coffee or tea?【画像あり】
◆デリリウム・トレメンスさまより、とっても素敵なイラストを頂戴しました! ほとんど外見描写がないにもかかわらず、何ともイメージぴったりの絵に非常に驚きました…… 喜びのあまり、またもSSです。
デリリウムさま、そしてじいちゃんファンの皆さまがお楽しみいただけたなら何よりです。ありがとうございます!!
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彼(香取正人)視点
土曜日の昼下がり。喫茶の時間も終わりに近づく頃、注文を受けたばあちゃんが厨房へと顔を出した。
「ランチセット……今日は、コーヒー」
プツ、とボードに注文表を貼りながら、少し悔しそうに告げるばあちゃん。それだけで客が誰か分かってしまう。
「正人」
「ん、やっとく」
夜営業の仕込みがあらかた終わった俺に、じいちゃんは言葉少なに鋳鉄のホットサンドメーカーを差し出して、いそいそと手を洗いエプロンを軽く直す。
配膳台でカチャカチャとトレイや皿を準備するばあちゃんが少しむくれているのも見ないふりで向かう先は、客席に面しているカウンター……その背中がなんとなく浮かれているのは、俺とばあちゃんだけが知る事実だ。
「……何も張り合わなくても。体調とか気分とかあるんだし」
「だって、やっぱりちょっと悔しいじゃない」
ばあちゃんが視線を向けたのは、厨房の窓から見えるサンルーム。そこには、いつもの席に座る彼女――千耶子がいた。
彼女の会社は週休二日だが、自営業で土日に連休のない俺とは当然ながら休みが合わない。せっかく恋人同士になったというのに、こうして店に来てもらうばかりでろくにデートもできていない。自分としても歯痒いし申し訳なくも感じるが「このお店が好きだからいいの。チャコちゃんもいるし」と微笑んでくれる彼女に甘えてしまっている。
二人での外出は、彼女をアパートまで送るのを口実にした閉店後の深夜ドライブばかりで、陽の下の彼女の印象は店のサンルームで固定されてしまっている。そこにある俺の焦りを知ってか知らずか、ばあちゃんとじいちゃんは別次元で彼女を取り合っていた。
「今日は、おばあちゃんの出番だと思ったのよぅ」
ランチセットにはコーヒーか紅茶がつく。紅茶ならばあちゃんが、コーヒーならじいちゃんが淹れるのだが、彼女に構いたくて仕方がないこの二人は、毎回どちらが選ばれるかで地味に争っていた。
「紅茶じゃなくてコーヒーの気分だったんだろ」
「違うのよ。おじいちゃんのお誕生日がもうすぐって教えちゃったからよ、きっと」
だってこの前もコーヒーだったもの、と口を尖らせるばあちゃんに苦笑いだ。
俺と同類でガタイがよく強面のじいちゃんは、口数も少なく威圧感を与えるタイプ。肝が座っているのかそっち方面には鈍いのか、彼女はそんな俺らを初見から怖がりもせずにいてくれる。後から聞いたら、工務店勤務という仕事上、割とやんちゃな外見のお兄ちゃんたちとも仕事で一緒になることも多いからかな、と首を傾げていたが。
この前、やたら顔のいい俺の同級生とこの店で偶然会った時もいつもと変わらない態度だったから、要はあまり外見を気にしないんじゃないかと思う。自分はあんなに可愛いのに。
「――はい。マサくんが運ぶでしょ?」
最後にフォークもセットしたトレイを配膳台に置くと、これおばあちゃんからと、皿の陰に飴玉をこっそり置いていた……小学生じゃないんだから。
焼きあがったホットサンドを二つに切って皿に乗せる。ほかりと湯気の上がるそれを持って常連客だけになった客席側に行けば、カウンターから漂うコーヒーの薫り。ちょうどじいちゃんも淹れ終わるところだった。
ドリップが終わったサーバーをくるりと揺らして、温めたカップに注ぐ。無言で差し出されるそれは、砂糖なし、ミルク半分付き。すっかり彼女の好みを覚えているじいちゃんは、実はこっそりブレンドも変えてその都度挽いている。特別な客だけにするこのこだわりに、彼女はきっと気付いていない。じいちゃんも言うつもりはないようだ。
最後にカップにちらりと目をやると、満足そうに小さく頷いて厨房へと戻っていく。入れ替わりにカウンターに来たばあちゃんに後を任せ、俺はサンルームへ向かった。
「ああ、今日もいい香り」
ホットサンドも熱いうちに食べたいけれど、と惜しそうにまずはカップを手に取る彼女。口元がずっと笑みの形なのは、彼女の膝に半身預けて転がるチャコのせいでもあるだろう。
一人でごめんね、と言いながらこくりと美味しそうにまずはブラックでコーヒーを味わう。やっぱり違うと呟いて、会社近くの喫茶店の話をした。
「お昼に先輩と行ってね、美味しかったんだ。美味しいんだけど、何か違うの。やっぱりおじいちゃんが淹れてくれるのが一番好き」
「それ言ってやって。喜ぶから」
「うん。カードにも書いた」
「カード?」
カップを戻すと、ちらりと隣の椅子に置いた紙袋に目をやる彼女。ホットサンドを持ち上げながら、少し照れ臭そうに笑った。
「お誕生日、昼間は仕事だし、残業になったら夜も難しいかもだから、プレゼントお願いしていってもいい?」
当日、店に来られなかったら渡して欲しいと預けられたそれは、
「……中身、聞いても?」
「うん、エプロン。色も焦げ茶で普通の形だから、使ってくれるかなあって……ちょっとだけ、リメイクしたの」
頬を赤くしてホットサンドを口に運びながら、すごく上手なわけではないけど手芸とか好きだったから、と。
「へえ、リメイク。イニシャルとか?」
「ま、まあ、そんな感じ。あのね、気に入らなかったら無理しなくていいからって伝えてね」
「分かった。そんな事はないだろうけど一応言っておく」
へへ、というふうに微笑んで、もぐもぐ食べる彼女。おいしい、と何度も言われてこっちまでつられて頬が緩む。そんな彼女は相変わらず光の中で――俺にとってサンルームはもうずっと特別な場所に変わっていたことに、今更、気が付いた。
・・・後日談・・・
「おじいちゃん、ずるいわ」
「ばあちゃんの誕生日は来月だろ? そもそも俺だってまだ先だし」
「着るのは明日からでいいのよ。ほら、汚す前に脱いで――って、おじいちゃんっ、どこいくのっ」
「満足するまで着せとけば?」
「もう、喜んじゃって。いいなあ、おじいちゃんってば。あのアップリケ……」
そんなこんなで、その翌月。
喫茶「香」、昼の二人のエプロンはお揃いになったのでした。
(イラスト:デリリウム・トレメンスさま)
* * * おまけ(二人の会話の続き)* * *
「――で、休みは取れそう?」
「あ、大丈夫。ちょうど一山越えたところでね、また忙しくなる前に、今のうちに有給取れって言われているし」
この店の定休日は月に一度だけ連休になる。彼女がそれに合わせる形で、今回休みを都合してくれることになっていた。初めて二人きりで遠出ができそうだと、この歳になってまるで遠足を心待ちにする子どものように感じてしまっている。
どこに行きたいかと聞けば、ある水族館の名前を出された。ここなんだけど、ホームページを開いたスマホを渡される。……こうして用意してあるところをみると、彼女も楽しみにしてくれているのだろう。単純にもそんなことに高揚する。
「お姉ちゃんが前に行ってすごくよかったって言ってたから、一度行ってみたくて。でも、少し距離があるから正人さん運転大変かなって」
「気にするほどの距離じゃない。けど、せっかく行くんだし夜のも見るか?」
同じ県内にある割と有名な水族館で、遠くからの観光客も来るところだ。そして、数年前から始めたナイトツアーを売りの一つにしていた。サイトにもしっかり載っているその案内ページを一緒に見るように隣の席に移り、彼女の膝からチャコを抱き上げる。
その手に軽く不満そうに喉を鳴らされるが、お構いなしに撫でれば腕の中に落ち着いた。この二人、仲が良いのは構わないがちょっとは譲ってほしい気持ちが半分と、少しの緊張を紛らわすためが半分。
「そうすると、向こうに泊まりになるけど」
「……!」
なんとかさも当然のように言った俺に言葉を詰まらせ、ぼっと音が出るくらい赤くなった彼女の目が泳ぐ。断られるとは思っていないけれど、言質は取っておきたいのは男の我儘か。
沈黙は耐えられなくて、返事を急かした。
「千耶子?」
「え、えっと、あ……はい。見たいで、す」
「ははっ、敬語に戻った」
「や、やだもうっ……」
安堵を誤魔化して言葉遣いを茶化せば、そのまま涙目で横を向いて食事を続行する可愛い彼女。
「いつも近場ばっかりだったし。休み合わせてやれなくてごめんな」
「そんな、だって、私――あの、」
正人さんと一緒ならどこでも、とか、あんまり煽らないで欲しいと切実に思う。ここが店のサンルームだと忘れそうになる。思わずチャコを抱く手に力が入ったらしく、にゃ、と抗議の声で鳴かれて自分の元から逃げ出してしまった。
彼女の膝に舞い戻ったチャコは満足そうに甘えて――照れ隠しにチャコと戯れる恋人から視線を剥がすのに、また苦労したのだった。
(おまけ初出:20170928 web拍手御礼小話に微修正)




