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基礎

「2人はどうするつもりなの?」


 ワタルとマリーが出発したあと、レクシアはハラルとエレナにそう尋ねる。

 王都に残るとは言っても、なにもしない訳では無いだろう。

 鍛錬ならやれることは様々だが、王都の外に出掛けることだってあるかもしれない。


「私はギルドに行くつもりだ」

「ギルド? 依頼でも受けるの?」

「いや、ヨナスに会いにいくつもりだ。この間リナと会ってな。刀を扱える人を聞いたら、ヨナスに聞けばいいと言われた」


 エレナは今から会いにいくつもりのようで、普段着ているローブを身につけ、腰に白夜を差す。


「へー。ハラルちゃんは?」

「そうですね……レクシア、私と手合わせしませんか?」

「えっ」

「なんですかその顔は」


 レクシアはハラルの言葉を聞いた瞬間、反射的に引きつった顔になる。

 神殺しのレクシアにとって、ハラルは敵も同然であり、レクシアもそれは同じだろう。

 そんな相手と手合わせなど、殺される可能性だってある。


「殺さない?」

「私を野蛮に見すぎじゃないですか? もう仲間なんですから、そんなことしませんよ」

「ああ、よかったー」


 レクシアはホッと胸をなでおろし、本気で安心する。

 2人も神を殺しているため、いつか復讐されるのではないかと心配していたが、今のハラルの言葉でその心配もなくなった。


「でも、なんで私?」

「元々レクシアに頼む予定だったんですよ。レクシアに神の力の使い方を教えながら、私も強い相手と戦ってレベルも上げて、一石二鳥ですし」

「うん、そういうことなら任せてよ!」


 どんっと胸を叩くレクシアだったが、力が強すぎたようで咳き込む。

 それをハラルが苦笑しながら近付き、背中を摩る。


「ふふっ。それじゃあ、私は行ってくるぞ。夜には帰ってくる」

「あ、うん。頑張ってね」

「ご飯作って待ってますね」


 エレナはそんな2人を微笑ましそうに見て、家を出た。


* * *


「あ、エレナさん。ヨナスさんにはもう言ってありますよ。地下で待ってるそうです」

「そうか。ありがとう」


 エレナはギルドに入ると、リナと短いやり取りをして地下へと向かう。

 地下には珍しく人が居らず、広い空間の真ん中には、両腰に剣を下げたヨナスが立っている。


「ヨナス、鍛錬というのは」

「構えろ」


 言い終わるよりも先に、エレナはヨナスから向けられる戦意に気付いた。

 いつの間に抜いたのか、その両手には抜き身の細い剣が握られている。


「今のお前の実力を知りたい」

「別にいいが、私は加減はできないぞ」

「勝手にするといい」


 エレナは有無を言わせないヨナスの言葉に押され、白夜を抜刀する。

 それからすぐに頭を切り替えると、目の前のヨナスを敵として認識する。


 とはいえ、ヨナスは人間でエレナは魔族だ。

 万が一にも殺さないよう、少し速度を抑え気味に地を蹴り、ヨナスへと突っ込む。

 勢いをそのまま、狙うはヨナスの左肩。

 射程内に入った瞬間、エレナはそこへ向けて右手の白夜を突き出した。


「この程度か」

「っ!?」


 ヨナスはエレナの攻撃に失望したような言葉を零すと、左手の剣を白夜に横から軽く当て、軌道を逸らす。

 金属同士が擦れ合う高い音と共に、綺麗に受け流されたエレナはたたらを踏み体勢を崩すが、ヨナスは追撃をかける気配はない。


「もし俺を殺すかも、と思っているなら言わせてもらうが、人間をなめないほうがいい」

「くっ!」

「殺す気で来い」


 エレナは体勢を整えると、今度こそ本気ヨナスに向けてで疾走する。

 スキルの加速も使い、その速度は人間に追えるものではない。

 人間と魔族の差。

 それは埋まることはないはずだった。


「速いな。たが……それだけだ」


 瞬きをする間もない速度で迫るエレナに対しても、ヨナスは終始冷静だった。

 胴を狙って横薙ぎに振られた刀を、上体を後に大きく逸らして避けると、振り終わりがら空きになったエレナの顎を蹴りあげる。


 魔族といえども、人とほとんど同じ人体構造をしている人狼のエレナは、ヨナスの蹴りで脳を揺さぶられ、その場に尻もちをつく。

 すぐに立ち上がろうとするが、体がいうことを聞くことはなかった。


「今のお前1人の実力は、俺にも及ばない」


 ヨナスは大きく息を吐くと、剣を鞘へと収める。


「どうして……人間に見える速度じゃなかったはずなのに」

「お前のやり方が悪い。普段はお前が突撃して、それによって出来た隙をワタルやマリーが埋めるんだろう。だが、そのやり方は仲間あってこそだ」


 ヨナスの言い分に、エレナはぐうの音も出ない。


「何より、そのやり方はお前の命が危ない。私に避けられるようじゃ、魔王軍には通用しないだろう」


 考えてみれば、今までエレナの初手の攻撃が完全に命中したことは少ない。

 ヨナスの言う通り、今のエレナは仲間がいなければ簡単に殺されてしまうだろう。


 薄々わかっていたことでも、改めて現実を突きつけられ、エレナは俯く。

 今の自分では、ワタルたちの足でまといにしかならないのかもしれない。

 そんなネガティブな思考が、エレナの考えを埋める。


「だが、その速度は一級品だ。幸い時間は充分にある」


 ヨナスのその言葉にエレナはバッと顔を上げる。

 それからまだフラフラする体にムチを打ち、どうにか立ち上がると、ヨナスに深々と頭を下げた。


「私を、弟子にしてくれ」

「ああ、まだ未熟な私だが、師として最善を尽くそう」


 ヨナスは笑顔でエレナの頼みを了承したのだった。




 エレナの体の調子が戻るまでの間、2人はギルドの奥にある1室に入った。

 シンプルな椅子と机だけのその部屋で、エレナはヨナスに白夜について聞いていた。


「アルマ様からの報酬か」

「粛清剣はもう必要ないからな。だが、どうにも刀というものの扱いがわからない」


 今までのエレナの戦術は、一撃の威力よりも、2本も粛清剣による手数で攻めていた。

 それがエレナには合っていたようで、刀はエレナには扱いが難しかった。


「私も若い頃は様々な武器を使っていてな。刀も少し扱ったことがある」

「本当か! それで、どんな戦い方が刀には合うんだ?」

「私がその時に習ったのは、居合というものだったな。刀を抜き放ちながら相手に攻撃する、というものだ」


 ヨナスはどこか懐かしそうに、思い出すように話していく。


「一撃の威力を重視したもので、お前の速度と相性がいいだろう」

「なら、今すぐそれを!」

「落ち着け。焦っても上手くはいかない。まずは基礎だ」


 ヨナスはエレナを落ち着かせると、懐から1枚の紙を取り出し、エレナに渡す。

 紙にはヨナスが書いたと思われる文字がびっしりと書かれている。


「……これは?」

「鍛錬の内容だ。家にいる時にやるといい」


 エレナは改めて手元の紙に視線を落とす。

 紙に書いてある鍛錬というのは、主に素振りや脚部の筋トレが多く、基礎も基礎だった。

 エレナは思わずヨナスに視線を向ける。

 その目はヨナスに、早く実践的な鍛錬がしたい、とひしひしと伝えた。


「焦る気持ちはわかるが、基礎は何よりも優先されるべき鍛錬だ」

「それはわかっている。だが、刀の扱い方も教えてくれるんだろう?」

「いや、しばらくはその紙に書いてあることをやれ。1ヶ月だ。1ヶ月それが続いたなら、その刀の扱いを教えてやろう」

「1ヶ月……いや、やるとも。私だって根性はある」

「よく言った」


 その日はそれだけで家に帰ると、エレナは早速貰った紙に書いてある鍛錬を始める。

 基礎を地道に積み上げる。

 それがどれだけ大切か、今のエレナにはまだわからなかったが、それでも仲間を思う一心で、エレナは刀を振り続けた。

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