第十一話 心地よい彼
沢崎蒼空はすぐに怒る。身長と同様気も短い。そのくせお節介でもある。非常に喧しい存在。それが幽歌の蒼空への評価だ。
今だってちょっとヘタレと言っただけで蒼空は拗ねてしまう。つくづくアホな子だなと思う。
蒼空のそんな姿を見ているとマヌケでつい笑ってしまいそうで心地よいと幽歌は感じてしまう。まるで黒野たち家族と居る気分だ。このままずっとこの場所に居たいと思ってしまう。
「蒼空さん」
だから――――
「明日からはもうこんな所に来なくていいですよ」
――――そろそろこの心地のよい場所から離れないといけない。
「は? なんで?」
「明日にもここから離れようと思います。そろそろ霊義団や悪霊たちから目をつけられてしまいそうですしね。それに霊義団ならともかく悪霊がこの町に襲いにでも来たらここで生活している人や蒼空さんにも迷惑をかけます」
幽歌は少しでも悲しくない別れにしたいため、おどけた声で蒼空に言う。
「だから蒼空さんも明日からこんな辛気臭い場所なんかに来てないで月歩さんと乳繰り合ってください」
ほんの少ししか見てないけど、私から見たら結構脈アリと思いますよと幽歌が言葉を続けようとした時、
「やめねーよ」
その言葉を蒼空が遮る。
蒼空の顔はいつものぷんすかと怒っているような顔と違って、真剣なものだった。
「誰がやめるか。お前がここから俺の前から居なくなっても俺は幽歌に会いに行くのをやめない。お前がどこに居ようが関係ねえんだよ。テメェがどんだけ逃げようが、俺が霊義団よりも悪霊なんかよりも先にお前を見つけてやる。付きまとってやる。だからお前がどこに逃げようが一人になんてなれない。言っただろ。俺はお前を取り憑かせるって」
頭のハゲたエロ坊主と一緒になと蒼空は迷いもなく笑う。
「……っ。……全く本当に蒼空さんは……骨の髄までストーカーですね」
ストーカーと言うと蒼空は怒った顔になる。よく表情がコロコロと変わる人だなと幽歌は感心する。
「うっせー。そんなん言うならお前だってさっき俺と月歩の跡をつけてたじゃねえか!」
蒼空が言い返してくるので幽歌はチッチッと指を振って否定する。
「あれはたまたま散歩していたら偶然蒼空さんたちがお話されていたので、気配を消して隠れ、立ち聞きをしていただけです。だからノーカンです」
「いや俺よりも確実にレベル高いよね!? 気配消すって……」
「うるさい人ですね。女の子とイチャイチャして来たと思ったら、今度は他の女と会ってストーカー宣言をしている浮気者にそんなこと言われたくありません」
「う、浮気って!?」
浮気という言葉に蒼空は過剰に反応しているがどうしたんだろうかと幽歌が首を傾げると蒼空はとてつもないことを言い出した。
「お前もしかして……俺のことが好きなのか?」
「は?」
何を言っているんだろうか。そんなことはあり得ないに決まって見る。
幽歌は蒼空の顔をまじまじと見つめてみる。ボサボサとした黒髪に、なんだか不機嫌に見える目、そして少し顔立ちは女っぽい。背が低いのもあるせいか可愛らしい気もするが、幽歌の好みとは全然違う。
なので、幽歌は正直な感想を蒼空に言う。
「それはないですね。というか蒼空さんみたいな小さい人が好きという人はショタコンという性癖の人だけですから。マニアですね」
「ショタコンって……お前さぁ、もしかしたら密かに俺を思っている女子が一人や二人は居るかもしんねえだろ」
「そんな幻想は捨ててください。いい加減現実を見ましょうよ」
「おいやめろ。そんな社会不適合者を見るみたいに見んな。いいだろ少しくらい夢見たって!」
幽歌は哀れむのをやめないでボソッと呟く。
「可哀想に」
「同情すんな!」
幽歌は怒っている蒼空にすいませんと口だけは謝っておく。
「幽歌お前全然悪いと思ってないだろ。だって笑ってんじゃん。嘲笑ってるよね? おい分かってん、」
「あっ! ちなみに」
「聞けよっ! なんか前もこんな風に突っ込んだ気がするんだけど!」
「蒼空さん! 私が話しているのに勝手に話を振らないでくださいよ! しかもすぐに怒るし、どういう教育を受けてるんでしょうか」
「……俺が悪いのか俺が悪いのか」
蒼空はグッタリしながら呟いている。そんな蒼空に幽歌は励ましの言葉を贈ろうと考える。
「蒼空さん元気出してください。いいこと教えてあげますから!」
「なんだよいいことって?」
蒼空は聞いてくるが、あまり期待してないように見える。しかし幽歌は気にせず、蒼空にガッツポーズを送りながら笑顔で答える。
「はい。蒼空さんは背は小さいけど、顔は結構女顔なのでもしかしたらそっち系の男性になら蒼空さんを想っている人が居てもおかしくありませんよ」
「励ましになってねぇよ! むしろ悪寒がしたわ!」
幽歌は蒼空の怒り任せの突っ込みを聞きながら、大笑いする。こうして暖かな時間は過ぎていく。
ずっと。ずっとこの時間が続けばいいのにと思う自分と今すぐに目の前の少年から逃げ去りたい気持ちが混ざり合い、幽歌自身もうどうすればいいかなど分からない。分かっているのはもうとっくに手遅れだということだけだった。