表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

第九話 例え望まれなくても

幽歌は墓石に座り、月を眺めていた。


今夜の月は満月で驚く程綺麗に見える。しかし幽歌には優雅な月は目に入らない。一人で居るといつも家族のことを考えてしまう。


 あの時、黒野のおかげで自分はこうして誰からも悪用されずに生きている。だけどいずれは悪霊に捕まり、自分の力を利用されてしまうかもしれない。ならば自分はこの世にもあの世にも存在しない方がいいのだろう。自分の力を悪用されないためにも自ら『二度目の死』を選んだ方がいい。そんなことはもう何度も考えた。

 でも実際に死ぬことなんて出来ない。生きている希望もないが、それでも怖いのだ。たくさんの消滅する魂を見てきた幽歌にとって『死』はどうしようもない程に恐ろしい。


「……私はどうすればいいのかな……」


 弱々しく呟く。誰も答えてくれないのは分かっているのに。だが――――

「とりあえずその悲劇のヒロイン面をやめたらいいんじゃねーか」

 ――――答えは返ってきた。


「え……っ?」


 突然声が聞こえ、幽歌はいつものように身構える。昔のことを考えていたせいで気配に気付くことが出来なかった。


 幽歌は睨みつけるように相手を確認するとその人物は小学生くらいに小さい少年だった。しかしなぜだかとても大きくも見えた。

 

 *

「……蒼空さんですか?」


 幽歌が恐る恐ると聞いてくるので蒼空はおどけた声で答える。


「どう見ても蒼空さんだよ。何やってんだ? 一人で暗い顔して月なんか見て。映画の撮影ごっこか?」


「違いますよ! ごっこという歳じゃありませんから! ……ちょっとした考え事です」


「考え事? 胸がデカくなるにはどうすればいいかとかか? 言っとくけど幽霊はもう身体的に成長しないぞ」


「そんなことじゃありませんバカ! 大体私は着物で目立たないだけで胸は小さくないと何度言えば分かるんですか!」


 そう怒った後、幽歌はやって来たのが悪霊じゃないと安心したのかホッと息を吐く。


「それで、あなたはこんな時間に一体何しに来たんですか?」


 厳しい口調で幽歌は詰問する。蒼空は幽歌に少したじろいでしまうが、なんとか顔に出さないようにしながら答える。


「……散歩。ついでに墓参りにちょっとだけ寄っただけ」


「こんな時間にですか? 迷惑極まりないですね」


 幽歌は迷惑そうな顔をしているので、蒼空も負けじにまくし立てるように喋り出す。


「いいだろ別に墓参りに来るくらい! それとも何かここはお前の家かよ!」


「そ、それは違いますけど……」


 幽歌は返す言葉がないのか一瞬黙り込むが、すぐに勢い良く喋り出す。


「でもしょうがないじゃないですか! 霊義団や悪霊から逃げるには目立つ場所には居られないし、……あと帰る家もないし」


 帰る家がないという所で幽歌の表情は曇る。この女の子はどうやら暗い顔になるのには大体は家族のことが関係しているらしい。

 事情を聞いた蒼空にとってはそんな表情を見てため息が出る。誰かの泣き顔や暗い顔を見るのは嫌いだ。こっちまで悲しくなってしまう。

 そんな顔をされるくらいなら自分がバカにされてでも笑ってくれた方がいい。だから、


「あの何やっているんですか……?」


「えっと睨めっこ……面白い……。かなと思って」


 蒼空は自分の頬っぺたをつねって変な顔になる。そんな蒼空に幽歌はきっぱりと告げる。


「つまらないです。もうすぐで夏なのにゾクッと寒気が来る程につまらないです。……蒼空さんもしかして凄くバカなんですか?」


「ははは……ですよね……ううっ」


 蒼空も自分がやっていることがつまらないというのを認め、恥ずかしくなり地面に膝をついてへこたれるが、すぐに勢いよく立ち上がり提案してみる。


「あのさ、帰るとこがないならウチに来るか?」


「えっ?」


「だから帰るとこがないのならウ、」


「結構です」


 蒼空が伝え終わる前に幽歌は即座に断る。


「断るのはやっ!? お前俺が言い終える前に断んなよ! 最後まで言わせろ!」


 すると幽歌は拒絶反応を示して、

「だってですよ。蒼空さんみたいな人の家に泊まるなんてとてつもなく気色悪いじゃないですか」


「んな!?」


 その言葉に蒼空の心は折れそうになる。だって幽歌があまりにも真面目な顔で気色悪いだなんて言うものだから。


「それに……」


 幽歌はそこで言葉を切って、今度はなぜかモジモジしている。


「それに、なんだよ?」


 なぜ幽歌がモジモジしているのかが気になり、話の続きを聞いて見る。……嫌な予感しかしないが。

 少し顔を赤く染めて幽歌は言う。


「だって……蒼空さん私が寝たら私の布団に入り込んで私の着物の中をまさぐる気なんでしょう……!」


「まさぐらねーよ!」

 やっぱり嫌な予感は的中する。


「ホントですかー? 指をクネクネして人の体を触ることしか考えてない蒼空さんと二人っきりなんて安心出来ませんよ」


「誰がクネクネだ! 人を勝手に変態にすんな! ……ちっ、安心しろ。エロじじいの周丸も居るから」


「そう言えば、あのおじいさんは蒼空に取り憑いていたんでしたね」


「まあな」


 自分よりもむしろあのじいさんの方が色々やばい気がする。しょっちゅう若い女の子にセクハラしようとするし、何より周丸のニヤケ顔はいやらしくてキモいのだ。蒼空が周丸の気持ち悪い顔を思い出していると、幽歌は今度は自分の体を抱き寄せている。


「今度は何してんのお前?」


「ふふ、分かりましたよ! 二人で真夜中の体育倉庫に連れ込んであんなことやこんなことをする気ですね! いやらしい!」


「しねぇよ! むしろそんなことを考えてるお前の方がいやらしいわ!」


 先程から幽歌はボケてばかりで全く話が進まない。蒼空はため息を一つ吐いて頭の中を整理する。

 蒼空がここに来たのは幽歌の過去を聞いて、同情したからだと思う。幽歌を可哀想だと見下しているのかもしれない。

だけどそれでもこの女の子を一人にしたくないと思った。それが今、蒼空がここに居る理由。


「……あのさ、幽歌に話したいことがあるから聞いてくれ」


 真面目な声で言う。しかし幽歌は首を横に振り、

「嫌です。どうせろくでもないことでしょ。私はもう眠いので寝ます」

 そう言うと、幽歌は手を振って、また墓地の奥の闇の中に消えようとする。


「待てよ」


「ちょっ! 蒼空さん!?」


 幽歌を行かせまいと蒼空はとっさに幽歌が着ている白い着物の首の後ろを掴む。


「ちょっと離してくださいよ変態!」


 幽歌はなんとか蒼空から離れようとジタバタするが、蒼空も離すまいと手に霊力を纏わせて力強く幽歌の着物を掴んでいる。


「逃げないなら離してやる。大体……、」


 蒼空が何かを言おうとしたその時、幽歌があまりにも暴れるため着物の袖から手が滑り、蒼空の手は幽歌の胸元に行く。


「っ!」


 直後、殺気が走る。嬉しいハプニングのはずだが、蒼空は喜びの感情よりも恐怖の感情の方が大きく、残念なことに感触さえ感じることは出来なかった。


「…………」


 幽歌は何も言わない。とりあえず幽歌の胸元から手をどけ、蒼空は場を明るくするために胸を張って言う。


「えっとさ、これはなんて言うか事故であって故意じゃないんだ。その証拠に俺興奮しなかった!」


「お前キモイんじゃぁぁぁぁぁぁ!」


 その叫び共に幽歌の右ストレートは蒼空の顔面に突き刺さる。


「ガハッ! ……いくら俺が悪くても……いきなり殴るのはや……めよ。……第一お前の胸なんかじゃ、ゴガッ!」


 何かを言おうとした蒼空に幽歌の右手は、今度はみぞを捉えていた。そして蒼空はポックリと倒れてしまう。


(~~! この女、なんつー惨いことを!)


 蒼空は倒れながら幽歌に恐怖を感じていると、幽歌は平坦な声で、

「殺っちゃいましたかね?」

 などと恐ろしいことを言っている。


 幽歌は蒼空の息を確かめるために近くにある木の枝でツンツンと突いたり、おーいと呼びかけているが、蒼空は痛みで反応出来ない。


「返事がない。ただの屍のようだ」


 幽歌はバカみたいなことを言っていた。

 幽歌は死んじゃったらしょうがないですし、放っておきましょうなどと薄情なことを言いながら、さっきと同じようにどこかに消えようとしていたので、

「待たーんかーい」

 ゾンビみたいな呻き声を上げながら蒼空は幽歌の足を掴む。


「うわっ! 屍が復活してゾンビになった!?」


「死んでねぇよ! つーか誰がゾンビだ! どちらかというと一回死んでいるお前らの方がゾンビに近いからな!」


 まだダメージが抜けておらず、蒼空は足元をヨロヨロとふらつきながら立ち上がる。


 その様子を見て幽歌はポツリと言葉を漏らす。


「……ちっ。次こそは決めてみせます」


 幽歌は蒼空から視線を逸らし、悪びれずに舌打ちをする。……これが人を気絶寸前にまで追い込んだ奴の態度かと蒼空は唖然とする。


「…………」


「あれどうかしましたか? 急に黙りこくってまたエッチな妄想でもしてましたか。変態!」


「ちげーよ! 平然と人を殴ってくるお前にビックリしてるの! 軽くビビってんの!?」


「やーいビビり!」


「うっせぇ! 暴力女!」


「蒼空さんこそ人の胸を触ったスケベ男のくせに」


「へっ。だから言ってんだろ。お前みたいな小さい……なんでもないですから拳を振りかぶるのやめてください。いやマジで」


 胸のことに関するとすぐに怒る幽歌に蒼空は呆れながらも、幽歌の顔を見てみると笑っていた。楽しそうに笑っていた。


「…………」


 ちゃんと笑えている。よかった。素直にそう思う。だから蒼空はついさっき決断したばかりの思いを幽歌に告げる。


「幽歌、一つ言うことがある。俺決めたからな」


「何をですか。……その顔を見れば大体想像はつきますが」


「俺はお前を取り憑かせることにした」


 幽歌はやっぱりという様な表情になる。


「それなら今日お断りしたじゃないですか。大体蒼空さんだって私が取り憑くことにそこまで乗る気じゃなかったと思いますけど」


「気が変わった」


「なぜですか。理由は?」


「それは……」


 そこで蒼空は言葉が詰まる。理由ならある。だけど幽歌の過去を知って可哀想だから助けてやりたいとは言いにくい。


「私の過去でも聞かされましたか?」


 蒼空が言葉に詰まっている間に幽歌に冷たい声で確信を突かれる。


「同情でもしましたか? それとも家族を失った私に居場所でも作って感謝でもされたいんですか? だったら余計なお世話ですよ。そんな傲慢で偽善に満ちた行為私は望んでなんかいません」


 確かに同情なのかもしれない。傲慢な思いなのかもしれない。偽善なのかもしれない。きっと幽歌の言う通り余計なお世話でしかないのだろう。それでも――

「――お前が望んでなくても俺はお前を助けるよ」

 あたり前のように蒼空は宣言する。


「私はあなたに助けられるつもりも感謝つもりもありませんよ。だからもう私に関わらないでください。うざったいので!」


 私に関わらないでと拒絶の言葉が蒼空を突き刺す。しかしそんな拒絶突き刺さろうがなんだろうが関係ない。


「嫌だね」


 蒼空は幽歌の拒絶を逆に拒絶する。


「身返りなんて勝手にもらうし、勝手に助けるからお前の許可なんて最初からもらうつもりなんてねえよ」


「だからそう言うのが困るんです! しつこいんですよ!」


 幽歌は蒼空のあまりの身勝手さに怒っているようだが、蒼空はそれを嘲笑う。


「ふん。お前が困ろうが知ったこっちゃことじゃないんだよ。俺はしつこいんだ。テメェが俺に取り憑くって言うまでここに通いつめてやる」


 その声に蒼空は何一つ迷いの感情はなかった。こうなったら意地でも幽歌を取り憑かせる気になっていた。


 幽歌は蒼空を睨みつけるが無駄だと悟ったのか、


「……自慢気に言わないでください。もう勝手にすればいいんです。私はもう知りません!」

 幽歌はそう言い残して怒って今度こそどこかに行ってしまう。


 その後ろ姿はいかにも怒ってますというような感じだが、蒼空にはなんとなく、本当になんとなくだが嬉しそうにも見えた。

 きっとそれはただの願望しかないんだろうけど、今はそんな願望でもいい。


 幽歌が居なくなってから蒼空はポツリと言葉を漏らす。


「がんばってみるか」


 相手が助けを求めてなくてもこっちが助けたいと思ったら勝手に助ける。そんな自分勝手のお節介を蒼空が憧れた『正義の味方』ならきっとそうするから。

その人に一歩でも近づくために、口が悪い幽霊を一人ぼっちにしないためにも、沢崎蒼空は霊能者になって久しぶりに本気でがんばってみることにする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ