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第十話 言えない目的と死なない約束

 蒼空が幽歌を取り憑かせると決心してから一週間が過ぎる。


 蒼空はこの一週間幽歌の所に通い詰めていた。

 通い詰めたと言っても、蒼空が話しかけても幽歌が無視して、幽歌の態度に蒼空が怒って口喧嘩になるだけで特に仲がよくなった訳ではない。

 大きな声で互いの気にしている所を言い合うという醜い争いなのだが、しかし蒼空はなんだかんだで幽歌と喧嘩するのが心地よいと感じてきた。

 今では幽歌に会いに行って、喧嘩してバカみたいに騒ぐのが蒼空の生活の一部になっていた。



 蒼空は霊能者として活動しているが、まだ義務教育中のため当然学校に行く。

 蒼空としても学校はときどき周丸が暇つぶしに付いて来る以外は、幽霊とかそういう類のものに関わらないで済むので自分の家よりも心地よい場所である。


 授業も終わり、現在、蒼空は同級生である片山月歩と一緒に肩を並べて下校している。月歩に片思いしている蒼空にとっては月歩と一緒に下校するなど、とんでもなく嬉しいはずなのだが、


「なぁ月歩」


「………………」


(空気が重い!)


 声に出さずに叫ぶが、その叫びも当然心の中なので誰にも聞こえない。誰も助けてくれない。傍目から見たら二人は肩を並べて歩いているだけなのだから。


 月歩は昼休みが終わる辺りからやけに無口だった。


 何を怒っているのか知らないが蒼空は月歩から無言の威圧感を向けられているように感じ、その威圧感からすぐに逃げるためホームルームが終わってすぐに教室を出ようとするが、その前に肩をガチリと肩を掴まれる。


 恐る恐る後ろを見てみると、そこには笑顔百パーセントというくらい微笑んでいる月歩が蒼空の肩を握っていた。少し力が強い。


「蒼空、一緒に帰ろ」

 と普段なら心の中で悶え転げる程には可愛い表情だったのだが、謎の威圧のせいかその時の蒼空にとっては十八禁のホラー映画よりも恐ろしく見えた。


「…………」


 蒼空は無言で続く帰り道の中なぜ月歩が怒っているか考え、その結果これは早坂のせいだと友人の早坂海人に蒼空は責任転嫁する。


 理由は昼休みの終わりにあった。



 まもなく昼休みが終わって授業が始まるという時に海人の何気ない一言で事件は始まった。


「あのさ、沢崎」


「ん? なんだよ?」


 月歩と話していた蒼空は海人の方に首だけ向ける。


「この前からずっと気になってたけどさぁ、お前最近付き合い悪くないか? 俺が誘っても用事があるって言ってすぐに帰るし」


「あのな、俺は早坂みたいな帰宅部と違って忙しいんだよ」


「お前も帰宅部だろーが……ああ、そういうことか」 


海人は突っ込みの途中で勝手に納得して、整った顔立ちには似合わぬいやらしい顔になる。


「沢崎、じゃあ今度誰か紹介してくれよな」


「紹介?」


 紹介ってなんのことだろうかと蒼空は首を捻る。蒼空が紹介出来る人物なんて幽霊くらいしか思いつかないが、海人には幽霊が見える訳もないので全く意味が分からない。


 この友人常々変な所があったが、ついに妄言まで口にしてしまうなんて。何か変な薬でもやってしまったのだろうか。

 友達に対して酷いことを考えている蒼空であったが、そんなことを知らずに海人はエロさに年季が入った中年親父も顔負けのいやらしい笑みで、歩み寄る。


「とぼけても無駄だぜ。今さっきの証言でとっくに調べは終わったんだ」


「調べって一体どんな調べよ?」


 今まで黙っていた月歩が海人に聞いてみると、海人はやけに悲しそうな顔になりながら月歩の肩に手を置き、許可なしにいやらしい手つきで月歩の肩を揉む。


「言っていいのか? 月歩ちゃんには……悲しい話になるぜ」


「いいからさっさと言いなさい。あと気持ち悪いから今後一切あたしに触れるな」


 月歩は海人の手を払いのけ、冷めた声で命令している。

 しかし海人はそんなことを言われているのにも関わらず、何か嬉しそうにしていた。中学生にしてすでにマゾの領域に達してしまったのだろうか。


「ふっふっふっ。じゃあ聞かせてあげようじゃないか。世界の名探偵たちにも負けない俺の名推理を!」


 海人は楽しそうに蒼空を真っ直ぐ見てビシッと指を指している。


 蒼空はこの動作を前に見たことがあるような気がすると思い、考えるとすぐに海人と全く同じ動作をしていた人物が頭によぎった。幽歌である。幽歌も蒼空と初めて出会った時に全く同じ動作をしていたのだ。まあどっちも同じアホだから仕方がないと勝手に納得していると、


「沢崎……」


 海人はやけに真剣な声を出す。だが蒼空は騙されない。


 経験上こういう場合相手は九割方ボケるのである。蒼空は次に来るであろうボケに突っ込むために身構える。

 海人が声を発しようと息を吸い込む。来る!


「お前最近……彼女出来たろ? そのせいで放課後はいつも忙しい。しかも毎日ってことは一人じゃない。五人も沢崎は彼女が居るんだ。いや五人じゃ少ない。俺ならそんなんじゃ満足出来ねえ。ずばり六人! だろ!」


「「……はあ?」」


 思わず月歩と声がハモってしまう。どんなボケでも突っ込むと決めていた蒼空だったのだが、余りにもアホな回答のせいでつい絶句してしまった。


 海人はつくづくアホなんじゃないかと言いたい。というかもう口に出ていた。


 アホだろうお前と。


「俺のどこがアホなんだ? まさか俺の推理に何かミスでも……。一週間は七日。そして沢崎は毎日忙しい。そうか! 沢崎の彼女は六人じゃなくて七人だったのか! すごいじゃないか沢崎!」


 海人は言い終わるとまるで試合に負けてそれでも相手を称えるスポーツ選手みたいな爽やかな表情で「……負けたぜ」と蒼空を称えていた。


「いやあんた間違いなくアホでしょ。変態の上にアホが加わってるから……。まあでもどうなの蒼空? 早坂くんの推理は。それとも他に理由があるの?」


 そこで少しだけ月歩は表情が険しくなる。


「別に大したことじゃないし、彼女も出来てねえよ」


 蒼空は適当にはぐらかしてに答えると、早坂は羨望の眼差しが憐れみに変わる。


「沢崎、……お前ただでさえ小さくて大変なのに彼女が居ない上に他の用事で毎日忙しいって可哀想だな」


「うっせーよ! それに俺は小さくねえし、仮に小さくたって大変なことなんてねえから!」


「でもお前の小学生みたいな顔つきと身長じゃ小さい男の子が好きな女の子以外チャンスないじゃんか。……可哀想」


「早坂、次身長のことでガタガタ言ったら顎にアッパーだからな」


「連れないこと言うなよ沢崎ー。ていうか今日も遊べないのお前?」


「わっ! 抱き着くなよ。触るな変態! 今日も無理! また今度な」


 海人と蒼空がむさ苦しく密着している間にも蒼空は月歩が浮かない顔をして何かを考えていることに気付いた。それから月歩は学校が終わるまで無言のままだった。




 それは現在にも至り、月歩は蒼空と居るのに一言も話そうとしない。


 最初はもしかして海人が自分に彼女が出来たからと言っていたのを聞いて、それでヤキモチでも焼いてくれてるんじゃないかと蒼空は期待したが、すぐにその考えは否定する。だってさっき海人を一緒に突っ込んでたし。それに今日だけじゃなくて、月歩は二、三日前から突然黙りこくることがあったので、海人が原因ではない。


 こういうとこは幽歌にしても月歩にしても女は何を考えてるか全然分からなくて蒼空は非常に困ってしまう。 


 心の中で愚痴を零していると、

「ねえ、蒼空」

 今まで口を閉ざしていた月歩が突然話しかけてきた。声は何か決心したようなものを感じた。


「どうした? いきなり真剣な顔になって? 金なら貸さないぞ」


 月歩があんまりにも張り詰めた顔をしていたので、わざと茶化そうとするが話に全く乗ってこない。ただ真っ直ぐと蒼空の顔を見つめているだけで。


「蒼空、さっきも聞いたけど最近あたしに隠していることなんかない? 特に幽霊のことなんかで」


 詰問するような声で問いかけられる。しかしその質問には霊能者としてあくまで幽霊が見えるだけの一般人の月歩に答えるのはあまり良くないだろう。


「別に隠し事なんかないけど」


 平然とした顔で言う。しかし月歩にそのごまかしは通じなかった。


「嘘つき」


「嘘じゃねーよ」


「じゃあ早坂くんにも言ってたけど、用事って何よ?」


「それは……あれだよ! 最近ウチの近くのコンビニでバイトを始めて」


「どこに中学生を雇うコンビニがあるのよ」


「あっ……」


 必死にごまかそうとするが、下手な嘘で墓穴を掘ってしまう。


「蒼空は今何をやっているの? 最近ときどき思いつめた顔してるよ。それに凄く辛そうに怒ってる顔になってる時もある」


 月歩に問われる。どうやらもうごまかせそうにないらしい。どうも自分は嘘が下手のようで、しかもときどき幽歌の過去を思い出している際には顔にしっかりと表情が出てしまっているようだ。


「……本当にたいしたことはしてねえよ。単に一人の幽霊女に会いに行ってるだけだ」


「それって前、蒼空に取り憑くかもしれないって話してた幽霊のこと?」


「そうだよ。でもそいつには事情があって俺みたいに色んな奴らから狙われてるんだ」


「ちょっとした事情って何?」


 月歩は蒼空の顔を覗き込みながら訊ねてくる。


「それは悪いけど今は話せない」


「なんで? ……あたしだって幽霊は見えるし、その子の話し相手にだってなれる」


「……それでも話せない」


 蒼空は月歩の協力を断る。


 月歩は蒼空から目線を離さず、悲しそうな声で言う。


「……どうしても?」


「……ああ。どうしても」


 一瞬その悲しい声に罪悪感に襲われ、言ってしまおうかなと思ったけれどもすぐに中止する。


 月歩に相談すれば蒼空に色々と協力してくれて助かるだろうけど、その分月歩を危険な目に遭わせてしまう可能性がある。


 そんなことは霊能者として、友達として、彼女に片思いするとして許せない。


 蒼空の言葉を聞いた月歩は少し寂しそうな顔をして蒼空を見つめ、苦笑する。


「そう。分かった。今は何も聞かない。でもね、いつかちゃんと紹介してねその幽霊の女の子。絶対よ。それに危険なこともダメだから。これも絶対ね」


 その声はもう脅しに近かった。


「分かった」


 蒼空は観念して、月歩に小指を差し出す。


「何この指?」


「指切りだよ指切り。俺がお前の約束を守るための指切りだ。いつか幽霊のアイツをちゃんと紹介する。だからそん時はアイツの友達になってやってくれ」


 そう言って、蒼空は早く早くと手招きしながら月歩を急かすと、月歩は急に大笑いし始める。


「何笑ってんだよ? な、なんだよそんな指切りがおかしいかよ!」


「あっははは……ち、違う。くっくっくっ……ああ! もう大丈夫」


「月歩、……お前もしかしてどっか頭でも打ったか?」


 見当違いな心配をしている蒼空に月歩は軽くチョップを喰らわす。


「人を勝手に頭がおかしい人みたいに言わない」


「言ってねーよ。ただ俺はお前の心配をしてるだけだろ」


 いきなりチョップしてきた月歩に蒼空はもっと文句を言おうとすると、月歩が小指を差し出しながら言う。


「あたし待ってるからさ。蒼空があたしに相談してくれるのを。だからあたしに相談する前に大怪我とかさ、…………死んじゃったりしないでよ。約束よ。破ったら呪うから」


 月歩は蒼空を見据えてはっきりとそう言い放つ。


 好きな女の子から呪うと言われてはこれはもう死ぬ訳にはいかないなと蒼空は気を引き締めながら自信満々の声で宣言する。


「おう。俺は死なない。約束だ」


「……バーカ」


 二人は誓いをかわすために指切りをする。


 その時蒼空はふと近くの電柱を見る。そこにはやけに見慣れた白い着物が見えたような気がした。しかも何か殺気を感じる。


「…………ん?」


「どうしたの蒼空?」


 訝し気な目で電柱を凝視している蒼空に月歩は声をかける。


「……いやなんでもない。ただあんまりよくない感じがしただけだ」


「何それ?」


 蒼空はなぜだか知らないが少し冷や汗が出てくるのであった。





「で、可愛い彼女さんと別れてすぐに他の女に会いに来るとは一体どういう神経をしているんでしょうね蒼空さんは」


 今、蒼空の目の前にはニコニコと笑いながら殺気を放っている女の子が居る。


「……なんだろうこの修羅場の雰囲気」


 蒼空が月歩と別れてから墓地に来て見るとなんかもうこういう感じになっていた。


えっと……お前もしかしてさっき電柱に隠れて俺と月歩の話聞いてた?」


 恐る恐る聞くと幽歌は蒼空の発言を笑いながら否定する。


「あはは、嫌ですね蒼空さん。まさか私がそんなストーカーみたいな真似を蒼空さんなんかにする訳ないじゃないですか」


「……へー」


「でもあの女の子、月歩さんって言うんですか。いいお名前ですね。まったくもー道の真ん中で二人で指切りなんてしちゃってどこのバカップルですかねー」


「…………」


 見てんじゃねーか! と心の中だけで突っ込むことにする。口に出したら色々と面倒臭そうなので蒼空は無言を貫く。


「あれー聞いてますか? 蒼空さん」


「どこからだ」


「どこからと言いますと?」


「……どこから聞いてたんだよ」


 意を決して幽歌に聞いて見る。幽歌は表情だけは楽しそうにしながら言う。


「アハッ。そうでーすね。『おう。俺は死なない。約束だ』って所からですかね。いやーかっこいいですね。私にはこんな痛々しいセリフ頭でもおかしくしない限り言えませんよ。憧れちゃいますよ」


「……幽歌さんそれは褒めてるって言いますかね?」


「もちろん褒めてるんですよ。日常生活であんなセリフが言えるなんて蒼空さん図太い神経してますね」


 確かに考えてみればちょっとキザというか色々と痛いセリフのような気もしなくないが、ああいうのは勢いで言ってしまうものだから仕方がない。……ただあまり第三者に目撃されたくない場面ではあった。思い返すと蒼空はだんだんと恥ずかしくなってきた。


「と、とにかくお前には関係ないだろ!」


「はいはい分かりましたよー。でも知りませんでした。蒼空さんにあんな可愛い彼女さんが居るなんて。まあ私はあの人好きになれそうにないんですけどね」


 むすっとした顔で幽歌は言う。


「彼女じゃねぇよ。それよりなんで月歩のことが気に入らないんだよ。あいついい奴だぞ」


「なんとなくです。なんとなくあの人はあんまり好きになれそうにないんです。それに蒼空さんの彼女さんと接点なんて出来ないと思いますし。まあ霊感は結構強いみたいですけど」


「なんだお前見ただけで分かるのか。凄いな! じゃあいいじゃねえか。幽霊の見えるアイツならいつかお前の話し相手にだってなってやれるぞ」


「へー。それは凄い彼女さんですね」


「だから彼女じゃねえって言ってんだろ。俺と月歩はただのクラスメイトだ。……まあでもお前が月歩のことを俺の彼女ってそこまで言いたいなら……フッ、別にそう呼んでもいいぜ」


 月歩に片思い中の蒼空はむしろ呼んでくれと願う。


「別に彼女さんじゃないのなら普通に彼女とは言いませんけど。あと蒼空さんなんかキモい」


「なんで!?」


 幽歌の残酷な発言に蒼空は思わず詰め寄ってしまう。


「なんで、と言われましても彼女じゃないのに彼女って呼ぶのはおかしいからじゃないですか。それと蒼空さん顔近い。少しキモい」


「そんなバカな……」


 幽歌のまともな意見に蒼空はヘたり込む。


 そんな蒼空を呆れたように見ている幽歌は提案するように話しかけてくる。


「そんなにがっかりするくらいなら私にストーカー紛いなことしてないで月歩さんをデートに誘えばいいじゃないですか」


「ストーカー言うな! ……ていうか既にもうデートの計画も完成済みだ。たださ、俺の心の生理がまだあと十年くらいかかるだけで。…………どうすりゃいいんだよデートって」


「……はぁ。霊界じゃ最強の幽霊の魂を身に収めている英雄扱いな人がこんなへタレなんて」


「へ、ヘタレって……勝手に言ってろ!」


「ヘタレ」


「……」


「やーいヘタレ」


「……」


「ヘタ、」


「何度も言うなぁぁぁ! バカ! 幽歌のバカのアホクソッ!」


 蒼空はついに堪忍袋の緒が切れてしまい怒ってしまう。当然そのまま幽歌も言い返してくると思った蒼空は反撃に身構えてみるが、反撃なんてものはなかった。


 ただ幽歌は――――


「フフ、すいません蒼空さん」

 ――――楽しそうに、そしてやっぱりとても寂しそうに笑っていた。

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