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それはきっと、番外編。  作者: 些稚 絃羽
林田徹司×鈴村千果
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22/25

童話の世界には程遠い(千果)

「それを、望んでくれるなら」

そんな言葉が出たのは半ば無意識で、けれど確かに私の意思だった。


二度目はあるか、だなんて聞かれたことがない。大抵の男性はその場で繕ってでも予定を作ろうとする。

観たい映画があるんだけど。連れて行きたい場所があるんだ。今日はイタリアンだから、次はフレンチね。

どうかな、と伺いを立てるならまだしも、次があって当たり前と思っているナルシスト男は願い下げだ。

彼は、林田さんは二度目はありますか、と私に聞いた。黙ってしまった彼に呼び掛けた後のことで、突然の問いに思わず動揺してしまった。

それだけではないかもしれない。その表情は幾らか頼りなく、それでいて強い熱を帯びた目がじっと私を捉えていた。元々の幼さを別にしてもその熱は決して動物的ではなく、純粋に私という存在を求められている気がした。

零れるように落ちた返答は童話の台詞をなぞるようで、どちらが王子様だろうとひとりの部屋で可笑しくなった。




私にもお姫様に憧れた時代があった。童話の、特にシンデレラが大のお気に入りで、母の家事の邪魔をしては読むようせがんだと聞いている。

ショーウインドウの中にガラスの靴を探して歩いたことがある。できるだけ大きなかぼちゃを買って、魔法使いが来るのを一日中待ったこともある。シンデレラの真似をしようと掃除やお手伝いを頑張っていたこともあれば、母にいびられようと何もしない日を続ける時もあった。

今思えば浅はかな、子供らしい思い付きだけれど、あの頃はどれも真剣だった。

劇的な出会いをして、涙ながらに後にした幸せが自分を探してやって来てくれる。交わした言葉は少なくも、私じゃなくてはいけないと思ってくれる人がいる。……上手く説明できない幼い頃であっても、それが幸福なことだと本能のように理解した。そしていつか、きっと明日にでもそんな王子様と出会えるのだと信じていた。


だけど現実はそう甘くはなく、恋愛は思い描くようには進まなかった。

好きになった人、告白された人、付き合った人。彼等を一言でまとめるとするならば「コウより下」だ。

こんな風に言えば、何て高飛車な女なのかと思われるだろう。コウが恋愛対象でないと言うとますます反感を買ってしまうことも実証済みだ。それでも実際そうなのだから仕方ない。容姿やスタイルの問題ではなく、端々に感じる居心地とストレスの問題。幼馴染で互いをよく知っているから理解し対応できることは勿論ある、でもそれ以上に思考するまでもなく、心が何も気にしなくていいのはコウだけだった。

それも結局は幼馴染だからだと友人から言われたことがある。隣にあんなデキる男が居たら理想も高くなるよね、なんて。でもそうじゃない。


皆は知らないだけだ。コウは一見パーフェクトに見えるし女性への対応もいい。だけど「皆平等」なのだ。あの子にもその子にも、まるで保育士の先生が園児達に向けるような顔で。そこから抜きん出るには本当に惚れさせないといけない。これまでのコウの恋愛遍歴を見てきたけれど、口では好きと言いながら心ではそこまでじゃなかったと思う。だからどの人も、彼女というポジションに入ったって、何も変わらなかったんだ。

だから、コウをあそこまで感情剥き出しにさせる‟あの子”には拍手を送りたい。コウを幸せにしてくれる‟あの子”に最高の賛辞を送りたい。――そうして、私もいつかって願ってしまう。


私もコウも似た者同士なのかもしれない。誤解されやすくて、恋愛に不向きで。自分とぴったり合うピースでないと長く関係を続けることすらできないんだ。

 

ひとつずつ大人になる度、恋愛とは名ばかりの通過儀礼を見送る度。内側はどんどん脆くなって、代わりに鎧が厚くなる。手を伸ばされても簡単には触れさせない。それは単純にそうして崩れる時が怖いから。鎧を脱いで、全身で触れて、抜け出せない泥沼に溺れてしまうのが怖いから。

弱い、きっと誰よりも。どんな言葉で人を励ましても所詮は言葉。自分自身を救う手にはなってくれない。



それでも信じていた。信じることが弱さだとしても。

信じていないなら大人になった今、ガラスの靴を手元に置いたりはしない。

小さな雑貨屋で見つけた掌サイズのそれは、装飾の施された木箱に守られるようにして店の片隅に置かれていた。丸く切り取られたガラス窓の向こうで、当てられてもいない光を反射するように靴は七色の輝きを放っていた。

木箱ごとひとつの作品だと教えてくれた店主の顔はもう思い出せない。ただ、作品には持つ人の物語が宿るのだと、そう言ったしゃがれた声は今でも鮮明に思い出せる。男か女かも分からないその人は魔法使いのような奇妙さを持ち合わせていた。


寝室のキャビネットの上で、靴は時折その存在を思い出させるように床に光を射す。木箱の中には仄白い光が満ち、それはまるで私の願いさえ守ってくれているように思えるから、また少し淡い期待を抱いてしまう。

童話の世界なんて絵空事だと、何度口にしただろう。言葉にしていなければ見誤ってしまいそうで、わざとらしく声に出した。

そう簡単に相手を信じてはいけないとこれまでの私が戒める。どんなにパーフェクトに見える人だって、どんな風に変わるか分からない。どんな面を隠しているか分からない。……だから私も隠すの。本当に信頼できる人だと認められるまでは、話し方も振る舞いも、少しだけ嘘をつく。

それが当たり前に許されることだと思っていた。




彼、林田徹司という人と出会ったのは、諦めにも似た気持ちが芽生え始めていた頃だ。

コウに連れられて初めて店にやって来た時、入るなり彼は口を半開きしてぼうっと私を見つめていた。二度目の呼び掛けにやっと動き出したかと思えば、お世話になりますと叫んだ。周りの人達が笑う中、少しだけ心が冷えるのを感じた。他人からの好意や悪意に敏感な自分を恨めしく思う。鈍感であれば初めての店に緊張しているのかと思えたかもしれない。けれど私ははっきりと彼からの好意を感じ取ってしまった、だから鈍感なふりをした。あくまで他の客と同じく接することを心掛けた。

こんな時、コウを絡めて冗談を言っていると気が楽だ。コウのチームの人達も面白がって冷やかすようにしてくるから、わざと乗って不用意に近付かれないように予防線を張る。すると彼は予想通り小さく丸まって食べることに専念し始めるのだった。


思わせぶりな態度なんて、したいはずもない。それでも思わず声をかけたのは、女将としてお客さんに落ち込んだまま帰ってほしくないという気持ちからだった。それに時折こちらに向けられる表情のせいで、まるで捨て犬に拾うようせがまれているような居た堪れない気分になってしまったからだ。

ひとりで黙々と平らげていた肉じゃがを差し出すと、きょとんと目を丸くする。好きです、と告白でもするような熱で声を上げて赤面する。口に詰め込んだ肉じゃがに苦戦しながらも素敵なお店だと笑う。そのどれにも何の算段も誤魔化しも見えなくて、ただすごいと感じた。すべて不正直なまま、愛してくれる人を待っいる私とは何もかも違う。

けれどそこにあるのは劣等感ではなく、人らしい温もりだった。日光を沢山浴びた布団に包まれるような、捉え所がないのに満たされる安心感。胸の奥がむずむずするような感覚で、だから暴いてみたくなった。本当に何も隠されていないのか。それは単なる好奇心ではあったけれど、私にとっては自分から踏み出す大きな一歩に違いなかった。




あれからもう随分と月日が経つ。この五年はゆっくりと過ぎていった気がする。

暫くの間、チームの飲み会かもしくはコウと二人で来ていた彼が、初めて一人で来た日のこともよく覚えている。といっても今日の食事を誘いに来た日、緊張で泣きそうになっているのを見て、初めもこんな風だったと思い出したのだけど。

もう何度も一人で来てくれて、話す時にも吃るようなことはなくなっていた。彼は必死で私を喜ばせよう楽しませようとしてくれる。私は相変わらず冗談ばかりではぐらかすけれど、最近は彼が帰った後、罪悪感みたいなものに落ち込むようになっていた。どうして素直にありがとうと言えなかったのか、一言添えてあげなかったのか。些細なことが無性に気になって、なのにまた次の時にも後悔する無限ループ。いつかどうにかしたいと思っていた。


彼から食事のの誘いはそういう意味で好都合だった。行けば喜んでくれるだろうし、自分の罪悪感にも区切りが付けられる、そう思ったから。店を休みにするのは仕方ない。丁度予約も入っていなかったし、常連さんが来てくれたとしても次の時にサービスすれば事足りる。自分一人の店は自由が利いてとても気楽だ。

……本当は週末の日中を指定しても良かった。そうしたとしてもこの人なら合わせてくれる確証もあった。それでも店を休むことにしてまで合わせたのにはどんな理由があるだろう。誘われた中華料理店がディナーしかしてないから? 息抜きに休みを取りたいと思っていたから?

どちらも間違いじゃない。でも分かっている。そうしてでも彼に会いたかったからだ。みのりじゃない店で、ただ食事と会話に集中して彼と向き合ってみたかった。

実際そうして良かったと思う。お世辞にもスマートな大人とは言ってあげられないけれど、懸命に私に合わせようとしてくれる健気な姿は見ていて心が和んだ。幾らか空回りしている場面もあったものの、それに安心する自分がいた。あぁ、林田さんはやっぱりこういう人なんだなって。そんなことを言えばむくれてしまうだろう。でもそのままでいてほしいと思う。



どちらかと言えば、私の方が心配だったんだ。

朝の内に選んでいたワンピースはいざ着てみると気合いが入り過ぎているように思えた。照れた表情で似合っていると言われて柄にもなく喜んでしまった瞬間、これは恋だと確信した。いつの間にか好きになっていた。

だから不安だった。いつもと違う場所で二人きりで会ってどう思われるか。女将という立場を脱いだ私がボロを出してしまわないか。そのせいでもう二度とこうして向かい合う時間がなくなるのではないか。そう考えていた。

――それを、望んでくれるなら。

あの言葉はそんな不安と安堵と、願いからのものだった。女将としてではなく鈴村千果として会ったこの数時間をまた過ごしたいと思ってくれるのなら。変わらずその笑顔を見せてくれるなら。


気付いた今、覚悟はできた。この恋を信じてみたい。彼を信じてみたい。

多分すぐには行動を起こすことはできないと思う。これまで散々逃げ回ってきたのだから。けれど少しずつ、素直に話をしてみよう。自分から彼のことを聞いてみよう。

もし、もしも上手くいかなくても、踏み出す決意をした今の自分をきっと後悔したりしない。好きになれるような気がするんだ。

部屋の照明を浴びてガラスの靴がきらきらと光る。お姫様、だなんてそんな風に可愛くはなれない。シンデレラのようにお利口に待つこともできないから。

 

二度目は私が誘ってもいいですか?


   

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