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ブレベたん~ブレイブ・ベルの小さな冒険譚~  作者: 高岡やなせ
第一章「ギルド」前編~リマジハ村周辺~
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第5話

「閃光」というものが実際には強い光による事象だけではなく、強い衝撃による視覚もしくは脳そのものの情報処理不足により引き起こされる事があるというのをアカサは知った。


 同時に目の前でおこった全てが夢物語のように見えた。夢物語ならいいのに、と思った。


 それはともかく。


 火の月当たりの第二「人の日」。今日はアカサにとってとてつもなく記憶に残る一日となりそうだ。それは早朝、日も登りきらないうちに法力陣の輝きに目を奪われたことから全ては始まった。


 愛と名乗る少女と出会い、妹アルフアが家に帰宅した。そしてあれよあれよと言う間に勝負する事になり… 、


「僕の…畑が…僕の…」


 最終的にトウモロコシ畑を含む六割ほどのアカサ所有の耕作地が壊滅し、それと同時にアカサの精神を崩壊寸前まで追い込む形で幕を閉じた。


「ご、ごめんってばアカサ。調子に乗りすぎた…」


「申し訳ありません、兄様っ!」


 そんなアカサと畑を交互に見てばつの悪そうな顔で謝罪する愛。アルフアに至っては深く頭を下げガクガクぶるぶる震えていた。


「だ…大じ…うぅ、大丈…ぶ」


 涙を堪え二人に声をかけようとアカサは勤めるが如何せんなかなか声にならなかった。またその姿が二人により罪悪感をもたらした。


 落ち込むアカサを見ながら愛とアルフアがどうしたものかと困り果てていると、


「どうしたっ!ここで今何があったっ!」


 軽装とはいえ鎧を着込んだ男たちが三人駆けつけた。三人はこの村で雇われている傭兵で、この村の自警団の実動隊だった。既に各々剣、槍、弓を持ち臨戦状態を作っていた。


 男たちを見た愛は「誰?」と小声でアルフアに尋ね、アルフアは「この村の自警団…だな」と歯噛みしながら答えた。


「見ろ、畑が抉れているぞ。やはりナリカケが襲ってきたのか?」


「いや、最悪怪獣かもしれん。だとしても姿が見えんが…」


「もしかしたら有翼種の類いかもしれん、上空にも気を付けろ」


 男たちは互いに指揮を取り合う。そして、


「君たち無事か?」


 弓持ちが三人に声をかけた。弓持ちはアカサの苦痛に耐えるような様子を見て「君、何処か怪我でもしたのか」と寄り添ってきた。


「大、大丈夫…大丈夫なんです…体は」


 怪我の程度を確認しようとする弓持ちにアカサはなんとか答える。弓持ちもアカサの外傷が無いことに安堵し、


「よほど怖い目にあったんだな。もう大丈夫だ」


 と立ち上がった。


「少年は無事だっ!」


 と大声で仲間二人に伝える。剣持ちも槍持ちも頷く事で応える。愛とアルフアは神妙な面持ちで互いに視線を交わす。


「君たちも下がってて…そうだ、どんなヤツに襲われたか教えてくれないか」


 剣持ちが二人に状況説明を求める。槍持ちは上空を見つめ剣持ちと背中合わせに警戒体勢を牽いている。


 どうしたものか、と二人が視線でやり取りしていると、


「アカサァァっ!無事かぁぁっ!」


 隣畑のおじさんの声が響き渡った。


 一斉にその場の全員が声の方を振り向く。その視線の集中する場所には当然に隣畑のおじさんの姿があった。その手には鋤が握られ頭には鉄の丸鍋が、胴には木材が巻かれていた。


「遅くなってすまねぇ。敵は何処だ?ナリカケか?怪獣か?」


 おじさんは六人の側へ駆けつけると捲し立てながら周辺を見渡す。アカサの畑の抉れ具合を見て口を一文字に結び、


「ちっくしょうぉ!アカサの畑をこんなにしやがって…絶対に許せねぇ!」


 と怒鳴った。自警団の三人も一様に頷き、


「もちろんだ。村の安全のためにもここで必ず仕留めてみせる」


 と剣持ちが応えた。


「おぉ、自警団の衆か。頼む。アカサ、後は俺たちに任せろ!」


 おじさんはそう言って弓持ちの側で力なく膝をつくアカサに声をかけた。アカサは「お、おじさん…」と小さな声を出した。それをおじさんは頷き、


「自警団の衆。この子は昔ナリカケに襲われてるんだ…あのときは」


 と男たちに語り出した。それをアルフアが、


「すいません、おじさん」


 と遮った。そこでようやくアルフアに気付いたおじさんは「おぉ」と驚きニカッと笑った。


「アルフアちゃんじゃないか!話はアカサに聞いたがおめで…」


 と言いかけて何かに閃いたように自警団を見て、


「聞いてくれ、自警団の衆!この子は騎士なんだ!必ず力になってくれるぞ」


 おじさんは声を張った。それを聞いた自警団の三人も「それは心強い!」「怪獣相手でも安心だ」「防衛の幅が拡がるぞ」等と口々にし始めた。


「…どうすんの、この状況…」


「自業自得だろ…私を含めてな」


 少女二人は息巻く男四人を見ながら小さくやり取りを繰り広げた。


「あ…自分の非、認めんだ?」


「…言っとくがの非を認めるのではないぞ?私達・・の非を認めるのだぞ」


「………仕方がない。それで手を打とう。…で、どうすんの?」


「…ある程度は素直に言うしかあるまい。後はどこまで上手くやれるか」


 そう言ってアルフアは自分のステータスメモを出した。愛は「お、後で見せてよあんたのソレ」と呟きアルフアに軽く睨まれた。


「とにかくお前は大人しくして待ってろ」


 溜め息を交えて男たちの元へと進み出た。聖騎士である自分の権力と対話術で何処まで出来るか頭を悩ませながら。





 ─────



 

 

「そうかそうか、成る程なぁ」


 隣畑のおじさんは一度豪快に笑った後納得して頷いた。


 ここは現在おじさんの家。アカサと愛は色々と事情を説明する為に厄介になっていた。アルフアはあのまま自警団と共にこの村の団拠点に報告へと出向いていた。


 おじさんは先程の「畑壊滅的事件の真相」をアカサと愛から聞き「聖騎士だとか勇者だとか俺はよくわからんが」と前置きして、


「ともかくアルフアちゃんが偉くなって、お前の家に女の子が来た。そしてお互いをよく知るためにああなった…ってこったな」


 と言った。概ねはその通りなので、


「まぁ、そんなところです」


 アカサもそう言わざる得なかった。


「でもアルフアちゃんもだけど……愛ちゃん?あなたもずいぶんと強いのね。アカサの畑、かなりなんでしょう?」


 お茶を用意してくれていたおじさんの嫁、おばさんが配膳中に愛に話しかけた。愛はお茶を受け取り、


「いやぁ…私も自分がこんなに強いとは思わなかったんですよ」


 と照れたように言い、「いただきます」とお茶を啜った。


「わぁ、アップルティーだ!」


「こんなものしかないけどお口に合うかしら?あぁ、甘さは蜂蜜使う?お砂糖よりもまろやかよ?」


 愛は喜んで蜂蜜を受け取った。


「しかしアカサがなぁ」


 そんな愛を見ながらおじさんはアカサに語りかける。アカサもおばさんが淹れてくれたアップルティーを口に含みながらおじさんを見た。


「こんなに可愛い嫁さん候補をつれてくるなんてなぁ」


 おじさんの呟きにアカサは盛大に吹いた。


「ちょ、アカサ、汚いっ!」


「あらら、大変。布巾持ってくるわね」


 落ち着いた様子で布巾を取りに行くおばさん。アカサの家と似た造りなのでこの部屋が玄関兼居間兼台所であり直ぐに戻ってくる。そして吹き出しいまだに噎せるアカサに、


「大丈夫?」


 とやんわり聞いた。


 アカサは「な、なんとか」とまだ咳き込みながらも答えておじさんを見た。


「おじさんが急に変なことを言うから」


「だがな、アカサ」


 恨みがましい顔のアカサとは逆におじさんは真面目な顔と声色で言う。


「さっきの説明を俺は全部理解出来たわけじゃねぇ。しかし、だ。少なからず信じるならば愛ちゃんはこの世界の人間ではないってことだろう?」


 その言葉にアカサは黙って頷いた。


「アカサが嘘をつくはずないし、私は信じるわ」


 おばさんはにっこり言う。小声で「あんた信用あんじゃん」と愛に小突かれたのをアカサは「君の事だよ」と喉まででかけた言葉を飲み込んだ。


「ありがとう。信じてくれるのは嬉しい…けど、なんでソレが嫁候補になるわけ?愛だって別にそんなつもりないよね」


 愛に同意を求める。愛は宙を見上げるように視線を泳がしてから、


「確かにねぇ。嫁って…私もピンと来ないわ」


 と言った。アカサはその返答に安堵し、「ほらね」とおじさんへと向けた。


「何も今すぐってわけじゃないさ」


 おじさんは椅子の背もたれにどかっともたれ腕を組む。アカサは眉間を寄せて続きを待つ。


「しかし帰れなかった時…そん時はどうすんだ?帰れたとしても時間がかかって気持ちが変わらないともかぎらんだろう?」


 おじさんは二人を見ながら語る。アカサは居心地が悪そうに「そんなことは…」と呟くが、


「…確かにねぇ。可能性0ってわけじゃないよね」

 

 頬杖をつきながら愛が口を挟んできた。アカサは「なっ、何をっ!」と愛を振り向いたが、


「だぁってそうじゃん」


 愛は肩をすくめアカサを見る。


「帰れなかった時…ね。考えとかなきゃいけない未来ではあると思うんだ」


「確かに…そうだけど」


「別にね、あんたの嫁になるだけが未来ではないとは思うよ?だけどさおじさんの言う通りそん時の事も考えなきゃなんないとは思うの」


 そう言って愛はアップルティーを口に含んだ。


「だろ?だから俺も言ってんだろ、アカサ。候補だって。愛ちゃんだって選ぶ権利があらぁな」


 とまた豪快に笑った。「そうだけど」とアカサは尚も言うが、


「でも愛ちゃんみたいな可愛い子がアカサのお嫁さんなら私も嬉しいわ。アカサは私達にとって実の子供みたいなものだから」


 おばさんのその言葉に溜め息と共に言葉を飲んだ。愛はおばさんの話に興味を持って一つ尋ねた。


「おじさんとおばさんはアカサとはどういった関係なの?」


「……」


 三人が愛に視線を向けて僅かに間を作る。愛は一瞬戸惑った。


「家族…みたいな(・・・・)ものだよ。僕やアルフアの育ての親で恩人。僕の大切な人達だよ」


 しかしアカサの言葉を聞きその戸惑いは消えた。ニヒっと笑い、


「なら私とアカサが結婚するときは絶対呼ばなきゃだね」


 アカサはまた吹いた。今度は口に何も入っていなかった為に不発に終わったがその顔は赤く染まっていた。口をパクパクと開閉し声を失ってさえいた。


 その様子を見ながらおじさんとおばさんは二人揃って笑顔を見せた。そこへ玄関の開く音が響き、


「…お前は何を馬鹿なことを…」


 自警団の元で事情を説明する為に出ていたアルフアが入ってきた。顔には疲労とは別のものが滲み出ていた。


「あら、アルフアちゃんいらっしゃい」


 おばさんが笑顔で迎えアルフアの分のティーカップを用意しようと立ち上がった。おじさんも「お疲れさん」と声をかけると「お二人ともご無沙汰です」と会釈をしてアルフアは席に座ろうとした。


「……で、あんたは何してんのさ」


 愛はアルフアに尋ねた。愛とアカサの間(・・・・・・・)に割って入り、アカサの椅子(・・・・・・)を半分程せしめ座ろうとしたアルフアに…愛は尋ねた。


「何…とはなんだ?この場所には四つしか椅子がないのならこうなるのは当たり前だろう?」


 目元をひきつらせる愛に平然とアルフアは返した。


「何が当たり前だっつうの!間に入るな、椅子を用意しろ、アカサも止めろ……ってどっから突っ込めばいい?」


 少し疲れた感じで愛がもう一度頬杖をついて溜め息をついた。


「うるさい女だ」とアルフアは小声で呟くが「さすがに二人座るのは無理だよ」とアカサに諭され口をへの字に曲げて渋々どいた。


 そのやり取りが一段落ついたのを見計らったようにおじさんが椅子を、おばさんがアップルティーを用意した。そしてアルフアが腰掛け落ち着いたところで、


「改めてアルフアちゃん、おめでとう。凄いじゃないか!聖騎士?騎士より難しいんだろう?」


「でもアルフアちゃんは昔から頑張り屋さんだったものね。おめでとう」


 おじさんとおばさんは賛辞をアルフアに述べた。アルフアも穏やかに笑い「ありがとうございます」と静かに頭を下げた。


「お祝い、って程じゃないけどお昼はうちでご馳走させてね」


 おばさんはまた台所側へと向かった。


「そう言えばお腹すいた…」


「…私もだ。考えてみれば朝もろくに食べず法纏も使いすぎた」


 お腹をさする二人。おじさんはニカッと笑い、


「うちの奴のミートパイはうまいぞぉ!」


 と言った。「うわぁ…懐かしい」とアカサは溢した。アカサの頭には昔この家でお世話になっていたとき、おばさんがお祝いの日に作ってくれた味が思い出された。


「お口に合うかわからないけどリンゴとコーン入りのポテトサラダもあるのよ」


 テーブルのど真ん中にメインのミートパイ。その回り、各自の前にポテトサラダがおかれる。


「本当はもっと女の子向けのものを用意してあげたかったんだけど…有り合わせみたいになってごめんなさいね」


「とんでもないよ、おばさん。アルフアの為にありがとうございます」


 ミートパイの意味を知っているアカサはアルフアの分まで謝意を伝えた。アルフアもまた礼をする。


「じゃぁ、温かいうちに食おう」


 おじさんの一言で全員がミートパイに手を伸ばした。

「ところでさっき、結婚がどうとか言っていたのは?」


 おばさんの用意してくれたパイに舌鼓をうちながらアルフアはふと思いだしたように話題をふった。アカサは「アルフア?」と少し声が裏返り頬にも赤みがさした。


「まさか兄様と愛の事ではないでしょうね」


「確かあんた、何を馬鹿なことを…ってバッチリ私に向かって言ったよね」


「…………私の目の色が変わらぬうちは兄様は渡さん」


「おい、妹。あんたの目が衰えるようならアカサだってやばいっつうの」


 ミートパイ、ポテトサラダ、アップルティー。二人は口に運びながら喋り続けた。


 おじさんとおばさんはそんな二人に「やっぱり女の子がいると華やかだな」「本当。それだけで楽しいわね」と和やかになっている。どうやら微妙に居心地の悪いのはアカサだけだったようだが、そのアカサにしても久しぶりのパイの味がとても美味しく嬉しく感じ満足はしていた。


「ところでさぁ」


 愛が突然部屋の一角を指差し「あれ何?時計?」と尋ねた。


 そこには砂時計がはまった箱のような物が置いてあった。


「お、愛ちゃん、お目が高いな」


 おじさんは嬉しそうにその砂時計入りの箱を持ってきた。


 よく見ると砂時計は十分を一単位に六回転する仕組みになっていた。そして六回転毎に珠を動かして全部で十二個、往復で二十四を表す物だとわかった。


「こいつはクロムーエ式時計りと言ってな。この世界で初めて時間と言う概念を見つけたクロムーエが最初に作った時計なんだ!」


 ととてもいい顔で言った。自慢気なおじさんに「本物は高くて買えなかったのよ」とおばさんが付け加えた。


「だって本物はお前が高すぎるって」


「当たり前ですよ」


 意気消沈気味になったおじさんにおばさんはピシャリと言う。「いくらだったんですか?本物は」と愛は興味津々に聞いた。


「世界通貨で確か……金貨三枚と銀貨一枚だったかしら?」


「あぁ、それは高いですね」


「おじさん、いくら唯一の趣味でも高すぎるよ」


 おばさんの返答にアルフアに続きアカサも驚いた。「昔から色々と集めてるな、とは思ってたけどそんなにしたんだ」と難色を示した。 そんな二人の態度に愛はアカサをつついた。


「わかんない…いくらくらい?」


「少なくともこの村でそれだけあれば贅沢しなければ一家族が半年…約百八十日は暮らせるね」


「わぉ」と愛は手のひらを拡げて大袈裟に驚きを見せた。


「私の世界でも時計集める男子がいたけどさ…何処の世界でもそんなもんなのかね」


 そして指を組んで顎をのせてクロムーエ式時計りをまじまじと眺めた。


 それから「あら、愛ちゃんの世界でも男の人はこういった生活に何の役にもたたないようなものを集めようとするの?」とおばさんが言えば「しますよぉ」と返した。そこに「そう言えば私も城仕えの騎士がよくわからん像を集めているのを見たな」とアルフアが加わった。


 その様子を見て「アカサ、お前ならわかるだろ?こういったもんを集める男の性だよな」とおじさんはアカサに振り、アカサも「うーん、そうかもしれないかな」と苦笑混じりに答えた。調子に乗りかけたおじさんは「最近、エフガニダの方では腕につけれるくらいの小型の時計もあるんだとさ」と嬉しそうに言っておばさんのしかめっ面を見るはめになった。


 そして五人は喋り続けた。


 気が付けば愛の目の前に置いてあったクロムーエ式時計りの時間が夕暮れを報せていた。


「あれ?もうこんな時間?外が明るいからわからなかった」


 愛が時計りを掴み上げた。アカサ達も窓からの光を見つめ今きがついたかのような反応をした。


「もうすっかり日も高くなったしな」


「そうねぇ。そろそろ夕食の仕度をしなくちゃいけないわ」


 そう言っておばさんは立ち上がった。


「お前ら、夕食も食ってくだろ?」


 おじさんは三人に声をかけた。「え、でも」とアカサは遠慮がちに愛とアルフアを見た。二人は、


「私はおじさん達がいいならそうしたい」


「私も同意見です、兄様」


 と答えた。「なら」とアカサがおじさん達にいいかけると、


「あ、でも…私やっぱり一回アカサん家に行きたい」


 と愛が言い出した。突然の事に四人が愛に視線を向けた。


「どうしたの、愛?」


「いやさ…」


 アカサの問いに愛は少しだけ濁してから言った。


「今日、結構暑いじゃん?しかもアルフアとあんなんしちゃったし…正直言って…汗くさいんだよね、私」


 ここからが今日最後の問題だった。


「お風呂、入りたい」


 愛は照れたようにアカサに言う。「ほら、流石におじさん家でって悪いじゃん」と続けるがアカサは首を傾けただけだった。いや、時間差で答えた。


「愛。うちにお風呂なんて…ないよ?」


「…………え?えええええええっ!」


 これ以上ないくらいの驚愕の声を愛があげた。四人はどうしたもんかとお互いに顔を合わせてから、


「と、言うか…こんな村の一軒家に、お風呂なんてないよ」


 困り顔のアカサが代表して答えた。「そもそも下水処理が出来てないんだ。当然だろう」とアルフアが半眼で補足した。


「はぁ?だってトイレもなかなか綺麗じゃん?」


「だって水関係ないし。おばさんが毎日掃除してるだろうし」


「台所は?水使うじゃん!」


「あれは井戸水を朝汲んでくるんだよ。台所の壁向こうに溜め桶もあって中と外で分けてる」


「火の元だってあるのに?」


「愛、それこそ水関係ないよ?」


「がちでないの?」


 愛の悲痛な訴えに「ゴメン、本当に…ないよ」とアカサは告げた。


「そ、そんな馬鹿な」と愛は崩れ落ちわざとらしく顔を両手で覆いながら「何でこんなとこばっかリアルなわけぇ…信じらんない」とめそめそいい始めた。


 落ち込みの激しい愛。「ここまできてマジあり得ない…」と呟く声。それを聞いて、「愛、あのね」と申し訳なさそうにアカサは続ける。


「…個人の家にお風呂はついてないよ。けどね、村に無料の温泉(・・・・・)はあるんだ」


「…………え?」


「僕らだって入らないわけじゃないよ」


「……あるの?お風呂」


「個人で持てないだけでね」


「…温…泉…入…れる」


 アカサの言葉の意味を噛み締め、理解し、その魅力に惹かれて顔を持ち上げた愛の表情はそれはそれはとても輝いていた。




「ヤバかったぁ!すっごいじゃん、リマジハ村温泉!」


 おじさんの家で結局夜までご馳走になり、一度アカサの家に帰ってから期待に胸を膨らませる愛を引き連れてのお風呂の時間(バスタイム)を迎える事にした。


 そしてその帰り道。


 村の共有温泉施設に至極満足した様子の愛はとてつもなくはしゃぎまくった。それこそ「ヤバい」「スゴイ」を何度繰り返したかわからなかった。


 途中幾度か「うるさい女だ」とアルフアが呟いたが「だってマジスゴイじゃん」と目を輝かせるだけだった。


 実際に共有温泉施設はかなりの造りだった。何故なら娯楽施設の少ない事もあり共有スペースから湯船に至るまで村人全員の要望と願望、そして努力と執念の集大成だったのだから。それを聞いた愛は「わっかるわぁ」と首をブンブン縦に振った。


「しっかし本当にすっごい」


「愛。さっきからスゴイしか言ってないよ」


「だってスゴイじゃんっ!」


 アルフアの服を借りた愛がクルッと振り返りバッと両手を上げる。


 白地のワンピースを夜風に揺らしながら濡れ髪を気にせず語りだす。


「私は確かに違う世界に来た。けど、けどさ!言葉が通じるだけでも奇跡なのにこんな些細な事まで同じで私を安心させて、さらに幸せをくれる!」


「大袈裟…じゃないよね」


 アカサは愛のアルフアとの決闘前の雰囲気を思い出して自分の言葉を否定する。アルフアは黙って語る愛を見ていた。


「そうっ!大袈裟なんかじゃない!あえて私は言おう!」


 不敵ともとれる愛の顔がアカサの瞳に写った。


「これはまさに〃運命〃である…と」


 アカサは上手く返事が出来ず「たったの一日で?」と笑った。愛も片目を閉じてニヒっと口の端を上げ「充分でしょ」と返した。


 月明かりの帰り道から向かう場所。


 辿り着くは「ただいま」と「おかえり」が交わされる場所。


 そして。


 最後は「おやすみ」で終わる場所。


 こうしてアカサと愛がこの世界で出会ってからの長い長い一日が終わった。

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