私と猫とサンルーム【画像あり】
◇遥彼方さまより千耶子とチャコのイラストを頂戴しました! 嬉しくてずっと眺めていましたら、つい書いてしまいましたので、そっと追加させていただきます。
遥彼方さま、可愛い二人のイラストをありがとうございます! このSSをお楽しみいただけますように……!
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花火大会の最後を締めくくるのは、これでもかというほどの光と音が乱舞する速射連発。私は「スターマイン」っていう花火の種類だと思っていたら、実は「次々と連続で打ち上げる」という、打ち上げスタイルのことを言うそうだ。お祭りの準備をしている時に、甥っ子さんが花火職人だという副支店長のトリビア披露で初めて知った。
何でこんなことを思い出しているかというと、花火の途中の記憶がないからだ。開始の割り物は見た。可愛らしいハート形や、海の町らしいイルカが輪くぐりをする花火も見た。そのあと、まあ、色々あって、ふと我に返ったらフィナーレだったというわけだ。
繋いだ手はそのままに公園を後にする。正人さんの雪駄のチャリ、という音と私の下駄のカラコロという音が混じるのが、なんとも言えなく気恥ずかしい。ところで手汗は大丈夫だろうか、お互い様ということで勘弁してほしい。
下駄は私の足に合わせて鼻緒をすげてもらった上、近所にちょっと出かけるときや洗濯物を干す時なんかに慣らしで履いていたので、痛くなるようなことはなかった。でも流石に昼前からずっと立ちっぱなしで足はもう棒のよう。車でアパートまで送る、と言う正人さんの申し出にありがたく頷いて「香」へと向かうことになる……正人さんも朝からで疲れてると思うのに。最初っからこんなに甘やかされていいのだろうかとも思うけれど、ちょっと断れないような雰囲気でもあった。
「あ、そういえば正人さんのお店も屋台出してましたよね」
行けなくて残念だったと言えば、自分もほとんど顔を出していないと笑う。準備と食材の仕込みはやるけれど、毎年スタッフ達がメインで張り切っていて、正人さんの出番はほとんどないそうだ。
「香」の夜スタッフは専業の人もバイト君たちもみんな、食べることと料理が大好きな人たちばかりだから、こういう時もノリがいい。すっかり常連の私は食べ物の好みも知られていて、好きそうな食材が入っていると教えてくれたりする、いい人たちだ。
今頃はほぼ終わっているんじゃないか、と正人さんが言った通り、お店の前はあらかた綺麗に片付けられていた。仕事が早い。
おばあちゃんもおじいちゃんもまだ戻っていないようだったので、正人さんは私をお店のサンルームに案内してエアコンをつけると、車の用意をすると行ってしまった。椅子に腰掛けると何やらどっと疲れが出て、テーブルに突っ伏してしまう。
流石に浴衣のままだと運転しづらいんだろう、これでも飲んで少しだけ待っていて、と渡されたよく冷えた瓶入りの炭酸水が喉に心地良い。
小さいソーラーパネルがついたガーデンライトに照らされた中庭をぼんやり眺めていると、ニア、と小さな声が聞こえた。
「チャコちゃん」
小さく鳴きながら歩いてるのはご機嫌なとき。飼ったことがないから合ってるかどうかも分からないけれど、尻尾をピンと立ててこちらに向かってくるチャコちゃんは今日も可愛い。少し屈んで手を下におろして呼べば、私に気付いて寄ってきてくれた。前足の付け根に両手を入れてよいしょ、と持ち上げる……重いわけじゃないけど、落としちゃいけないと思うとつい口から出てしまう。
胸に抱き込めば今夜もやっぱりふわふわで。前足を肩に預けさせて頬と手でナデナデしていたら、足を突っ張ってぐいん、と身を起こされた。
「んん? どうしたの、何か気になる?」
しきりに中庭の方に顔を向けるので、椅子から立ち上がって窓辺に寄る。黄色く暖かい光に所々照らされた中庭は、綺麗だけど特に変わったところもなく静かなまま。
「……虫か何かいたのかな」
猫の狩の本能を刺激するらしいし。外が見えたら満足したのか大人しくなったので、そこから動かず立ったまま二人で外を眺めていた。そうしたら、ふと思い出してしまった……さっきまで見ていた花火のことを。
――正人さんが、私のこと。私も、正人さんのことを。
「〜〜っ、チャコちゃ〜んっ」
思い出すと今でも顔が熱くなる。自覚したのもついさっきなので、どうにも自分の中で収拾がつかない想いが溢れていそうで、やたらと恥ずかしい。せめて何か紛らわそうと肩口の柔らかい毛玉に顔を埋めようとしたら逆に首元にスリスリってしてくるから、もうダメだ。いろんな意味でやられっぱなし。
可愛い、恥ずかしい、どうしよう、嬉しい、あったかい、でもやっぱり――
「ちやこ」
「はい「ニャア」」
呼ばれて振り返る私とチャコちゃんの返事が重なる。シャツとジーンズに着替えた正人さんが、少し驚いた顔で立っていた。え、呼ばれたの私? それともチャコちゃん?
「って、え、正人さん、あの、どっち?」
「え、あれ?」
目元を染めていく正人さんを見ている私は、きっと首元まで赤い自信がある。楽しそうなのは私の腕の中でゆったりと長い尻尾を揺らすチャコちゃんだけだ。
微妙な沈黙の中、浴衣に当たるパサリパサリという尻尾の音だけがサンルームに響く。前にもあったようなシチュエーションに胸がほわりとくすぐられる。
「……ふふっ」
なんだかおかしくなったら、正人さんもつられたみたいに笑いだした。つ、と目の前に大きな手が差し出される。見上げれば、いわゆる強面なのに柔らかい目元。
もう一度トクリと胸が鳴る。
「――行こうか」
「はい」
片腕にチャコちゃんを抱いて、もう片方の手を繋いで――私たちはサンルームを後にした。