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優しすぎる花、優しすぎないで

 世には素敵な王子様がいて、眠っていた女子性にいつか目覚めの接吻を賜うものだと、今の今まで心のどこかで信じていた。慎ましくもみんな優しい家庭を築き、命を紡いでいく。私はそんなことを望んでいたつもりだった。

 私は自らを、女子に恋心を抱くタイプだとは思っていない。それこそ少女漫画さながらに、朝の総武線各駅停車の黄色い帯の列車で出逢うイケメンにに対するちょっとした恋心もあった(たまたま帰り道にすれ違った時に彼女連れてたけど……だからそれ以来中央線で吉祥寺に通学している)。女子同士のチューなんて日常茶飯事じゃん(いや、知らないけど)。とになく落ち着こう。このままでは劣情に支配されてしまう。私とさぁちゃんは清楽館の無二の親友なんだし。きっとそういうのではない。安とかいう下品な男子如きに、さぁちゃんが心を動かされるはずなどないのだから。


 土曜も日曜もあっと言う間に通り過ぎていく。さ

ぁちゃん以外の人と会うはずもなく、大学入学までのアディショナルタイムと化した日々の現実を思い知らされる。

 これから最後の期末テスト、それも終わったら私大入試、バレンタインデーと卒業式前日に設定されている登校日を経て、卒業式。

 あれ? 

 早すぎない?

 まだまださぁちゃんとの思い出が足りない。大学に入ったらそれまでかもしれないけど、それでも大学に入るまではできる限りもがきたい。そういうところはもしかしたら母の性格に似てるのかもしれない。

 だからこそ、安のような汚いものに対する憎悪も芽生えているのかもしれない。

 大体何だよ。オタク的なものが市民権得すぎなんだよ。もう少し身だしなみとか気遣えよ。安は安なりに気遣ってはいるんだろうけど、レベルが低すぎる。スマホゲーの無課金ユーザーが世界ランク一位に勝負を挑んでるようなもんじゃん。

 ああ……さぁちゃん、安にメールを教えてたよなぁ

。ってことは安はあの後必ずメールを送ってるんだよなぁ。安ごときがさぁちゃんのハートを掴むことはあり得ないにしても、私が何ヶ月かかっても近づけなかった領域に、安は一発で踏み込んでしまったよなぁ。大体、初対面の美少女に向かって『好きです!』って何だよ。オタク好みの小説の展開かよ。確かにさぁちゃんは非現実的クオリティだけどさぁ。

 

  ●


 センター試験終わりの月曜日、朝から雪がちらついていた。始業ギリギリに教室へ入ると、ほとんどのクラスメイトがマスクをしていた。まぁ、受験近いし、ここでインフルにかかる訳にもいかないのだろう。

 だがしかし岩上よ。お前にマスクは似合わない。お前そのものが私にとっちゃウイルス的存在なんだよ。

 岩上は雪組の知り合い(寄せ集め系活発)と談笑していた。

『雪組にぴったりな雪だね!』

 雪組だから雪? しょうもないなぁ。星組には常にさぁちゃんというエトワールがいるのに。

 女子高は女子による無法地帯という説を信じてるのはきっと安のような下衆の極みであろうが、清楽館は普段から大人しく、雪組も星組も、授業時間及び休み時間を含めて非情に静か。その現状を、私も岩上とともに嘆いていた時期もあった。

 だが、みんなもうすぐ卒業する。この日常も残り僅か。センター試験の話題を口にしないあたり、何とか平静を保とうとしている岩上なんだろうが、清楽館のお嬢様達には通用しない。お嬢様達はそもそも受験で決まるような人生を送る身分ではないもん。共感を求めるような真似をしても、無駄だって。


 昼休みになると、クラスメイトはご飯のためにマスクを外し、それぞれの個人主義に興じる。狭い付き合いを否定してきた私と岩上だったけど、結局それは、私と岩上の仲が深くなかったってことに過ぎない。「ただの友人」というカテゴリの装備だけでは、東京を生き抜くことはできない。

 さぁちゃんさえいれば良い。

『政子。今日は『花円』にも雪が積もってるかもしれないから、雪下ろしがいるかもね』

 メールの文面だけでもう、心が弾むもん。

 高等部の校舎から「花円」までの道のりは、徒歩では僅か二分程度。校舎の廊下側は小高い丘に接していて、二階の渡り廊下がその中腹に面している。人通りの少ない銀色の渡り廊下から、二人きりの世界が始まる。

 数センチ程度の雪が降り積もった「花円」の温室を見て、さぁちゃんが口をポカンと開いた。

「うわー。これ、落とせるかなぁ」

 背の高くないさぁちゃんの代わりに、スコップで下から突いてあげよう。

「さぁちゃんスコップ貸しな。私が突いて雪を落としてあげるよ」

 チラツく細雪がさぁちゃんの毛先と遊んでいるのが可愛らしいなぁ、なんて思っていると。

「政子。いつも悪いねぇ」

 さぁちゃんの、お昼ご飯を持つ手が紅葉のように色づいているのも可愛らしい。

「大丈夫よ」 

 例え大丈夫じゃなくても、大丈夫なようにもっていく、それがさぁちゃんの無二の親友、鈴木政子なんだから。


「あ、ごめん政子。電話だわ」

 あらそぉ、と応じたものの、もやもやしたものを感じた。この時間にさぁちゃんのスマホに連絡が来ることなどない。まさか、また家庭で何かあったのかな?

 心配しつつスコップを手に取り、振り向くと……

良かった。さぁちゃんはスマホを耳に当てて笑っていた。

『あ~、うん! そうなんだぁ! おめでとうっ!

 朗報みたいだ。良かった良かった。

『うん。わかった! 今度ね! 川崎で待ち合わせだね。了解です!』

 親戚が結婚でもするのだろうか? それとも受験かな?

『あたし? あたしは受験とかできるほど頭良くないし。政子は賢いけどね。あたしはどうだろー? お嫁さんにでもなろっかな♪ アハハ♪』

 おいおいさぁちゃん。浪人するなり就職するなり、とりあえず社会経験しようぜ。まぁそれについては今度説得を試みるか。

 それにしても、電話の相手は私のことを知っているみたいね。一体誰なのかしら?

『じゃ、またね~♪ 安くん!』


うぅ……


 ほぼ条件反射的に、私はスコップを地面に叩きつけた。衝撃によって腕がじんじんするけど、そんなことどうでもいい。今、何って言ったのよ!?


「ま、政子?」

 私が怒っていることに気付いたのだろう、さぁちゃんはか細い声で、もじもじしている。

「さぁちゃん。安とどっか行くの?」

 さぁちゃんは、目線を逸らしてから頷いた。

 おかしい。さぁちゃんが毒されてる。どうした? 安は千億円くらいの資産でも持ってるのか? 胃が痛くなってきた。私の中の常識が何も通じない。

「何で? ねぇ何でよ!? さぁちゃんとあいつのどこに仲良くなれるポイントがあるのよ!?」

 あんな下の中の男と仲良くなるメリットなんて、ある訳ないじゃないか!? さぁちゃんはまだ清楽館の外の世界を知らないだけなんだよ!

「政子。安くんはアニメに詳しいよ。面白いアニメをいくつか教えてくれてね。今までそういう趣味を持ってなかったんだけど、実際触れてみると、結構面白いね」

 アニメだと!? 確かに中野の駅前を通った時にそういう系のお店とかに出くわすけど、あんなもんの何が優れてるのよっ!? 

「そうだ! さぁちゃん! 私達も卒業近いからさぁ。これからい~っぱい、お出かけしようよ!」

 さぁちゃんは産まれて初めて見たものを親だと信じるヒヨコくらい純粋すぎる。それならば、さぁちゃんが悪いものに引っかからないように、私がさぁちゃんに東京のさまざまな部分を教えてあげなきゃ。そうじゃないと……さぁちゃんはきっと、不幸になるわ。

「うん。わかったけど、どこに行く? お洒落な街も好きだけど、敢えて大阪とかも興味あるなぁー。鶴橋とか焼肉とかも素敵♪」

 大阪ぁ!? あんな漫才と粉もん帝国はユニバ以外不要なのよ。そんなとこにさぁちゃんが行く必要は断じてない!

「まぁとりあえず、さぁちゃんと二人の卒業旅行を計画するから、今度打ち合わせようねっ!」

 このままだとさぁちゃんが、安なんかに汚染されてしまう。

ならばその前に。


 私が、さぁちゃんの道標になるんだから!

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