花泥棒、一撃必中
「ただいまぁ~!」
安と気まずいなかなのに……バッドタイミング過ぎるよさぁちゃん!
いつもナチュラルなさぁちゃんは、化粧直しはしておらず、あいも変わらず可愛さを振りまいていた。
「安くんさぁ。さっきトムヤムクン食べたじゃん。興味あったから辛いやつ食べたけどさ。そしたら何かいきなりお腹がピンチ迎えちゃってぇ、ドッサリでしたわぁ~」
そんな見つめながらお花摘みの話をしないでくれよさぁちゃん。
「おいおい明葉さん~!」安が気さくにゲラゲラ笑っている。アホか。
「さぁちゃん~。この後どうするの?」
今すぐさぁちゃんを安から引き離さなければなるまい。
「そうだなぁ~。どうする? 安くん」
なぜださぁちゃん。安に聞いてどうするんだ!?
安は私を気にしているのか、視点が行ったり来たりしている。
安がどう出るか――やれるもんならやってみろ。
「明葉さん。そうだ! サブカルに興味あるんだったら、今度は中野に行こう!」
安は私の地元に喧嘩を売りに行くつもりか!?
「中野? 何があるの?」
無垢なさぁちゃんは、あの某商業ビルが魔窟であることを知らない。
「古い漫画とかがいっぱいあるとこがあるんだよ。俺もたまに行くんだけどさ」
「へぇ~面白そうっ! 行こう行こう! てか政子もさ。用事もう済んだんだったら一緒に行こうよぉ~。家近いじゃん」
どうしよう。さぁちゃんが汚されていく。安を監視してもさぁちゃんへの抑止力としては足りない。状況は確実に私にとって不利となっている。
放っておくと安はオタクパワーを得て更なる攻勢を加えるだろう。
……仕方がない。
一瞬で清算してやる。
「安くんさぁ。うちのさぁちゃんのことどう思ってるのよ? 好きなんじゃないの?」
ふははどうだ。こうなってしまったら最後、気まずくなるか告るかしかないだろ? 罪悪感? そんなものはない。さぁちゃんが一時的に感情を乱したとしても、いずれはきっとわかってくれる。
「ちょっと政子? 安くんのこと嫌い?」
しまった。さぁちゃんの意趣返し。
「え? そ、そう言う訳じゃあないんだけどさぁ。何と言うかぁ」
私はさぁちゃんには弱い。さぁちゃんが良いとしてくれるなら、何でも認めたくなる。
「ははぁん政子。嫉妬ですなぁ」
そうだけども、嫉妬の対象はさあちゃんではない。
「ち、違うよぉ~!」
「しょうがないなぁ政子」
そう言ってその場で唇を突き出すさぁちゃん。
「何これまさか?」
「チューしたげる」
今再びの言葉が、またまた公衆の面前で再来する。
「そ、そう言う問題じゃなくてぇ。てかさぁちゃんっ! えぇっ!」
愚かしい安が、よくわからない液で唇てかてかになっている。千鳥足が蜜に吸い寄せられる蜂のように無粋で卑しい。
「こらぁっ安!」
ぷらんぷらんしている頼りない腕を掴み、私は手加減しない。お嬢様学校の生徒とは思えない言葉遣いをお許しください……
「良い加減にしろってんだよ! うちのさぁちゃんを何だと思ってんだよっ! 好きなんだろ? 潔く告れよっ! そして散れ。二度と姿を現すなっ!」
さぁちゃんはもっと高貴な人で、安のようなに下衆野郎にはあり得ないほどに素敵な人なんだよ。だめんずに引っかかって人生棒に振る訳にはいかないんだよ。ただでさえ浪人するのに、こんな変な奴に現を抜かすとか、おかしいよ。魔法かよ。
「め、明葉さん。
俺、浪人生になるけどさ。来年こそは一生懸命努力して大学に入れるように努力する。今すぐ返事とか求めないし、ダメもとだってこともわかってる。高校三年間何も良いことなかったけど、最後に君に出逢えて良かった。本当に良かった。だから言わせて欲しい。明葉さんのことが好きなんだよ。初めて見た時から予感がしたんだよ。声掛けようと思って掛けたんじゃない。自然と、吸い込まれていったんだ!」
こいつ、マジかよ。
告白しやがった。
「安くん。そんなまさか」
言わんこっちゃない。
さぁちゃんの肌が月よりも蒼白になったじゃないか。
「さぁちゃん大丈夫!? やっぱりこいつ変なこと言ってさぁちゃんを傷つけてる。マジで何なのよ!? 通報よっ!」
もっと早く、もうちょっと早くさぁちゃんを救ってあげたかった。
「ま、政子も、や、安くんも、ちょ、ちょっとだけ、黙ってもらって良い、かなぁ?」
さぁちゃんがその場で俯く。
頭を垂れたさぁちゃんの旋毛が、私の心に突き刺されたがっている手裏剣のよう。刺されてなお、私は誓いたい。さぁちゃん。私は一足先に大学生になっちゃうけど、さぁちゃんのことを守り続けるよ。
数十秒を数時間のように感じていたら、さぁちゃんが眠りから醒める姫のように微笑んだ。
「安くん。ごめんだけど、今度、返事するから、待っててもらえる?」
さぁちゃんは優しいなぁ。優しすぎるよ。
「う、うん。待つよ。悪いね」
「いえいえ。安くんのお気持ちは犬死にさせないよ」
殊勝だなぁ。
優しすぎるよ、さぁちゃん。
「よし。じゃあ安くん。今日のところは解散かな! またねっ!」
そう言ってさぁちゃんは、私からも安からも、去っていった。
居たたまれない私も、赤面に押し潰されそうな安もまた、去っていく他はなかった。
安の攻撃は、一撃必中――




