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第2話 第1章 ヒルトの街

〈アウラ教〉

神の御子アウラを開祖とする宗教。イースファリア王国に広く普及している。

アウラの教えの正しき実践による生きとし生ける者の救済を目的とする。アウラ教はイースファリア建国とも深く結びついており…


〈アウラ〉

アウラ教の開祖にして竜の女神。かつてイースファリアに勃発したとされる、〈邪竜戦争〉において、イースファリアの民の守護者として神によって遣わされたとされる。

戦争終結後は民と共に戦乱で荒れた土地の再興を助け、人々の暮らしの安定に尽力した。

御子アウラの血脈はイースファリア王家に連綿と継承されており、その銀髪と金の瞳は王家の血筋の証とされ…

「イースファリア年代記」より


第1章「ヒルトの街」


峠を越えると木々の間からその街を見渡すことが出来る。


「見えて来たわ、アイーシャ」


メアは隣を歩く少女に語りかける。


「あれがヒルトの街ね。前の街よりだいぶ大きそう」


「ええ、州都に近い分ちょっと都会ですね」


オルバルトに限らずイースファリアは州都・首都を中心とした街道網が整備されている。

外縁部からの街道網が集約される地点では、人や物が集まり街の規模も自然と大きくなる。

ヒルトは州都と辺境を結ぶ中間地点に位置する街であり、イースファリアの都市が持つ種々の設備を有する模範的な都市と言える。


ふと、アイーシャはある建造物に気がついた。


「メア、あの大きな橋の様なものは?」


アイーシャ達の向かって左側に峠から街の中心部にかけてまっすぐに橋のような石造りの建造物が見える。だが橋としてはやや細く、欄干の類も見えないため、人が歩くための橋としては奇妙な形と言える。


「アイーシャ、あれは橋じゃないわ。水を通す道なの」


「水の道…。あの橋の中を水が通っているの?」


「ええ、あの街はここの山から水を引いているみたい。そのおかげで街中いろんなところで水が使えるの」


「水のためにわざわざ道を引くなんて随分贅沢ね」


「でも水道のおかげでとても清潔に過ごせるんです。これもアウラ様のお知恵の賜物です」


余談となるが水道が整備されたのは500年ほど昔、御子アウラの時代である。首都イースファリアには工事を主導した彼女の名前を冠した「アウラ水道」が通っており、国内各地の水道建設のお手本となった。


「さすが都会ってわけね」


「そうだ、ゴーラの街になくてこの街にある物がもう一つあるんです。ぜひそこをアイーシャに案内したいわ」


「メア、それは一体…?」


「ふふ、それは行ってのお楽しみです」


メアは答えをはぐらかすと小走りで道の先へ駆け出していった。



ヒルトの街の大通りは想像以上の活況を呈していた。


「さあさあお嬢ちゃんたち、今日の宿は決まったのかい?まだならぜひ〈竜頭亭〉に!今なら飯付きでお一人たったの5イース(約2500円)だよ!」


「嬢ちゃん嬢ちゃん、今日の宿は〈黄金の麦亭〉で決まりだよ。飯付き土産付きで6イース!お値打ちだよ!」


「いやいや、うちの宿こそ…」


…大小様々な宿屋が軒を連ね、大通りに一歩踏み出しただけでこの有様、宿屋が1軒きりしかなかったゴーラの街とはえらい違いである。


「ど、どうしましょうアイーシャ」


「あまり大通り沿いの宿だと色々うるさそうね…」


二人は思案の末、大通りから一本入った所にある〈青藍亭〉を宿に選んだ。比較的静かというのもあるが、値段に惹かれた所も大きい(二人合わせて食事付きで6イース!である)。表通りの宿に比べると手狭で安普請であるが、首都までの道のりは遠いためできるだけ節約しておきたい。



「それではアイーシャは魔導の習得にあたってどなたかに師事はされなかったの?」


〈青藍亭〉の食堂でフォッカチオに手を伸ばしながらメアは気になっていた事を尋ねた。


「とりあえず暴走させないように制御方法の基礎を習ったぐらいで、師事とまでは言えないわ。杖も結局貰ってないしね」

緑豆のスープを口に運んだあと答えるアイーシャ。


イースファリアでは魔導を学ぶ者は師の元で修行を重ねるものである。修行の過程で師から杖を授かるのである。アイーシャの出身の(あけ)の国では徒弟制度はイースファリアと大きく異なっているようだ。


「でもアイーシャの魔法の使い方は熟達しているように見えました。その、第三階梯程の実力はあるんじゃないかって」


「随分買い被られてるけど、あたしの魔道士としての実力は第一階梯に毛が生えたようなものよ」


「そんな、全然そうは見えません」


魔道士の実力は大きく第一階梯から第七階梯の七段階に分類される。魔導を習いたての者は第一階梯に分類され、能力の向上に応じて第七階梯まで位階が用意されている。

ちなみにメアは今現在第一階梯相当の実力である。


「まぁ色々工夫はしてるわ。虚を実に見せるのは戦いでは重要だから」


「それってハッタリって事ですか?」


「以外と重要よ。自分の手札を隠す、切り札の存在を匂わせる、方法は色々あるわ。たとえ攻める側は優勢であっても慎重にならざるを得ない。そうすれば戦いの流れを引き寄せることが出来るかもしれない」


「…すごい、そこまで考えているんですね」


「まぁ今のは半分師匠からの受け売りだけどね」


「魔導のお師匠様から?」


「いや、これは剣の師匠から」


「アイーシャの剣のお師匠様ですか。さぞ立派な方ななんでしょうね」


メアがそう言うとアイーシャは顔を横に逸らし、遠い目をした。

「まぁ、剣についてだけは…立派な御仁だけどな…」

とぼそりと呟いた。


アイーシャの反応にメアは怪訝な表情をした。



部屋に引き上げ、ベッドに腰を落ち着けてアイーシャは尋ねた。

「そういえばメア、あなた首都までの路銀は足りるの?」


「そうですね、あまり贅沢をしなければ、ぎりぎり足りるでしょうか…。

そういうアイーシャは大丈夫なんですか?」


「少々心許ない。イースファリアに来れば傭兵の仕事があると思ったんだけど、余所者には中々回ってこないみたいね…」


隣国ヴァン帝国との戦争で傭兵業が盛んだったのは今や昔であり、今は商人の護衛の仕事などで食い繋いでいる者がほとんどだ。まして他の国からやってきた者に回る仕事はほとんど無いのが実情だった。


「あいつらもロクなものを持ってなかったしな」


あいつらとは水場で遭遇した追い剥ぎの連中の事である。連中から金目のものを手にする機会とも思っていたが、そもそも金がないから追い剥ぎを働いていた連中なのだ、ロクに金を持っている訳はなかった。


「うーん、お仕事が中々入ってこないとなると…。それではまずはあそこに行ってみましょう」


「何か心当たりがあるの?メア」


「…任せてください!」



二人が向かったのはアウラ教会の礼拝堂である。


ゴーラの街には簡素な礼拝所しかなかったが、ここヒルトの街には多くの巡礼者が訪れるため、街の規模にふさわしい礼拝堂が建てられている。

入り口にはアウラ教のシンボルと言える女神の彫像が飾られており、訪れる者慈愛の表情で歓迎している。


「主よ、我々に智慧と恵みをお授け下さい…」

メアは祭壇の前で片膝を付き両手を握りしめ神への祈りを捧げた。


「やれやれ、神頼みってわけね…」


「最初から頼りきりと言うわけではないわ。最善を尽くしたうえで主がお見捨てにならなければ、きっと私たちを導いてくれる筈です」

一応アイーシャもメアに習い祈りを捧げる。


するとその様子を見ていた巡礼者が二人に声を掛けてきた。

「お二人とも若いのに熱心な祈りですな、感心感心。御子もさぞお喜びでしょう」

礼拝所の奥に佇むアウラ像を見上げながら上機嫌な様子である。


「は、はぁ…」


まさか金策が上手くいくよう祈ったなどとは口が裂けても言えず、返事を濁すアイーシャ。


「そちらのお嬢様もまだ若いのに感心な事です。その祈り、必ずや御子に…うむ?」

司教が途中で言葉を詰まらせ、メアの顔を食い入るように見つめている。


「…失礼ながら、あなた様、お名前は?」

突然のことに戸惑うメア


「め、メア。メア・アムドールと申します。」


「メア殿、あなた様のお顔、アウラ様のご尊顔に瓜二つでいらっしゃる!

失礼ながら、お祈りを捧げさせていただいて宜しいですかな?」


突然の展開に面食らうメア。


「ええ?私がアウラ様に似てるなんて…。同じと言えば髪の色ぐらいだと…」


祭壇の後ろには女神アウラの肖像画が掲げられている。絵の中の女神は白銀の髪に黄金の瞳で、メアがもう少し成長して髪を下ろしたならば瞳の色以外は似ていないと言えなくもない。


「いえいえ、その気品溢れるお顔はまさにアウラ様の再来!長年巡礼を重ねてきた甲斐があったというものです」


いつの間にかメアの周囲に巡礼者たちが集まり、彼女に祈りを捧げる人でちょっとした人だかりが出来てしまった。


「アイーシャ…どうしましょう…」

突然に祈りを捧げられ、困惑した様子のメア。


「だいぶご利益がありそうね。あたしもあやかりたいわ、女神様」


「ちゃ、茶化さないでください〜!」

人だかりが切れるまで、メアはしばらく拝まれっぱなしであった。


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