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第七話 またいつか

 嘘。その単語が何度も幽歌の胸の中に反復する。


「どう……して……」 


 その化け物は男のようで男の割には肩までかかった長い髪によく整った顔が不気味に微笑んでいた。――――その男は紛れもなく幽歌の家族だった。


「きり……あさ……ん」


「おや? 幽歌ちょうどいいときに帰ってきたね」


 霧亜は笑う。


 家族が血まみれで倒れているのに霧亜は笑うのだ。自然に不気味に。その手には血で赤く黒く染まった短剣が握られていた。


「な……何があったんで……す、か? ……どうしてお父さんたちが」


 声が震えている。足はすくんで動けない。体が心臓が全てが恐怖で支配されている。

 幽歌の問いに霧亜はとても穏やかに答える。


「ああ、これかい? これは君のお祝いの準備だよ」


「……準……備?」


「そうさ。君はそんなに怯えることはない。幽歌が大人しくしていてくれれば君には何もしないよ」


 分からない。何を言っているのか分からない。霧亜の言っていることが理解できない。


「なんでお父さんたちが……。何が、何があったんですか霧亜さん!」


「クク……ハハハ」


 霧亜は楽しそうに声を上げる。まるで幽歌を嘲笑うように。


「これを見ても解らないかい? 君はもう少し理解力があるかと思ったんだけどね」


「どういうこ……とです……か?」


 霧亜は酷く冷めた声で答える。世界の終わりを。


「これは僕がやったんだよ。君の力を手に入れるために思ったより手こずったけどね」


 霧亜の言っている意味が分からない。この男は何を言っているんだ。家族はなんでこんなことになっているのかも全てが理解できなかった。


「嘘……ですよね? きっとこれはドッキリとかなんですよね? ……ねえ? そうなんですよね。……そうだって、そうだって言ってよ!」


 叫ぶ。一生分の願いを込めて少女は叫ぶ。しかし少女の願いは叶いはしなかった。


「事実さ。ここに転がってる物体は全員死体で、お前の家族だ。 …………ハハ。ああ、そう。全てはお前の力を手に入れるためだ」


 その口調にはもうかつての優しい霧亜の姿は微塵もなかった。幽歌は霧亜の言っていることを理解した瞬間に幽歌は崩れ落ちる。


「私の、力……。いや。嫌。嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌――イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 泣き叫ぶ。

 もしもこれが何かのおとぎ話なら奇跡が起きて、魔法かなんかでみんなが幸せになることも可能なのかもしれない。しかし今、起きていることは紛れもなく現実であり、どんなに泣いても、どんなに叫んでも変わることがない残酷な現実。


「なんで……なんで!」


 涙は止まり、悲しみは次第に憎悪に変わる。


「なんで家族を……なんでみんなを殺した! なんで、なんで!!」


 痛いくらいの怒りを霧亜にぶつける。


 しかし霧亜は幽歌を嘲け笑うような声で言い放つ。


「おいおい、酷いな。俺も家族じゃないか幽歌。まるで家族の内に入ってないみたいな言い方だな」


「そんなことは聞いてないっ! なんで殺した! 答えろ。答えろって言ってるの!」


「…………うっせえな。お前みたいな化け物を奪うのに黒野たちが邪魔だったから殺した。奴らを残しておくと後々面倒くさいことになると判断したんだ。だから殺した」


「それ……だけのことで……」


 信じられないように呟く。霧亜だって今まで自分たちと一緒に暮らして来た家族だったはずなのに……。霧亜は幽歌の想いを否定するように言う。


「それだけ? ハッ、違うだろ。お前は家族ごっこをぶち壊してまでも手に入れるだけの価値がある化け物で、兵器なんだよ」


 その言葉が胸に刺さる。怒りで煮えぎった目は次第に虚ろになっていく。


「私のせい、で……家族が……お父さんが殺されたの……」


 そんなの嫌だ。自分のせいで……。なんで自分は生きていて、みんなは殺されたのか分からない。怖い。今ここに存在しているのが怖い。


ふと家族の一人と目が合う。目にはもう生気はなく、死んでいた。――そして家族の一人の霊体は、魂は完全に消滅してしまった。


「そ……んな……」


 幽歌は辺りを見渡す。さっきまで倒れていた家族の体が少なくなっていた。消えていたのだ。そこで家族が消滅してしまったのを今完全に幽歌は認める。


「あああ……あああああああああああああああああああ!」


幽歌のそれまでなんとか繋がっていた精神の糸は完全に切れてしまう。幽歌は完全に錯乱する。


「……さてと、霊力量が霊力量だ。暴れられたら厄介だ。少し動けないようにするが、まあ心配するな急所は外す」


 霧亜は家族たちを斬りつけた短剣を幽歌に向ける。幽歌の腹部に狙いを定め、そのまま吸い込まれるように短剣は刺さる。――肉が刺さった音がする。

 

しかし短剣に貫かれたのは幽歌ではなく、自分の娘を庇う優しい老紳士だった。


「く……ろの! お前……まだ生きていたのか」


「おとう……さん……!」


 黒野は幽歌を見る。その顔つきは幽歌に初めて見せた優しい笑顔でなんともないように黒野は喋り出す。


「幽歌。今すぐ逃げなさい」


 黒野は穏やかにていねいにしかし強く幽歌に指示する。


「嫌! 一人で逃げるなんてできない!」


 幽歌は黒野の指示を拒否する。


「幽歌! 言うことを聞きなさい! もうみんな死んでしまいました。私が守れなかったせいで。でもまだ……貴方が居る。貴方が! 頼みます貴方一人だけでも守らせてください!」


「お父さん……」


 また涙が流れ出す。そんな幽歌に黒野は声をかけようとすると、

「ウッ!?」

 黒野が気付いたときには顔を殴り飛ばされていた。


「家族ごっこはもう済んだかい黒野」


 霧亜は冷徹な目で黒野を見る。まるで昨日まで笑いながら語りあっていたのが幻だったのかのように。


「…………」


 黒野は気を失ったのか返事がない。霧亜は愉快そうに笑みを浮かべる。


「さあ幽歌、邪魔者は痛くなった。たった一人の家族の俺と一緒に行こうか」


 ゆっくりとした足取りで黒野の後ろにいる幽歌に近づき、血で染まった手で幽歌に触れようとする。

しかし霧亜が気付いた時には地面に張り付いていた。黒野に後頭部を殴られたのだ。


「グッ! 黒野テメェ!」


「この子には指一つ触れさせやしない」


 もうボロボロで満身創痍になりながらも黒野は恐ろしいくらいの威圧感を出しながら立っている。


「お父さん!」


 幽歌は黒野に駆け寄る。そんな幽歌に黒野は優しく『いつもの動作』で頭を撫でる。


「……幽歌、貴方は逃げなさいと言ってもやっぱり逃げるような性格ではないですよね。だから貴方に一つ術をかけました」


 黒野が幽歌に言うと、それを聞いた霧亜が今まで余裕を保っていた様子から急に慌てだす。


「黒野お前まさかあの術を!」


「……あなたにはこの術の話をしてましたね。ええ。そのまさかですよ」


 黒野が答えると霧亜の顔は真っ青になる。


「今すぐやめろ! その術を取り消せ! ……もしお前が邪魔をしないって言うなら黒野、お前は生かしといてやる。だからもう邪魔をするな」


 霧亜は少し考えてから黒野の命だけは助けてやると提案する。その提案を聞くと黒野はおどけたような大きなリアクションをする。


「そうですか。それはいい提案ですね。しかし残念! もう術は発動させてしまいました」


 すると幽歌の体は次第に薄くなり始めて来る。


「お父さん……私に何をしたの?」


 黒野は幽歌を不安にさせないようにニコリと笑顔を見せる。


「大丈夫ですよ幽歌。貴方はこれからどこか遠いところに飛ばします。どこに行くかは私にも分かりませんし、恐らく貴方に会うことはもうないと思います」


 黒野は最後の別れの言葉を言う。


「何を言っているんですか! お父さんも一緒に逃げようよ! それにまだ生きてる人だって居るに決まってる!」


 一人になるのが嫌でもう二度と黒野たちに会えないのが恐くて辛い。


幽歌はここで黒野たちと別れるくらいなら自ら死を選んだ方がマシだと考える。その考えを黒野は否定するかのように、断言する。


「幽歌、貴方は生き続けなさい。どんなに辛くても惨めでも長く生きていればいつかまた笑える日が来る。悲しみの涙を拭ってくれる人が現われる。共に喜びの涙を流してくれる人が現われる。いつか必ず。だから生きなさい幽歌。それが子供たちを守れなかったダメな父親の最初で最後の命令です」


 その間にも幽歌の体は透明になって来ている。


「黒野キサマぁぁぁぁぁァァァ!」


 霧亜は怒りに任せて短剣を黒野に斬りつけて来る。黒野は避けようと思えば避けられたが、幽歌の傷一つ付けないために進んで斬撃を受ける。


「どうやらそろそろお別れの時間のようですね幽歌」


 黒野は霧亜に斬られ倒れながらも、幽歌に何かを伝えようと語りかける。


「まだまだあなたと話したかったんですが、どうやらお別れの時間ですね」


 黒野は幽歌の涙を拭い、最期に優しく微笑み、もう出会うことがないはずなのにこう告げた。



「またいつか」


「おと……う……さ、」


 そこで幽歌の意識は途切れてしまう。その少女の精神は、心は、魂は見事なほどにずさんに壊れていく。




それから幽歌が目を覚ますとそこは孤独と雨と絶望の世界だった。少女は、それから三年間霊義団に保護されるまで、絶望に至る惨劇を目にしながら一人逃げ続けた。



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