第3話 第5章 結界の街(3)
結界の解除を妨害していたモレス。
アイーシャ達と対峙し、そして――
転がり込むように食堂の中に入り込むアイーシャとアドニカ。
「ど、どうされたんですか?」
食堂の中ではラナが夕食の仕込みをしているようだった。ただならぬ気を放つアイーシャ達の様子に思わず手を止める。
しばし沈黙して目を合わせるアイーシャ達とモレス。アイーシャとアドニアは今にでも術を放てるよう杖を構えている。その後ろで不安そうに二人を見つめるメアがいた。
しんと食堂の中が静まりかえる。
やがてモレスが頬をかきながら口を開いた。
「ま、場所を変えようや」
そう言うとゆったりと立ち上がり、アイーシャ達の脇を通り過ぎ外に出ていく。
「あたしとアドニカが行くわ。メアはここで待機していて」
メアが頷くのを確認すると、アイーシャ達も食堂から表に出る。
外に出ると使い魔達の姿はすっかり消え、爆炎の痕跡が残るのみだった。
モレスの後について 街の外に歩いていく。その間一行は沈黙を保っていた。街の外に広がる麦畑を通り過ぎ、林の中の道に入って行く。何者かの林の中からの強襲を警戒したが、その警戒は杞憂に終わった。
一行はやがて小さな丘にたどり着いた。モレスが足を止めアイーシャ達に振り向いた。
「まさかおっちゃんが魔導士だったとはね」
アドニカが口を開いた。
「ごたいそうな家柄でもない魔導士くずれさ」
モレスが肩をすくめて言った。
「あんな結界を張っておいて随分なご謙遜ね」
再び杖を構えるアドニカ。アイーシャも自身の刀の間合いにモレスを捉える。
「俺も身の程はわきまえてるさ。あんたらと力比べしようなんて思っちゃいないよ」
「なぜ街にあんな結界を張った?」
半ば殺気を放ちながらアイーシャが問う。
「必要だからさ」
食事の必然性を問われたかのように答えたモレス。
「解除するつもりは?」
「あんたらが言ってたろう?『こんな結界を張るやつが話し合いに応じる筈がない』ってな。その言葉の通りさ」
「話し合いは無駄って事ね」
アイーシャは刀の柄に手をつけ、アドニカは杖を構える。
「それなら力ずくで排除する」
攻撃を繰り出そうとした、まさにその時ー
地面が振るえ、アイーシャ達の目の前に土煙が上がる。
「言ったろ、身の程はわきまえてるってな」
アイーシャ達の眼前に大きな人影が姿を見せた。
いや、人ではない。ごつごつとした体躯。巨石を繋ぎ合わせたような
身の丈は人間より二回りはあるであろう巨躯である。
「…ゴーレム!」
「俺自身じゃああんたらには勝てん。代わりにこいつに相手をさせてもらう」
ゴーレムがその腕をアイーシャ達に向け振り下ろす。ごうと音が鳴り拳が迫る。
アイーシャとアドニカは横に飛びすさりその一撃をかわす。
「疾れっ!」
アイーシャは風の刃を走らせる。だが風はゴーレムに直撃したもののうち砕かれる。
「風は効かないなら、爆炎をお見舞いしてやるわ!」
アドニカは杖を掲げ魔力を集中させる。
-が、
収束させようとした魔力が霧散する。
「!!」
それと同時に二人は気づいた。
「…結界!」
「ここいら一帯には結界の基礎を仕込んでいてな、今さっき展開させてもらった」
「くっ…!」
アドニカは肩に重りがのしかかったような重圧を感じた。
再度魔力を収束させようとするもののマナが思うように集まらない。
「あんたらの戦いは使い魔を通してじっくり見せてもらったぜ。内気も使い果たしている頃合いだろうさ」
それならば、
(ゴーレムを操っているモレスを倒すまで)
アイーシャはゴーレムの脇を回り込み後ろにいるモレスの元へ駆け出す。走りながら打ち抜きの構えを取る。
「まあ、そう来るよなぁ」
アイーシャがモレスに迫ろうとしたその時、地面から砂塵が巻き上がりアイーシャの体にまとわりつく。
砂塵は顔も覆い、視界が遮られたアイーシャの打ち抜きは空を薙ぐ。
「姑息かもしれんが、ま、仕方ないわな」
「くっ…!」
アイーシャは顔に風を浴びせ砂を吹き飛ばし視界を回復させる。
しかし、
「アイーシャ、後ろ!」
アドニカの叫び声。
背後からゴーレムの拳が迫ってくる。
アイーシャはとっさに前転し拳を避けようとする。拳は直撃を避けたもののアイーシャの背中をかすめ、前転の勢いも相まって派手に転がりしたたかに地面に体を打ち付けられる。
「このぉっ…!」
ゴーレムの背中目掛けて火球を放つアドニカ。
しかしなけなしの内気で練られた爆炎の勢いは小さく、ゴーレムの岩肌をわずか削り取る程度だった。
ゴーレムが振り向きざまに腕を振るう。
回避は不能と判断したアドニカは杖を盾にしつつ衝撃を和らげるため横に飛びすさる。
―が、
「がっ…!」
直撃を受け吹き飛ばされるアドニカ。和らぎきれなかった衝撃が体を襲い、地面に頭から衝突する。
杖はひしゃげ、アドニカ自身も苦悶の表情を浮かべる。
(…あー、あばら骨いったわ…、内臓も…まずいかも…)
「どうだ、これ以上街の結界に手を出さないならここまでにしといてやるが?」
『…願い下げだ(よ)』
体を起こしながらアイーシャとアドニカが答える。アイーシャは拳打の衝撃のせいか、足元がおぼつかない。
アドニカも膝立ちながら折れた杖を構える。
「その体でご立派な事だな…だが」
「こいつでー終わりだ」
ゴーレムが拳を振り上げアイーシャめがけて打ち下ろす。アイーシャは回避しようとするが足取りが重く思うように動けないようだった。
「アイーシャ!」
思わず叫び声を上げるアドニカ。その声と同時に轟音が響く。
拳の直撃を受ければひとたまりもない。骨は砕け、肉は潰され、体は木っ端微塵にー
―なるはずだった。
「…!」
だがアイーシャの五体は無事だった。
アイーシャとゴーレムの間にはーー
「遅参ご容赦!ゲンプ、只今推参!!」
巨漢の僧侶の姿がそこにあった。
ゲンプの両の腕がゴーレムの拳を受け止めていた。
「ちっ、僧侶様のお出ましかい」
「うぬの使い魔の跳梁、見過ごす拙者ではない!」
ゲンプはアイーシャ達と使い魔との戦いに気づき後を追った来たようだ。
「でかした、ゲンプ!」
脇腹を抑えながらアドニカが快哉を叫ぶ。
ゴーレムがもう一方の拳を腰だめに構え、正拳突きを放つ。
「なんのぉ!!」
拳を手で受け止めるゲンプ。互いに両腕を組み合う格好となる。
「うぬうううううう!!」
ゲンプは腕の血管を浮かび上がらせながら力を込めゴーレムの腕を押す。
「腕を『強化』してるのか。それにしても、とんだ馬鹿力か…!」
拮抗する両者の力。
しかしーー
不意にゴーレムの力が弱まる。腕を引いたのだ。
いきおいゲンプは前につんのめり、それと同時にゴーレムが蹴りをゲンプの腹に見舞う。
「ぐふっ…!」
「やはり強化は腕に集中してたようだな…腹がガラ空きだ」
その場にくずおれるゲンプ。
「…力馬鹿め!」
その言葉が終わるが早いか、ゴーレムの拳打がゲンプを襲う。
連打、連打、連打。
ゲンプも体勢を立て直しゴーレムの拳を必死に防ぐ。
「後手を踏んだな。攻勢に回ったらこっちのもんだ」
生身の人間と疲れを知らぬゴーレム。ゴーレムの攻撃を受け続ければどうなるか。
「ぐうっ…!」
ゲンプの腕にアザが浮かんでくる。
強化の術が解けかけているのだ。鉄壁のごとき守りも強化の術があってのもの。それが無くなるとなれば―
ゴーレムの下からの打ち上げ。ゲンプの両の腕が上に崩され胸から下が晒される。
みぞおちへの一撃。
「がぁっ…!」
たまらずゲンプは膝からくずおれる。
「一丁あがり。もういいだろ?あんたらは手詰まり、俺もちょいと疲れた。ここらで終わりにしようや」
アイーシャ達を見回しモレスが言葉を投げかけた。
沈黙するアイーシャ。
しかしその瞳に諦めの色は見られない。
(まだ諦めてねぇ…、何を狙ってやがる…?)
アイーシャ達の態度を訝しむモレス。
「ちっ、後味悪りぃがやらせてもらうぜ!」
仮に何か手があるとしても出される前に潰してしまえばいい。ゴーレムをアイーシャ目掛けて走らせ右腕を振るう。
(もう邪魔する奴はいない、今度こそ終わりだーー!)
その刹那、
ばりん
何かがひび割れ砕けた音がした。
「なっ…!」
モレスは天を仰ぎ瞠目して言葉を失う。今の音はーー。
「破れたり!」
ゴーレムの拳がアイーシャに到達する寸前、
大風が巻き上がった。その風はゴーレムの拳を弾きゴーレム自体を後退させる。
「なんだ…結界が破れてやがる!いつの間に…?」
「おっちゃんおっちゃん、それより前に心配する事があるんじゃないかしら?」
モレスの背後から声が聞こえた。
振り向くとそこには――
頭上に巨大な火球を浮かべるアドニカの姿があった。
「爆ぜろ!」
火球はゴーレムに達すると太陽さながらに輝き、光の後に轟音が鳴り響いた。
光が消えるとそこにはゴーレムだったものが棒立ちになっていた。上半身の大部分が消し飛び、あるいは溶かされていた。
やがてゴーレムを構成していた術式が壊れたのか、腰から下がたちまち崩れ「それ」はただの石の山になった。
「くっ…どうなってやがる…、ちくしょう」
悪態をつくモレス。
その眼前に――
「ここで終わりにするか?」
刀の柄に手をかけたアイーシャの姿があった。
「ちっ…そうだなぁ…、こうしてやらぁ!」
アイーシャの顔目掛けて砂塵を放つ。
しかし――
「芸がないな。それでお終いか?」
アイーシャの周囲に風が舞っている。風の結界を展開しているのだ。
「こうなりゃあ、刺し違えてでも…!」
モレスは懐からナイフを抜き出すとアイーシャ目掛けて振り下ろそうとする。
が、次の瞬間、
「ぐぁあ!」
モレスは雷に打たれたようにその場に倒れ込む。
そこには右手に抜き身の刀を手にしたアイーシャの姿があった。
「さすが剣士様、目にも止まらぬ打ち抜きだわ」
アドニカがアイーシャに歩み寄りながら言った。
「あら、おまけに峰打ち?余裕ねー」
モレスの体から血は流れてはいなかった。だが峰打ちとはいえ刀の直撃を受け、身動きする事もかなわない。
「なんで…結界が…」
呻くように呟くモレス。
すると彼の前に人影が現れた。
「メア、ありがとう。助かったわ」
メアの姿があった。
「遅れてしまってすみません。基礎の場所を探すのに手間取ってしまって…」
「間に合ったんだから問題ないわよ。いやーお手柄ね」
小さく拍手を送るアドニカ。
「…その小さい嬢ちゃんが結界を破ったのか」
「別れる時念話でお願いしたのよ。『後を付けてきて、結界が展開されたら壊してちょうだい 』って」
「うぬは拙者との格闘に意識を集中するあまり、結界への意識が疎かになっておった。そこを突かせてもらった」
その言葉を聞きがっくりとうなだれるモレス。
「一つ訊くわ。街に張られた結界の術式、『誰から』買った?」
アドニカが珍しく厳しい口調で問い詰める。
「どういう事?」
「あの術式はこのおっちゃんが使う魔術系統とはかけ離れた代物。誰かから教えられでもしない限り使えやしないわ。――で誰から?」
アドニカが詰問口調で問い詰める。
「…それは…」
言葉を濁すモレス。
「――<塔>の魔導士か!?」
アドニカの言葉にモレスはビクッと肩を震わせる。
「あー図星みたいね。やれやれ、こんな街にまで広まってるとはね」
アドニカとモレスのやり取りに不思議そうに見ているアイーシャ。モレスは『塔』という言葉に反応したようだった。それがどういう意味なのか…。
疑問符を浮かべるアイーシャをよそにアドニカは言葉を続ける。
「ま、それはさて置き、どうしようかしらこのおっちゃん。家を漁れば街に張られた結界の儀式書があるはずだからそれもろとも魔導査問会に突き出すか――」
「―この場で終わらせるか」
一同を沈黙が包む。
「殺したきゃあ殺せ。だが、街の結界だけは――」
「まだ言うか」
アイーシャが刀を握り直す。
-その時、
「ま、待ってください!」
アイーシャ達の背後から声が聞こえた。
背後に振り返ると、そこにはラナの姿があった。
ラナはモレスに駆け寄りアイーシャ達との間に割って入った。
「これは…私の勝手なんです」
「ラナちゃん、それはどういう事?」
アドニカが疑問を投げかける。
「…話す、全部話すよ…」
うなだれながらモレスがつぶやいた。
「街に張った結界は街の人間の生気を吸って一か所にまとめられて、その後魔力に変換されて一人に注がれてる」
「…それがラナちゃんって事?話が見えないわね、なぜそうする必要があるわけ?」
「聞いたかもしれんがラナは生まれつき体が弱かった。最近は特に体調を崩して生死の境をさまよってた、いや一度死にかけた。だから蘇生の術をかけたんだよ」
うつむきながらモレスが言った。
「蘇生の術が切れたらどうなるか分かったもんじゃない。だから…」
「…蘇生の術を継続してかけているという事?」
アイーシャが言葉をつなげる。
「事情は分かったわ。でもそのために街の人達が犠牲になろうとしている。このままじゃいつ死人が出てもおかしくないわ」
「…分かっています。だから…もういいんです」
ラナが力なくそうつぶやいた。
「待てよラナ、結界を解いたらお前は…」
「元々私はもう死んだようなもの。ベッドから起きてからここ何日はとっても幸せだったの。でもこれ以上街の人たちに迷惑はかけられない。だから…」
「…結界を解いて、お父さん」
「…そんな、こと…」
モレス言葉を詰まらせる。
「なあ、教えてくれよ…俺は間違ってたのか?娘の幸せを願っちゃいけなかったのか?」
問いかけに沈黙する一同。
人の命を天秤にかける。
その問いに答えはあるのだろうか。
「…でもこのままじゃ誰かが犠牲になる。だったら―」
アイーシャが言葉を続けようとしたその時、『それ』は起こった。
キイイインと耳をつんざくような音が鳴り響いた。
音の鳴る方向を見てみると丘の下、ミロスの街があった。街の一帯が太陽のごとき光を帯びていた。
光は半球状に広がり町全体を覆っていき、やがて渦を巻くようにな流れが生まれ街を取り巻いていく。
「あの光はなに?」
街の異様な光景に瞠目するラナ。
「―あれは!」
アドニカが叫び丘のヘリに駆け出して叫ぶ。
「霊脈の外気が街に押し寄せて氾濫してる!」
(後)で締めるつもりがあとひと山必要になったので続きます。