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美しき昨日の岸辺に、花を探して

 鈴木政子の見た目は醜い。

 でも、そんな私が一時だけ醜いことを忘れることができる時間があった。さぁちゃんに会えるその時だけは、私はさぁちゃんになれた気がしていた。さぁちゃんに愛される私は無敵。世界より広いものを手に入れた気がしていた。

 でも、私は何も変わっていない。さぁちゃんとイチャイチャしていたら面皰が治る訳でもない。大学に入学した後の、例えば合コンとかあったらどうしよう。私確実にコース料理の残飯マンじゃん。さぁちゃんのいない大学生活とか意味わかんないし。そりゃあまぁ、離れることはわかってた。こんな離れ方ではいけない。いけないのはわかってるけど……

 全ての気持ちへの解答が見つかった時から、新たな絶望が生まれた。私には新たな、不可能な願いを宿したことに気付いてしまった。それはどんな願いか? まずはたった一言の謝罪を受け入れてもらうこと。いきなりのチューは私しか見えていない証拠。その上で、私を何とかしてほしい。嘘だらけの武蔵野清楽館高等部でやっと見つけた、たった一つの真実。だのに。私の願いを叶えてくれるのはこの世でたった一人と決まっている。精神と肉体の合致がある以上、絶対決まってる。大事なことだから。でも私は、さぁちゃんのそれを奪いたい。だって、その一つ前の宝物は、とうに奪われてしまったから。


 バレンタインデー翌日から、二週間もの間の卒業前休み。

アクティブな女子なら自動車免許を取りに行ったり、四月からのバイト先を探してみたりする。海外まで卒業旅行に行ったブルジョワもいる。まだ癒えぬ震災からの復興を応援するために泊まり込みでボランティアに行ったクラスメイトもいる。岩上は……想像したくないな。


 さぁちゃんは安にバレンタインチョコを渡せなかった代わりに、直球の気持ちをぶつけたらしい。安の告白は大成功、晴れてカップルとなったのだろう。私は胸がかき乱され、臓物が飛び出してしまいそうなくらいに凹んだけど、仕方ない。それがさぁちゃんの選択だったらば。恋人を奪い返すには、私もさぁちゃんの恋人として土俵に立たねばなるまい。さぁちゃんは特別。とにかく性別じゃない次元なのよさぁちゃんは。今ここまで読み進めた読者である「あなた」にも問いたい。

 女の子は女の子を奪えない。二人の結晶も存在し得ない。さぁちゃんも私もいつか経験する。いや、このご時世いつか経験できるという漠然とした見通しを持つこと自体希望的観測かもしれない、多分。さぁちゃんの場合、それは今すぐ奪われてもおかしくない。しかも安だぞ。いやだいやだいやだ。看過できない現実に脳が傷つけられると、砂漠にオアシスが溢れるように、この醜い鈴木政子の瞼にも、何とか清らかな性質のあるものがこみ上げてくることを禁じ得ない。

 せめて、せめて女の子が女の子を奪えるのならば――私如きに奪う資格がないのはわかってる。安は安なりに努力して今があることだって、私はようやく受け入れようとも思う。だからこそ、だからこそせめて。

 そう考えたら、受験って羨ましい。勉強すれば良いだけだもん。自分のことだけに精一杯になれるもん。家族のためとか、何かを背負ってる人もいるけれど、それでも肝心なことは自分の価値を高めること。そう言う人々に私はどんどん抜かされていく。

 今はそう言う次元ではない。これ以上進んだら、全部壊れちゃう。私が私ではなくなる。チューくらい今のご時世何てことはない!? いやいやいやいや大ありですよ! 精神と肉体の一致。易く唇を合わせる輩もいることはいるけど、これは青春ではない。永遠について、なのよ。気持ちの問題がこんなに大切だとは思わなかったよ。

価値はもうさぁちゃんしかない。もし、それすら見失ってしまったら。


  ●


 バレンタインデー後も、清楽館の冬服に、平日は毎日袖を通し続けた。私を知っているバド部の後輩達が授業を受けている時間に登校し、まずは図書室で暖を取る。読書で心を落ち着かせたい。ドストエフスキーも孔子も紫式部もここにいる。ロシア文学を少しだけかじった。訳分かんない言葉が思考停止に導いてくれる。人間の浅はかさを教えてくれる。清楽館の土地柄、清楽館の聳えるあたりを潜る玉川上水には、今も太宰の霊魂はあるのかしら?

 卒業前に来る日も来る日も図書室に通い詰めると、司書の先生に顔くらい覚えられる。

「あらあなた。今日もなのね」

 いかにも金を持ってそうな小太りのソバージュをかけた司書の先生は、窓に飾られていた花瓶の水を交換していた。

「はい。ちょっと卒業前に本を読んでおこうと思いまして」

「あらあら、偉いわね」

 司書の先生は図書室のカウンターで勝手にハーブティーを飲んでいた。

「え? 先生。図書室は飲食禁止じゃあ?」

「まぁまぁまぁ良いじゃんか。今日は私の友達も来ててさ」

 ハーブティーの横には、蕎麦粉が香るシンプルなガレットが置かれた、春のパン祭りで手に入るうさぎちゃんの絵皿があった。

「お友達?」

 図書室の扉が開く音がした。

「あなたも見たことがある人かもよ?」

 扉を開いたのは白樺のように穏やかに冬枯れた白髪が銀色の風を憂う淑女だった。

「ガレット屋さんの、清楽館のOGの方?」

 淑女は左手の人差し指を床に向かって指す仕草をし、右手をロングスカートの裾を突っ張るように親指と人差し指の先端で持つ仕草を見せる。清楽館の女学生なら入学式後のオリエンテーションで誰でも躾られる、左で清楽館の白亜の大階段と天窓に栄える星を指しながら、右手で躍動と精神の調和を示す『エトワール・レビューポーズ』。

「あらあらお久しぶり。今日は紗月ちゃんがいませんね?」

 その名前はできれば避けてもらいたいのに……

 淑女は言葉を続けた。

「あなた、卒業を目前に控えて図書室を訪れるなんて、色々と思案に耽っていたんじゃないですか?」

 全くその通り。煩悩を文学で埋めに来ている。

「卒業しても、ここに来たら良いのですよ。私は今でもここにたまに来ては本を借りてるし、店内で流すためにレコードを借りに来ることもあるわ。清楽館は昔も今も変わらずに、素敵なところですよね」

 淑女の言葉はありがたかった。でも、卒業したらもうここにさぁちゃんがいないことくらい、何となく理解できる。

「そうですね」

 永遠って惨いね。

 きっと淑女のほうがそのことについて、私の何倍も理解している。

 司書の先生も、私に微笑みかける。

「いくらでも居てくれたら良いのよ鈴木さん。お茶かコーヒー出そうか?」

「いえいえそんなっ! お気になさらずに。それに図書室は飲食禁止じゃないですか!」

 淑女や司書の先生は優しさのつもりだろうが、私はぶっちゃけ一人でいたかった。一人でいることのできる時間を選んだ。なのに私に関わるなんて。

 いかんいかん。優しさはしかと受け入れよう。私に足りなかったのはそう言う部分だよ。でも一方で、優しさを受け入れたくない素直な気持ちもある。私は私に従っていけば良いだけなのだが。

 淑女は言葉を続けた。

「そうですわ鈴木さん。お薦めの本のコーナーがありますのよ。知る人ぞって感じのとこです。ちょっと来てください」

 大して興味はないのに。

「いえ、結構です。ちょっと今日は用事あるので」

「エス」

 ん?

 何を言ってんの? この淑女は?

「鈴木さんはきっと、エスなのですよ」

 確かにSかMかだと、Sな感じはするんだけど……敢えてそれを言われて気分が良くはならないぞ。

「すみません。お暇します」

「来なさい」

 淑女の瞳の輝きに、答えはあったような気がした。永遠の意味を、私よりも心得ているようだった。

 図書室の奥のほうの書架には、確かにエスと書いてあった。

「清楽館は百年の伝統があります。戦前に創立した学校であることは知っていますよね」

「はい」

「『エトワール・レビューポーズ』の由来は知っていますか? 鈴木さん」

 首を横に振った。相手に対する敬意と、女性としての凛とした佇まいを示すためのものだとは聞かされたが、ポーズそのものが何を示しているかは恐らく誰も知らないのではないだろうか?

「ポーズそのものは知っているけど、その由来を理解している生徒はほとんどいませんよね。でも、答えはポーズそのものにありますのよ」

 正直どうでも良いのだが。

 古ぼけた木材で作られたエスの書架には、耽美な題名を掲げた書物が多数あった。淑女はその一つを取り出した。

「大正時代、西のほうで少女歌劇が産声をあげました。清楽館もその頃に創立しました。実はこの時、西の少女歌劇を創設した経営者に対して、武蔵野の田園都市の礎を築いた東の経営者には、明葉旗三郎という部下がいました。彼は、通称武蔵野歌劇という少女歌劇を作ろうとしていました。清楽館は言わば、東京版少女歌劇の訓練校といった意識で創立されました。もっとも、清楽館の学校史からも抹消されたことだから、今やエスの書架にある当時の人の手記からしか知ることができなくなりましたけど」

 なるほど豆知識だなぁ。どうでも良いけど。

 淑女の独演は続く。

「しかし、東の経営者は教育事業に熱を入れる一方、芸能文化には疎かったのです。若い時は吉原にハマってたくせに。西と比べて東に住む私達は官僚的。権威に素直。武蔵野歌劇は、西の経営者の真似事に過ぎませんでした。田園都市の経営が上手くいくにつれて、武蔵野歌劇への援助は打ち切られ、いつしかそれは、明葉旗三郎の幻想に等しくなっていってしまいました。清楽館の経営は、明葉家をはじめとした武蔵野の有志達に移り、東の経営者が創立に関わっていたという話そのものが、闇に葬り去られてしまいました。

 だからこそ、『エトワール・レビューポーズ』はその時清楽館で流行した、東の経営者を揶揄したポーズでもあります。

 エトワールは日本語で星だけど、西の少女歌劇大劇場にある、演者が下る大階段の通称です。だから手を下に向け、人々に愛嬌を与えます。レビューは本来、ラインダンスの演目を意味するのですけど、ここではラインダンスの際に高く上がる脚ではなくて、互いに組み合う肩を表現しています。相手の肩の代わりにスカートの裾を持つことになっていますが、複数でポーズを行う時は、相手と肩を組むのが正式なポーズなのです。

 逆境に立たされた清楽館が、覚悟を決めて団結し、逆境著しい清楽館が世に対して、清く正しく美しい宣戦布告を示したもの。それが『エトワール・レビューポーズ』なのです」


 淑女の話は壮大過ぎて、正直私にはピンと来なかった。でも、淑女はさらっと、とんでもないことをぶちまけたぞ。

 明葉旗三郎って誰だよ!? 

 さぁちゃんに関係ある名字過ぎやしないか!?

「す、すみません。明葉旗三郎って? もしかしてさぁちゃん……明葉さんのお爺ちゃんとか親戚ですか?」

「その通りです。明葉家は清楽館の影の創始者です。紗月ちゃんはその末裔で、まるで少女歌劇みたいな可憐な花みたいな子ですね。明葉家は少女歌劇の世界そのものです。この東京で純粋を生き、心のままに愛に添う。素晴らしい人なのです」

 さぁちゃんはそんなことまで教えてくれなかったのかよ。てか明葉家のステルス具合が徹底し過ぎてる。

「何でさぁちゃんは教えてくれなかったんでしょうか?」

「それはわからないですが、先日亡くなられた紗月ちゃんの叔母で私が清楽館の女学生だった頃の恩師、明葉璃恩先生も全然教えてくれませんでしたわ。エスの書架でようやくその事実を知って璃恩先生に質問しましたが、璃恩先生も『ええ、そうよ』とだけ言ってニコニコしてましたっけ。紗月ちゃんの笑顔と似てました。璃恩先生の笑顔も」

「璃恩先生は何の先生だったんですか?」

「璃恩先生は教員じゃないんです。近所に住んでて、お菓子づくりを教えてくれた先生で、ガレット作りもそこで教わりましたのよ」

 そうか。やはり明葉家に学力を求めるのは無理があるのか。

「それでですね鈴木さん。エスの書架のエスだけど、清楽館が創立した頃の女学校文化にエスというものがありましたのよ。シスターの頭文字を取ってエスって呼んでるんですけどね。

 戦前は自由恋愛なんかフィクションそのものでした。家長制度が民法でも認められていた時代ですからね。私達は当時だったら許嫁がいて、女学校卒業後しばらくしたら誰かの家に嫁ぐことが定められていました。逆らうことは社会的な死に等しかったのです。だからこそせめて女学校の中では気持ちのままに人のことを想う。女学生同士の強い絆はあたかも真実の肉親、シスター、それがエス。この書架にはエスについての文学作品が収められています。寄贈者は明葉家。でも数十年も前のことだから、紗月ちゃんも多分知らないことですわ」

 つまり、このエスの書架にはさぁちゃんを形成する大切な要素へのヒントが詰まっている。 超重要じゃないか。

「書架にあるのは当時のものだからプレミアですね。卒業式までまだ数日ありますし、気が向いたら読んでみたらどうですか?

 あなたと紗月さんが、エスでありますように――」


 淑女は店番があると言って去っていった。

 私は、司書の先生と相談した上で、本来は古書として貸し出し禁止のエスの書架から特別に許可を得て何冊かの書籍を拝借し、「花円」に向かった。

 つい数日前まで、「花円」にはさぁちゃんがいた。

 今「花円」に水をやったり肥料をやったりしているのは、私。

 バレンタインデー以降、一度だけ連絡した。謝罪と、直接会って話したい、そんな内容をメールで送信した。

『気にしてないよぉ~(^O^)』

 その通りだった。さぁちゃんは何も気にしていない。手塩にかけて育ててきたはずのこの「花円」にだって来ないし、メールの返信もまるでない。

 気になるのだ。私は清楽館で出逢った数々に。

 なのにさぁちゃんは気にならない。私が好きな人はここから簡単に飛び立った。戻ってくるかは知らない。そんなさぁちゃんも好き。大好きだよ。

 今の私は、卒業式に再び逢えるであろうさぁちゃんを待つだけの日々。エスに誓って。心のない私はせめてもの心を蓄えよう。さぁちゃんが旅立つのなら、私は旅立つのをやめよう。どこまでもさぁちゃんは自由だから。



 ベンチにたった一人腰掛け、古書にカトレアの薫りをつける。

 安と、どのところまで付き合っているのだろうか?

 さぁちゃんは、もう「花円」には来ないのだろうか?

 私が水や肥料をやらないと、カトレア達は萎れてしまうのだろうか?

 それとも、私が去れば良いのだろうか?

 「花円」はさぁちゃんのもの。私が手入れするのも何か筋違いな感じではあるが。ただ、それは私のせいだと思うのだ。私がバレンタインデーに暴走しなければ、花の命には危機は訪れなかった。花に罪はない。用務員のおじさんに、卒業後の「花円」の管理について問うてみたものの、「卒業後はただの広場に戻す」の一点張りだった。「花円」はあくまでさぁちゃんのもので、そこにカトレアを植えたのはさぁちゃんの気まぐれだった。だから清楽館としてはそれ以上でもそれ以下でもないらしい。片づけについて質問したらしいけど、「明葉家から希望があれば、用務員のほうで行う」とのことだった。お嬢様学校故の融通と言ってしまえばそれまでだが、何となく、それではカトレア達が哀れに思う。それって、何か寂しいし、私自身、さぁちゃんに最後に一言、「好き」って言いたい。さぁちゃんらしい「花円」で、私は自分を傷つけたい。償えない罪だからこそ、罪の深さを知りたかった。

 私はさぁちゃんではないけれど。

 私は、さぁちゃんのことが大好きな人である。

 さぁちゃんにちゃんと告白したい。

 できれば、チューしてもらいたい。

 数日前までならば、それはいともたやすいことだった。でも今はもう、さぁちゃんは私の過ちを目撃し、ただ去っていき、今日もここにはいない。

 私は今、蕾でありたい。

 春は遠いけれど。

 醜い鈴木政子でも、醜いなりの花を、さぁちゃんに見てほしい。


 心に雨が降ろうとも――


 私には、傘はない。

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