第八話 選ばれた者
「以上おしまいっと」
神が言うとテレビに流れていた映像は途切れ、神は一仕事終えた様な顔で缶ビールを勢いよくグビグビと飲む。
話を聞き終わり周丸はいつの間にかビールから酒に変わっており、窓の外を眺めながら面白くなさそうにチビチビと飲んでいた。
「神、一つ質問していいか?」
話を聞き終えても正座の姿勢を崩さないで蒼空は神に緊張した顔つきで話しかける。
「ん、どーぞ」
神は沢崎家の冷蔵庫にあるカニカマを勝手に取り出しながら蒼空の質問を許可する。
「あいつは、幽歌は三年間ずっと一人で悪霊から逃げ続けていたのか?」
「ううん。違うよ。彼女は一度だけ助けて! って頼んだことがあるわ。『我が家』に出て行った人やただその人たちと一緒に居た人たちにまで。頼られた彼らはあたり前のように幽歌ちゃんを助けようとした。なんとか霊義団に幽歌ちゃんを引き渡そうとしてくれた」
神は一瞬苦虫を潰すような顔になり、そして表情を消して言う。
「でもね殺されちゃったわ。幽歌ちゃんを守ってみんな死んだ。あの子以外はみんな悪霊に殺された」
無表情で神は呟く。
「その光景を目の前で目にした彼女は誰にも頼ることはなくなった。心を閉ざすようになった。アタシら霊義団にさえ、彼女は保護を拒み、一人で逃げ続けた。情けない話だけどつい最近アタシたちが見つけて、彼女を無理矢理保護するまでは……幽歌ちゃんはずっと一人で逃げてた。自力で気配や霊力の消し方を覚えて、誰とも関わらず一人でずっとね」
「そうか……」
蒼空はそれしか言葉が見つからなかった。だってあまりにも悲しすぎる。家族だと信じた相手に家族を殺されるなんて蒼空は考えたくもなかった。
自分にも似たような体験をしたことはある。しかし自分には周丸や神に父がそばに居てくれた。でも幽歌は今も昔も一人で逃げ続けている。悪霊という恐ろしい者たちから。怖い思いをしても誰にも泣きつくことが出来ず、一人で怯えながら逃げ続けている。
だとしたら……ムカつく。誰にムカついているのか知らない。でもなんだか心が痛くなって、そしてなぜか怒りが湧いてくる。
「ねえ蒼空、周丸? アタシは改めてあんたたちに頼みたいことがある」
そう言うと神は勢いよく立ち上がり頭を下げる。その行為に蒼空は面を喰らう。神が自分に頭を下げるなんてあまりにも予想出来ない行為だったから。
「図々しいとは承知の上でアンタらにあの子を、幽歌ちゃんを守って欲しい」
「……守るなら霊義団の方が安全だろ」
蒼空は指摘する。自分に取り憑くよりも幽歌は霊義団に居た方が安全であるはずだ。何せ霊義団には多くの団員たちがおり、それに白凪や神などの強力な幽霊も多く居る。対するこちらは周丸と霊能者のくせに人一倍臆病者の二人だけ。
戦力の差は歴然だという言葉を聞くが、まさにその通りである。
しかし神は守るだけならねと言って話を続ける。
「確かに霊義団に幽歌ちゃんが居たら幽歌ちゃんの力や体は無事かもしれない。でもあの子の心を守るには霊義団はあまりにも脆弱な組織でしかない」
神の表情はいつもの自信満々の表情とは遠くかけ離れたものだった。
「あの子の力はあまりにも巨大すぎる。きっといずれは霧亜のような悪霊じゃなくても、幽歌ちゃんを兵器として利用してしまうかもしれない。例え、アタシがそれを許さなくても霊義団よりも上の立場の霊界を動かすお偉いさんたちなんかにね。アタシはあくまで組織の人間だから命じられた断れない」
神は悲しそうにも怒っているようにも見える表情でそう言った。蒼空は初めて神の『弱さ』というものを目にしていた。
「そんなことじゃ幽歌ちゃんはいつまでも救われない。あの子はアタシたちみたいな組織が持っていい力なんかじゃない。だからアタシは霊義団団長としてアタシが認めた奴らに幽歌ちゃんを守ってもらいたい。そっちの方がよっぽど安心よ」
「それが俺たちってことか?」
「そう。他にも候補はあったんだけど海雲の魂を持っているアンタは霊界でも一番と言われる使い手の周丸が護衛しているし、アタシたち霊義団もあんたを守るためにいつでも動けるようにしているしね」
「俺も幽歌も悪霊に狙われているから一つにまとめた方が守りやすいってことか?」
神の言いたいことを察し、蒼空は皮肉のつもりで答える。
「そーゆこと」
神はいつものおどけた声に戻りながらも、口を動かすのをやめない。
「でもそれはね、あくまで霊義団の幹部や霊界のお偉いさんを黙らせる理由でしかないのよ。アタシがあんたを選んだ理由はそれはあんたが沢崎蒼空だからよ。だからあたしは蒼空に幽歌ちゃんを任せることにしたの」
「どういう意味だよ?」
蒼空が聞くと神はニカッと笑みをこぼす。
「あんたのウザさ全開のお節介と得体の知れない気持ち悪さならきっと幽歌ちゃんをドン引きにしてでも笑顔にしてあげられると思ったからよ。だからアタシは沢崎蒼空を選んだ」
エッヘンと神は自慢気に胸を張る。
「……お前いいこと言ったみたいな顔をしてるけど、褒めてないよな。むしろ貶してね?」
「そんなのあたり前よ。あんたは貶されてナンボみたいな人間でしょ」
「そんな人間になった覚えはねえよ!」
蒼空は神が自分をドMだと思っていることにショックを受ける。
「ジョークよジョーク」
「俺には本気にしか見えなかったんだけど」
「まあ八割方本気なだけだから気にしないで」
「ほとんど本気じゃねぇか!」
蒼空は神を睨みつけると、神は見た目からは想像出来ない大人びた表情で静かに笑う。
「……蒼空を認めてるってのはホントよ。アタシはあんたなら絶対に幽歌ちゃんを救えるって心の底から言える。誓ってもいいわ」
神は冗談めかした声で言いながらも視線はしっかりと蒼空を捉えて、言い切った。
そんな神に蒼空は呆れてしまう。
「貶したと思ったら今度は過大評価かよ。っつか過大しすぎだ。言っとくけど俺は自分のことでさえ、周丸に頼りっきりなのにそんな奴が誰かを救うとかそんな大それたことが出来ると思ってんのか?」
蒼空は神の言っていることが信じられず、疑問で返す。
確かに今の話を聞いて蒼空は幽歌のことを可哀想だと思った。なんとかしてやりたいとも思った。でも同時に幽歌に取り憑かれたら自分はきっと今よりも危ない目に遭う。正直勘弁してくれとも思う。怖くて仕方がない。そんなことを考えている奴が誰かを救えるはずがない。なのに神は至極あたり前のように断言する。
「当然! だってあなたはこのアタシ神様が認めた男なんだからさ。だから大丈夫」
神の言葉を聞き、今まで黙っていた周丸も蒼空に話しかける。
「だと言ってんぞ蒼空、どうする? この頼みを聞いたら今後、結構骨の折れる展開になりそうじゃが」
「……どうすればいい?」
蒼空は自信なさげに呟く。周丸はそんな蒼空の頭にポンッと手を置く。
「そんなもんお前が決めろ。ワシはお前の言う通りに動くだけじゃ。……俺の役目はお前とそのお前の選択を守ることだ。お前が決めたことなら文句言わねえさ」
言い終えると周丸は不敵にニヤッと笑う。
蒼空がどうすればいいか迷っている間、周丸と神は残り少ないカニカマを巡って、争っていた。一応正義を守る幽霊だと言うのに悪霊たちにも負けない意地の汚さで実に滑稽であった。
蒼空はそんなアホらしい光景を見て思わず笑ってしまう。そしてチラッと思う。どうやら沢崎蒼空はこの居るだけで騒がしくて楽しい幽霊たちに信頼されているらしいと。素直に嬉しく思うのだ。
蒼空は決断する。
「最初から選択肢なんて一つしかねえよこれ……。……周丸俺ちょっと散歩してくるわ」
なんでもない感じで言いながら、蒼空は重い腰を渋々上げる。
ちなみに神はなんであたしには声をかけないのなどと言っているが、それはスルーしておく。
周丸はその表情には何一つ心配事などないかのような顔で蒼空に声をかける。
「行って来い」
「……行って来ます」
その言葉に押し出されるように蒼空は足を運ぶ。正直この時周丸を蒼空は不覚にもカッコイイと思ってしまった。
数分後周丸からメールが来る。『幽歌ちゃんとエロゲー的展開があったら実況よろしく☆ コツとしては現実を元に多少のフィクションで盛ると一気に出来は良くなるから!』
「一瞬でもあのエロじじいをカッコイイと思ってしまった俺はなんてアホなんだ……」
蒼空は一人嘆く。