02 嵐の様に現れて
ティティラの能力を確認後、リコリスは休憩かつ情報収集の為一度ログアウトする事にした。
ネタバレに注意しつつ調べて行けば、自身のキャラに反比例して味方の種の異なる者は強化、又は弱体化との事。
どうやらプレイヤーと種の異なる者の初期能力合計値は120。リコリスが操作キャラとなったワイバーンは初期値計80の強者に部類され、ティティラは実際40と少なめ。
尚、両極端な組み合わせは90と30らしい。
プレイヤーが低過ぎるという事は無いそうで最低が50との事だった。
あと、種の異なる者の空き構成は予想通り、プレイヤーの構成に合わせてランダムに決定。
但しプレイヤーが方向性を生産方面にしていたならば比較的強い技術、必殺技が選ばれ易いらしい。
実質、調べてみた所ティティラが持っていた技術、必殺技でハズレに部類されるのは、次の攻撃が強化される『踏込み』のみ。
一応詰みにはならなそうで一安心するリコリスであった。
「お帰りなさい!リコリス!!」
其れから再度ログインするのは2時間が経過した頃。戻って来ればティティラは満面の笑みでお出迎えをしてくれる。
現実では昼真っ盛りなのにこっちでは夜だった。
ティティラに聞けば8時間で日付が変わるとの事。
意外だが便利である。
では、早速ストーリーを進めようとリコリスは意気込む。
このDCPだが、フリーシナリオシステムと呼ばれる枠に囚われない自由な行動をする事ができ、プレイヤーの取る行動によって今後のストーリー展開が変化するらしい。
攻略班も全てを把握し切れておらず、分かっていない事も多々あるそうだが、生産職がこれから取れる行動は幾つか分かっている。
一つはグラシオの言っていた西の森へ行く事。
一つはグラシオに生産スキルの教えてもらう事。
もう一つはグラシオの言葉を完全に無視して別の場所に向かう事。
最後の一つは実は協会に行く前に回収できたイベントらしく、ティティラの助言を無視して行動していれば発生したらしい。
その場合、街の中を一定時間ぶらついていれば教会と呼ばれる団体から、ティティラが持っていた様な能力強化系技術を教えて貰える。
街の外に出ていたならば、師団と呼ばれる団体に、同じくティティラの持っていた『警戒』の様な戦闘補助を教えて貰えるらしい。
無論、全てのイベントを回収する事も、無視する事も出来る。
但し、全部回収の場合最初に行った場所のみがLv3らしく、他はLv1になるとの事。無視をしても特殊なイベントが発生する事は無い。
と、云う事で、この街の観光がてら残りの2つのイベントを回収する事にした。
まずは教会のイベントを終わらせる。
現実世界では狂信者と呼ばれるが、こっちの世界ではその様な過激なイメージでは無い。
その教会の根源はプロローグで少女と子竜の話に登場した古の伝説竜を崇めるモノで、その古の伝説竜が世界を護っている。らしい。
尚、ネット住民がパートナーである種の異なる者を視姦して楽しむ変態行為は全く関係がない。
そんな教会だが、イベントの発生条件は曖昧らしく、ある者は道に迷っていた所を助けて貰ったと言い。ある者は行き倒れを見つけたら其れが教会だったと言う。
つまり、分からないのだ。
「まあ、イベントが起こる迄暇だし、街をぶらぶらするのも良いかな。」
リコリス本人は其処までイベントの必要性を感じていない為、「起これば良いな。」感覚でティティラと共に買い食いを行う事にした。
ティティラは、この街の出身では無く近くの村から上京してきたらしい。
故に当分は暮らせる程の金額を有しており、買い食いなどへっちゃらと言っていた。
因みに、プレイヤーがログアウトしていた場合、種の異なる者は、通常のNPCと同じくきちんと宿で休眠を取り、食事もしっかりと取っている事を目撃されている。
対してプレイヤーであるリコリスだが、当然ながら無一物だ。
言わば、少女の完全な紐。
彼女の微妙に高いプライドはズタズタにされた。
其れで、実際に奢って貰った訳で、この世界は矢張りゲームだと実感出来たのが大型チェーン店が出店をしていた事である。
これはチェーン店が広告料を支払い、其の儘の味を再現してゲーム内で食べる事が出来るのだが、矢張り其の建物や露店は周囲のお店よりも目立っているのだ。
大人の事情。流石大人汚いと言わざるを得ない。
「ん?」
そんな、妙にリコリスに精神的ダメージが入った食べ歩きをしている事早1時間。
薄暗かった空は東から太陽の光が覗き、朝日を見る機会の無い凡人には意外にも新鮮に感じられた。
が、良く見ると丁度東に伸びていた道から、やけに神々しい集団がゾロゾロとこちらに向かって歩いて来るのだ。
其れも迷惑極まりなく、只でさえ広い大通りの半分を占める徹底ぷり。
更に何処が神々しい。
頭が。
もし、此れがランダムで発生する教会のイベントならば、相当運営は頭が逝かれているだろう。
美味しいか。美味しくないかを問われたら美味しいが、別に実況プレイをしている訳では無い。
通常ののんびりプレイを楽しむつもりだったリコリスには、この少々刺激が強過ぎるイベントだった様で。
「ティティラ!逃げるよ!!」
「あ、うん。」
あれはヤバイと本能で拒絶してしまう始末。
受けを狙ったのだろうが、相手にドン引きかつ逃走されたら本末転倒。
後に、この謎イベントはDCPの黒歴史として抹消される事を彼女は知る由もない。
リコリス達が逃げた先は街の外だった。
振り返ってすらいなかったので追って来ているかは分からない。
だが、来ていたなら運営へのダイレクトメッセージでクレームも辞さない覚悟であった。
「っと…此処は?」
そして我に還る。
自身がいつの間にやら街の外に出ている事に。
辺りを見渡せば完全な樹海。
草木は生い茂り触りだけ見てきた攻略情報の雑魚魔物に部類される「頭種」が、梅干しの種の様な体を転がして移動している。
「もしかして、此処が西の森なのかな?」
このDCP、エリア移動による読み込み等が一切無いオープンワールド型のゲームである。
更には自動マッピング機能は無く、現在地を確認する方法も無い為方向音痴には若干難易度が高いゲームとなっている。
まあ、今回に関しては闇雲に逃げていたリコリスが悪い訳で。
「こんな右も左も分からない所が正規のルートなのかな。」
完全に迷子になっていた。
因みに、このDCPだがオンラインゲームにしてはPvP要素が強く、戦闘禁止区域である街やセーフゾーン以外では他のプレイヤーから襲われる危険性がある。
これは、プレイヤーが魔物な為、当然と言えば当然な事。
勿論ながら同レベル帯でサーバー分けをされており、初心者狩り等の悪質な遊びは出来ない様にされている。
更に、DCPではPvPによるデメリットは一切無く、勝利時には相手魔物の素材を。敗北時にも戦闘開始前の状態に戻される親切設計なのだ。勿論、同じ相手を執拗に追い回す迷惑行為も、戦闘終了後にサーバーを移動させら、悪質な場合はシステムで自動的にブロックされる事で防止されている。
「だから何だ?」と云う話ではあるが、要約すると彼女達以外にもプレイヤーは同サーバー内にいると言う事である。
そう、気が付いた時には既に遅かった。
「リコリス!危ない!!」
「え?」
今迄誰とも出会わなかった事。街の外へ出たと云う認識が薄かった事もあり、リコリスは自身の後方から迫り来る存在に先手を許してしまった。
後方より突如空を裂く手槍の一閃。
彼女の甲殻の隙間を見事に狙わんが放たれた攻撃が、ガラ空きの背中を襲う。
だが、幸いな事に。無能なプレイヤーの相方、本人が馬鹿だと驕っていた種の異なる者は優秀な技術『警戒』を有しており、敵の奇襲を防ぐ事に成功する。
「ぐっ…!!」
不意の攻撃に見事反応し、技術『防御』で槍の軌道をスレスレで弾く。
先程まで無かった筈の背中から突如抜かれたショートソードが、金切り音を上げていた。
「ティティラっ!?」
やっと我に帰るリコリス。
然し、攻撃を弾いたと同時に衝撃で後方に大きく下がったティティラに目を奪われ、敵の追撃を見ていなかった。
「喰らえ!デカ物!!」
視線を戻すと、迫るのは霞んだ錆色の槍の先端。
其れは、既に回避不可能な領域に達していた。
一瞬の暗転。
ゲーム故に痛みは感じないが、脳が揺さぶられる様な衝撃に咄嗟に何が起こったのか理解出来なかった。
意識を取り戻した時には、右半分の視界が文字通り目に見えて欠けていた。
右眼に映るのは己の能力画面。
生命は半分近くまで削られ、状態異常には『盲目』の文字が怪しげに光る。
左眼には、槍を放った張本人で有ろう。羽音を立てる大きなスズメバチ。
6本の内、2本の前足を器用に使い、闘技場で見た様な無骨な短槍を構えている。
これは明らかな劣勢。
ヘッドショットを、更に言えば生物の弱点とも言える眼を的確に突いた攻撃を耐えられた事自体が奇跡だが、この状況を巻き返す程の奇跡を起こせる気がしない。
恐らく、種族的に能力的にはこちらの方が高いだろう。
だが、的確に急所を狙えるプレイヤースキルを持つ相手に、戦闘自体初めてなリコリスが相手出来る筈が無い。
血で紅く滲んだ顔を、ツゥと汗が流れ落ちた。
プレイヤー同士の戦闘において、何よりも必要なのは手札である。
勿論、能力による優劣は存在するものの、相手の予想だにしない攻撃は、相手の生命を的確に削る手段なのだ。
リコリスは最悪の状況だと仮定し、空き構成が整った敵だとする。
確か蜂『特攻蜂』は能力60族のスピード・テクニック型。
攻撃前の気配を感じさせなかった攻撃から、隠密系技術や不意打ち系必殺技を持っているのだろう。
短槍を持つ事から槍術技術を持っている事はほぼ確定。
職種技術で賄っているとしても、補助技術に割かない訳が無いから、推測だが有って4枠。
一瞬だけ見えた視界には槍の先端のみ映っただけで、特攻蜂の姿はなかった。
故に槍を投げた事が考えられ、其れが必殺技の一部だと推測した。
では、後の3枠は何だろうか?
相手プレイヤーがこのゲームを知り尽くして居るのだとすれば、リコリスの様に器用貧乏なスキル編成にはしないだろう。
と、言うよりも能力に余裕のないキャラで数役をこなす事は持久や瞬発、何よりも生命が足りない。
つまり、あの特攻蜂は暗殺などの不意打ちに特化した技術編成と推測できる。
1つは欠点を埋める技術かも知れないが、残りは全て暗殺系の技術、必殺技で有る事は間違いない。
「ティティラ!防御に徹して!!」
ならば、此方に出来る手段はある。
まず、プレイヤースキルを有した上位者相手に健闘する能力は、リコリス達は持ち合わせていないのだから相手を倒す必要はない。
ティティラの能力の低さは心配ではあったが、あくまでもアイテムのドロップはワイバーンが行うのだ、邪魔では有ろうが優先して狙われる理由はない。
だから諦めて貰う。
無駄に持久を消費させ、面倒な相手だと思わせれば其れで良いのだ。
だが、彼女は忘れていた。
種の異なる者がいるのはじぶだけではないという事を。
「離れろ、リュー!!」
リコリスの後方。突如上がる声に前方への集中が切れた。
視界の端に映る、離脱する特攻蜂の姿を見た瞬間に、不味いと思ってしまった。
「強打!!」
響く、変声期の過ぎていない男児の声。
同時に後頭部を殴打した大斧が弾いた振り子の様にその場に残る。
生命は一瞬で底を尽きた。
ダメージのエフェクトからクリティカル扱いだったのだろう。ワイバーンの身体は騒音を立てながら地にひれ伏せ、動かなくなる。
『プレーヤーが戦闘不能になりました。30秒後に戦闘開始前の状態に戻ります。』
脳に響く女性の無機質なアナウンス。
第一者視点から第三者視点に切り替わった視界で、自身のボロボロな身体に唖然する。
大地は、赤い水溜りで侵食されつつあり、
先程の攻撃で後頭部から、首の、胸元までの装甲の様な鱗は割れ、真っ赤な身が所々で顔を覗かせている。
どうやら、ティティラには執拗な攻撃はしない様だが、復活を恐れてか彼女を近寄らせようとはしない。
完全な敗北であった。
補足
特攻蜂の奇襲で一撃で戦闘不能にならなかったのは運ではなく仕様です。