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君のいるべきでない街、花を追いかけて

 最後の期末試験期間に突入した日曜日、卒業旅行の計画が気になって、さぁちゃんをカフェに誘おうとメールを送ったら、こんなやり取りが展開された。


『なぜに川崎?』

『安くんのお家があるから。あと、行ったことのない街だからね。興味あったのよ♪』


文面を見た瞬間、スマホを投げつけたくなった。

「嘘じゃん……」

思わず呟いた。

さぁちゃん、どんだけ男にとって都合がいいんだよ……私の知る限り、さぁちゃんは男性とどこかに出掛けたことなど皆無に等しい。

「あんにゃろぉ……」

 自宅で一人、枕を殴りつける。朝から気分が悪すぎる。安の地元で安とデート!? まだ出会って一週間くらいだろ!? 展開早すぎねぇか!? せめて男とデート行くならもっと上質なのを選んでよ。安だぞ。ただの品のない男子だぞ。何が良いんだよ!? 何が良くて安と川崎なんだよ!? そんなとこ行かなくても色々あるじゃん!

 

 なんだかもう、とにかく、居ても立ってもいられなかった。


 中央線と湘南新宿ラインと南武線を乗り継ぐ。中野から川崎は結構時間がかかる。人が多いのは東京の常だけど、ただ単に人が多いだけだから困る。私もそういう「ただの人」の一人だけど、綺麗なものを知っているからこそ、そういう現状を憂いでしまう。例えば、車両ドアの上にある案内表示のニュースには読モのような大学生が台本通りの天気予報やら星占いをナビゲートしているけど、さぁちゃんのほうがよっぽど、みんなのアイドルにふさわしいわ。

 そんでもってたどり着いた川崎の駅舎は何というか、何やら特有の美意識を感じる層もあるかもしれないけど、やっぱり私は吉祥寺が好き、素敵。

 さて、さぁちゃんが安と買い物デートをしているという川崎駅前の巨大な商業施設の入り口に立つ。大きな広場を中央に設け、それを取り囲むように料理店やらアパレルやらが居並ぶ。『さぁちゃん~。どこだぁ!? 私、実は家族とたまたま川崎に来てるよぉ~』

 鈴木家にそんな家族団欒が存在する訳ないんだけどね。


 さぁちゃんからの返信は早かった。

『ええ!? 政子も来てるのぉ!? 来て来てぇ~。ここどこだろ? 本屋さんっぽいとこかなぁ』

 本屋さん以外に本屋さんっぽいとこないだろ、というあたりにさぁちゃんの学力の非力さを感じる。いや待てよ。サブカルチャー系ならそういうとこもあるぞ。実はさぁちゃんはお気に召さないであろうとの私の判断から、そこへ連れていくのは見送った経緯があったけど、あの本屋さんっぽい雑貨屋さんとだったら、安の下衆い知識もある程度活きる。エスカレーターも靴音を響かせ、私は急ぐ。さぁちゃんに変な知識が入らないうちに。さぁちゃんに粗相がないように。

 

 その本屋さんっぽい店舗の入り口にはなぜかファミコンが置かれていて、レトロゲームが試せるようになっていた。某ネコ型ロボットの着ぐるみに波平型のカツラを装着させられたダビデ像が出迎える外観はサブカル拗らせた感が、私はどうしても相容れない。こんなの、どこが良いんだろう? 黄色い楕円形の年齢制限マークが貼られた書籍まで、いたいけな幼児ですら一直線で侵入できる店内の導線もどうか思う。

 大人買いの象徴みたいな三十本くらい入りのうまい棒の袋に少しだけ時めいていると、恐らく私しか感知できないであろう、さぁちゃんっぽい雰囲気が立ちこめていた。このさぁちゃん感はどんな言葉で説明すれば良いだろうか? 難しいが、一言で言えば良い匂い。絶妙なバランスで吹きかけられた香水のよう。

「おーい、さぁちゃん~!」

 さぁちゃんを拉致った安は、あろうことか私の苦手なサブカル系の書籍が林立する一角にいるではないか!? パッと目に入るだけでもう住む世界が違う。さぁちゃんには必要のない言葉が並ぶ。エロもグロもナンセンスも、清楽館には存在しない。

「あ、君はこないだの。ど、どうも」

 しかし、そこにいたのはあの下衆野郎、安高志だった。

 安とさぁちゃんがデートだなんて、人としての質の高低差ありすぎて耳キーンとなるわ。

 安なりに、気合いが入っているのだろう、合皮のジャケットの下にエアリズム、デニムにデッキシューズ。全然噛み合ってねぇなぁ。

「あんた、とりあえず、さぁちゃんはどこにいるの?」

「ああ、そこの棚の裏側で、写真集を立ち読みしてるよ」

 私は安を押し退け駆け寄ると、そこにはチェックのスカートに本皮のジャケットを羽織った、大人チックなファッションのさぁちゃんがいた。

「あら、政子じゃん」

 さぁちゃんが手に取っているのは、日本の祭事におけるモニュメントを収載した写真集だった。それがと私の視界にちらりと入るなり、私は体中が熱くなった。

「え!? ちょ、ちょいこの変な形の岩は何なのよ!」

 少し変わった形のその岩は、東海地方の某神社にあるらしい。

「ああこれ? 変わってるよね。そして無駄にエロい。

 この写真集、刺激的でめっちゃ面白いよ! 今度政子にも見せてあげるねっ♪」

 安はサブカルに開眼したさぁちゃんの肩を小突いたりしていて、さながら二人は美女とハイエナ。納得できない。

「あ、あのさぁさぁちゃん。ちょっと私、恥ずいなぁ」

「政子は照れ屋さんだなぁ」

 いやいや、さぁちゃんが強すぎるだけだよ。現に私達をちらちら見ている人が数人いるし。美少女とサブカルなんてそれこそ二次元の世界におけるフィクションのようなものなんだから。

「そうだ安くん、政子。ちょっとお手洗いに」

 さぁちゃんはよほど我慢していたのか(多分違う、私の精神による感じ方の問題だと思うわ)、一目散にトイレに駆け込んでいった。


 私と安が二人きりーー


 ただそれだけで空気が気まずくなる。

「明葉さんの学校の友達なんだよね」 

安が生意気にも対等なコミュニケーションを図ろうとするのが腹立たしい。

「そうだけどぉ……」

 なんでか、声が上擦ってしまった。

安ごときになんで……悔しいよ。

てか私が男子と会話したのいつぶりだろう? 清楽館は女子高だし。

「明葉さんは学校でも、あんな感じなの?」

「あ、あんな感じって、どんな?」

 私のオーソドックスな切り返しに、安はことのほかだじろいだ。

「な、何というかぁ。パッと見はふわふわだけど、結構何にでも興味持つ、天真爛漫と言うか、僕もまさか明葉さんがハマるとは思ってなかったし、あの子は本当、玩具箱みたいだね。一緒にいて飽きない」

 徐々に饒舌になっていく安の鼻をどこかで折ってやらねばなるまい。

「そうだよ。さぁちゃんは可愛くて面白い。勿論モテモテだね」

 安如きがさぁちゃんにどうにかこうにかできるはずがない。さぁちゃんには白馬の王子様がガチで似合う。さぁちゃんはそれほどまでに凄い人なのだから。

「そうなんだ。だろうね」

 安はあからさまな溜息をついた。こいつ、今ほんの僅かだが意味のない期待をしていたのだろうか? 本当に愚かな野郎だ。

 一気に攻勢をかけよう。

「ちなみに安くんはさ。あの時何で声をかけたの? あのガレットの店はどうやって知ったの?」

 ナンパなんて香具師なこと、安にできるとは思えないんだけど。

「僕は、スイーツ部なんだよ」

 発言の意味と趣旨が両方理解できない。

「はぁっ!?」

「純粋にね。スイーツが好きなんだよ。その活動の一環として」

「男子だけで? 男子校なの?」

「ううん。共学」

 よし、安が墓穴掘りやがったぜ。

「共学? じゃあ

女子はスイーツ部に来ないの?」

「ええそうまぁあのぉ~」

「てかどこに住んでるの? 何って言う学校なの?」

「この近くにある県立高校」

「後であんたの名前でエゴサーチしてやるわ。スイーツ部なんてないんでしょ? 女の子目的とかじゃないの? じゃないと、声掛けないじゃん」

 私の指摘に、安はねっちょりした髪に手を当て落ち込んだ。

「そ、それはぁ……」

「うちのさぁちゃんに気安く声かけないでくれる? 

相手がさぁちゃんだったから良かったものの、あんた、通報ものよ? てか今から通報してあげようか?」

 やべ。楽しくなってきた。トドメをさそう。

「さぁちゃんに何かしたら、ただじゃおかないよっ!」

 よし。これで一件落着。せっかくだから、後でこの本屋っぽい店でなぜか売っている印籠セット(助さんバージョン)を買ってみよう。

「ま、待ってよ鈴木さんっ!」

 なぬ? こやつまだ抵抗する気? 

「鈴木さん。逆に聞くけど、明葉さんに声かけちゃダメなの? メールしたらダメなの? 何で? それをちゃんと教えてよ」

 彼の者の名は下衆野郎。そんな奴が反撃してくるなんて。

「だって、さぁちゃんはね。そう言うものじゃないんだよ。もっと大切に扱わなきゃならないんだよ」

「『大切の定義』って何だよ? いつも明葉さんと同じようなことばかりして何も変わらないことの何が大切なんだよ? 明葉さんがそれを望んでるの?」

「さぁちゃんが望んでるかどうかも重要だけど、さぁちゃんは可愛いから変な、間違った、羊の皮を被った狼のような誘惑が多いのよ。だから守ってあげないと、さぁちゃんというタレント(才能)を」

 私とさぁちゃんは勿論対等だ。無二の友達だ。だがお互いに欠けているものがある。それを補いあってこその友人なのだ。

「う、ううん。そうなのかもしれないけど、鈴木さん。それは明葉さんの気持ちを尊重してるの?」

「誰よりもしてるよっ!」

 あたりの人が、馬の被り物をした店員が、こちらを振り向くくらいの声で叫んでしまった。

「取り乱しちゃったわ……

 でも、私は安くんを信用できない。

 さぁちゃんは誰にも渡さない。

 それだけ言いにきた」

そのためだけに行動できる。それが私なのだから。

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