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断章「オソバ」

見習い魔導士メアと共に旅を続けるアイーシャ達一行。

謎の襲撃者に襲われたり冥界に足を突っ込んだり気の休まらない毎日だったが街道沿いの駅に着いて人心地ついた模様。

そんな夜に待っていたものとは….?

夜更けにアイーシャは突然目を覚ました。


「敵」を感知した訳ではない。部屋に張った結界に異常は無い。


部屋の、外から何やら食べ物の、それも馴染みのある匂いが漂ってきたためだった。


思えば彼女は何も食べないままベッドに倒れこんでおり、さすがに腹の虫がぐぅと鳴っていた。


アイーシャは匂いにつられるように一階に降りていく。


一階の厨房はしんと静まり返っており、人の気配もない。


ならば外か。


窓に目をやるとかすかに光が漏れている。


匂いの元は宿の外らしい。


扉を開け外に出ると果たしてそれはあった。


ーー「屋台」である。


馬車の荷台の脇に机が設けられ、椅子も置かれている。


「お、嬢ちゃんこんばんわだな。一杯どうだい?」


主人らしき男が声をかけてきた。

見ると荷台から下ろしたと見えるまどで何やら茹でている様子だ。


「主人、それはーー」


「あら、何かと思ったらこんな時間に屋台とはね。何も食べてなかったからありがたいわねー。」

後ろから声がした。


声の主はアドニカであった。


「ふむふむ、麺に見えるけどイースファリア料理とは違うような…」

アドニカは鍋を見やり呟く。


「これは暁の国の料理、「ソバ」かしら?色味が普通の麺と違うもの」

イースファリアの麺とは違った灰色がかった麺の色、蕎麦に相違なかった。


「ご主人の服装から見るに暁の国から行商に来たのかしら?」

主人はアイーシャに似た服装をしている。同郷の人間と見て間違いないだろう。


「おう、こっちじゃ珍しいもんだがそれだけに開拓の余地があると思ってな」


「アイーシャも懐かしさに惹かれて来たのかしら?」


「それもあるけど、夕方何も食べてなかったから何か腹に入れておきたかったのよ。」


「あーだいぶ魔術を酷使したから腹も減るわよね。」


荷台にはお品書きが下げられている。

か、何を頼めばよいのやら。

「うーん、、何を頼もうかしら。ご主人、おすすめはあるかしら?」

思案顔のアドニカ。蕎麦の存在は知っていたもののいざ頼もうとすると何を選べばいいのか分からない。


「そうさなぁ、春とはいえ夜中は冷えるからかけ蕎麦はどうだい?山菜も盛っていい味が出てるぜ。」


「じゃあそれでお願い。」

机に座り落ち着くアドニカ。


注文後ややあって、背後に巨漢が現れた。

ゲンプである。


「夜中の飲食は慎むべきところではあるが、先刻の儀式で腹が減って仕方がない。アウラ様もお目こぼしいただけるであろう。」


やや?強引な理屈ではあるがどっしりと椅子に座り注文をする。かけ蕎麦(大盛り)を頼むあたり自分に素直な男である。


「二八蕎麦?スッキリした喉越し山菜の風味が効いている…悪くない…」

一人ぶつぶつと呟くアイーシャ。


「アイーシャ、あなたソバにこだわりがあるのかしら?だいぶ吟味してるみたいだけど」


「久しぶりに食べる蕎麦だからじっくり味わいたいのよ」


ふと店主がアイーシャに顔を向ける。

「お嬢ちゃんも暁の国の出かい?それにしちゃあ…」


その言葉を遮るように宿の扉が開く。小さな少女の影、メアであった。


「おいしそうな匂いがすると思ったら、みなさん夜食ですか?うう、そんなものを見せられたら私もお腹が…」


「一回くらい夜食を食べたってどうって事ないでしょ?若いんだから」

食事をすすめるアドニカ。


「それは暁の国の料理、「おソバ」ですね?私も一度食べ見たいと思ってたんです。」


「せっかくだから食べていきなさいな」

手招きするアドニカ。


惹かれるように机につくメア。


「お嬢ちゃんは何にする?かけ蕎麦かい?」


「そうですね…かけ蕎麦も美味しそうですが、ここは「モリソバ」をお願いします。」


「へいへい、盛り蕎麦一丁ね。」

主人は蕎麦を茹で上げると竹の敷かれた皿に麺をあけ、黒い汁の入った器と緑色の塊を出してきた。


「…これはどうやって食べるのですか?」

「モリソバ」は知っていても食べ方までは知らないようだった。


「そこの器のつゆに蕎麦を浸して食べるのさ。ワサビも混ぜて食べるとピリリとして違う味が楽しめるぜ」


言われた通り麺を半ばまでつゆに浸して口に運ぶメア。

「…これはさっぱりとしながらもおソバの風味が口の中に広がって喉越しもスッキリして…とてもおいしいです!」


「おお、気に入って気に入ってくれたかい?ついでに「ワサビ」もつゆに混ぜてみな」


メアは言われるまま緑色の塊を丸ごとつゆに投入する。


「…メア、それはさすがに…」

アイーシャが言うより早く麺をつゆに浸して口に運ぶメア。


しばしの沈黙…


そののち盛大にむせ返るメア。


「げほっ、げほっ!があぁああ!」


とっさにメアの背中をさするアイーシャ。


「主人、水を!」


アイーシャが言うが早いか水を差し出す店主。

一気に飲み干すメア。


ぜいぜいと呼吸を乱しながらも落ち着きを取り戻したメア。


「これは噂に聞く「ワサビ」の味なのですね…口に刺すような辛味、いや痛みが…」

喉を抑えながら声を絞り出すメア。


「言い忘れちまったが、ワサビはつゆに混ぜながら食うもんなんだよ。それを嬢ちゃん混ぜないで塊で食っちまったから…」

バツが悪そうに言う店主。


「すまねえな、ここは一杯果実水をご馳走するよ」

果実を絞り出し水で割った飲み物をメアに差し出す店主。


「そうそう、飲み物といやあそっちの三人は、いける口かい?」

指で円を作り飲む動作をする主人。


顔を見合わせる三人。


三人はメアの護衛中である。

酩酊して隙を作るような事は避けたいところだ。


「ここいらじゃ飲めない暁の国の純米酒出せ。今なら特別価格で出してやるぜ?」


隙を作るのは避けたい…


「ご奉仕価格!一杯7イース!どうだい?」


結局誘惑に負けてしまう三人であった。


この後茄子の浅漬け、アジのみりん干し、きゅうりのタタキに追加の蕎麦と大いに盛り上がった一同であるが、その詳細は彼女たちの名誉のために伏せておく。


今はただ、飲めや食べるやの大騒ぎ、これから待ち受ける戦いの前の安らぎの時間であった。



箸休め的にシリアス無しのお話を差し込んでみました。

これからは激闘?が待っているのでちょっとした休息も必要かなと。

いかがだったでしょうか?感想いただけると嬉しいです。

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