05 忍び寄る悪夢
このDCPにおいて、技術、必殺技の習得方法には2通り存在する。
何方も既に本編で語った物。戦闘を経て得られるポイントを消費した物と、巻物を使って習得出来る物である。
ポイントを消費して習得出来る技術、必殺技は、ポイント交換一覧から効果を閲覧する事が出来るが、当然ながら巻物は出来ない。
だからと言って、ポイント産と巻物産を比較した時に、上位互換とは一概には言えず、要は用途に応じた利便性が有る物で、
「このイベントは『魅了』の必殺技だっけ?」
既に攻略班が流した情報を閲覧し、報酬の内容を確認。
どうやら魅力参照の集敵必殺技の様で、4と2には無縁の物だったらしい。
そう、「だったらしい」。
「さぁ!始まりました!決勝戦は豚鬼のナイトハルト対、狂人形のドロシー!!」
会場が盛り上がる中、少女と一匹は観客に混じって眺めていた。
娯楽の少ないこの村からすれば、強力と謳われる『次元の向こう』の種の異なる者同士の戦いは一種のお祭りになっている。
いつの間にやら屋台やら観客席などが村の外に出来上がり、中には賭けをする者まで。
まあ、盛り上がってる村人と打って変わって一匹は落ち込んでいるのだが。
そう、彼女は初戦で敗れた。
相手は小鬼。
見た目は貧相で、ファンタジーでは雑魚と扱われる魔物だが、このDCPにおいて見た目と強さは関係がない。
況してや相手はプレイヤー。未知の攻撃を警戒していたのだが、逆にそれが仇となった。
相手は状態異常を主とする変則型。
長所を押し付けず、守りに入ったリコリスは、最終的に状態異常の大行進となり、呆気なく敗れてしまうのだった。
多分、敏捷と体力の高さを活かし、短期決戦を挑めば、難なく倒す事が出来ただろう。
寧ろ相性的には楽勝のレベルだろうか。
今回、リコリスはガンガン行こうぜ!を覚えたのだった。
「まあ、別に全員がクエスト受けれるんだけどね。」
そう、別に先着順などではない。
全員が1度に受けて、達成する事が出来るのだ。
完全に無意味な戦闘である。
故に試合にも勝負にも負けたリコリスは、何食わぬ顔顔でクエストを受注。
事の成り行きを見ていたティティラには、白い目で見られたが。
と、言う訳で現在ニータナンケキに来ている1人と1匹であった。
「なんだか、不気味な場所ね。」
其処は、渓谷の通り、20メートル程の壁に挟まれた巨大な谷。
両側に有る山から染み出した水が、幾年も掛けて岩盤を削って出来た自然の要塞。
渓谷の上は木々が格子の様に重なり、下の小川は一切の光を反さない。
岩盤には気味の悪い苔や、無駄に痛々しい荊を彷彿とさせる蔓状の植物が、光と獲物を求めるが如く此方に向かって伸びている。
谷の幅は巨大種の異なる者を想定してなのかかなり幅に余裕がある。リコリスが両手を広げた状態で3匹は並走できるだろう。
正に危険地帯。
正直な話、此処序盤に来る場所じゃないよね?と声を大にして言いたいリコリスであった。
「ティティラ、この辺りに敵の気配は?」
「んー、奥の方、結構遠いかな!」
だからその大声は止めて欲しい。
彼女の背中にボリュームの調節機能を追加をお願いしたいリコリス。
まあ、問題は無いのだが、矢張り気になる。
「けど、こういった場所って、なんか、『出そう』よね…」
そう、リコリスは大のオバケ嫌い。虫などは別に気持ち悪いとは思うがその程度。
然し、オバケに関しては、夏に良くある特集を逆に事前にチェックして避ける徹底っぷりである。
ホラーゲームなどは以ての外である。
ティティラはAI故なのか、全然平気なのか判らないが、頭に「?」を付けるだけだが。
「こんななら、灯り持って来れば良かったかも。」
「有るよ?」
「出来した!」
と、言う事でやっと入口から出発する一行。
今回の目的は娘の保護、無意味な戦闘は出来るだけ避けて即座に帰るつもりのリコリスと、肝試し気分でワクワクしているティティラ。
因みに、事の成り行きは近所の子供達で、ニータナンケキに肝試しに来たらしい。
在り来たりな話である。
まぁ、RPG故に魔物は出る訳で。
「ひっ?!」
ティティラの技術『警戒』の管轄外から奇襲を掛ける魔物が。
それは後方から。
視界の利かない灯りの、彼女達から出来る影から忍び寄る者が。
「キシャァァァァアアアアアアアア!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!」
まるで黒板を爪で引っ掻いたかの様な音を立て、蕾から謎の粉を振り撒く植物。
それは身体の90パーセントが荊の様な蔓で出来た、移動性の肉食性の植物。
胴体と思われる球根から幾数もの蔦が地面を這い、開いた蕾の奥には、犠牲者と思われる鮮血とぐしゃぐしゃに潰れた手。周りに蔓延る荊達は、次の獲物を得た喜び故にか、呪いのダンスを披露する。
名を『這い寄る者』。
恐ろしさ故に、その魔物が出る一帯だけホラーゲームに区分が変わる、変態達の嫌がらせである。
尚、プレイヤーに忍び寄っては自爆特攻する緑のリフォーム業者とは、全くの別人。
話を戻そう。
まるで洋ゲーのゾンビ登場シーンを彷彿とさせるが、事態はかなり悪い方向であった。
プレイヤーのリコリスはパニックからの発狂。
SAN値チェックをすっ飛ばして未知の恐怖に飲まれてしまっている。
幸いながら高い体力で、這い寄る者の謎の粉末を無効化したが、本人が正気を失っている以上、何の役にも立たない。
そして種の異なる者であるティティラは気付いた。
気付いてしまったが正解か。
『警戒』は聴覚強化系の索敵技術。
音を立てずに忍び寄る這い寄る者とは相性が悪く、更に視界も悪い。
渓谷の壁面にある蔦が、全て這い寄る者だとすれば、絶望しか残されていないのだ。
だが、其処でティティラは諦めなかった。
まずは相方であるリコリスを精神b…正気に戻す。
厳密には飛竜とは言え、生物共通の弱点と言える顎に、焦り故の手加減無しアッパーを一撃。
顎を強打されたリコリスは、一時的な脳震盪を起こし一瞬意識を失った。
そして、我に返り現状をやっと理解する。
「おれは しょうきに もどった!」
「ふざけてないで逃げよ!!」
「あ、はい。」
奇襲に失敗してか、身を引いていた這い寄る者にティティラはショートソードで牽制。
灯りの範囲内では部が悪いと判断して、這い寄る者は直ぐに闇に溶け込んでしまう。
此処は完全に敵地。
つい先程、自分の勝ち筋を押し付ける事の出来なかったリコリス。
1度得た経験を無駄にはせまいと、相手を此方の戦場へ招く事にした。
「ティティラ!私に掴まって!」
「え?ひゃっ?!」
リコリスはティティラが掴まる、と言うよりは逆に捕まえて宙を舞う。
そう、彼女は飛竜。
地を這うポッチャリ系大蜥蜴では無くフライング大蜥蜴なのだ。
基本的に、街や迷宮などは行動可能域というの物が存在する。
RPGお約束。個人の家に不法侵入して、勝手に拝借などは出来ない様になっているのだ。
そして、この行動可能域だがX軸Y軸のみならず、Z軸にも存在する。
街などの建物の上に乗る事が出来ない様にの処置なのだが、今回の様な左右の壁に魔物が蔓延る渓谷などではどうだろうか。
当然、この行動可能域の制限には敵エネミーも引っ掛かる。
つまりはこのニータナンケキは渓谷の上部迄可動制限が存在しないといえる。
そう、空中は有翼種の戦場だ。
岩壁にへばり付いた這い寄る者は、舞う虫を捕まえるが如く蔦を伸ばし、ある者は粉末を飛ばす。
然し、敏捷11の飛竜を捕捉するには速さが足りない。
「よし、このまま女の子を救出してくよ!ティティラ、居場所は?」
「もっと先!」
渓谷は暗い。
然し聴覚を頼りに敵を探すティティラにとって、唯一音を出して逃げる存在は見つけるのは容易かった。
「近いよ!でもその後ろに這い寄る者の声がする!!」
「其の儘突っ込む!ティティラ、ぶった斬っちゃって!!」
リコリスがティティラの胴を、ティティラがリコリスの手首を離す。
地上3メートル程の高さから落ちた重力を足に。
小川の水が弾け、同時にティティラより小さな子供が横を通り過ぎる。
重力と云う大地のエネルギーを、其の儘必殺技『踏込み』へと変換。
脚から胴へ。胴から肩へ。肩から剣へ。
そして、剣に溜まったエネルギーを前方の化け物へと解き放った。
「やぁぁぁああああああああああっ!!!」
『踏込み』の効果は次の攻撃の威力上昇。
但し必殺技には派生出来ない制限があるが、通常攻撃も必殺技に匹敵した威力に。
そして何よりも。
「このままぁぁあああっ、『一閃』!!!」
通常攻撃は、瞬発の消費が低く、かつ待機時間がない。
即座に必殺技へ派生出来る連続攻撃となる。
刹那、少女を追い回していた這い寄る者の胴は、綺麗に卸され、地にひれ伏した。
瞬発を一気に消費したティティラは一息、息を整えて種の異なる者の名を呼んだ。
「リコリス、倒したよ!」
「うん、こっちも女の子は保護したよ。」
「じゃあ、帰ろっか!」
リコリスはティティラを乗せて飛び立つ。
渓谷を抜けた瞬間に可動制限に掛かり、見えない壁に頭をぶつけ、地に堕ちた事は言う迄もない。
何の為に自分達はニータナンケキに行ったのだろうか。
いや、確かに少女は助けれた事は喜ばしい。
あの少女の笑顔と、母親の喜んだ姿を見ればやり甲斐が有ったのだろう。
然し、其処に一切の生産性はないのだ。
「金金金って、種の異なる者として恥ずかしくないの?」
いや、そうじゃない。
けれど、改めて報酬を確認する。
『魅了』
必殺技であり、敵の注目を集める効果があります。
魅力が高い程成功率が上昇します。
「…要らないよね?」
「………」
虚無感に襲われる彼女達。
割りに合わない難易度、本来であれば少女救出イベントはもっと後に挑むべきものだったのだ。
苦労の割に見合わない報酬。
そもそも彼女達にとって無価値な巻物であり、且つ其れを譲渡、販売する事は不可能。
「先に進もっか。」
「…うん。」
その足取りは重い。
ずっとティティラのターン。
美味しく、しかもカッコ良く持って行ってくれる良い子。
それに比べてリコリスは…
で、今回の捕捉。
可動制限は云わば見えない壁。
流石に犯罪行為を冗長する事は出来ない故に当然の処置。
後は有翼種(リコリスの飛竜みたいな)が相手によっては詰み状態に出来るので設けています。
『踏込み』は本編の通りですが、
正確には次(踏み込んだ片足から半歩以内)に繰り出した通常攻撃の威力が+100%って効果の必殺技。
本編中(02の冒頭)では外れって言われてましたが、『踏込み《ディプレッション》』自体は瞬発消費量が少なく隙、待機がない優秀なバフ。
まあ、確かに使い所は難しいですが、何よりも警戒され難く踏み込んだ動作が絵になってカッコ良い。
こんなもんですかね?
次回、いつ会えるか分かりませんがオタッシャデー