1日目
俺、松竹梅は35歳でその生涯の幕を閉じた。
ゴールデンウィークという長い連休。どこかに出かけるでもなく、俺は見る時間もないのにひたすら買い続けていたAVを消化しながら自家発電にいそしんでいた。
積まれたDVDの山は軽く100を超え200に迫ろうとしていた。それを4日で消化しようとしていた俺はテレビ、自宅のデスクトップパソコン、仕事用のノートパソコン、ポータブルDVDプレイヤーを駆使して四つ画面でそれぞれ同時再生しエキサイティングしていた。
そして服上死……いやこれこそがテクノブレイクだったのかもしれない。最後に俺が見た風景はポータブルDVDプレイヤーの小さな画面に映し出されていた作品紹介の文字だった。
◆◆◆◆
「やあ、同志よ。ヤリすぎたようだな」
気が付くと俺は真っ白な部屋にいた。そして目の前には白い服に身を包んだ金髪のイケメンがこちらに話しかけてきていた。
「ラノベ流れで行くとアンタは神様か?」
そういうとイケメンはニコッと笑って一度頷いた。
この瞬間、俺の頭の中は「まじか……」という気持ちが3%、そして「巨乳美人でなくてもいい、のじゃロリじゃなくてもいいからせめて女神を出せ!」という気持ちが97%だった。
するとイケメン神様は俺の心を読んだように切り出してきた。
「ごめんね期待を裏切っちゃって……でも僕さ、君が十五歳で性に目覚めてからずっと君のことを見てきたんだよ」
突然のイケメン神様の告白に俺が顔を真っ青にして距離を取るとイケメン神様は慌てたようにして否定してきた。
「違う、違うって。全く同志はせっかちだねぇ、僕はそっちじゃないよ」
そう言って再びニコリと笑ったイケメン神様。
「僕はね、たまたま下界を見ていたら君がコソコソとAVを見始めたを目撃したんだよ。その時から僕はAVを見るのが楽しみになってね。神である僕なら人々の営みを見るくらいもできたし、撮影現場を直接みることもできたんだけどね。でもそれだと全然違うんだ生々しくて作品ではなかったんだ。だから世界で一番AVを見る男であるところの君のことを見守ることで様々な作品を見せてもらったわけさ」
「なるほど、それで同志ね。それで神様は同志であるところの俺が死んでしまったらAVが見れなくなるから生き返らせてくれるとか?」
俺は淡い期待を抱いてイケメン神様にそう言うとイケメン神様は少し残念そうな顔をして首を横に振った。
「できることならそうしてあげたいんだけどね、むやみに僕が下界に干渉することは出来ないんだ。だから僕がしてあげれることは同志に選択肢をあげることだけだ。一つは次の人生を裕福でなに不自由ないようにすること、もう一つは僕の妹が運営している異世界に送ってあげることだ」
「異世界で! 異世界でお願いします! 剣と魔法のファンタジー、チーレム主人公! 脱童貞!」
俺は考えることなく食いついた。
「同志ならそう言うと思ったよ。妹の世界は同志の期待通りの場所だよ、それに同志がたまに読んでいた本のように僕が多少力を与えようじゃないか」
そう言うとイケメン神様を取り巻いていたイケメンオーラが俺に向かって差し込んできた。
「これで同志は十五歳の頃まで若返っただけじゃなく、本物のイケメンに並ばなければ同志がイケメンのように見えてしまう雰囲気イケメンというスキルが付与されたよ」
そこまでするなら本物のイケメンにしてほしかった。しかしせっかく貰った力に文句を言うのも違うと思って俺は礼を言った。
「あと新しい世界の言葉や常識なんかも同志の脳みそに直接入れておいたよ、あとお楽しみのチートだけどそれは同志の好きそうなものを渡しておいたから向こうに行ったら確認しておいてね」
そういうと俺の視界が光に包まれていく。
「同志、本当に今までありがとう。最後のオマケに同志の部屋は片付けて死因も違うものになるようにしておくよ」
その言葉に俺は泣くほど感謝して異世界へと旅立った。
◆◆◆◆
俺は今、灰色のローブ姿でナンバ王国のサァンの街の近くにある平原にいる。なぜ場所がわかるのかと言えばおそらくイケメン神同志が俺の脳に入れてくれた知識のおかげだろう。
あいつはめっちゃいい奴だった。イケメンは敵だけどあいつだけは超特別な処置だけど許そう。
さてと、異世界に来たら最初にやることあるよね? みんな知ってるあれだ。さぁせーのでで唱えてみよう! いいかい? せーの!
「ステータスオープン」
・名前:マッツ(松竹梅)
・年齢:15(35)
・種族:人間
・レベル:1
・職業:魔法使い
・最大体力値100
・最大魔力値1826
・総合身体能力値300
・特殊スキル
雰囲気イケメン 本物のイケメンに並ばなければイケメンのように見えるオーラを常時放っている
透明化 透明人間シリーズでお馴染みの某AVに登場したクスリを飲んだ状態と同じく透明になりどんなものにも認識されなくなる
時間停止 時間停止シリーズでお馴染みの某AVで使われるストップウォッチを使った状態と同じく自分以外の時間を止める(時間停止の世界では使用者は年を取ることはない)
名前がなんであだ名っぽくなってんだよ。あとイケメン神同志……すごいよ、いやすごいんだけどさ……。
AVと同じだと透明人間認識されてるよな?たまに女優さんが避けたりしてるし。AVと同じだと時間止まってないよな?たまに女優さん動いたりしてるし。
一気に胡散臭い能力になってしまった、これは実験しないと使えないんじゃないな。
俺はとりあえず街に向かおうと向かう方角に視線を向けると――距離にして五百メートルほど先で馬車が襲われている真っ最中だった。
異世界に来てから一歩も移動せずテンプレを発見したのはきっと俺だけだろう。なんて落ち着いている場合ではない。
俺はすぐさま時間停止を発動した。時間停止に必要な魔力は使用者の時間で一分につき100だと俺の中の知識が教えてくれる、つまり今の俺だと18分が限界だ。
時間を止めた俺はすぐさま馬車へ駆け寄る。馬車の周囲では護衛らしき人と盗賊とで入り乱れている様子だった。正直どっちがどっちかわからない俺は馬車で荷を縛る縄を解いて狙われている商人らしき小太りの男と御者のほっそりした男を除いた全員から武器を奪いひとくくりにして縛りつけた。
心なしかピクピクしたり、移動させよう引いたり押したりすると素直に足が動いて妙に協力的だったりする盗賊もしくは護衛に「ねぇ、ホントは時間止まってないんだよね? 動けるんでしょ? ねぇ」と語り掛けながら俺は作業を続けた。
作業が終わった頃、俺の魔力は300台になっていた、時間停止の世界で十五分たったことになる。
俺は疲労に近い状態になりながら時間停止を解いた。すると縛られた盗賊や護衛達はわざとらしいほどすぐに自分の状態に気付いて困惑の声や怒声を上げている。
俺はその声を無視して襲われていた商人らしき小太りの男に「俺がこれやりました」とわかるように話しかけた。
「なんとか間に合ってよかった、大丈夫でしたか?」
「こ、これはあなたが?」
「誰が襲撃者かわからなかったのでつい……。それと咄嗟のことだったので荷を縛るロープをお借りしてしまいました」
俺が営業スマイルで答える。未だに何が起きたのかわかっていない商人はそれでも命が助かったことに安堵のため息を漏らした。
護衛と盗賊を一括りに縛ったせいで誰が護衛かわかった今でも解くことが出来ない。商人は御者に街まで行って駐屯兵を連れてくるように命令すると御者は馬を馬車から解いて馬に跨り街に走って行った。
落ち着いてきた様子の商人は御者の背中を見送ると俺に深々と頭を下げてきた。
「おかげさまで命拾いしました。まさか雇った護衛の倍以上の盗賊が来るとは思っていなかったものですから……あっ、いや失礼、私としたことが恩人に名乗りもせず。私はバルーモと申します、サァンの街で小さな雑貨屋を営んでおります」
「俺はマッツ、遠くの国より来た旅の者だ」
「まだお若いのに一人旅とは……。よほど腕に自信があるのですなぁ」
自己紹介から他愛もない会話へと発展した俺とバルーモは、そのまま御者の男が駐屯兵を連れてくるまで話し込んでいた。一度、宿を探さなければいけないと会話を切り止め先に行こうとしたが、ならばウチに泊まってほしいと懇願されたので甘えることにした。
やってきた駐屯兵達はバルーモに話を聞きながら盗賊の足に錠を嵌め、ロープを解いてから歩けない盗賊を捕まえて引いてきた牢付きの馬車に入れていった。解放された護衛の五人は俺のところに礼を言いに来た。一名の若い護衛が一括りにされたことが気に入らなかったようで俺に迫ってきたが他のメンバーに取り押さえられ説教されていた。説教が終わると最後にリーダー風の男が――
「なにが起こったわかったやつはいるか? いないだろう? つまりあれはそう言うレベルの強者だ。絶対に敵対するなよ」
――と言ってその場を締めた。
少ししてから駐屯兵と話し終わったバルーモが護衛と俺に出発すると告げに来た。俺達はサァンの街へと移動し、街の入り口に着く頃には夕暮れになっていた。
街に入るには門で手続きが必要らしいがバルーモが全てやってくれたので俺は犯罪歴を調べる水晶を触れるだけだった。
街に入り、バルーモが護衛に手紙を渡すと護衛はそれを持って大きな建物に入って行った。ギルドと呼ばれる仕事を仲介する組合の建物だ、俺もギルドに入るつもりでいたが今はバルーモについてバルーモの店まで同行することにした。
しばらく街を歩くと大通りではないがこの時間でもそれなりに人が通る通りの一角にある店の前で馬車が止まった。
バルーモが店の中に入ると数人の従業員らしき人が出てきて荷物を店の中に運び始めた。バルーモが店から出てきて従業員になにかを指示したあと俺のところまできた。
「お待たせして申し訳ありません。これから我が家に向かいます」
そういうとバルーモが歩きだしたので、俺もその後ろを追うようにして歩いた。
店からそれほど離れていない場所にバルーモの家はあった。商人だけあって街に入ってから見掛けた家の中では一番大きいがそれをバルーモに言うと「一等区にいけばこの家なんて馬小屋のようなものですよ」と謙遜でなく本気で言っていた。
家に入ると四名の四十代くらいのメイド達が出迎えてくれた。バルーモが「私の恩人だから精一杯もてなすように」と俺を紹介すると、メイド達は俺に深く頭を下げて感謝の言葉をそれぞれ言ってきた。内心「若いメイドなんてファンタジー世界でもファンタジーなんだなぁ」なんて思いながらその感謝を受け取るとメイドの一人の案内で客室へと案内された。
「夕食になりましたらお呼びいたしますのでそれまでお寛ぎ下さいませ。なにかありましたらテーブルの上の呼び出しベルを鳴らして下されば私が参りますので。それでは失礼致します」
そう言ってメイドは部屋を出て行き、居心地の悪くなるほど広い客室に俺一人になった。やることもないので自分の中に意識を向ける、残り魔力量は788。時間停止を使ってから時間が立ったからか少し回復していた。少しだけ試してみるか。そう思った俺は透明化を使用してみた。
透明化の消費魔力は時間停止よりは大分少なく一分につき30の消費だ。魔力が満タンの状態なら一時間は透明になれる、本来ならばこれも喜ぶべきスキルだ。だが俺はバモールの屋敷を一通り歩いてみて思った。絶対に見えてる。
部屋を出ようと扉を開けたらメイドがいたが独り言のように「どうして突然ドアが」と言いながら部屋の中を確認するわけでもなく閉めた。廊下の真ん中をこちらに向かって歩いていたメイドが俺とすれ違う時に避けるような動きをした、あえて肩だけぶつけてみたらキョロキョロしつつも明らかに俺に目線がロックされていたが首を傾げてからそのまま歩き去って行った。
イケメン神同志よ、どうてこんなに半信半疑になるようなスキルにしてしまったんだ……。
部屋に戻った俺が部屋の片隅で体育座りしながらスキルについて考えていると部屋をノックする音が聞こえ、この部屋まで案内してくれたメイドの声で夕食の準備ができたことが知らされた。
バルーモは独り身で屋敷には他にメイドと料理人と庭師しかいない。なので夕食に呼ばれてもいるのはバルーモと給仕をするメイド2名のみの静かな食卓だった。夕食中、バルーモに今後の予定を聞かれた俺はとりあえずギルドに登録してハンターになって見ようと思うと言うと、「なんと未登録でしたか! しかしその腕前で新人とは詐欺もいいところですな」と笑っていた。
夕食を終えて部屋に戻るとメイドが部屋にお湯の張った桶を持ってきた。服を脱がせようとするので丁重に断り、退室させて自分で身体を拭いてからメイドを呼んで桶をかたずけてもらった。
こうして俺は異世界での1日目を終えてベットに仰向けになり、状況は違うがとりあえず言ってみたくなったのでそれを口に出してから眠りにつくことにした。
「知らない天井だ」