第3話 第4章 逢魔が時 (前)
旅の戦士、アイーシャはひょんな事から出会った少女メアと王都への旅をする事になった。
途中メアを狙う謎の集団の襲撃を受けるもからくもこれを退ける。
アイーシャ達はメアを守りながら当面の目的地、州都オルバルトへ向かう。
「盗賊退治が金になるとは知らなかったわ」
銀貨の一枚を手に取り感心した様子のアイーシャ。
「元々軍にいて、戦争が終わってあぶれて野盗と化した連中がそこここにいるわ。領主達も手を焼いてる。だから懸賞金をかけてあたし達みたいな連中の手を借りたいってわけ」
アドニカはそう言うとずっしりとした麻袋を掲げてみせた。
彼女達は盗賊の頭目を捕らえ、街の役人に突き出したのだ。その報酬が麻袋の中身という訳だ。役人も少女二人が盗賊を捕らえてきた事に面食らったようだった。
「張り切る訳ね。それだけ懸賞金を貰えるんだから」
「あなたも派手に暴れてたじゃない。だいぶ腕輪の使い方に慣れたんじゃないの?」
「そうね、感覚は掴めてきたわ」
アイーシャは盗賊達との戦いで、アドニカから譲られた腕輪型の『杖』を試したのだ。
哀れにも繰り返し様々な術を浴びせられた彼らは泣いて許しを請うてきた。
「うーん、仕事終えたら一杯ひっかけてたいわね」
「あなた朝の鐘がなったばかりで飲むつもり?」
アドニカを咎めるような口調のアイーシャ。
「冗談よ、冗談。それにあんまり気を緩めると足元をすくわれるかねないし、当分酒はお預けかしらね」
そうは言いつつもちょっと残念そうな表情のアドニカ。
「そんなに美味しいもの?」
「あらお子様ねー。お酒の楽しみを知らないなんて人生の半分を損してるわよ。あ、それともまだ飲めないのかしら」
「あたしは15。飲もうと思えば飲めるわ」
子供と言う言葉に反応したのか、むっとした顔で言うアイーシャ。
「ふーん。じゃあメアを無事王都まで送り届けたらぱーっとやりましょ。いいお店を知ってるわよ」
◆
「何と、盗賊退治とは!一声かけて貰えれば拙者も馳せ参じたものを」
盗賊退治の話を聞くや大仰な仕草で悔やむ様子のゲンプ。
「いいのよ、二人で十分だったし。それに万が一のためにメアのそばに誰かがいる必要があるでしょ?」
手をひらひらと振りながら答えるアドニカ。
「で、アイーシャ。必要なものは買い揃えたわけ?」
「ええ、一揃えね」
アイーシャはそういう時袖口からじゃらりと数本のナイフを取り出した。投擲用のものの様だ。
「あなたの術があれば必要なさそうなものだけど?」
「万が一に備えてよ。あるに越した事はない」
「佩刀にナイフの束、まさに戦士って感じね…、まあいいわ、準備完了ってわけね」
「ええ、出発よ」
◆
あいも変わらず両側を森林に挟まれた街道。
しかしラトスまでの道中と違い人通りは多く、行商人や旅人などとたびたびすれ違う。
時たま武器を帯びた傭兵とおぼしき者と行き違う。そのたび警戒をするもののいずれも杞憂に終わっていた。
「まあ人通りの多い街道で白昼堂々襲ってくるほど間抜けじゃないわよね」
「でもさっきすれ違った人、こっちをすごく睨んでましたけど…」
不安顔のメア。
「それはそうよ。そこの戦士様がもんの凄い殺気放ってたんだもの」
「アイーシャ?」
アイーシャの方へ目を向けるメア。そこには目つき鋭く鯉口に手をかけた女がいた。
「いや拙者も鳥肌が立ちましたぞ。以前アイーシャと立ち会った時よりも数段強い気を放ってござった」
「敵はいつ襲って来るかは分からない。それに」
「警戒するに越した事はない…ってわけね。でもほどほどになさい。血の気の多い相手には挑発と取られかねないわよ」
アイーシャの言葉を遮るように言葉をつなぐアドニカ。
それに一行は戦士に魔導士、僧侶とごちゃ混ぜではっきり言って浮いている。
下手な真似をすれば厄介ごとに巻き込まれるかねないだろう。
「分かったわ。ほどほどに警戒する」
分かったのか分からないのか、依然彼女の目は鋭いままだった。
日が真上に登ろうかという頃、一行は森を抜け、平原に出た。
それまで歩いてきた街道は大きな街道に合流していた。
その街道はこれまでものに比べて幅が広く、土や砂利ではなく石が敷き詰められている。そんな道が視界の彼方まで続いている。
「この道は…?」
見慣れないのかアイーシャはアドニカに尋ねる。
「あら、見るのは初めて?これがイースファリアの主要街道の一つ、アリアトス街道よ」
イースファリアにはこうした石畳の街道が何本も敷かれている。石畳は緩いカーブを描いており道の両側には側溝が彫られていて、雨水が道に溜まらずに側溝に流れていく作りとなっている。この道ならば雨の中でもぬかるみにはまるなどという事はない。こうした「高速道路」のおかげで国内の人や物の流れの円滑化に寄与している。
軍事的にも機動力が増し、必要な場所に迅速に兵力を投じる事を可能とする。イースファリアの防衛の要とも言える。
「どう、大したものでしょう?」
我が事のように自慢顔をするアドニカ。
「ええ、そうね。それに主要街道というなら人も多いし、これまで以上に襲撃される恐れは低くなりそう」
そう言ってようやく左手を柄から下ろす。
アリアトス街道をしばらく歩くと街道沿に一つの建物が現れた。
「街道上に家…にしては大きいわね」
怪訝な表情で建物を見やるアイーシャ。
「『駅』よ。運が良ければ辻馬車に乗れるかもしれないわ。さてさて、ちょうどいい馬車はあるかしら?」
『駅』とは人や馬車が休憩をする簡易宿泊所である。イースファリアの街道上にはこうした施設が点在している。必要とあらば駅の馬を使い各地に早馬を走らせる。
駅とその道をいく馬車も人の流れを活発にする大きな要因だ。
駅には何台かの馬車が留まっており、馬たちが牧草を食んでいる。
馬車の作りや馬の毛並みを眺めるアドニカ。
「いい馬車が揃ってるわね。これは期待できそう」
馬たちを横目に駅の中に入る一行。
駅の一階は酒場も兼ねているらしく、旅人に商人、御者たちの喧騒に満ちていた。
アドニカは店主…ここでは駅長も兼ねているが…に尋ねた。
「馬車の手配をお願い。オルバルト行きはあるかしら?」
「オルバルトかい?ああ、ちょうど来てるよ。何人だい?」
「あたしを入れて四人」
「四人、…四人ね。おーいダグさん、お客だよ!オルバルト行き、四人」
店主が呼ぶと店の奥から一人の御者がやってきた。
「四人かい。東国の剣士さんにアウラの僧侶様、こりゃ珍しいな。運賃は…そうさなぁ、一人500イースでどうだい?」
ゲンプの大きな体にぎょっとしながら御者は運賃を提示した。
「あらあら、こっちは四人もいるんだから、もうちょっと値引きしてくれてもいいんじゃない?」
「いやいや、そこの僧侶さんはゆうに二人分のガタイはありそうじゃないか。これでも勉強しているほうだぜ?」
喧々諤々と値段交渉をするアドニカ。相場の分からないアイーシャは黙って見ているほかない。
「むぅ、アドニカ殿はこの手の交渉に長けているようですな、ここは任せましょう」
そう言いながら手近な椅子に腰掛けるゲンプ、座るなりぐうと腹の音が鳴った。
「そういえばお昼がまだでしたね、何か食べましょう」
そう言いながら壁にかけられたメニューに目を走らせるメア。その様子から緊張は解けている模様だ。
「そうね。じゃあまず豚の串焼きと肉団子にチーズ、イチジクと…」
ずらずらとメニュー表の端から注文をしていくアイーシャ。
「ア、アイーシャそんなに頼んで食べきれるの!?それに、お金が」
無言で麻袋を掲げるアイーシャ、当分金の心配は無用のようだ。
「では拙者も同じものを二人前」
唖然。
テーブルには所狭しと料理が並び戦士と僧侶ががつがつと食べている。
「アイーシャがそんなに食べるとは思わなかったわ」
自分もフォッカチオをぱくつきながらメアがつぶやく。
「今朝の盗賊退治で大分魔力を使ったからよ。もう内気<オド>が空っぽよ、朝食が軽過ぎたわ」
魔術には大気中に存在する外気<マナ>を利用する方法と人の内部の内気<オド>を使う方法がある。
外気<マナ>を使えば理屈の上では無尽蔵に魔術を行使できる。しかしマナを収束させるには時間がかかり、戦闘にはあまり向かない。オドを使えば素早く術を使えるがそれにも限りがある。
そこで杖の出番である。杖は効率的ににマナを集めることができ、連続して魔術を使うことが可能となる。
「杖を使っているのに?」
「咄嗟の時はオドを使った方が早いもの。でも使い方には慣れたから次からは楽ができそう」
「まこと、術で戦う者に食は必要不可欠なもの!」
肉団子を平らげながら得意顔でゲンプが言う。この男の場合はただの食べ過ぎである。
「350イース、これ以上はまからねえぞ!」
半ばヤケになったような御者の叫びが聞こえてきた。どうやらアドニカに根負けしたようだ。
「いいわ、交渉成立ね」
アドニカは振り返り、アイーシャ達にピースをしてニヤリと笑ってみせた。
「いやー交渉も楽じゃないわね。何か飲み物ちょうだい、そこの葡萄し…水でいいわ」
どさくさに紛れ酒を飲もうとしたアドニカを鋭い目線で牽制するアイーシャ。
「アドニカさん、あそこまでに安くするなんて凄いです!」
「まああたしはしょっちゅう街道を往復してるからね。それにしても腹が減ったわねー、今朝の盗賊退治でオドまで使っちゃったからなー」
咄嗟の時にオドを使うのは彼女も同様のようだ。
「…で、あたしの分はどこかしら?」
アドニカはアイーシャとゲンプが食い荒らした机を見つめながら言った。
◆
「やっぱり馬車は快適ねー移動しながら食事もできるし」
肉詰めを挟んだパンを頬張るかたわらアドニカがつぶやく。
アイーシャ達を乗せた馬車は一路街道を西に進んでいる。
「距離的に、途中の駅で休むにしても明日の昼の鐘の前には着きそうですね」
御者の肩越しに街道を眺めながらメアが言った。
「うむ、この調子なら無事オルバルトまで着けそうですな」
「そうそう、オルバルトといやあ、王女様が来てるって話だぜ」
御者はそう言い話に入ってきた。
「王女?」
その言葉に思わず反応する アイーシャ。
「なんだい知らないのかい剣士さん、暁の国でも名前は知られてるはずだぜ?レーヌヴェルテ王女様だよ」
レーヌヴェルテ・イースファリア。イースファリア王国の第一王女である。
「確か歳はそこの小さい嬢ちゃんぐらいのはずだ。俺も直に見たことはないがな。姫さまは滅多に王都から出ないからなぁ」
「それでも国民からの支持は厚い。何せ王女様は王国の希望の星だものね」
その言葉に俯くメア。
「どういう意味?」
アイーシャは アドニカの言葉の意図が汲み取れず問いただす。
「ああ、あなたは知らないのね、じゃあ教えてあげるわ。レーヌヴェルテ王女は先の戦争でヴァン帝国を退けた救国の英雄、レイリー王太子が遺した一人娘なわけ」
「遺した…って、じゃあ王太子は」
事を察したアイーシャはアドニカを見やる。
「ええ、勝利の代償…にしては大き過ぎたわね。次期国王と目されていた程だったもの」
「つまり王女は亡き英雄の娘として注目を集めている訳ね」
「それに、少し前に王太子妃も亡くなっている。それも相まって王女の彼女の人気は急上昇って訳、期待されてるのね。国王陛下も齢七十を過ぎていて、退位も噂されている。そうなると彼女が王位を継ぐ可能性が高い。いまや次期女王様の呼び声も高いわ」
「レーヌヴェルテ様…、私と同じくらいの歳の方なのにとても立派だと思います」
王女の境遇に思いを馳せたのか目を潤ませるメア。
「いくら王女とはいえまだ子供よね、荷が勝ち過ぎているように思えるけど?」
率直にアイーシャは感想を言った。
「高貴な血を持つものの宿命とはいえ、大変よね。今や王国五百万の民の期待を背負っている。彼女はいわばイースファリア王国そのものよ」
この話題の中、不思議とゲンプは押し黙っている。心なしか肩を落としているようだ。
「王国を背負う王女様か…」
イースファリアの王女と王家の問題。話の規模の大きさにアイーシャはその時は遠い世界の話のように感じていた。
そうこう話しているうちに日が傾いてきた。眼前の夕日が揺らめきめながら赤々と光を放っている。
馬車は街道脇の道標を通り過ぎる。道標には王都イースファリアとの間の距離が刻まれている。
道を行く者はその数字から街道上での自分の位置を確認するといった具合だ。
「あの道標を過ぎたって事は、もうすぐで次の駅ね」
アドニカが御者の肩越しに馬車の行く先を見つめる。
「おお、ようやく到着ですな!馬車は便利なものの、ずっと狭い中に押し込められていると、肩がこって仕方がない」
ゲンプが肩を回しながらつぶやく。確かにその巨躯には馬車は狭かろう。
「まあさすがにずっと乗ってるのも疲れるわね。駅に水道は通ってるのかしら?ひとっ風呂浴びたいわねー」
軽く伸びをしながらアドニカが言った。
「でもだいぶ進みましたね。これなら予定通りオルバルトに着けそうです」
安堵した表情のメア、襲撃を受けずに済んで安心しているようだ。
「そうね、でも油断は禁物ーー…!」
アイーシャはそう言いかけるとふと目を馬車の外に向けた。
「アドニカ、ゲンプ!」
アイーシャは二人に目配せする。二人も事態を察したようだ。
「参ったわね…こんなところで『入り込む』なんて」
「どうしたの、アイーシャ?」
見ると彼女は既に臨戦態勢に入っている。
「まさかまた誰かが襲いに…?」
「まだそっちの方がマシだったかしら」
杖に魔力を込めながらアドニカが答える。杖に込めた余剰の魔力が燐光を放っている
「メア、動かないで!」
アイーシャはそう叫ぶとメアの頭の真横に風の刃を走らせる。
風はメアの真横に浮かんでいた半透明な『それ』を吹き飛ばした。
「なっ…」
荒事には慣れたつもりでいたものの突然の事に唖然とするメア。
直後にアイーシャがメアの手を引いた。
「下がっていて!」
何事かとメアが後ろを振り返るとそこには無数の『髑髏』が宙に浮いている。
「な、何なのこれ?」
突然の出来事に青ざめるメア。
「夕暮れのこの時間、『こちら』と『あちら』の境目が曖昧な時にごくまれに世界が重なるの」
アドニカはそう言いながら両手に構えた杖で向かってくる髑髏達に火球を撃ち放った。
「…死霊達の住む、冥界とね!」




