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ブレベたん~ブレイブ・ベルの小さな冒険譚~  作者: 高岡やなせ
第一章「ギルド」前編~リマジハ村周辺~
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第7話

 この世界、アルピジィガムにおいて巨大な組織として区別されるものは三つある。


 一つは商業による利益主義を掲げる「非戦闘による収益組織(コーポレーション)」。これは商工者を始め複数幾多の一般職業者達が集まり一つの産業を行う組織である。通常言われるのが「工場」や「製作所」である。


 二つ目は地域に密を置く「限定地域の統一組織(クラブ)」。これはその地域の教育機関としての役割や統一機関としての役割がある。通常言われるのが「学舎」や「役所」である。


 最後に三つ目。「多目的組織(ギルド)」である。


 このギルドという存在の特徴としてあげられるのはおそらくはその多彩性と自由度の高さだと思われる。それは個人もしくは多数の人の集まりからなり、その目的は戦闘による利益獲得、同業者による相互関係、国が関係するほどの大規模施設の運営等にわたるからだ。


 さらに加えるならば個人、少数での活動に及べば音楽、芸術、執筆の展示や会合、発表など趣味の延長のものもあり数をあげるならばこのギルドという存在が最も多いと言える。


 そして何よりも申請、登録が簡単だと言う点もひとえにあるのだろう。


 コーポレーションはまず複数の職業を必要とし、土地の統治者がいれば申請し場所の確保をする。またその産業によっては周辺住民からの許可や理解を得なくてはならない。しかも利益主義を唱える以上は収支がその組織の継続に深く関わってくる事もありよほどの先見の目を持つ者か、それに近い志を持った者くらいでなければ務まらない事もコーポレーションが少ない理由にあげられる。


 同じくクラブ。これも少々難がある。まずはその活動範囲が地域限定という点である。教育機関であり、統一機関であるクラブはある程度国やそれに類似する権限を持つ場所からの援助を受けられるため資金面での継続不可はほとんどない。しかしそのぶん好きな場所に施設を作ることが出来ず、自由に配属先を希望することが出来ない、という事があるからだ。


 この二つに比べるとギルドは格段に作りやすい。


 まず、「国営マスター」もしくは「国民総合グレート」と称されるギルドに申請し許可が下りた時点で誕生する。場所も誰に迷惑をかけるわけでもないのなら個人の家やその一室、大豪邸、青空の下でさえ本人の自由である。


 活動も制限的なものは少なからず存在するが強制されることは僅かであり行動をおこしやすいという利点がある。それこそ戦闘職業を持つ者同士が集まり村や町の警備隊を名乗る場合もあれば一般職業を持つ者が集まり協力体制を計る場合もある。それだけでなく職業を一切問わず音楽家としてや芸術家、躍り手に歌い手、さらには探検者から冒険者に至る様々な分野が存在する。


 国同士の関係性も違ってくる。コーポレーションは最終的に個人のものであり、その持ち主…つまり経営責任者が国際化を求めない限りは他国との関係性は生まれない。もちろんそれはクラブも変わらない。むしろその地域で必要とされる機関に差異が生じるうえ、国の直下的管理とも言える組織である以上は個人の意志の介入が出来ないクラブの方が厳しいかもしれなかった。


 しかしギルドは違っていた。


 まず百余年ほど前、世界条約が制定されてからその条約の下、ギルドはある統一性が求められた。それは「国営マスター」における情報の共有化と組織としての枠組みの共通化であった。そして「民間総合グレート」によるマスターの補助、他の組織への助力・支援の豊富さによるものがあるだろう。これによる恩恵は相当なものであり特に「探検者」や「冒険者」を肩書きとする荒事専門の者はマスターに登録しておけばどの国に行こうがそのマスター傘下のギルドにて同じ支援・補助を受けられる。他の音楽家等のギルドもしかりだ。


 とにかくそういった理由から人の数だけギルドがあり、特別難しい事では無い、ということを説明した上でアルフアはポカンとする二人にもう一度提案した。


「ギルドを作りましょう」


「ちょ、ちょっと待ってよ、アルフア」


 繰り返すアルフアにアカサは慌てたように声を出す。愛に至っては理解が追い付かないのか首をブンブン振り回し、腕を組み「ん?…んん?」と呻いていた。


「作りやすい、っていうのはわかったよ。けどさ、それがどうして僕たちがギルドを作ることに繋がるの?」


 アルフアは「ふぅ」と一息つくと、


「作りやすい…と言うのは正直なところ理由にはなりません。いいですか兄様。私がギルドを作る、と言った理由は別の二つです」


「二つ…?」


 思い浮かばずそれ以上が続けられないアカサ。愛はまだ頭を前に抱え込むように「んんん?」と言っていた。


「はい。収入と情報ですです」


 右人差し指をビッとアカサの前に突き立てアルフアは語る。


「まず愛の身体的能力を活かすのであれば戦闘を通じて報酬を得られる仕事が良いと思います。今日の縄張り調査でもそうですが〃勇者〃と言うのはどうも戦闘職業の傾向があるようなのです」


「でっしょうぉ!私ってばチョー役にたったっしょ?」


 ここに来て愛はへへん、と鼻を鳴らす。「そんなに凄かったの?」と何気無くアカサが聞くと目線を下に反らしてアルフアは答えた。


「結局怪獣は居合わせなかったのですが、愛が倒したナリカケは三体。その内一体は翼有種です」


「翼…有種?それはアルフアも凄いって思うの?」


 目線を合わせないアルフアに何処か悪寒を走らせながらアカサはさらに聞いた。


「翼有種はヘタな怪獣よりもかなり厄介です。私は倒せますが…騎士でも難しい場合が…」


 あります、と小さく締めくくった。ふと愛を見るとふふん、と立ち上がり胸を反らしていた。


「聞いた?ね、聞いたアカサ。私ってば凄いっしょ?」


 瞳を煌めかせまるで褒めて欲しい子供のようにアカサに顔を寄せた。アカサは一瞬後ろに引きかけたがなんとか留まり、


「凄いね、愛は」


 と笑った。愛といえば、


「でっしょぉぉ」


 と先程まで呻いていたとは思えないほどにニヤついていた。それはもう嬉しそうに。


 そんな愛にアカサは瞬間的にみとれてしまっていた。そこへ「兄様」とアルフアに声をかけられ我に返ったアカサ。慌てたように、


「う、うん。愛の身体的能力を活かすってのはわかった。あとの情報っていうのは?」

 

 と並べ立てた。


「ああ、えぇとですね。ギルドは国同士の情報が共有しています、これが重要です。もし戦闘系のギルドを開けば依頼を受ける上で利益をあげてさらに取得出来る情報の幅が広くなり、上手くいけば世界規模での情報収集が可能…になるかも、しれないからです」


 最後の方を言い淀んだのはそこまで上手くいく可能性の方が圧倒的に低いと判断しての事だった。さらに情報を得られたとしても必要なものがあるかどうか、またそれを判別しなくてはならないほど集めるまでにどれだけの時間がかかるか、等とあらゆる事を想定しながらの発言だったからなのだろうな、とアカサにも理解できた。


 隣ではアルフアが説明はなしを始めたとたんにまた頭をひねりウンウン唸っている愛がいた。


「アルフアが言いたいことはわかったよ」


「え?マジ!」


「うん、愛…聞いてね。アルフアは情報を集めながら収入を得る為にギルドを作ろうっていっているんだ。この村での集められる情報ものなんて限られてるからね」


 そこまで言ってこの数日を思い出す。慣れるため、とはいえ実際に行動に移すことの無かった自分達。それは不甲斐ない、だらしない、等と言われてもしょうがない事実だったが…仕方がなかった、と言ってもいいことでもあった。


 何故なら情報の集め先が無いからだ。


 初日の騒ぎにておじさん達夫婦に愛の事情は話した。結果は「よくわからない」という事だった。アルフアにしても自警団の下に事の成り行きを説明しに出向いたついでとして然り気無く法術を使ったそういう事例があったかを尋ねたらしかった。その答えとしてあの日居た三人は「聞いたことが無い。そんな事があり得るのか?」と逆に聞かれる始末だった。


「あの弓の使い手は数年前まで王都住まいで護衛事もやっていた元騎士らしいのです」


 とアルフアは言っていた。剣持ちもそれなりに剣士として国中を回った人物であり、槍持ちもまた修行の合間に法術の勉強をしていた人物であり、その三人が知らないのであればこの村でそれ以上は無理だろうとの判断だった。


「普通こういうのって村長がやたらと昔の事とか引っ張り出して教えてくれるんじゃないの?」


 あの時、愛はそう言ったがアカサとアルフアは二人揃って首を振った。


「多分無理だよ」


「なんでさ」


「もしそんな事がこの村でおこっていたらおじさん達も知ってなきゃおかしいから」


「こんな小さな村だぞ?それこそ村中で大騒ぎ…記憶にも記録にも残るはずだろうが」


 それを聞いた愛は口を鳥の嘴のようにつき出して黙りこんだ。そしておじさん達も「そりゃそうだな」と笑っていた。


 こうして情報収集をする場所が無いことから始めたので、あの数日があったのだ。


「確かに…言われてみれば…」


 愛もこの村での情報収集の最先端がおば様方の井戸端会議であり、充実した温泉施設がある反面実は教養施設は小さな学校のようなところしか無かったのを思い出した。


「図書館さえ無いなんて」


「まぁね。本を揃えるのも難しいし、何より作ろうにもお金かかるしね」


 愛の呟きに律儀にアカサは答えた。


「それに必要にもかられないしな」


 アカサに続きアルフアが言うと愛は「そんなもんなんだ」と呟いた。


「全く本が無い訳じゃないよ?学舎に行けば文字の勉強用の教科書とかなら無料で借りれるし」


「……ファンタジーなのに勉強すんの?」


「……お前、しれっと私達を馬鹿にしてるだろう?」


「まぁまぁ、二人とも」


 火花が弾ける前にアカサは二人の間に入った。この能力はここ数日で随分と鍛えられたような気がしていた。


 アカサに宥められ「ふぅ」とわざとらしい溜め息をして二人は落ち着きを取り戻したことをアピールした。そこへ「ところで兄様」とアルフアが切り出した。


「実のところギルドを作るのに一つ問題があります」


「問題?…何?」


 アルフアは言いづらそうにそわそわ視線を泳がしている。アカサはある程度その「言いづらい事」に関して予想はしていたので優しく聞いた。


「はい。ギルドを作るにあたり…この村を出ないといけません」


 やっぱりか。アカサは言葉にせず心の中だけでそう言った。多分、そうだよなと言うのがアカサの考えでもあったからだ。


「えっ!なんでなんで?どぉしてこの村でなきゃなんないのさ!確かに情報収集にはむかないけどさ、そのためのギルドなんじゃないの?」


 机を叩くように立ち上がる愛の顔には信じられない、と書かれていた。


「作りやすいっつってたじゃん、あんた」


「……確かに言った」


「じゃあ、なんでさ」


 食いかかるような愛の視線を真っ直ぐに受け止めるアルフア。怒気を含む視線とは裏腹に愛の口からはか細い声で「せっかくおじさん達とも仲良くなったのに」と聞こえた。


 アカサは本当に愛はこの村を気に入ってくれたんだな、と嬉しく思った。けれどそれだけではいけないのだ。


「愛、この村じゃあギルドを作るにはちょっと条件が難しいんだと思うよ」


「だってさっきは…」


「うん、必要なのが揃ってれば…って事なんじゃないかな。だろ、アルフア」


 アカサの問いにコクリとアルフアは首肯した。


 そんな解っていると言いたげな二人の態度に愛はますます不機嫌そうになる。


「意味…わかんないんだけど」


 そう呟くのがやっと、といった風に愛は椅子に音をたてて座った。アカサも愛のとりあえず話は聞こう、ととれる様子にアルフアに説明を求める。


「アルフア、何が必要になるの?僕も詳しくは解らないから」


 アルフアはそれを受け「そうですね」と顎に手を当て言葉を探す。


「まず、商工者が必要となります。その職業ではなくても経験者(資格持ち)でも構いませんし、ギルドに加入してもらう必要もありません。が、会計担当を受け持ってもらえないと報酬の取引が出来ないので必須ですね」


「…じゃぁ、村のおばちゃん達に頼めばいいじゃん」


 すねた感じに愛が口をはさむ。愛が言っているのがこの村で商店を経営している者達を指している事は二人も理解していた。確かに職業は商工者だ。しかしアルフアは首を振る。


「それは無理だ。商工者だって肩書き…どこまで許可が下りるかの階級染みたことはあるんだ。この村の住人が営む商店の商工者ではギルドの会計担当は出来ない」


「あんたねぇ…あんたこそ、おばさん達、馬鹿にすんの?」


「していない。するわけがないだろう?私だってこの村の出身でお前より長い間世話になっているんだ」


「だったら…なんで」


 込み上げるものを堪えているのか、愛の膝上に置く手が僅かに震えていた。


「規則だからだ」


 用意してあったように間髪いれず言いはなつ。愛はますます不機嫌さを増していく。


「ファンタジーのクセに規則って」


「…お前こそ何か勘違いをしていないか?」


 鼻で笑うような愛の態度に今度はアルフアが声を低くする。そして、


「お前は何かにつけて空想話ファンタジー夢物語ファンタジーと呟くが、この世界(アルピジィガム)にも多数の国が存在し数多の歴史があるんだぞ。お前の世界と比べれば劣るところもあるのだろう?それでも誇れるところだってあるのだ!いいか、お前が呟く〃ファンタジー〃は少なくとも今のお前にとって現実リアルであり、お前のその言葉こそが私達を馬鹿にしてる何よりの証拠になるんだ!」


 と捲し立てた。


 愛はといえば俯き影を見せる。見える口元は一直線に結ばれ、それでも何か言いたげに時々動いた。


 こうしてこの空間に沈黙が生まれた。


 しかしアカサはこの時、何故か以前までとはまるで比べ物にならないくらい落ち着いていた。愛が来た当初など二人のこの険悪な雰囲気にアタフタしたものだが、何故だろう…今は大丈夫だった。


 沈黙の中の静寂の中。アカサは二人の姿を目に写しながらその理由を考えていた。そして見つけた。


 理由など簡単だったからだ。

 二人ともお互いにお互いの感情の沸点(ふかいところ)まで踏み込めるほど…仲が良くなっていたからだ。


 以前の表面上だけの喧嘩ではなく、互いが理解し(わかり)合う為の必要な喧嘩。それが今のこれだった。


「あのさ…」


 だからアカサは沈黙に耐えられなかったわけではなく、単純に言わなきゃいけなかったら口にした。


 アルフアは自然に、愛はゆっくり時間をかけてアカサを見た。


「どうしました、兄様」


「……なにさ、アカサ」


「僕からもいいかな」


 二人は互い互いに頷いた。


「まずね、愛。この村を、この村の人達をそこまで気に入ってくれた事ありがとう」


 愛はなにも言わずアカサを見ている。


「でもね、必要ならやっぱり動かなきゃいけないと思うんだ。それがこの村を出ないといけないことだとしても」


 アカサが一区切り置くと愛は恨みがましそうに一直線だった口を山なりに変えた。アカサもそんな事を言うの、と物語っているように。


「ここじゃ、今の僕達に出来る事は少ないからね。ギルドを作る事に関しても、情報収集に関しても」


 アカサは続ける。愛は勿論、アルフアも黙り耳を傾けている。


「僕も寂しいとは思うけど、それでもやっぱり…行こう?愛」


「おじさん達を置いてでも…?」


「…おじさん達?なんで」


 不意に投じられた愛の問いにアカサは戸惑った。


「おじさん達は本当にあんた達二人の事を大好きだった。そこに私なんかをいれてくれてさ、二人とも優しくしてくれた。理由なんか必要無いって、おじさんは豪快に、おばさんは優しく笑ってくれた。私は嬉しかった。……そんな二人を置いてでも…いけんの、あんた達は」


 そしてついに愛の胸の内が明かされた。


「私は…そこまでしなくても言いと思う…それが私の為ってのも、これは勝手だってのがわかってても。だって、だってさ…絶対淋しがんじゃん、二人とも。普段いないアルフアやぽっと出の私はともかくアカサまで居なくなったらさ…絶対」


 言いたい事は言った、そう思うわせるように愛は背もたれに力なく身を預けた。


 再び静けさが生まれた。


 この静寂の中でアカサは…とても感動していた。愛がそこまで考えていてくれたなんて、と。


 だけど、いや、だからこそ伝えなきゃいけない事があった。


「愛、あのね。僕がこの村を出てもかまわないと思ったのはね、その二人のおかげなんだ」


 愛がピクリと反応し「…え?」と溢した。


「おじさんが背中を押してくれたんだ…〃男なら困ってる女の子の力になってやれ。そう出来ない男に俺達二人は育てた覚えはない〃…ってさ」


 愛は呆然としたようにアカサの言葉を待っているようだった。アルフアも驚いているようにみえた。


「だからさ、愛。これは僕の勝手な言い分なんだけどさ、僕を〃あの二人が誇れる家族〃にしてくれない?」


 言葉も出ないような愛としっかり目をあわせ優しく思いを伝えるアカサ。笑顔を向けると愛も笑い返してくれた。「そっかぁ、あの二人がねぇ」とだけ言ったあとポロっと涙を溢した。


「あ、愛!」


「どうした?」


「あれ?っかしいなぁ…なんでかなぁ」


 愛は涙を拭きながらアカサとアルフアに、


「あんた達を含め皆がやっさしいからかなぁ…」


 とうそぶいた。それでもアカサは責任を感じたのか慌てて立ち上がり身振り手振りを絡めて、


「あ、あのさ愛。確かに二人の言葉が後押しした結果だけど、ちゃんと僕の意思でも君を助けたいと思ってるんだよ?本当だよ!」


 と早口に言った。そんなアカサが愛は少しおかしく思え、アハハと涙目を拭いた。そして、


「なに勘違いしてるのかわかんないけど…わかってるってば。頼りにしてるよ、アカサ」


 と飛びっきりに笑った。


「え…え、あ、うん」


 その笑顔に今度こそ完全に意識をとられたアカサは気のきいた言葉も思いつかなまま頷くだけだった。


「ところでいつの間にそんな話をしていたのですか?」


「…あ、あぁ。愛が来てから二日目くらいからかな?おじさんと話して、おばさんにも伝えて」


 アルフアの問いかけにアカサは何事もなかった体を装いながら答えた。「そう言えば三日目あたりに相談がある、と言ってましたね」とアルフアは納得したようだった。愛も思い出したようだった。


「そっかぁ、あの時から…。ありがとね、アカサ。二人には明日お礼を言う」


「うん」


「そしたら行こう?町にギルドを作りにっ!」


「う…ん?って明日っ!もう?え、…本気で?」


「うん、ガチでホントのチョーホンキっ!思ったその日を吉日にしたいけどもさ、さっすがにねぇ」


 愛が窓の外に目をやる。


 太陽が二つとなり日が長くなる時季とはいえ夜は訪れる。満ちるまであと二ヶ月足らずの浮かんだ月は約三分の二のその姿でこの地上を照らす。


 街灯など無いこのリマジハ村の唯一の照明に晒された風景を見やり、


「明日でいいっしょ!」


 と宣言した愛。アカサは呆れたように頬杖をついた。


「うん、愛。そうだね、明日…行こうか。いいかな、アルフア」


「私は兄様さえよければ何時でも」


 アルフアの了解も得てアカサは立ち上がった。


「なら決まりだね。準備はある程度出来てるとはいえ二人は…」


「私は荷物なんか無いよ?」


「私もほとんど主要な物は王都の方なので」


「あ……そ、そっか。じゃぁ今日はもうこれで寝ようか」


 立ち上がった手前、何か言わねば、と考えたアカサはそう提案した。二人とも「だねぇ」「そうですね」と倣って立ち上がった。


 就寝準備も整い、いざ各自部屋へと向かうとき、


「アカサ」


 アカサは愛に不意に声をかけられた。「何?」と尋ねると、


「…一緒に寝たげよっか?」


 と口角を上げ、悪戯っ子のように目を細めた。


「……………………へっ?」


 惚けた声。次いで顔を多い尽くす血液。さらに呼吸が難しくなる。気付けば呼吸が荒くなる。


 何て…言った。


 頭の中を駆け巡るその言葉は一体どういう意味だ。


 と、言うか言われてからどれ程自分は黙っている。


 アカサはもう訳がわからなくなっていた。愛を見ると、ニヒヒと変わらない顔付きだった。


「冗談はそこまでにしろよ、愛。兄様もそんな事に付き合う必要はありません」


「ア、アルフアっ」


 突然に割り込んできたアルフアにようやく声が出た。


「…何さ、アルフア…あんたも一緒に寝てあげよっか?ってか、そうだあ!」


 閉じかけだった扉を力強く開けっ広げ、愛は叫んだ。


「三人で寝ようっ!アカサ、真ん中にしてあげる!」




 アカサの必死の説得を以てこの夜は終わりを告げた。必死にならざる得なかったのは思いの外アルフアが乗り気だったことが原因だろう。


「アカサのケェチッ!」


「に、兄様。わわわ私も…よい案かと…」


「愛。ケチではないよ。アルフア、落ち着こう。大体そんな事する必要ないだろう?ベッドも三つあるんだし」


「…そっかぁ、必要性ねぇ、わかった。じゃぁ、おやすみ」


「……っく。では、私も寝ますね」


「うん、二人ともおやすみ」




 ─────





 翌日。


「じゃあよ、頑張れよアカサ!愛ちゃんもな。アルフアちゃん、二人を頼んだぜ」


 おじさんは町へ続く村の北方門にて三人に声をかける。


 今日はアカサ、愛、アルフアの旅立ちを知りおじさん達夫婦と自警団の三人が晴れ渡る空の下、集まってくれた。


「ありがとう、おじさん、おばさん」


 アカサは二人に礼を言う。アルフアも頭を下げる。


「おじさん、おばさん、短い間だったけど本当にお世話になりました」


 愛は勢い良く頭を下げて二人に伝える。おじさんは「他人行儀はやめてくれよ、愛ちゃん」と照れ、おばさんは「そうよ。三人とも、もう私達の家族みたいなものだもの」と微笑んだ。そこへ、


「愛、これ使ってくれよ」


 自警団の剣持ちが愛に綺麗な刀身の細身の剣(ショートソード)を手渡してきた。


「あ、縄張り調査(このあいだ)使わせてもらったヤツだ」


「随分気に入っていたろ?旅の手向けだ。受け取ってくれよ」


 愛は受け取り、その剣の握り具合と刃を確かめるようにて空に掲げる。陽光を受けて輝くその刀身は年代物だと聞いていたがやはり愛の目にはとても美しく映った。


「ありがとね」


「……ああ。気をつけてな」


「こいつ、愛ちゃんが居なくなるから滅茶苦茶淋しがってんだぜ」


 剣持ちの肩を突然、ガッと抱き槍持ちが割り込んできた。


「おま、お前ッ!」


「隠すなよ。ってか、ほら、愛」


 慌てる仲間を尻目に槍持ちは気にせず愛に赤色の帯を投げ渡す。受け取った愛は首を傾け「これ何?」と呟いた。


「万能帯だ。剣でも弓でも盾でもそいつ一本あれば大抵持ち運べる」


 暴れる剣持ちを抑えなら愛に説明する槍持ち。「ほら。付け方教えてやれよ」と剣持ちの背中を押す。


「おお、どう?」


 早速万能帯を腰に付け、鞘に納めた剣を差した愛。そしてポーズを決める。


「お……おお、愛。とても似合う」


「うんうん。その赤色の布鎧グロウスアーマァとセーフク、かなりいい組み合わせだ」


 セーフクの白いブラウスとスカートに栄える剣と新品の赤色の装備品。二人の感想を満足そうに受け「ありがとう、大事にする」とあらためて礼を言った愛はトテトテとアカサに近づいた。そのまま「見てみ、アカサ」と嬉しそうに披露した。


「…お前、ありゃ完全にアッチだわ」


「う、うるさいな。…わかってんだよ」


 そんな様子を見ながら槍持ちは剣持ちの肩を今度は優しく叩いた。



「聖騎士殿」

 

 アカサやおじさん達夫婦と話していたアルフアは自警団の弓持ちに声をかけられた。


「またこの村に来られる時はどうかまたご指導、ご協力をお願いしたい」


 弓持ちはそう言ってアルフアに会釈した。アルフアも首肯し、


「勿論だ。私もこの村の出身として出来る限りの事はやりたい。そしてどうかこの村の守りの要として貴殿達に尽力を尽くしてもらいたい」


 二人は微笑み握手を交わした。


「ご武運を」


「お互いにな」


 アカサは愛とアルフアが自警団との別れを済ませたのを確認しておじさん達に向き直る。


「じゃ、行くね」


「おう。しっかりな」


「アカサ。そんな顔しないの」


 陰りを落とすアカサの顔をおばさんは優しく両手で包み視線を合わせる。


「町に行くといっても隣じゃない。後生の別れてはないのよ」


「うん」


「だったらもっとシャキッとする。愛ちゃんの力になるんでしょ?」


「…うん。ごめん。そうだね」


「わかったらいいの。気をつけてね」


「うん!」


 アカサは今度こそ強く頷いた。アカサのその言葉を号令に三人は村の北方門を出た。


 見送る五人に力一杯手を振るアカサと愛。アルフアは軽く会釈をしてから前を向く。


 しばらくして愛が思い出したようにおじさん達に向かって叫んだ。




「おじさぁん。おばさぁん。アカサは絶対に私達が幸せにするからねェェッ!」




 村の門で見送る五人の頭の中には疑問符が生まれた。


 ………なんでまた。


 答えの無いまま、三人は見えなくった。ただ、アカサが一番驚いていたように見えたのは…多分間違いではなかったように五人は思えた。





「なんだ今のは?」


 不機嫌そうにアルフアが言う。


「本当だよ、愛。何、あれ?スッゴい誤解が生まれそうな…」


「いいじゃん、いいじゃん。なぁんかね、あの二人にそう言いたかったの」


 アカサを遮り愛は宣う。悪びれず、恥ずかしげもなく、とても楽しそうに宣う。


 アカサもアルフアも溜め息一つでそれを割りきった。仕方がない、と。


 そして三人は隣の町へと続く馬車が通れる程度に整備された道を歩き始めた。


 何事もなければ四時間前後で続く道のりを。

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