第1話 第3章 戦士アイーシャ
〈魔術〉
人の体に宿す内気〈オド〉や大気に満ちる外気〈マナ〉を用いて起こす奇跡の技。
イースファリア王国における魔術は、神の御子アウラとその使徒達の時代に礎が築かれ…
…術者は内気〈オド〉や外気〈マナ〉を集約し、術式を組成する。術式の組成には魔導器を使用する〈杖式〉と、魔導器を使用しない〈無手〉があり…
〈魔導士〉
〈魔術〉およびそれに類する奇跡を起こす者の総称。
「魔導大全」より
第三章「戦士アイーシャ」
「戦士…ねぇ。」
レティーアは自身の〈杖〉を構えながらアイーシャの言葉を反芻した。
「あくまで魔術は戦士として武器の一つって訳かい。」
アイーシャの周囲では先の風の一撃を逃れた部下数名がなおも彼女に対し武器を構えていた。
「お前ら、手を出すんじゃない。こいつはあたしの獲物だ!」
部下たちはレティーアの突然の言葉に思わず顔を見合わせる。
「同じ女でしかも魔術使いときちゃあ放っておけないね。どのみちお前らじゃ相手にならん。」
レティーアの周囲には赤い光が満ち、魔力が満ちている事が見て取れた。
「せいぜい楽しませてくれよ、風使い!」
レティーアの〈杖〉から火炎が吐き出される。その炎はアイーシャへ真っ直ぐ伸びていく。
アイーシャは左手から風の刃を放ち炎に対抗する。
だが風の刃は炎を切り裂こうとするも途中で力を削がれ、消滅してしまう。
「ちっ、力比べでは部が悪いか…!」
悪態をつきながらも代わりに左手に風の盾を展開し迫り来る炎をぎりぎりで逸らす。
「…ははっ、〈無手〉じゃあ逸らすのが精一杯かい!」
レティーアは第二、第三の火炎を繰り出していく。
アイーシャは炎をかわしながらレティーアへの接近を試みるが次々と繰り出される炎に接近を阻まれる。
更に、かわした炎は消えずになおも地面を焼き続け、炎が放たれるたびにアイーシャの立ち回りを困難にしていく。
「アイーシャさん、杖も持たずに…無茶だわ。」
メアは二人の戦いを見つめながら思わずつぶやいた。
通常、魔導士が戦闘で魔術を行使する場合、魔力を効率的に収束する道具である〈杖〉を使うのが一般的である。アイーシャは先ほど〈無手〉で男たちを吹き飛ばす程の風を起こして見せたが、それも自身の内気〈オド〉の貯蔵を使ったためだろう。〈無手〉の状態では連続して大掛かりな術の行使は難しく、自身を守る風を展開する事が精一杯の様であった。
「もうやめて下さい、こんなの一方的過ぎます!」
「…やかましいねぇ。それはお前が決める事じゃないんだよ。
奴が勝負から降りない限り戦いは戦いさ。」
炎をかわし続けるにも限度があったか、既にアイーシャの周囲は炎で覆われつつあった。
「左右と背後は炎の壁…と、どうする戦士様?まだ続けるかい」
アイーシャを囲む炎の勢いが熱風となって離れたメアの所まで伝わってくる。
「あんな炎に囲まれては…」
しかし状況に反しアイーシャは依然と戦う構えを解いておらず、その目には戦いの意思をを確かに宿している。
(…あの目、まだ諦めちゃいないね。何を狙っているやら…)
「どうした、もう終わりか?自慢の炎も大した事はないな」
レティーアに対し挑発をするアイーシャ。
「ちっ、…そんなにお望みなら喰らわせてやるよ!」
レティーアの頭上で炎の塊が膨れ上がり、ゆうにレティーアの身の丈程の大きさとなった。
これだけの術を放たれたならば風の盾で逸らすことも難しく、左右と後方を塞がれたアイーシャは直撃を免れない。
「アイーシャさん、もうやめて!」
アイーシャがちらとメアの方へ目を向ける。その目には一切の諦めの色は見られなかった。
(どうして?この状況でアイーシャさんはまだ勝てると思っているの?)
火球が放たれる。
それはアイーシャの逃げ場を塞ぎ、残った地面を焼き払った。
周囲に熱風が吹き荒れ、メアは眼前の惨状に思わず目を逸らす。
(こんな炎と熱風に包まれてはひとたまりもないわ…)
そこでメアははたと気付く。
熱風…風…まさか?
レティーアも同じ事に気付いたか、真上を見上げる。
そこには風を孕みながら宙に浮くアイーシャの姿があった。
「あたしの炎を利用しただと⁉︎」
アイーシャのいた場所の空気は三方を炎で阻まれ、そこ前方から駄目押しの一撃を受けた。
すると、逃げ場を失った空気は上へ登るしかない。アイーシャはその時起こる風を利用し、空中へ逃れたのだった。
いや、逃れたというのは語弊がある。それは反撃のための一手だった。彼女はレティーアの真上めがけて飛び、空中で剣を構えた。
そして、真上から落下の加速を加えた一撃がレティーアを襲う。
「っこのぉ!」
対するレティーアも即座に真上からの襲撃に対し炎で迎え撃つ。
二人の影が交錯する。
アイーシャは炎で髪を焦がしながらもすんでのところで炎をかわし地面に着地した。
そして…
レティーアの杖がぱきんと乾いた音を立てて両断された。
アイーシャは即座にレティーアの首元に剣を突き付ける。
「まだやるか?炎使い」
レティーアは悔しさを顔に浮かべながら答えた。
「…あたしの、負けだ」
◆
「さあ、焼くなり煮るなり好きにしな」
レティーアはすっかり観念した様子だった。
既に彼女の敗北を悟った手下達は蜘蛛の子を散らすように散っていった。
もともとレティーアの力によって保っていた集団であり、彼女が負けたことでその求心力は一気に消え去ってしまったようだ。
もっともアイーシャによる報復を恐れて逃げたという面もあるが。
「ならば約束しろ、二度とメアに手を出すな」
「…それだけか?」
「あたしはお前の首には興味はない。約束できるか、できないのか」
「随分とお人好しだね、あたしが約束を破って復讐しないと思わないのかい?」
「あいにくあたしはそこまでお人好しじゃない。あんたの目から戦う気が失せている。だからこれ以上戦う理由がないと思ったまでだ」
「お見通しってわけかい。…ああ、約束するさ。御子アウラに誓って二度と手は出さない」
レティーアは予想外の答えに毒気を抜かれた様子でその場を去っていった。
「アイーシャさん!」
メアの縛を解いてやると彼女はアイーシャに飛びついてきた。
「よかった、無事で!しかもアイーシャさんも魔道士だったなんて!
ああ、何から驚けばいいのかしら…!」
メアは立て続けに起こった出来事に興奮冷めやらぬ様子だった。
「メアこそ無事でよかった。あたしのいざこざに巻き込んでしまってすまない」
「とんでもないです。身の危険を顧みず助けていただいてなんてお礼をしたらいいのか…」
「礼には及ばないわ。困ってる人を見過ごせない誰かさんの癖がうつったみたい」
「まあ!アイーシャさんったら」
メアはようやく顔をほころばせた。