雪と、血と、黒檀と。
窓から射す優しい光の中、静かに縫物をする女性が一人おりました。彼女は一頭美しい容姿で、王子に気に入られ、籍を入れられた王妃様でございました。私はその付き人として、この家に仕えております、モーブと申します。今、この美しい王妃様はその細く繊細な指で縫物をしておいでです。光の中に輝く吐息の暖かさもまた、一頭美しいので御座います。然し、具合が優れない御様子でありました。縫物をする手を止めると、顔を伏せ、大きなため息を吐かれたのです。
「はぁ……」
「王妃様、いかがなさいましたか?」
王妃は身籠ったお腹を摩りました。
「……ねぇ、モーブ。この子はどんな子に生まれるのでしょう。どのような子がよろしいでしょうか」
私はそれをよく存じておりました。何せそれは、多くの王妃様を悩ませる、出産後の不安なので御座います。産後の赤子はまだ悪魔のもの、直ぐに引き離されてしまうものです。生みの苦しみを味わった貴族の方々は、みな一様にその寂しさに心を痛めてしまうのです。
「王妃様。お答えします、王妃様。貴方が望まれた姿であるべきだと、そのようにお返しいたします」
私はいつもの通りお茶を濁すのです。丘に聳える城の中、降り注ぐ日差しの眩さはたいへん神々しい物で御座いますが、女性は窮屈な城に押し込まれるもの、退屈と妊娠の苦しみに、王妃様は捕らわれているのです。
王妃様は空を見上げ、白い息を吐きながら、目を細めるので御座います。暫くの沈黙。私もまた、王妃様同様に外を眺めます。白銀の世界に低い陽光が反射して、輝きに目を細めます。
手元に残した針が指に刺さり、王妃様は咄嗟に手を窓の外へと退けるのです。私はそれを見て、王妃様の下へと駆けよります。応急処置をしようと、恐れ多くも王妃様の手を持ち上げたのです。その時、王妃様は指から滴る血が雪に落ちるのを見て、私の手を払ったのです。王妃様は指先の傷口から溢れる小さな血が、雪に浸透して広がる様を愛おしそうに見つめていました。訳が分からず王妃様の顔を見つめる私に、王妃様は少しだけ弾んだ声で答えたのです。
「わかったわ、モーブ。私の求めていたものが……!私はね……!」
私の経験した、俗に呼ばれる『白雪姫』の冒頭とは、このようなあらましに御座います。