私は、何やら嫌な予感を感じて、王妃様の方を見ました。再度見た王妃様の恐ろしくも美しい表情は、名状しがたく、強いて言うならば狐や狼のような、「狩人」の目をしておりました。